チャンネル刷新、初回ゲストは職場の先輩イナケンさん
この回から番組の趣旨が変わり、ホストが先輩や友人などのゲストを招いて話す形式になりました。その第1弾のゲストが、ホストの元職場の先輩であるイナケンさんです。
冒頭で「今のホットトピックは?」と振られたイナケンさんが挙げたのが、収録前日にあった自民党総裁選の話題でした。
この収録してる日の前日に、自民党の総裁選がありまして。女性初の総裁に高市さんがなりまして。
いなけんさんは、これが高い確率で日本初の女性総理につながるであろう点に注目していました。
女性初の総裁選、「ガラスの天井」が破られた意味
ホストは政治系ニュースをあまり見ていないとしつつ、「女性初」がそんなにすごいことなのかと素朴に尋ねます。
いなけんさんは、アメリカの大統領は男性しかなっておらず、日本も明治時代以降ずっと男性が総理を務めてきた歴史を挙げ、その背景を「ガラスの天井」という言葉で説明しました。
女性が会社で偉い役職に就くとか、国のリーダーになるっていうのは、構造的に難しいみたいなところがあり。それが今回の総裁選で破られた。
イナケンさんは、その天井が破られたこと自体を「エポックメイキングだった」と評価しました。ただし特定の政治家を支持しているわけではなく、この出来事そのものを面白いと感じていると話します。
(高市さんや小泉さんを)評価してる、してないとかは全くなく。なんかこの事象そのものが面白いなって。
「馬車馬働きます」発言はなぜ切り取られて炎上したのか
いなけんさんは、高市さんが総裁選後にした発言も話題になっていたと紹介します。「ワークライフバランスを気にしないで働きます」「馬車馬のように働きましょう」といった趣旨の発言です。
いなけんさんの見立てでは、この発言は切り取られ方に問題があったといいます。真意は自民党の立て直しに向けた表明だったのに、「国民全員が24時間働け」という意味に受け取られて炎上した、という理解です。
ここからホストが、SNS炎上そのものへの違和感を語り始めます。前提や言葉の定義をすり合わせないまま騒ぐ人が多い、という指摘です。
そもそも前提を揃えてない中で、人の意見を弾圧するみたいな主張って、すごく稚拙で幼稚な行動だと思う。
しもちゃんは、食べログ関連の炎上やYouTuberヒカルさんのオープンマリッジをめぐる炎上を例に、そもそも双方が同じ方向を見て議論しているわけではないと指摘します。互いに違う世界線しか見ていないのだから、噛み合わないのは当然だという見方です。
炎上に振り回される人が「生きづらい」理由
しもちゃんは、メディアで切り取られた情報を叩く人の気持ちがわからないと言います。自分ならまず「どういう前提で言っているのか」を知りたくなる、と話しました。
総裁選で選ばれる人が、そんなアホみたいな発言するわけがないじゃないですか。仮説のレベルが低いんじゃないかなと思って。
しもちゃんは、知識をインプットしたほうがいいと勧めます。その理由は、正しさのためというより、そのほうが心安らかに生きられる可能性が高くなるからだといいます。
さらにホストは、人の言動に振り回されている状態を、自分の意思決定の軸が育ちきっていないことのあらわれだと分析します。
自分の世界観しか許すことができないぐらいの不安定さから、(他人の意見を)弾圧してしまう、見えないようにしてしまう構造だと思う。
しもちゃんの結論は、いろんな意見がある前提で「そう考える人もいるんだ」と受け止めれば、もっと楽になれるというものでした。全員が違う世界線を見ているのだから、と話します。
「周りはバカ」──万バズ経験者が語る炎上の背景
話を振られたいなけんさんは、まず「何の話かと思いながら聞いていた」と笑いつつ、自分の考えを語り出します。少し強い言い方だと前置きしながら、「周りの人はバカだと思ったほうがいい」という持論でした。
これ直接的な言い方だけど、周りの人バカだなっていうのは思った方がいいなっていう。特にSNSの文脈で思っていて。
その根拠としていなけんさんが挙げたのが、自分たちが統計的には「上澄み」だという自覚です。名の知れた四年制大学を出てストレートで就職している時点で、世の中の上位数パーセントから数十パーセントにいると指摘します。
いなけんさんはこれを偏差値の話に置き換えます。偏差値50が最もボリュームの大きい平均層で、自分たちはどうしてもそれより上にいる、いい悪いではなく立ち位置の問題だという整理です。
ここでいなけんさんは、自身の過去も明かします。大学生の頃、万単位の「いいね」を繰り返し獲得するSNSアカウントを運営していたというのです。
実は大学生の時に、結構万バズを繰り返すぐらいのアカウントを運営しておりまして。今思うと黒歴史すぎて(アカウントを)消したんですけど。
内容はいわゆるネタツイで、内輪ウケをどう広げるかに執着していた時期があったと振り返ります。多いときには1つの投稿で20万近い「いいね」がついたこともあったそうです。
「あ、これバズるな」みたいな感覚が、手に取るようにわかるというか。千ぐらいなら片手っしょみたいな、これ十万超えるかみたいな。
スマホ普及が「普通の基準」を押し下げた
いなけんさんは、自分がバズっていた2010年代後半という時期に意味があると考えています。SNSが市民権を得た時期であり、それはスマホの普及率と一致していたという見立てです。
いなけんさんによれば、SNSやYouTubeが年配の世代にまで届くようになったのは、スマートフォンという端末が当たり前になったからだといいます。前回の参院選でSNSやYouTubeが話題になったのも、上の世代にリーチしたことのあらわれだと話します。
そのうえでいなけんさんは、利用のパイが広がった結果として起きたことを説明します。今まで偏差値50にいた層の「普通」が、より多くの人の参入によって薄まっていった、という主張です。
スマホの普及
端末が当たり前になり、誰もがSNSにアクセスできるようになる
利用者のパイが広がる
これまで届いていなかった層まで参入する
「普通」が薄まる
平均的な基準が下に引っ張られていく
前提の違う人が混ざる
背景やプロトコルを共有しない人同士が同じ場に集まる
背景を理解するのが難しいとか。前提としてるプロトコルが違う人たちが混ざり込むから。「素人がSNS使うな」みたいな文脈にも近い。
お笑いコンビ「ニューヨーク」の"謎の炎上"事件
いなけんさんは、前提の違いから炎上が起きる例として、好きだというお笑いコンビ「ニューヨーク」の炎上を挙げます。「なんで炎上するの?」と思うような炎上の仕方だったといいます。
経緯はこうです。ニューヨークがYouTubeのラジオ番組内で、芸人の長谷川さんと編集者の箕輪さんによる資本主義に関する動画の一節を引用しました。ネジ工場で働く人が、効率化された単一の業務しか担っていないために、自分の作ったネジが最終的にどう客に届くのかが見えなくなっている、という趣旨の内容です。
直接的にお客さんの満足を受け取れない構造になってるから、こういう人たちがSNSで人を叩いて刺激を得てるみたいな。っていうのを引用しただけで。
ところが、この引用が「ネジ工場で働く人への職業差別だ」として炎上し、ニューヨークが叩かれたといいます。イナケンさんは、これを前提のすれ違いが生んだ「謎の炎上」として紹介しました。
一方でいなけんさんは、その後のニューヨークの対応を評価しています。炎上した次の回でヘラヘラしていて、ノーダメージのように見えたというのです。
もうめっちゃヘラヘラしてるんよ。炎上したとてノーダメみたいな感じで。一旦坊主にしとくみたいな、笑いにもなるみたいな。
ホストもこの姿勢に同意します。炎上との向き合い方は「また炎上してるわ」ぐらいでいい、と話しました。スポンサーがつくとそうもいかない面はあるとしつつ、炎上に慣れれば特別感も減り、対応も緩くなっていくのではないかと語ります。
「優しくなれる」のはバカを体感したから?
ここでいなけんさんが、炎上やバズを経験したうえでの実感を語ります。世の中にどれだけ理解の噛み合わない人がいるかを体感すると、かえって優しくなれる、という話です。
いなけんさんは、バズや炎上の通知が「湧いてきた」経験から、「こんなに日本語がわからない人っているんだ」と感じたと言います。同じ日本語を使っているのに会話が成立しない感覚だった、という話でした。
偏差値ではなく「人生と向き合ったか」が思考を分ける
ここでホストは異論を唱えます。偏差値はわかりやすい区切りとして使われただけだと理解しつつ、自分は偏差値そのものはどうでもいいと感じる、という立場です。
人の思考のクリア度って、その人がどれだけ自分の人生と向き合ってるかに、結構相関してるなって思ってて。
しもちゃんは具体例として、最近会った年下の女性を挙げます。勉強が得意なタイプではなさそうだったのに、非常に達観していたといいます。過去に辛いことがあり、自分と向き合い続けた結果、必要なものと不要なものを高い精度で見極められるようになったのではないか、という見立てです。
自分の人生にとって必要なものと不必要なものの意思決定が精度高くできるようになったから、思考がクリアになってるんじゃないかなって。雑念がないから。
しもちゃんは、今は「日本語がわからない」ように見える人でも、何かのきっかけで自分の人生と向き合い、雑念がなくなれば見える世界は変わると考えています。そうした気づきを一緒に作っていければ、日本も、ひいては世界も良くなってほしいと話しました。
いなけんさんもこの点には強く同意します。偏差値は単純化のための言葉であって、低学歴とされる人にも素晴らしい人はいるし、ピカピカの学歴でも「大丈夫か?」と思う人に会ってきた、と認めました。
炎上する人としない人を分ける「世界の見え方」
いなけんさんは、何が人を分けているのかを改めて考え、「世界をどういう切り取り方で見ているか」によって優しさが変わると整理します。
いなけんさんの説明はこうです。自分に見えている世界を100%だと思い込むのか、それとも俯瞰して、相手の世界と自分の世界の両方があると理解できるのか。その差が大きいというのです。
自分の内のゼロイチなのか、それ以外に他者もいた上での自分っていう自分の置き方なのか。ここの勘どころを持ってるか持ってないかが(炎上を起こす人かどうかを分けてる)。
しもちゃんはこれをオリンピックのマークやベン図にたとえて理解します。自分の世界という円と他者の世界という円に、重なりがあるかどうかという話だと確認しました。
見えている範囲がすべてだと思い込み、他者の世界を想像しない。噛み合わない相手を叩きやすい
俯瞰して自分と相手の世界を客観視できる。相手がどう思うかを考えられる
「なぜこの人はこう考えるのか」に思いを馳せる
いなけんさんは、視野の狭い人に出会ったとき、目の前の言動そのものより「なぜこの人は視野が狭いままこの年まで来たのか」に思いを馳せてしまうと言います。
「この人ってどういう生育環境でこういう思考プロセスになったんだろう」をなんか気にしてしまう。
しもちゃんも強く共感し、相手の人生を聞きたくなると言います。ホスト自身の経験から、たどっていくと多くの場合は家庭環境に行き着き、そこに何らかの執着があると分析しました。
しもちゃんの見立てでは、その執着があると、普段はロジカルな人でも一部だけロジックがいびつになるといいます。その違和感をたどると、家庭環境に行き着くことが多いという話です。
「相手の気持ちを考えろ」が作った自分
この流れで、いなけんさん自身の家庭環境が話題になります。いなけんさんは、父から幼い頃から今に至るまで刷り込まれてきた言葉があると振り返りました。
妹に対して悪いことをしたときなど、何百回とわからないほど言われたのが「相手の気持ちを考えろ」という言葉だったといいます。いなけんさんは、それが家族の第一方針のような教育だったと感じています。
自分の考えじゃなくて、相手がどう思うかで自分の行動を決めろっていうのを、ちっちゃい時から刷り込まれたせいで、逆にそこを気になってしまう人間になった。
その結果、いなけんさんは自分の軸があまりなく、「相手が喜ぶ行動はどれか」に自分を当てはめて生きていると分析します。周りからは「優しい」「気が利く」と評価されるものの、自分ではそう思ったことがないといいます。
しもちゃんは、それに苦しみや自己抑圧はないのかと尋ねます。いなけんさんは「あまりない」と答え、ホストは「苦しくないなら全然いいんじゃないか」と受け止めました。
最後にいなけんさんは、大学生の暇な時期に至ったという哲学的な考えに触れます。突き詰めると「自分という存在はいない」という感覚だといいます。話がここまで来たところで、収録は前編の区切りを迎えました。
まとめ
総裁選のニュースから始まった雑談は、SNS炎上の構造、人の思考を分けるもの、そして優しさの正体へと広がっていきました。二人の意見は偏差値や優しさの捉え方でぶつかりつつ、「世界の見え方」という一点で交わっていきます。
- 高市さんの「馬車馬働きます」発言は、切り取られて真意と違う形で炎上したとイナケンさんは見ている
- ホストは、炎上に振り回されるのは自分の意思決定の軸が育っていないからで、知識を入れたほうが心安らかに生きられると説く
- イナケンさんは、スマホ普及でSNSのパイが広がり「普通の基準」が薄まったことが炎上の背景にあると分析する
- 炎上を分けるのは、自分の世界を100%と思い込むか、他者もいた上での自分と捉えられるかの違いだと二人は整理した
- イナケンさんは、幼少期の「相手の気持ちを考えろ」という教育が、自分の軸の薄さと「打算的な優しさ」につながったと振り返る




