Massive Attackは「思ったよりテンション低い」?
90年代編の第3回は、前回までに紹介した楽曲を、加藤和さんが初めて聴いた感想から始まります。最初に取り上げたのは、ブリストル出身のMassive Attack ── イギリス・ブリストルを拠点とするユニット。ダウンテンポのクラブミュージックで90年代に大きな影響を与え、政治的な姿勢でも知られますです。
(ダウナーな人たちのことは)ちゃんと理解しきれてなかったけど、思ったよりテンション低かったですね。思ったより。
福の神さんは、Massive Attackの曲が政治的なものを音楽に持ち込んでいるわりに、言葉を盛り込みすぎていない点を評価します。安藤さんも、淡々と事実だけを提示していくスタイルだと応じます。
(政治的なものを持ち込んでいるという割には)そんなに盛りだくさんに言ってるわけじゃないじゃないですか。そこがセンスいいなって。
安藤さんが特に美しいと感じているのは、歌い出しの「愛、愛、愛は動詞」という一節です。政治性から離れ、人間同士が向き合ったときの深い感情を歌って終わるところに、Massive Attackの本質があるといいます。
歌詞もすごく抽象的なんですけれど、本質的なんですよね。
一方で、和さんの率直な第一印象は、なかなか辛口です。本人は「口悪くなっちゃうから」とためらいながらも、2人に促されて感想を口にします。
おばあちゃんが暗いところでテンション低く、綺麗めな歌歌ってんな。
ボーカルのエリザベス・フレイザーをめぐって、福の神さんが「ステラおばさん」と茶化し、安藤さんは「選曲ミスですね」と自分にツッコミを入れます。政治的な音楽という前情報と、実際に聴いた淡々とした音のギャップが、笑いとともに浮かび上がる場面です。
Kurt Cobainにはいきなりハマった理由
続いて福の神さんが、和さんにもっと聴いてみたいアーティストを尋ねます。和さんの答えは、Nirvanaのボーカル、Kurt Cobainでした。そこでNirvanaのライブ映像を観ることになります。
(Massive Attackと)問わず、いの一番はKurt Cobain。
Nirvanaのライブを観た和さんの反応は、Massive Attackのときとはまるで違いました。背景をよく知らないまま、ただ好きになってしまったといいます。
めっちゃかっこよかったのがもう本当に率直ですし、本当に応援してるって感じ。
なんか好き。なんか好きだからなんか応援してた。
福の神さんはアンプラグド ── MTVの番組「MTV Unplugged」のこと。アーティストがアコースティック編成で演奏する企画で、Nirvanaの回は名演として知られていますの映像も勧め、Kurt Cobainの目の綺麗さに触れます。安藤さんは、顔がよく、影があり、好かれたくないのに好かれてしまうところが彼の魅力だと話します。
(Kurt Cobainは)目が綺麗なんです。澄んだ目をしてる。あんなにクスリやってるのに。不思議なもんだよ。
同じ90年代の音楽でも、Massive AttackとNirvanaでは、初めて聴いた人の受け止め方がここまで違います。この温度差が、後半で語られる「90年代はなぜ多様な音楽が同時に支持されたのか」という問いにつながっていきます。
ギャングスタ・ラップは暴力をどうエンタメにしたのか
ここから本題の90年代ヒップホップに入ります。安藤さんはまず80年代編のおさらいとして、ニューヨークの停電やパーティーから生まれたヒップホップが、悪さを誇るギャングスタ・ラップと、政治的な歌を歌うニュースクールに分かれていった流れを振り返ります。
ニュースクールについて、安藤さんは「古いヒップホップがオールドスクールで、そこから世代が変わったのがニュースクール」と説明します。今回のテーマは、この連載で繰り返してきた対立構造のうち、最大の対立となるヒップホップの東西抗争です。
90年代初頭のヒップホップには、知的な路線とワルの路線という、対極的な2つの流れがありました。安藤さんの説明を整理すると、次のようになります。
アフリカへの回帰を掲げ、ジャズを取り入れた「ちょっと賢い感じ」のヒップホップ
悪いことをしているとアピールする、バッドボーイ的なヒップホップ。西海岸から台頭
ギャングスタ・ラップの代表格として最初に登場するのが、西海岸のN.W.A.です。安藤さんによれば、グループ名は「Niggaz Wit Attitudes」の略で、反骨心を持つ黒人たちという意味だといいます。
N.W.A.は1988年に「Fuck tha Police」を発表します。黒人の若者が警察から暴力を受けている現実を、当事者の怒りとしてリリックに乗せた曲です。1989年にはFBIの担当者がレコード会社に書面を送り、国家権力がヒップホップを意識し始めたことがニュースになります。
安藤さんがここで強調するのは、ギャングスタ・ラップが周囲のレーベルやMTVも含めて、暴力そのものをエンターテインメント化していったという点です。
当事者の怒り
警察の暴力などを、当事者の声としてリリックに乗せる
国家の注目
FBIがレコード会社に書面を送り、ニュースになる
刺激の強調
レーベルやMTVが、犯罪・麻薬・貧困・強い男性像をより刺激的に打ち出す
批判も生む
女性蔑視的な態度や、暴力を誇張・賛美する表現への批判が起こる
この流れを聞いた福の神さんは、すぐに身近な例に置き換えます。安藤さんもその見立てにうなずきます。
ブレーキングダウンってこと?
あ、そうそうそう。そんな感じ。もう刺激的な。
Gファンクの台頭とメディアが煽った東西の構図
安藤さんによると、N.W.A.は1992年に解散し、西海岸のムーブメントはGファンクへ移っていきます。Gファンクは、70年代のPファンク ── ジョージ・クリントン率いるパーラメントやファンカデリックを中心とした、70年代のファンクの一派。宇宙的な世界観と重いグルーヴが特徴ですのような唸るシンセ、深いベース、ゆっくりしたテンポに、悪い感じのリリックを乗せるスタイルです。
Gファンクの中心人物として名前が挙がるのが、スヌープ・ドッグです。安藤さんは、次のオリンピック開催地を告げる場面でラップを披露した大御所として紹介します。福の神さんは、その変化に驚きます。
本来そんなスヌープなんてさ、その反体制にいたわけじゃん。
そのギャングスターみたいなところの立ち位置にいる人が、次オリンピックやりますよってどういうことやねん。
安藤さんはGファンクを、暴力的な物語を快楽的なサウンドで鳴らす音楽だとまとめます。GファンクのGが何の略かは、番組内では「ギャングかな」という推測にとどまり、確定していません。
ヒップホップはもともとニューヨーク、つまり東海岸で生まれた音楽です。ところがGファンクの流行でムーブメントが西海岸に移ったことで、「東は落ち目ではないか」という空気が生まれます。そこをメディアがプロレスのように煽り、東西の対立構図ができていきます。
(東西の対立が)過激なワードを言ったもん勝ちのムーブメントに乗ってくるんで、東西悪い対決みたいな感じになってくるんですよね。
東海岸からも、カンフー映画のような世界観を持つウータン・クラン ── ニューヨーク・スタテンアイランド出身のヒップホップ集団。カンフー映画のサンプリングと、多人数のメンバー構成で知られますや、ナズが登場します。安藤さんは、ウータン・クランが「死亡遊戯」の音をサンプリングした曲を作っていたことにも触れます。
メディアは「誰が王座を取り戻すのか」と煽り、東西が互いに相手の負けを言い合う状態が続きます。郊外の若者たちは、都市の危険や反抗の音楽をエンターテインメントとして楽しむようになり、対立構造そのものが商業的に回り始めていきます。
2PACとBiggieは、なぜ交流から抗争へ向かったのか
東西抗争の中心にいたのが、西海岸の2PACと、東海岸のThe Notorious B.I.G.、通称Biggieです。福の神さんが「単純にでかい」と言うとおり、Biggieは体の大きなラッパーでした。
安藤さんによると、2人はもともと東西に分かれながらも交流があり、先に成功した2PACがBiggieに助言する関係でもありました。その関係が、メディアの煽りの中で対立へと変わっていきます。
転機は1994年11月です。2PACはニューヨークのスタジオで銃撃と強盗の被害に遭います。同じ建物にBiggieもいたため、2PACは「知っていたのではないか」と疑うようになります。Biggie側は関与を否定しています。
さらに事件の直後、Biggieは「Who Shot Ya?」という曲を発表します。安藤さんによれば、Biggie側の説明では事件の前に録音していた曲で、2PACを狙ったものではなかったといいます。
出す出さないの判断はできたはずだよね。
ここから2人は、曲で個人攻撃をし合い、性的な侮辱や仲間への威嚇を含む煽り合いを激化させていきます。安藤さんは、ラップがもともとリリックで競い合う文化を持っていたことも、対立を加速させたと指摘します。
バトルをするっていうのが、一つのスタイルにはなってるとこあるもんね、ラップバトルとか。
そして1996年9月7日、2PACはラスベガスで銃撃され、9月13日に25歳で亡くなります。翌1997年3月9日には、Biggieがロサンゼルスで銃撃され、24歳で亡くなります。どちらの事件も、犯人はいまだに捕まっていません。
安藤さんは、この出来事を「ヒップホップ史上一番悲しい歴史」と言われる東西抗争の終わりだと語ります。メディアの煽りの中で2人の憎悪が膨らみ、最後は犯人のわからない死で終わってしまったという整理です。
東でも西でもないOutKastという第3の選択肢
安藤さんは、東西抗争は単純な比較で語れず、いまも議論が続いていると前置きします。そのうえで、東西の構図の外から新しい選択肢が現れたと話します。それが1995年に登場した、アトランタのOutKastです。
OutKastがアワードの舞台に立ったとき、観客の反応は歓迎一色ではありませんでした。そこでOutKastは、西か東かだけではなく、南部にも語るべきものがあると示します。
南部にも語るべきものがあるよっていう第3の選択肢として俺たちあるよっていう話をしていく。
ここからヒップホップは地域性を帯び、多極化していきます。ネイティブ・タン系の文化を生音で表現するThe Roots ── フィラデルフィア出身のヒップホップ・バンド。サンプリングではなく生楽器の演奏でヒップホップを鳴らすスタイルで知られますのようなグループも登場します。
東海岸と西海岸の二極で、どちらが上かを競う構図
南部のOutKastや生音のThe Rootsなど、地域や手法ごとに枝分かれする多極化の構図
安藤さんは、この多極化が2000年代につながると見ています。iPodの登場や配信の始まりといった技術革新も重なり、ヒップホップがメジャーなポップカルチャーになる土台ができていったといいます。
巨人と阪神が殴り合っている、でも野球が見たい
OutKastまで話が進んだものの、福の神さんは、和さんが2PACとBiggieの死の話で引いてしまっていると指摘します。和さん自身も、途中までは楽しい話だと思っていたと振り返ります。
途中まで普通に楽しい話だと思ってたら。
福の神さんは、ロック好きの自分でもOutKastは受け入れられる一方で、東西抗争はずっと受け入れがたかったと打ち明けます。その違和感を、野球にたとえて説明します。
巨人ファンと阪神ファンが殴り合いしてるってことでしょ。
安藤さんは、そうした違和感もあって、その後アンダーグラウンド・ヒップホップのように、ヒップホップの深みを目指す音楽が出てきたと話します。
ただし、アンダーグラウンド・ヒップホップにも「学術的すぎる」「頭のいい連中だけのヒップホップだ」という批判がありました。それに対して「お前らは寝過ぎているだけ」と返すアンサーソングを出したグループとして、安藤さんはZENZIEZBUZの名前を挙げます。
対立の煽り合いはBreakingDownに似ている?
和さんは、2PACとBiggie本人たちが、音楽にどう向き合っていたのかを尋ねます。ピュアだったのか、それとも煽り合いを楽しんでいたのか、という問いです。
TUPACとBIGGY、彼らの音楽に対する向き合い方はピュアというか、それも結構なんか煽り合いだったんですか?
福の神さんは、元々はピュアだったはずだと答えます。ただ、音楽性以外の部分で話題になると、それだけで有名になってしまうことがあると指摘し、現代のSNSの炎上と重ねます。
(音楽性以外の部分で話題になると)それだけで有名になっちゃっていくところもあるじゃないですか。
福の神さんによれば、注目が集まれば承認欲求も満たされ、神格化されればギャラや収入も増えていった可能性があります。その結果、目立とうとする部分ばかりがクローズアップされ、自分には別世界の話に感じられたといいます。
安藤さんも、煽り合いを気持ちいいと感じる感覚は絶対にあったと応じます。福の神さんは、ここで改めてBreakingDownとの共通点を挙げます。
オーディションで煽ってるやつが有名になって、お金を手に入れてるけど、本物の格闘技好きからすれば別に格闘技じゃないし。
福の神さんは、それも含めてエンターテインメントだと言われればそうで、好きな人もいるだろうと認めています。そのうえで、当時は対立の構図そのものがエンタメ化されたのではないか、という見方を示します。
安藤さん自身は、アンダーグラウンド・ヒップホップやネイティブ・タン系のほうが文脈的に好きだと話します。罵り合いもカルチャーの一側面だと認めつつ、2人ともしっくりこない感覚を共有しています。
Oasisの罵り合いは何が違うのか
罵り合いの話から、安藤さんはOasisの名前を出します。Oasisの悪口も有名ですが、東西抗争とは質が違うというのが2人の共通認識です。
Oasisの罵り合いは本当に労働者階級のバカなやつがバカな罵り合いをしてて、微笑ましくもあるみたいなところも。
決して人を撃ったりとかしないですね。
安藤さんは「世の中が不幸なのは全部Radioheadのせい」という発言を例に挙げます。福の神さんは、Oasisがマンチェスター・シティのファンで、マンチェスター・ユナイテッドを嫌っているというエピソードを紹介します。
福の神さんによると、マンチェスター・ユナイテッドの看板選手だったルーニーが、Oasisのノエル・ギャラガーにサインを求めたところ、ノエルは無視したといいます。福の神さんは「ずっとガキじゃん」と笑いながら、そのスタンスが好きだと話します。
メディアや商業が対立を煽り、音楽の外まで広がって、最後は2人の死に至った
嫌いなものを嫌いと言う子どもっぽい悪口で、人を撃つようなことはなく、微笑ましさもある
福の神さんは、ノエル・ギャラガーはオリンピックやワールドカップのセレモニーをプロデュースすることはないだろうと話します。スヌープ・ドッグの話と対照的に、「そんなだるいことやってられっか」というスタンスこそ古のロックスターらしさだという見方です。
安藤さんは、ノエルが日本のファンに向けて、家を買ったからTシャツを色違いで2枚買ってほしいと語ったという話を紹介します。福の神さんは「イギリス人っぽいね」と評し、2人はそのカラッとした感じを楽しんでいます。
Stone RosesからOasisへ、マンチェスターで受け継がれたもの
ヒップホップ編を終えた安藤さんは、90年代編の3回を振り返ります。1回目はNirvana、2回目はハシエンダからのクラブミュージックとロックの拡張性、3回目がヒップホップという構成でした。
福の神さんは、ここで押さえておきたい話があると切り出します。ハシエンダを起点にダンスミュージックとロックが近づく中で登場した、マンチェスターのStone Rosesです。
福の神さんによると、Stone Rosesはアルバム1枚でイギリスのチャート1位を取るようなメガバンドに育ちました。そのライブを観に行っていたのが、同じマンチェスターのギャラガー兄弟で、2人はそこからOasisを始めたといいます。
ハシエンダ
ダンスミュージックとロックが近づく場が生まれる
Stone Roses
マンチェスターから登場し、メガバンドに育つ
ギャラガー兄弟
Stone Rosesのライブを観てバンドを始める
Oasis
マンチェスターから90年代を代表するバンドへ
曲調が似ているかという安藤さんの問いに、福の神さんは、歌いやすさやシンガロングのしやすさ、ボーカルのぶっきらぼうさは似ていると答えます。一方で、演奏技術はStone Rosesのほうが上で、初期のOasisは地元の仲間が「下手くそだから」と次々に入れ替わったといいます。
福の神さんは、伝説的なボーカルとギターが出会ってバンドが生まれる例は多いと話します。安藤さんは、Toolのアダム・ジョーンズとRage Against the Machineのトム・モレロが高校時代の友人だったという例を挙げます。福の神さんは、聖飢魔IIのデーモン小暮さんと爆風スランプのサンプラザ中野さんが早稲田の音楽サークルで一緒だったという話を加えます。
安藤さんは、イギリスでもアメリカでも、都市と音には何かしらの関係があり、そこから出てくる音やキャラクターは似てくるとまとめます。
Oasis対Blur、リアム・ギャラガーの皮肉
福の神さんは、もう1つの対立としてOasis対Blurを紹介します。Blurは都市のおしゃれな大学出身のスタイリッシュなバンドで、労働者階級のOasisからすれば「気取りやがって」という相手でした。
メディアはこの2組も煽り、同じ日にシングルを発売してどちらが売れたかを競わせたといいます。ここにも、東西抗争と同じくメディアが対立を盛り上げる構図があります。
福の神さんが面白いと話すのは、数年前のVOGUEの「77の質問」企画でのリアム・ギャラガーの回答です。最近よく聴く音楽を聞かれ、リアムは「Blur」と答えたといいます。
めちゃくちゃ仲悪かったのに、今よく聞く曲なんですか?って聞かれた時に(Blurって)答えるというのが、これがこのイギリス。
同じ企画で、スキニージーンズをどう思うか聞かれたリアムは、「スケアリー」と一言だけ答えたそうです。ダボダボの服を好むリアムらしい回答として、福の神さんは企画をぜひ観てほしいと勧めます。
90年代は、なぜ違う音楽が同時に売れたのか
最後に、90年代編3回の総括に移ります。社会情勢が大きく変わった90年代の入り口から始まった3回分は、和さんにとって「目が回って終わった」ような情報量だったようです。
福の神さんは、90年代のアーティストは大衆に受けようとして音楽をやっていたわけではなかったのだろうと話します。自分たちの好きな音楽を突き詰めた結果、ジャンルが分かれていったという見方です。
大衆に受けようと音楽をやってなかったんだろうなみたいな。自分たちの好きな音楽を突き詰めていった結果、ジャンルが。
安藤さんも、マイナーであるほど売れる、マニアックであるほどもてはやされるムーブメントがあったと振り返ります。好きなことを好きなようにやった人たちが、勝手にもてはやされた時代だったという整理です。
福の神さんは、それが受け入れられたのは共感性が高かったからだと応じます。和さんは途中で出てきたメディアの影響にも関心を示し、福の神さんは、当時は雑誌ごとに得意なアーティストがあり、メディアにもそれぞれの色があったと補足します。
安藤さんは、今回のマップはかなり駆け抜けたため、個々のバンドの物語は今後のシリーズで深掘りしたいと話します。マップは2000年代以降をさらっと扱ったうえで、シーズン2へ移る予定です。
まとめ
90年代ヒップホップは、メディアと商業が対立そのものをエンタメとして煽った結果、2PACとBiggieの死という最も悲しい形で東西抗争の幕を閉じました。その後、OutKastやThe Rootsなどが現れて多極化が進み、90年代全体も、好きな音を突き詰めた人たちが同時に支持される時代だったと3人は振り返っています。
- ギャングスタ・ラップは当事者の怒りから始まり、レーベルやMTVによって暴力を刺激的に見せるエンタメへ変わっていった
- 2PACとBiggieはもともと交流があったが、メディアの煽りと襲撃事件を機に対立し、2人とも犯人不明の銃撃で亡くなった
- 東西の構図の外から現れたOutKastを起点に、ヒップホップは地域や手法ごとに多極化していった
- 福の神さんは、東西抗争を「巨人ファンと阪神ファンの殴り合い」にたとえ、子どもっぽいOasisの罵り合いとは質が違うと話す
- 90年代は、大衆に合わせるより好きな音を突き詰めた音楽が、共感を集めて実際に売れた時代だった



