演出したいのは「脱力」。ゆるいのに思想は硬い発信
冒頭でパーソナリティ1は、自分が始めたい発信で演出したいものについて話し始めます。Xで残った「脱力」というキーワードが、すごく心に残っているのだと言います。
「もっと楽に生きようぜ、お前ら」っていう、そんな感じにしたい。でも思想はめっちゃ硬い。バリ硬。
ここで言う「楽」は怠惰とは違うという確認が入ります。パーソナリティ2が、それは自然体でいるという話であって、怠惰でいるではない、と整理します。
全然違う。真反対とも言えるし、真反対でないとも言える。
パーソナリティ2は、この発信の狙いをさらに言語化します。自然体でいるにはどうすればいいのか、その気づきを届けるという方向性です。
これって(自分だけでなく)世の中普遍の考えだし、過去こういう思想家も言ってたよね。じゃあ現代に生きる我々にとって、同じような悩みを抱えてる人にとっては、こういう生き方とか考え方をためるといいんじゃない?
脱力できる方が良くないという問いかけを軸に、ゆるい雰囲気で発信するという輪郭がここで見えてきます。パーソナリティ1も強く同意します。
「ゆる麻布」から「ダイジョーブ博士」へ。言葉遊びの脱線
アカウント名の言葉遊びが始まります。パーソナリティ1が「ゆる麻布」という案を出しますが、すでに存在するため、「ゆる大田区」など庶民派のゆるい思想という方向に転がします。
(麻布の「ジョーザブ」に対しての)「ダイジョーブ」みたいな。ちょっと良くないですか?
この「ダイジョーブ」から、パーソナリティ2が野球ゲームのパワプロくんに登場するキャラクターの話へ脱線します。
怪我する確率がものすごく高いけど、成功めっちゃしないけど、した時に、だからハイリスクハイリターンの手術をしてくるキャラクターなのよ。
パーソナリティ2は、このダイジョーブ博士の元ネタが、トミー・ジョン手術で知られるジョーブ博士という実在の医師だと説明します。名前の崩し方が面白い、という言葉遊びの妙を語ります。
ただしパーソナリティ1は、その元ネタは伝わらないので作り手のエゴが入っている気がする、と冷静に指摘します。脱線を楽しみつつも、発信の本筋を見失わない姿勢がうかがえます。
ターゲットは「ベンチャーで働く25歳女性」
話は本筋のターゲット設定に戻ります。パーソナリティ2が、人そのものに興味を持たれている状態でなければ、何かに尖らせる必要があると指摘します。
(すでに人に興味を持たれているアイドルなら)「ご飯食べた?」っていう投稿でもフォロワーがつくわけじゃん。っていうのではないわけだからさ。
マーケティングでいうターゲット設定の話になり、パーソナリティ1は具体的なターゲット像を挙げます。
(ターゲットは)ベンチャー企業に勤めてる25歳ぐらいの女性ぐらいのターゲットやったら今パッと出ますね。そこ狙いたい。
パーソナリティ1は、なぜそのターゲットなのかを説明します。思考の柔軟性があり、識字能力も高い層のほうが、自分の発信に気づいてくれる確率が高いという読みです。
性別的に女性の方が思考の柔軟性高い人が多いなと僕は思うので、かつ識字能力も高い、X見るぐらいやから。
パーソナリティ2が、そのターゲット像を「日々頑張っているけれど、まだモヤっとする人に気づきや問いを与える」とまとめ、2人の狙いがそろいます。
脱力・自然体・選択的な執着。ゆるいのに思想は硬い
ベンチャーで働く25歳ぐらいの女性。日々頑張るがモヤっとしている層
ペルソナを掘る。本屋、カフェ、内省が好きな人
次に2人は、そのターゲットが日々どんなコンテンツに触れているかを掘り下げます。パーソナリティ1はまず「アート」を挙げますが、抽象度が高すぎると指摘されます。
より具体的に考えると、そのターゲットは本屋によく行きそうだ、という像が浮かびます。パーソナリティ1は、その理由を自分なりに解釈します。
(そのターゲットは)自分の中にまだ判断軸がないから、その軸を探してる状態。外にいっぱい答え見出してるような方々が多いんじゃないかなと思うから、Xもするんじゃないかな。
さらにカフェで仕事仲間とランチをする、内省が趣味で紙に書く、といった像も加わります。パーソナリティ2が、それは身近に思い浮かぶ人がいるのか、と確認します。
ペルソナなってもうこいつが浮かんでるって感じ。
妄想ではなく実在のイメージがあると分かり、ペルソナがはっきりしてきます。一方でパーソナリティ2は、自分はそういう人物像に出会ったことがなく、女性とあまり関わらないので想像しにくい、と正直に打ち明けます。
「柔らかいのに芯がある」を形にする言葉探し
ここから、発信の質感を表す言葉探しが本格化します。「ゆるい」「脱力」「フラット」に加えて、パーソナリティ2が「ふにゃっとしてるけど芯がある」と表現します。
柔軟さの中のなんか硬さみたいな、そんなイメージ。
この感覚を、パーソナリティ2が「アルデンテ」と例えます。柔らかいのに噛み応えがある、という質感です。
さらにパーソナリティ1が、片栗粉と水を混ぜた液体を例に出します。強く叩くと硬いのに、ゆっくり触ると沈む現象です。
そこからパーソナリティ2が、この探索の核になる視点を言葉にします。物質的な柔らかさに限らず、矛盾を内包しているものを探そう、という切り口です。
柔らかいのね、硬いみたいな。なんか矛盾を内包してるもの。
一発で刺さった「お母さん」というモチーフ
矛盾を内包するものを探す流れの中で、パーソナリティ2が「お母さん」という案を出します。これが2人にとって大きな手応えになります。
(外見は)柔らかいのに中硬えなみたいな感覚かな。逆じゃない気がする。
パーソナリティ1も強く反応し、一発目でこれが出たことに驚きます。パーソナリティ2は、なぜお母さんが良いのかを整理します。
家庭によるやろとか人によるやろって一瞬よぎりつつ、でも確かにわかるなみたいなね。
パーソナリティ2がお母さんを気に入った理由は、物質的な柔らかさではなく、柔らかいの捉え方の切り口を崩している点にありました。しかも柔らかいだけでない要素も一緒についてくる、と評価します。
「なんちゃら母さん」で試す具体化の実験
「お母さん」だけでは分かりにくいので、もう少し具体に落とす方向で案を出し合います。パーソナリティ2が、ネーミングとして「毎日母さん」や「あたしんち」を天才的だと評します。
パーソナリティ1は、会社かけるお母さんのような組み合わせを試します。「バックオフィスの母」といった案が出ます。中身は男性という余白が、かえって面白さになるという話にもなります。
明らか男やろっていう余白を与えるみたいな。
さらに時間でずらす発想として、「午後13時のかあさん」「水曜日の母さん」といった案が出ます。特に水曜日には何かありそうだ、と2人の手応えが高まります。
パーソナリティ1は、水曜日にその週のニュースをまとめて一気に解説投稿する、という運用アイデアまで広げます。運用コストも下がる、という実利も指摘します。
ただしパーソナリティ2は、水曜と母さんに縛られると思想がストレートに伝わらないかもしれない、と懸念を示します。もう少し真の要素、芯の部分が欲しい、という指摘です。
家族から離れて。恩師、トイレ、小学校の脱線
お母さんに縛られすぎていないか、というパーソナリティ2の指摘を受けて、2人は一度発想を家族の外へ広げます。父さんやおばあちゃんでは代わりにならない、という整理をした上で、恩師という切り口を試します。
パーソナリティ1は、恩師の言葉をキュレーションする案には乗り切れません。理由は、自分に価値が溜まらないからです。noteにつなげたいという目的があり、発信者側に価値が入る仕組みにしたいと語ります。
あくまで価値の厳選。僕はnoteにつなげたいんで、発信者側に価値を入れる仕組みにしたいから。
その後、ウォシュレット、小学校の石鹸ネット、放置したリコーダーや鼻くそなど、大喜利的な脱線が続きます。パーソナリティ1自身も「これはただの大喜利になっちゃった」と気づきます。
おもろい方に行こうとしてる。
脱線を経て、パーソナリティ1は結局「母さん」に戻ってきます。世間一般の母さん像と、自分が求める母さん像とのちょうどいい込み具合が、良いところにあると感じたためです。
AIが出した「超人ママ」に着地する
行き詰まりを感じたパーソナリティ2が、AIでアイデアを広げようと提案します。先に話に出ていたニーチェと、お母さんをミックスして調べてみる、という試みです。
超人ママ。ちょっとこいつセンスあるやんけど。
この「超人ママ」に、2人とも手応えを感じます。パーソナリティ2はこのワードから抜け出せなくなったと言い、パーソナリティ1も気に入ります。
ただし、お母さんを名乗ると素の自分から一段崩れる、という気持ち悪さの懸念も出ます。これに対してパーソナリティ1は、名前の背景に説明をつけることで解決を図ります。
生まれてくる女性、かつ母親っていうものは全ての元の源だから一番脱力してる状態なんです。だから私はこれを名乗ることに決めました。
さらにパーソナリティ1は、中身は男だと最初から明かしてしまう戦略を語ります。noteに入ってくる層はそれを理解でき、理解できない層はXで「どうせネカマやんけ」と言いつつ本質の面白さを楽しむ、という二層構造です。
見る人によっての面白さを分けれる、これ。
見る人によって面白さを分けられるという納得感から、アカウント名は「超人ママ」に決定します。パーソナリティ1は、一緒に考えたからこそ愛着が湧く、と締めくくります。
まとめ
この回は、発信アカウントのコンセプトと名前を、2人の会話でゼロから練り上げていく過程そのものが中身でした。脱力や柔らかさという感覚を、言葉遊びや脱線を挟みながら少しずつ具体に落とし込み、最終的に「超人ママ」というネーミングに着地します。
- 演出したいのは怠惰ではなく「脱力・自然体」。ゆるいのに思想は硬い、という矛盾を核に据えた
- ターゲットは「ベンチャーで働く25歳ぐらいの女性」で、本屋やカフェ、内省を好むペルソナが具体的に浮かんでいた
- 「柔らかいのに芯がある」「矛盾を内包する」という切り口から、一発目に出た「お母さん」が強い手応えになった
- 家族の外や大喜利的な脱線を経ても、結局は母さんのちょうどいい込み具合に戻ってきた
- 最終案「超人ママ」は、中身が男だと明かすことで、見る人によって面白さが分かれる二層構造として納得された




