予備校で英文解釈に出会った私
私は昔、英文解釈というものを知りませんでした。
予備校に浪人して入って、そこで本格的に学んだんです。富田一彦先生のもとで、「あ、こうやって英語を読めばいいんだ」ということがわかりました。
正直、今となっては、あれがなかったら今の実力にたどり着けていたかどうか、自分でもわかりません。
だから私は英語を教えるとき、やっぱり「英語の形を見ましょう」という話はするんです。
ただ、構文解析や英文解釈って、ちょっと癖が強いんですよね。英語を話すこととぶつかり合っている感じがして、それで反対派が生まれるというのも、見ていていつも思います。
その気持ちはわかるので、私はどこまで解釈をするか、その人の英語力やつけたい英語力によって指導の仕方を変えています。
でも、自分なりに結果が出せているところがあるので、どうしても「こっちの方がいいですよ」と勧めちゃうな、とも思うんです。
TOEIC指導で変わってきた私のスタンス
私が主に教えているのはTOEICです。この13年で、どれだけ深く読んだ方がいいのかという考えは、割と変わってきました。
長いあいだ、「ちゃんと見た方がいいよ」というのが自分の指導の中心でした。
TOEICの英文はそんなに複雑ではないので、主語が何で動詞が何で、飾りが何で、ということはわかっていた方がいい。どのスコア帯でも同じことが言える、というのが私なりの主張だったんです。
でも最近は、あんまりそう言わなくなりました。
もちろん990とか本当の高みを目指すなら、それくらいはできていないと、とは思います。ただ、私は600点を目指す学生に教えることが多いんですね。
そこに構文解析を教えられるかといえば、教えられるんですよ。知識としても持って帰ってもらえます。
でも、それをしっかりやったから600点にたどり着くかというと、やらなくてもたどり着く方法はあると思って、ここ数年は指導しています。
特に今年、2026年度はそうです。英文の形にはあまり突っ込みすぎないようにしています。
形を見る目より、問題を見る目
大西泰斗先生に勝手に師事している私は、「説明ルールで」といったことは伝えますが、細かい構造まではあまり教えないです。
もちろん、それがわからないと文法問題が解けない場合はあるので、時と場合によります。
ただ、全文の形を見た方がいいかというと、そんなことはないんです。
むしろ、その問題で何が問われているか、その問いに対して何が必要か、を教えるようにしています。
単語や文法の知識もそうですし、どういう見方をしたらいいのか、というところまでですね。
形が見れなくてもできることってあるんですよ。特に600点を目指すなら、英文の形を見る目より、問題を見る目を養った方がいいなと思いました。
思い込みでやってしまっていたり、思考をすっ飛ばしている部分があったり。そういうのを地道に見つけては潰していく。本番でも同じことをやらないようにする、というのがTOEICでは言えるなと思います。
話すときも、形とはうまく手を取り合った方がいい
英語を話す面では、複雑な文は話さないので、そんなにやらなくてもいいなとは思います。
ただ、話しながら思うんですけど、結局話すときも形に乗せて話していくわけですよね。
だから逆行するようで、案外うまく手を取り合っていった方がいいな、とも思うんです。
構文解析が大事な場所として、よく大学受験が挙げられます。でも、それをみんなができなきゃいけないかというと、そんなことはない。
ただ、それくらい難しい英文が世の中にはあって、自分が英語をやっていく中で、形を見なきゃいけない場面はきっとあるはずなんですね。
形が見抜けるということは、意味がわかるということでもある。パズルっぽい側面もあれば、単に実用的でもあるじゃないですか。
英文解釈をどういう位置づけに置いたら、もっと日本の英語教育が良くなるのか。そこはもう少し考えたいな、と思っています。
知らない人は、大学受験の本などで一度見てみてもいいと思います。逆に必要ないと思う人も、見てから判断してほしいんです。
『思考する英文法』を読み直して気づいたこと
英文解釈というと、私の中では冨田先生に習ったという記憶が強いです。
冨田先生の代表作というか、これまでをまとめた『思考する英文法』があるんですけど、これを見ていて、ふと「あ、確かにこれなのでは」と思ったんです。
冨田先生の教えは、今までやったことをうまく使うんですよね。手持ちの知識で問題を解く喜びを、私はそこで知りました。
今師事している大西先生とも共通点があるとずっと感じていて、少ない手持ちの知識で自分の頭を使って英語を使っていこう、というスタンスが好きなんです。
『思考する英文法』の冒頭に「抽象化の目的」というページがあって、言語の性質を3つ挙げているんですね。
- コンパクトで統一されていること
- 例外が少なく、あっても処理しやすいこと
- 融通と応用が利くこと
ここなんですよね、多分。一定の知識を持って、見る目や頭を使えばカバーできる、対応できるということです。
これ、富田先生も大西先生も言っていることなんですよ。
実はこれ、最近モヤモヤしていたことの一つとつながりました。いろいろ英文法の本を見ているんですけど、知識が多いんですよ。
こういうルールがあって、こういうルールがあって、と続いて、読み進められないんです。覚えなきゃいけないことが多くて。
それを完璧に頭に入れて英語に臨むのは難しいじゃないですか。だから富田先生の言っていることが自分に響いていて、ルールを網羅しようとするものにストレスを覚えるんだな、と気づきました。
もちろん逆の人もいると思うんです。起こっている現象すべてに説明がほしい、書いてある通りがいい、という人ですね。そこは人それぞれだなと思います。
まとめ
英文解釈をやるべきかどうかは、大学受験をやらないから、難しい英文を読まないから不要、というほど単純ではない、というのが今の私の考えです。まずは一度見てみて、自分の目指す方向との位置づけを考えてほしいな、と思っています。
- 私自身は予備校の英文解釈で今の英語力の土台を作ったが、全員に押し付けるものではないと思っている
- 600点を目指すなら、英文の形を見る目より問題を見る目を養った方がいいと考え、指導方針も変えてきた
- 話すときも結局は形に乗せるので、解釈と会話はぶつかるようで手を取り合った方がいい
- 『思考する英文法』を読み直し、少ない知識と自分の頭で対応するスタンスが自分に響いていると気づいた



