出張明けの通常配信と、届いた交雑の質問
この回は10月20日の火曜日、川上さんが出張から戻って久しぶりの通常配信です。最高気温23度、雨のち曇りの天気のなか、この日は毎月恒例の餌屋さんとのミーティングがあり、午後に晴れれば、たまっていた堆肥の注文を運ぶ予定だと話しています。
テーマは、前回の牛の交雑や雑種強勢の話を受けて届いたリスナーからの質問です。ブラウンスイスやジャージー、ガーンジーなどほかの品種とも掛け合わせているのか、という内容で、川上さんは「牛の話をゴリゴリしていこう」と予告しています。
(ミルクフェスを)きっかけに色んな酪農家さんのことを知ってもらって、乳業の色んな取り組みを知ってもらって、応援していただけたら嬉しいなと思います。
出張先のミルクフェスには多くの人が来場し、SNSでもたくさんの投稿があったそうです。そのうえで川上さんは、脱脂粉乳が積み上がっている現状にも触れ、毎日コップ1杯の牛乳を続けてほしいと呼びかけています。
ほかの乳用種は混ぜている?質問への結論と5つの交配
お便りコーナーで読まれたのは、配信アプリSpoonのリスナーからの質問です。
川上牧場さんの牛さんは見た目ホルスタインなんだなぁと見えるのですが、ジャージー、ブラウンスイス、ガーンジーなどの交雑はされているのですか?何パーセントとか入っているのですか?
ジャージー ── イギリス海峡のジャージー島原産の乳牛。体は小さめで茶色く、乳脂肪や乳タンパクの濃い牛乳を出すことで知られていますやブラウンスイス ── スイス原産の乳牛。茶色がかった灰色の体で、丈夫さや乳タンパクの多さが特徴とされますについて、川上牧場では昔は実際に飼っていて、その種も使っていたそうです。ただ現在の結論は、乳用種同士の交雑はしていない、というものです。
交雑、乳用種同士の交雑っていうのはやっていないっていうのが結論かなと思います。
そのうえで川上さんは、ホルスタインに何を交配し、生まれた牛を残すのか販売するのかを考えていると話します。ほぼホルスタインだけを飼う川上牧場では、交配の選択肢を5つ持っているそうです。
| 選択肢 | 中身 | 生まれる子牛 |
|---|---|---|
| 性判別精液 | メスが90%以上で生まれる精液 | ホルスタインのメス |
| 通常精液 | オスとメスが半々の普通の精液 | ホルスタイン |
| 黒毛和牛の受精卵移植 | 和牛同士の受精卵をホルスタインに移植 | 黒毛和牛 |
| 黒毛和牛の交配 | ホルスタインの母に黒毛和牛の父 | 交雑種(F1) |
川上さんは数え方を「一二三四五種類」と口にしていて、表のほかにゲノム検査を加えた5つの道具で交配計画を考えている、という整理です。ここからは、それぞれの使い分けが具体的に語られます。
見た目だけで血統の割合はわかるの?
まず、質問にあった「見た目はホルスタインだけど、何パーセント入っているのか」という点について。川上さんの答えは、見た目だけでは正確にはわからない、というものです。
白黒模様だから100パーセントホルスタイン、茶色っぽいからジャージーが何パーセントという判断はできないんですよね。
交雑を何世代も重ねると、祖先にどの品種が入っているかは見た目ではわからなくなることもあるそうです。黒毛和牛も、もともと体の小さかった原種を大きくするために海外の血を入れた背景がある、と川上さんは例に挙げています。
正確に血統を知るには、血統登録 ── 牛の親や祖先の情報を公的に記録する仕組み。登録されると血統証明書が発行され、品種の割合なども確認できるようになりますの記録や血統証明書を調べるか、必要に応じてDNAで親子判定をする必要があります。黒毛和牛は登録時に血統情報を確実に調べるので安心だそうです。
一方でホルスタインは、血統登録をしていなくても牛乳が出れば出荷できます。そのため、北海道から買ってきて血統がまだわからない牛にブラウンスイスやジャージーが入っているかどうかは、わからないというのが正しい答えだと川上さんは話しています。
ゲノム検査で、どの牛から娘を残すかを決める
では川上牧場は今どうしているのか。まずやるのが、牛のDNAを調べるゲノム検査です。DNA上のたくさんのSNP ── 一塩基多型。DNAの配列のうち1か所だけ文字が違う部分のこと。個体ごとの違いを調べる目印として使われますの違いを調べ、血統情報や牛群検定のデータと組み合わせて、その牛が持つ遺伝的な能力を推定する仕組みです。
日本の乳用牛のゲノム評価では、乳量だけでなく、乳脂肪、乳タンパク、繁殖性、病気へのかかりやすさ、体細胞スコア、在群能力、暑熱耐性、難産率、死産率など、かなり多くの項目が評価されているそうです。
ゲノム検査をする目的は、単純に一番お乳が出そうな牛を探すということではなく、その牛の遺伝子を次の世代へ残したいのか、そこを見るためにします。
川上牧場が重視するのは、健康で足が強く、繁殖性がいいこと。乳量はそこそこで落とさないようにしつつ、乳成分や飼料効率のいい牛を選んでいるそうです。
ゲノム評価を見て次の世代に残したいと判断した牛には、ホルスタインの性判別精液を使います。乳牛で次に搾乳するのはメスなので、残したい牛からできるだけメス子牛を作るのはとても合理的だと川上さんは説明しています。
昔ならこの牛はいい牛だから娘が生まれたらいいなって思っていたものを、今はいろんな技術とか使って、この牛から娘を残す確率を上げるということができる。
ただし川上さんは、ゲノム評価が高いからといって必ず最高の牛になるわけではない、と念を押します。ゲノム評価はあくまで遺伝的能力の予測値で、実際の牛は餌、暑さ、病気、分娩、牛舎環境などの影響も受けるからです。
そのため、ゲノム検査は未来の答えではなく、交配を決めるための精度の高いヒントとして使うのがいい、というのが川上さんの考えです。
評価が高くない牛はどうする?受胎率・産歴・分娩難易度
もし全頭に性判別精液を使えば、メス子牛はたくさん生まれます。けれど牧場で必要な後継牛の数には限りがあります。川上牧場の牛舎は80頭が入る広さで、そこに100頭を入れたら困ってしまう、と川上さんは具体的に話しています。
後継牛を抱えすぎると、育成の餌代も場所も労働力もかかります。だからこそ、どの牛からホルスタインの娘を残すのかを選ぶことが、今の繁殖管理でとても重要になっているそうです。海外でも、評価の高い牛に性判別精液、その他の牛に肉用種の精液を使う戦略が広く研究・利用されているといいます。
とはいえ川上牧場では、後継牛を残さない牛に一律で黒毛和牛をかけるわけではありません。受胎率、産歴、分娩難易度、今の繁殖状況などを見て、ホルスタインを受精するのか、黒毛和種の受精卵移植を使うのかを決めています。
ゲノム検査
遺伝的な能力を推定し、次の世代に残したい牛かを見る
評価の高い牛
ホルスタインの性判別精液でメス子牛を狙う
その他の牛
受胎率・産歴・分娩難易度・繁殖状況を確認する
牛ごとに選ぶ
ホルスタインの受精、黒毛和牛の受精卵移植、黒毛和牛の交配から決める
受胎率を見る理由について、川上さんは、なかなか妊娠しない牛に、受胎率がやや不利になりやすい性判別精液を使い続けていいのか、という問題を挙げます。分娩の間隔が長くなるほど餌代がかかるため、その間隔を短くする工夫も考えるそうです。
一方で、技術の改良や授精の管理で成績は変わるので、性判別精液は必ず受胎しにくいと決めつけるのも違う、とも付け加えています。
産歴を見るのは、若い未経産牛と何度も分娩した経産牛では、繁殖や分娩のリスクが同じではないからです。この種がいちばんいいから全頭これ、ではなく、牛によって最適解が違う、という考え方です。
川上さんがとくに意識するのが分娩難易度です。母牛の骨盤に対して子牛が大きすぎると難産になり、母牛にも子牛にも大きな負担がかかります。そのため種牛を選ぶときも、乳量や肉質だけでなく、難産率などの分娩に関わる項目を見ているそうです。
ホルスタインから生まれた黒毛和牛は「半分ホルスタイン」?
一般の人がいちばん混乱しやすいのが、黒毛和牛の受精卵移植だと川上さんは話します。ET ── Embryo Transferの略で、受精卵移植や胚移植のこと。別の牛で作った受精卵を、代わりの母牛の子宮に入れて妊娠・出産させる技術ですは、ホルスタインに黒毛和種の精液をかけるのとは違い、黒毛和種の父牛と母牛から作った受精卵をホルスタインの子宮に移植するものです。
そのホルスタインはお腹を貸して子牛を産んでいくということですね。
つまり、ホルスタインが黒毛和牛の子牛を産んでも、その子は半分ホルスタインではありません。遺伝子は受精卵を作った黒毛和種の両親から受け継いでいて、お腹を貸したホルスタインは遺伝的な母親ではない、というのが川上さんがぜひ覚えて帰ってほしいポイントです。
黒毛和種同士の受精卵を移植。生まれるのは純粋な黒毛和牛で、ホルスタインはお腹を貸すだけ
ホルスタインの卵子に黒毛和種の種を受精。生まれるのは乳用種と黒毛和種の交雑種
見た目は同じ「ホルスタインから生まれた黒い子牛」でも、人工授精か受精卵移植かで遺伝的には全く違う。川上さんは、これは一般の人にはかなり面白いところかもしれないと話しています。
受精卵移植を使う理由の1つは、乳牛のお腹で黒毛和種の子牛を生産できることです。さらに、後継牛を作らないと決めた牛でも、健康なお腹と妊娠・分娩の力を別の価値に変えられます。乳牛1頭の役割を、遺伝子を残す牛と、子牛を産む牛に分けられるようになった、というわけです。
成績の悪い牛を切り捨てるのではない?10年後の牛群の設計
ここで川上さんは、少し哲学的な話をします。ゲノムを調べて上位の牛から娘を残し、下位の牛からは後継牛を作らない。こう聞くと、成績の悪い牛を切り捨てているように聞こえるかもしれません。
けれど牛群には飼える頭数の限界があり、全ての牛から娘を1頭ずつ残すことはできません。だからこそ、病気になりにくく、繁殖しやすく、長生きで、足や乳房が丈夫で、暑さに強く、ちゃんと牛乳を出す方向へ、牛群全体を少しずつ変えていくのだと川上さんは話します。
昔は血統、母牛の乳量、体型を見て、経験則で種牛を決めていました。それは今でもとても重要だとしたうえで、ゲノム情報が入ったことで、まだお乳を出したことのない若い牛でも、以前より早く遺伝的な能力を予測できるようになったそうです。
生まれてから結果を見る。血統・母牛の乳量・体型と経験則で種牛を決める
生まれた時点で次の世代を考える。ゲノム情報で若い牛の遺伝的能力を早めに予測する
それでも川上牧場では、ゲノムの1位から10位は性判別精液、11位以下は全部和牛ETといった機械的なやり方はしていません。ゲノム評価は高くても受胎しにくい牛や難産する牛、高齢の牛もいます。逆に、評価は飛び抜けていなくても毎年きっちり妊娠して元気に残っている牛もいるからです。
日本の遺伝評価も、乳量だけでなく疾病抵抗性、繁殖性、在群能力、子牛の生存能力、暑熱耐性、長命連産効果まで見るようになってきたそうです。育種の世界でも、いちばんお乳を出す牛がいちばんいい牛、とは限らなくなっているということです。
そういう崩れにくい目立たない牛っていうのを、増やしていきたいなと思います。
川上さんは、交配を「どのオスをかけるか」だけの話ではないと言います。この牛から娘を残すのか、残すならどの種牛にするのか、性判別精液か通常精液か和牛ETか、そして安全に妊娠・分娩できるのか。全部を含めて繁殖設計なのだと話しています。
質問への答えのおさらいと、調べたい人への案内
最後に川上さんは質問への答えをおさらいします。川上牧場では、ジャージーやブラウンスイス、ガーンジー ── イギリス海峡のガーンジー島原産の乳牛。黄色みがかった濃い牛乳を出すことで知られる品種ですといった乳用種を何パーセントか入れていることはない、というのが結論です。
いまの中心は、ホルスタインの中でどの遺伝子を次の世代に残すかです。評価の高い牛には性判別精液、その他の牛には繁殖成績を見ながらホルスタインの受精や黒毛和牛の受精卵移植を使っています。受精卵移植なら、両親とも黒毛和牛の純粋な黒毛和牛が生まれることも、改めて強調しています。
用語がわからない人には、公式LINEからつながる「酪農データバンク」で「受精卵移植」「性判別精液」などを検索してみてほしいとのこと。Kindle本『酪農未経験者のために 遺伝改良と飼料設計編』や、その内容を読み込ませたFarmEcho AI ── 川上牧場が作ったAI。Kindle本のデータを読み込ませていて、交配の悩みなどを質問できるとされています、黒毛和牛の近交係数がわかる和牛交配チェックも紹介されました。和牛交配チェックは86名が使っていて、年内に100名を目指しているそうです。
まとめ
ジャージーやブラウンスイスを混ぜているのか、という素朴な質問から、川上牧場がゲノム検査と5つの交配を使い分けて、10年後の牛群を設計している姿が見えてくる回でした。気になった用語は、酪農データバンクで調べてみてくださいね。
- 川上牧場は現在、ジャージーやブラウンスイスなど乳用種同士の交雑はしていない
- 見た目だけでは血統の割合はわからず、血統登録やDNA検査で確かめる必要がある
- ゲノム評価の高い牛には性判別精液、その他の牛は受胎率・産歴・分娩難易度を見て交配を選ぶ
- 受精卵移植で生まれる子牛は純粋な黒毛和牛で、ホルスタインはお腹を貸すだけ
- 目指すのは乳量だけでなく、健康で繁殖しやすく、崩れにくい牛が増える牛群

