労務・コンプラを扱う回、まずは「専門家ではない」という前置きから
第23回は、これまでとは少し毛色の違う労務・コンプライアンスの話がテーマです。宇尾野さんは、この分野が組織づくりの相談の入り口になることは少ないものの、話を進める過程で頻繁に出てくると話します。
冒頭では、二人が社労士などの専門家ではないという前置きが置かれました。踏み込みすぎて誤った内容を伝えないための断りです。
これはもう人事とかね、経営者の方にとっては切り離せない、いろんな悩みとともにある話題ですね。
事業人としては組織づくり全般に関わる中で、宇尾野さん自身が顧客企業の労務まわりに渦中で入り、やりとりすることもあると説明されました。
労務トラブルで最も多いのは「残業時間のカウント」
池原さんが「よくある悩み・トラブルあるある」を尋ねると、宇尾野さんはまず頻度の高いものとして残業時間を挙げました。勤怠管理から未払いへと派生するケースです。
残業の時間をどうちゃんとカウントするか。勤怠管理みたいな話から、結果的にそれが実は未払いだったとか、ちゃんとカウントできてなかったとか。
多くの会社が結んでいる三六協定と職場環境がうまく合わなくなるケースもあると指摘されました。
さらに一定規模になると導入される裁量労働制や管理監督者の制度が、うまく活用できず適法ギリギリで運用されているケースもあると話されました。宇尾野さんはそれを見ればコメントして是正を促すものの、すべてを見切れない状況もあると認めています。
こうした問題は、後からの監査や従業員からの声、とりわけ退職者からの外部への話をきっかけに表面化することが多いといいます。
見たくなかったものを見るみたいな場面が、経営をやってる中でも何度か皆さんあると思いますけど。
悪意ではなく「気づけない仕組み」から起きる
池原さんが労働時間を起因とした賃金や健康問題のトラブルが最も多いのかと確認すると、宇尾野さんは同意しつつ、その多くは経営者の悪意によるものではないと補足しました。
どちらかというとそこの管理がちゃんとできていなかったとか、気づいたらそういう構図になってたけど、そこにちゃんと気づける会社の仕組みになってなかったとか。
池原さんは、創業初期は経営者自身に労働時間の概念がほとんど関係なく、無我夢中で働くうちに仲間が増え、勤怠管理まで頭が回らないまま会社が大きくなるケースを挙げました。
もう社長はまあ、極論ずっと働けるので。
宇尾野さんは、社長自身に管理監督される実体験が少ないと、会社としての制度化がいびつになりやすいと話します。勤怠管理を「なぜそんなものがいるのか」と内心で思っている経営者も少なくないといいます。
経営者やリーダーは体力・気力・志を持って会社を推進しているぶん、そこまでの気持ちが育っていない新入社員などとは、時間の使い方や仕事と生活のバランスの感覚が異なることもよくある、と整理されました。
退職勧奨は「それまでの蓄積」でこじれる
労働時間に次いでよくある悩みとして、宇尾野さんは退職勧奨を挙げました。合わない社員に対して「合わないのではないか」と伝えるコミュニケーションです。
経営者の方が一番気持ちも含めて、時間も気持ちもかかるところだったりもします。
在籍が長い人へのコミュニケーションもあれば、入り口段階での試用期間の活用がうまくいかず、誤用されているケースもあると話されました。宇尾野さんは「そんなことやってたんですか」とヒヤヒヤしながら聞くこともあるといいます。
池原さんも、起業家の悩みを聞く中で退職勧奨のリアルな話をよく耳にすると共感しました。フィットが難しい場合の対応は悩ましいところだといいます。
一方で宇尾野さんは、転職が一般的になった時代では、退職勧奨は必ずしもネガティブな話ばかりではないと指摘します。より良い会社を見つけるチャンスにもなり得るためです。ただし、それまでのコミュニケーションの蓄積によってこじれることが本当によくあると話されました。
就業規則は数名〜数十名から。新規事業のたびにシミュレーションを
池原さんが「どの段階で労務を整えればよいか」と尋ねると、宇尾野さんは制度化・仕組み化と、労働時間などの基本整備を分けて説明しました。
本格的な制度化は、同じ属性の人が増え、ルール化しないと制御が難しくなったタイミングで行うものだといいます。
一方で労働時間の管理や就業規則づくりは、社員が増えるとわかった段階で社労士にも入ってもらい、数名〜数十名ほどの規模から着手してほしいと話されました。
さらに宇尾野さんは、悩みの種類や深さは、新しい事業や新しい職種など、これまでと違う属性の人が入ると起きやすいと指摘します。だからこそ、新しいチャレンジの際に「こういう人が増えるとどうなるか」を簡単にでもシミュレーションしてほしいと勧めました。
新卒採用するとかでも、やっぱすごくわかりやすく働き方変わるので。
ハラスメントを防ぐ鍵は「受容感」と「居場所」
池原さんは、残業や賃金は定量的に測れる一方で、ハラスメントのような定性的な労務トラブルもあるのではと問いかけました。
宇尾野さんは、ハラスメントは相談しづらくオープンになりにくいためパターン化が難しいとしつつ、防ぐ観点を大きく2つ挙げました。1つは最低限のコミュニケーションの衛生が整っているかどうかです。
もう1つの核として宇尾野さんが強調したのは、社員が組織からの受容感や居場所を感じているかどうかです。居場所を感じていれば、多少きついコミュニケーションもハラスメントとは受け取られにくいといいます。
自分自身がこの会社にいる意味を感じてない時に(冷たい言葉を)言われると、すごくそれに対する反応が強くなる。
だからこそ、前回のテーマであったメンタリングやコーチング、1on1を通じて、社員が自分の意味や価値を考える機会があるかどうかが大きいと話されました。
基本的なベースとしての信頼感があった上での厳しさなのか、そこがすっぽり抜け落ちた上での何かプレッシャーなのかによって全然違いそうですよね。
宇尾野さんは、受容感や信頼関係は常に安定しているわけではなく、天気のように晴れの日もあれば曇りや雨の日もあると付け加えました。同じ言葉でも今日は大丈夫で明日はダメということが起こり得るため、難しいコミュニケーションほど相手のコンディションを意識してほしいといいます。
多少きついコミュニケーションやプレッシャーも、ハラスメントとは感じられにくい
自分の居場所や価値を実感できず、冷たい言葉への反応が強くなりやすい
ホワイトかブラックか。答えは「事業の目的」次第
池原さんは、ブラックめの企業と超絶ホワイトな企業を比べたとき、成長との両立に迷う経営者も多いのではと問いました。
宇尾野さんは、そもそもホワイトさとは「働く人にとってのホワイトさ」であり、何のために働くのかという事業の目的次第で置き方が変わると答えます。目的への意思がないまま従業員が受け入れやすいものばかりを追うと、際限なくホワイトになっていくといいます。
そこに意思がないというか、事業としての推進する方向性との整合が取れてないっていうのはよくありますよね。
法律や世相に合わせて環境を整える動きは必要としつつ、宇尾野さんは、売上やゴール、品質、顧客の声といった自社が追いたいものを起点に、働き方や仕事のスタイルを定期的に見直す機会を持つとよいと勧めました。
池原さんは、踏ん張るフェーズで長時間労働が必要なこともあるが、それが常態化し、経営者も含めて最低限の睡眠や食事が取れない状況が続けば、中長期でも会社にとって良くないと指摘しました。
宇尾野さんは、近年はホワイトを追求しすぎたり、自由な発想を期待するあまり「放牧」のように好き勝手やってよいと解釈されるルール設計の会社も増えていると話します。その場合、組織として何かを追求するスイッチが入りにくくなるといいます。
「船を乗り換える」ように、時間をかけて方向を変える
池原さんが、自由すぎる状態の顧客をどうチューニングするのかと尋ねると、宇尾野さんはコントロールできる範囲によると前置きしました。
後から「突き抜けたい」という方向性が出てきた場合は、その方向を言葉にして伝えやすくすることに加え、経営者が抱く「違う船に乗り換える」感覚を一緒に扱うといいます。
新しい方に乗り換えた時に、何を元々の船に置いていかなきゃいけないのか、新しい船に乗る時にどんな準備が必要なのか。
宇尾野さんは、こうした乗り換えを1日2日ではなく、何ヶ月かかけてじっくり向かっていく組織変革のプロセスとして、丁寧に進めることを勧めました。
ただし注意点として、経営者が新しい方向を「まったく違う船」として捉えていれば話しやすいものの、「こっちが当然でしょう」「今までのことはもう関係ない」という態度になると、社員はついていきづらくなると指摘されました。リーダーの指針の置き方が重要だといいます。
労務が後手になるか先手になるかは、リーダーの関心次第
池原さんは、ホワイトすぎる状態の調整でもブラックの是正でも、リーダーのマインドセットが労務に大きく影響するのではと投げかけました。
宇尾野さんは、労務問題が未然に見つかる会社は、経営者が労働時間や社員のコンディションへの意識が高いと話します。経営会議で労働時間をモニタリング指標に入れていたり、組織サーベイで変な数字が出たらすぐ対処したりするスタンスができているといいます。
後から見つかると事業推進のブレーキになるため、宇尾野さんは先手先手で対応できるとよいと話しました。
池原さんは、最初は重要だが緊急ではなかった問題が蓄積し、上場などのタイミングで重要かつ緊急な課題として噴き出すと整理し、早めの対応の大切さを確認しました。
宇尾野さんは、上場した先輩経営者などから「これは気をつけたほうがいい」と言ってもらえる関係を持つ人は、感情や価値観を脇に置いて通るべき道として対策していると話します。そうしたネットワークがなくても、この回をきっかけにアンテナを高く張ってほしいと呼びかけました。
チェックリストの中心は「組織のコンディションを測る」こと
池原さんが、気をつけるべきチェックリストのポイントを尋ねると、宇尾野さんはまず勤怠管理システムよりも、組織のコンディションを測るサーベイやアンケートを挙げました。
項目は充実感やミッションへの共感、負荷の高低など、ライトなものからでよいといいます。社員の時間と感情を知るプロセスが大切だと話されました。
宇尾野さんがとくに勧めたのは、マネージャー向けのアンケートも取ることです。マネージャーが感じている負荷は、その先のメンバーも同じように感じているケースが多いためだといいます。
マネージャーが感じてる負荷みたいなことって、その先にいるメンバーも同じように負荷を感じているケースが多い。
池原さんは、これを健康診断のように定期的に行い、負荷が高そうな部署をヒアリングして労働時間を調整していくイメージだと確認しました。
宇尾野さんは、事業構造上どうしても負荷が高くコンディションが低くなる部署もあり得るとしつつ、そのままでは長続きしないため、どうすれば良くなるかを経営レベルで向き合ってほしいと締めくくりました。
キーワードはね、きっとこう、見える化していくっていうことがね、労務コンプラでは必要なんだなということが分かりました。
まとめ
労務・コンプラは後手になりがちですが、その多くは悪意ではなく「気づける仕組みがない」ことから生まれます。社員の受容感や居場所づくりに投資し、組織のコンディションを見える化することが、トラブルの予防にも事業推進にもつながると語られました。
- 最も多い労務トラブルは残業時間のカウントで、多くは悪意ではなく管理・気づきの仕組み不足から起きる
- 就業規則や勤怠管理は数名〜数十名の段階から整え、新規事業や新職種の前にシミュレーションしておく
- ハラスメント予防の鍵は、社員が組織からの受容感や居場所を感じられているかどうかにある
- ホワイトかブラックかの正解はなく、事業の目的を起点に働き方を定期的に見直すことが大切
- 労働時間やコンディションをサーベイで見える化し、マネージャーの負荷も含めて先手で対処する







