理念って、いつから「めっちゃむずい」ものになったのか
前回に続いてのテーマは「理念」です。井上さんはまず、理念のようなものがどこから生まれたのか、超仮説ベースで考えてみます。
たどり着いたのは、宗教のような存在でした。聖書やイエス・キリスト、仏陀のように、思想を起点に集合体を作っていくプロセスが、理念の原型なのではないかという見立てです。
ある種だから思想みたいなものを起点にしながら集合体を作っていくっていうプロセスじゃないですか。
ここで井上さんは、地動説をめぐる漫画『チ。』を引き合いに出します。舞台は、科学よりも神学 ── 神や信仰について体系的に考える学問。ここでは、科学が発達する前に人々の考え方や社会の秩序を支えていた枠組みとして語られていますが重んじられた時代です。
井上さんの解釈では、当時は科学が人知を超えて更新し続けると国が崩壊する、という恐れがありました。だからこそ、見えない何かを信じさせることで国を統制していたといいます。
新しい発見をした人を殺すことで秩序を保てた時代は終わり、今はそのやり方は通用しません。時代が変わるほど、理念を扱うことは難しくなっている、というのが井上さんの実感です。
理念めっちゃむずい説ありません?今。
小林さんもこれに同意します。今は理念的な言葉そのものが増えていて、しかも呼び方まで細分化していると指摘します。
ミッションなのかビジョンなのかパーパスなのかとか、理念なのかとか、そもそも概念も増えてるし、何のこったみたいな現象もなんか今はさらにある。
さらに小林さんは、理念には昔の教義と共通する面があると見ています。メンバーが自律的に動いてくれることを期待するという点は、昔も今も変わらないというのです。
ただし、その教えを説くやり方は格段に難しくなっている、と小林さんは感じています。だからこそ、それができている組織はすごい、と二人の関心はそこへ向かっていきます。
いい理念と、形骸化する理念の違いはどこにある?
井上さんは、前回の議論を振り返ります。強い理念を作って「浸透させる」という発想ではなく、理念に触れてしまう仕組みやプロセス、環境こそが組織に必要ではないか、という話でした。
そのうえで井上さんは、素朴な問いを投げます。言葉の強度が高い、いい理念と、結局何にもならず形骸化してしまう理念。その違いはどこにあるのか、という問いです。
(井上さん)いい理念と、形骸化してしまう理念の違いはどこにあるのか。
小林さんの答えは、言葉単体では機能するかどうかは一概に言えない、というものです。そのうえで、その組織にしか言えないことをちゃんと言い得ているか、社会に向いた視点が入っているか、といった検討すべき項目を挙げていきます。
一方で小林さんは、方法としては普通なのに機能している組織もあると付け加えます。「お客様を幸せにする」のような、みんなが言っていそうな言葉でも成り立つ場合があり、そこがまた難しいところだと話します。
「体温を上げる」はなぜ強いのか
ここから話は具体例に入ります。井上さんが挙げたのは、スープストックトーキョーの「体温を上げる」という言葉です。
井上さんは、この言葉がなぜ強度を持つのかを、自分なりに3つに分けて解釈していきます。
1つ目は、普遍的な言葉だという点です。特別新しい言葉ではなく、100年前に言っても、寒い時代に「体温を上げようよ」と言っても通じそうな言葉だといいます。
昔の偉人たちが残している言葉って、今読んでも新しかったりするじゃないですか。その感覚に近いというか。
2つ目は、身体性が伴うことです。頭で理解する言葉ではなく、体ごと感じられて、実感できる言葉だという指摘に、小林さんも「いい視点だね」と反応します。
3つ目は、具体的なシチュエーションを思い浮かべやすいことです。井上さんはこれを「人類を幸せにする」と対比します。
「幸せ」は定義がとても広い一方、「体温を上げる」は手段こそ様々でも、人が思い浮かべるイメージは近しい。抽象と具体のちょうどいい具合が効いている、というわけです。
ビジュアルで絵に浮かぶ想像できるみたいなのは重要だよね、多分。
スープ屋が言うからこそ、意味がある
小林さんは、もう1つ大事な視点を加えます。スープという事業をやっているスープストックトーキョーが言うからこそ、この言葉に意味がある、という点です。
スープ自体も体温を上げるから、普通に僕たちスープ屋さんなんだっていうアイデンティティよりは、スープで体温を上げる屋さんなんだみたいな自己認識ができることの方がめっちゃ大事。
井上さんは、これが「なんで俺らスープやってんだっけ?」という問いにつながると受けます。答えは「体温を上げるためにやってるんだ」。この自己認識があると、渡すスープへの意識まで変わっていくといいます。
逆に、体温を上げることを意識しなければ、少し冷めたスープでも「いっか」と渡してしまうかもしれない。つまりこの言葉は、品質管理にまで紐づいてくる、と井上さんは話します。
小林さんも、化学調味料でとにかく美味しくすればいい、という思想にはならない点を挙げます。食材や渡し方へのこだわり、そのストーリーまでもが「体温を上げる」に結びつけられるのが強い、というわけです。
コピーライターがあなたの体温を上げますって言ってもいいけど、でも実際に体温を上げる商品を作ってるスープストックトーキョーが言うことの説得力と納得感は全然段違いな気がする。
この一連の話から、井上さんは大きな気づきを引き出します。言葉は、結局「誰が言うか」に強く紐づいている、という点です。
「言って大丈夫?」——言葉と発信者の一致
井上さんは、言葉には必ず読み手・聞き手がいることを踏まえて、発信者との一致の大切さを語ります。
たとえば「人類を幸せにする」と掲げる人が不倫していたら、聞き手からすれば「お前嘘やん」で終わってしまう。言葉は、その裏側にある行動や実態と切り離せない、という話です。
だからスープを扱う会社が「体温を上げる」と言う以上、体温を上げないスープはやれない。言葉の裏に、それを実現できるという裏付けを持っているかが問われる、と井上さんは整理します。
(それを)言ってるけど実現できんの?っていうところまで加味した言葉であるみたいな。っていうのがめっちゃ大事ですね。
小林さんも、世の中的に美しい、誰もがいいねと言う言葉を掲げればいいわけではない、と応じます。マーケティング的に競合に合わせるのではなく、自分の存在を足元から見つめ、自分だからこそ言える何かを掘った先にこそ、強い言葉が出てくるという結論です。
その組織だからこそ言えて、身体で実感でき、行動や品質にまで紐づく(例:体温を上げる)
誰でも言えて定義が広く、発信者の実態と結びつきにくい(例:人類を幸せにする)
スシロー「うまい寿司を腹いっぱい」の潔さ
井上さんが「もう1つ例はありますか」と振ると、小林さんはスシローの理念を挙げます。「うまい寿司を腹いっぱい」という言葉です。
腹いっぱい、高級の寿司屋じゃ腹いっぱいは食えない。うまい寿司は食えるかもしんないけど、腹いっぱいは食えない。
小林さんは、思想的な言葉を掲げてもいいけれど、これは脳天直撃で、子供でもわかる潔さがいい、と評価します。
井上さんは、この言葉がスシロー自身への制約になっている点に注目します。うまいものを作るという意思と、値段を上げないという意思の、両方への意思表示だというのです。
それはもうものすごく思想的ですよね。ある種ね。
井上さんはビジネスモデルの視点も加えます。スシローは店舗数も1店舗あたりの集客力も大きく、10円値上げするだけでめちゃめちゃ変わるはずだと指摘します。
それでも、井上さんは客として通っていて、スシローで高いと思ったことがないといいます。会計時に「めっちゃ安い」と感じさせてくれる価格帯を保っている、というのです。
小林さんは、関わる店舗もスタッフも多いからこそ、物差しをシンプルにすることも大事な機能だと補足します。
タッチパネル注文まで、理念で読み解けてしまう
さらに井上さんは、スシローのタッチパネル注文にも話を広げます。画面で注文するようになってから、腹いっぱい具合が増した気がする、という体感です。
(タッチパネルだと)食べ放題かなみたいな気持ちで注文しちゃうんですよ。
多くの飲食店は、接客を介さない注文の導入を「やっていいのかな」「接客の醍醐味がなくなるのでは」と迷う、と井上さんは言います。何の考えもなく、便利さや人件費削減のためだけに入れることもできます。
でも「うまい寿司を腹いっぱい」を知ると、井上さんにはタッチパネルさえ理念につながって見えてくるといいます。
人件費を削って価格を上げないという経営的な意思表示であると同時に、注文しやすさが「腹いっぱい」を後押しするという、ポジティブな動機からのシステム化としても読めてしまう、というわけです。
小林さんも、そのストーリーを消費者側も楽しめてしまう、と応じます。「うまい寿司を腹いっぱい食べさせてもらいました」と、勝手に物語が編める言葉なのです。
理念を勝手に再解釈して、会社に送りつけたい
盛り上がった二人は、この試み自体を番組の企画にできないかと話し始めます。
どこかの会社の理念を勝手に再解釈し、消費者として物語を編んでしまう。そんな回を重ねてみても面白い、という提案です。
それなんかポッドキャスト録ってちょっと送りつけたいですね、会社に。
今回のスシロー回のように、「今回はどこどこ回」と題して続けてみたい、と二人は次回以降への種をまいて締めくくります。
まとめ
今回のチームワーディングは、「体温を上げる」と「うまい寿司を腹いっぱい」という実在の言葉を手がかりに、強い理念の条件を探る回になりました。核心は、言葉そのものの巧さより「誰が、どんな裏付けを持って言うか」にありそうです。
- 理念は、呼び方も数も増えて、扱うことが年々難しくなっている
- 強い言葉は、普遍的で・身体で実感でき・具体的な場面を思い浮かべやすい
- 「体温を上げる」は、事業内容と一致し、品質管理や自己認識にまで紐づく
- 大事なのは「私たちだからこそ言えることは何か」という視点
- 「うまい寿司を腹いっぱい」は、値上げしないという制約を自らに課す潔い言葉




