声が大きすぎる人はオンライン会議で嫌われる?
モヤモヤラジオのこの回は、おぐりんさんの声の大きさをめぐる軽い雑談から始まります。えばちゃんが帰宅したところで、えばちゃんの声がどんどん小さくなっていると、おぐりんさんがからかいます。
えばちゃんは、おぐりんさんの声が大きいのだと返します。おぐりんさんは、何人かのオンラインミーティングで自分が話し出すと、数人が音量を下げているのではないかと想像することがあるそうです。
ちょっとガビガビ下手すると言ったりするじゃん。一人だけ声大きくて。
僕多分ね、下手するとそれ(音割れ)巻き起こしてると思う。
おぐりんさんの声の大きさは子どものころからで、公園で遊んでいると、おぐりんさんの声だけが家まで届いていたと言われたほどだといいます。
ヒョロヒョロで、昔はもっと色白で、なんか病弱そうに見える体からのでっけえ声出てくるから周囲が驚くっていう。
ユングのタイプ論から、INFJとINFPの違いを探る
この回のテーマは、心理学者ユングを取り上げようという話から生まれました。ユングといえばMBTIだ、という流れです。
おぐりんさんはINFJです。MBTIが流行る前からユングのタイプ論に興味を持った時期があったと、言い訳がましいのは嫌だと前置きしつつ打ち明けます。大河ドラマになる前から豊臣秀長が好きだった、という話も添えられました。
このバンドが売れる前から知ってるし、俺みたいな。
一方のえばちゃんは、INFPのAで、タイプ名は仲介者です。えばちゃんの整理によると、二人は4つの軸のうち3つが同じで、外界への接し方だけが違います。
| 軸 | おぐりん(INFJ) | えばちゃん(INFP) |
|---|---|---|
| 興味関心の方向 | 内向型 | 内向型 |
| ものの見方 | 直感型 | 直感型 |
| 判断の仕方 | 感情型 | 感情型 |
| 外界への接し方 | 判断型(J) | 知覚型(P) |
えばちゃんが読み上げた解説では、J(判断型)は計画を立てて進めたい派で、決着をつけたい派です。急な予定変更や、計画通りにいかない状況にストレスを感じます。
P(知覚型)は臨機応変に動きたい派で、選択肢を常に開いておきたく、自由を好みます。ガチガチに決められたスケジュールを束縛と感じやすいといいます。
計画を立てて進め、決着をつけたい。急な予定変更や計画通りにいかない状況が苦手
臨機応変に動き、選択肢を開いておきたい。自由度がないことや先まで決められることが苦手
もう二人の違いを説明するのは、このJとPの説明だけで実は網羅できたんじゃないかってぐらい、書いてあったね、今ね。
おしまいです。
「すぐ判断してしまう」は可能性を閉じるのか
おぐりんさんには、判断型の性質に心当たりがあります。ジャッジを保留したほうがいい、というフィードバックを受けた経験があり、まず聞くことや傾聴が苦手だと自覚しているそうです。
し、そこ(すぐ判断してしまうところ)が可能性を、他者との協働の可能性とか、そういう可能性を閉じてるなっていうのはね、すごいね、ずっとピン立ってる。
えばちゃんは、それはネガティブケイパビリティ ── 答えの出ない状態や不確かさに、すぐ結論を出さずに耐える力のこと。詩人キーツが使った言葉で、近年はビジネスや医療の文脈でも注目されていますの訓練だね、と応じます。
おぐりんさんは、突然誘われた飲み会には絶対に行かないとも話します。「今日どう?」という誘いは計画にないから行きたくない、というのが判断型らしさだと感じたそうです。
自由が束縛された瞬間に消えていなくなるもん。
えばちゃんは知覚型の解説について「その通りでしかない」と答え、自由が束縛されると、その場から出ていってしまうと話します。
知覚型のえばちゃんは何に困っているのか
おぐりんさんは、モヤモヤする側という番組の設定を保ったまま、えばちゃんに質問します。判断型の自分は他者や社会とのつながりを閉じがちだと感じるが、知覚型の自由さにも何か起きることがあるのではないか、という問いです。
えばちゃんの答えは、目標を持ってコツコツ取り組むことはできない、というものでした。さらに、自由でいたいために人を困らせているらしい、とも付け加えます。
ちょっと私は何も困ってないのであれですけど。
おぐりんさんは、この「私は何も困っていない」で話が終わってしまうところが面白いと受け止めます。判断型の性質で困っているのはおぐりんさん自身で、だから自分がモヤモヤする側なのだと気づきます。
えばちゃんは、場のルールによって強さが変わると説明します。臨機応変さが求められる場ではえばちゃんが向いていて、みんなで目標を持って進む場ではおぐりんさんのほうが強い、という整理です。
困ってないです。私困ってないです。周りが困ってるらしいです。
周りは困ってるんだけどって言われるのが不可解なことに対してやや困っています。
私はただみんなと歩いてたら気になったお花が咲いてたから見てただけなのにみたいな。
お遍路で気づいた「計画的な時間は貧しい」
えばちゃんの話を聞いたおぐりんさんは「俺でもPになりたい」と言い出します。きっかけは、最近行ったお遍路での体験でした。
おぐりんさんによると、お遍路の道中は宿や電車、バスが都合よくありません。たとえば泊まる宿は22キロ先なのに、その日は30キロ地点まで歩き、8キロ分を電車で宿に戻り、翌朝また電車で歩き終えた地点に戻ってリスタートする、という工程もあったそうです。
さらにバスや電車の本数が少ないため、2時52分のバスに乗れなければ次は18時ごろまでない、という日もありました。その時刻に間に合わせるために歩くと、歩く時間がまるで違うものになったといいます。
そうするとね、むちゃくちゃ貧しいの。歩いてる時間が。
「このペースなら何分に着く」「休憩はあと何分しか取れない」と考えて歩く日と、「今日は宿にゆっくり行けばいい」と歩く日では、豊かさが全然違ったそうです。
バスの時刻に間に合わせるため、ペースと休憩時間を計算しながら歩く。時間が貧しく感じる
その日の宿へゆっくり向かえばいいと思って歩く。時間が豊かに感じる
この体験から、おぐりんさんは判断型で計画的な時間には、貧しい時間が多いと認識したと話します。
えばちゃんは、そもそもなぜ8キロ余計に歩いたのかが気になります。おぐりんさんの説明では、出発前に全工程が決まっていて、1日40キロは歩けないため、余裕のある前日に8キロ進めておく計画だったそうです。宿の位置と1日の距離、両方で組み立てていました。
えばちゃんは、焦って歩いて貧しくなることも、一つの経験なのかもしれないと返します。ただ、えばちゃん自身はそんなに苦労したくないのでお遍路には行かないそうです。
オグリンから「足が痛いのは足があるからだよね」ってSlackでお遍路中に送られてくるから、「足があってよかったね」って返す。
荷物が多く、パソコンまで持ち歩く理由
おぐりんさんのお遍路は、6日間で160キロの工程でした。シルバーウィークで宿が空いていなかったり、イベントで宿が埋まる日があったりと、宿と距離のせめぎ合いの中で計画を立てていたそうです。予約や準備が早く、荷物が多いことも周りから言われるといいます。
えばちゃんなら、宿から宿までを1日の区切りにするだろうと話します。荷物が多いことにも首をかしげ、荷物を背負って歩くしんどさは計画に入っていないのかと尋ねます。
入ってるんだけど、有事の事態とかの想像が入っちゃってるから。
おぐりんさんは、洗濯機が使えない日を想定して着替えを3日分にする、といった備えが積み重なって荷物が増えると説明します。えばちゃんは、洗面所で洗えばいいのではと返します。
さらに、朝7時ごろから17時まで歩けば35〜40キロは行けるものの、おぐりんさんは15時台に歩き終え、風呂に入って18時の夕食を食べて寝たいという気持ちが強いそうです。そして今回のお遍路では、パソコンまで持ち歩いていたと打ち明けます。
パソコン持ち歩いてるのなんかもうなんか、なんかご利益薄そうじゃん。
おぐりんさんは、車や自転車で回ってもいいのだから、苦行という意味ではむしろ増していると反論します。えばちゃんにとっては、パソコンを持ち歩くことは「この世で一番やりたくないこと」だそうです。
おぐりんさんは普段パソコンを2台持ち歩いているといいます。パソコンが重いことより、持っていないことの不安のほうが大きいのかもしれないと話します。
なんでパソコン持ち歩いてないと不安かで、今浮かんだのは、なんか自分がボトルネックになって止めちゃうのが申し訳ないなみたいなのが多分先行してある
多分自己防衛的な何かが別に理由あるんだと思う。
バーベキューで仕切る人とどんぐりを拾いに行く人
えばちゃんの「誰かが何とかしてくれる」という言葉に、おぐりんさんは、仕事をする「経済動物」としての自分はそういう考えを持っていないと答えます。ただ、プライベートのえばちゃんは、キャンプでもバーベキューでも誰かが何とかしてくれると思っているだろうと指摘します。
基本的になんかミュールとあのドレスで参加した女の子みたいなバーベキューの参加仕方するよね。
えばちゃんのこの発言は、おぐりんさんのバーベキューでの振る舞いを指したものです。おぐりんさんは、やってくれる人がいる場では甘えているが、経済動物モードのときは違うと説明します。
仕切る側のおぐりんさんは、前日から下調べをし、炭の量が足りるか、子どもが来るならジュースも要るか、紙コップは足りるかまで考え、前日にクーラーボックスを用意してから当日に向かうほどだといいます。
えばちゃんは、パーティーは参加するより企画するほうが楽しいタイプです。ただ、他の人が仕切るバーベキューでは、ふらふらといなくなるそうです。
(その場に)いなくても大丈夫だし、その輪に入ってなくても。
輪に入って何もしてないより、どんぐり拾いに行った方が楽しいから。
えばちゃんは、話したり近くにいたりすることがすべてではなく、少し離れたところにいてもいいと考えているそうです。おぐりんさんは、それを言葉で説明させること自体が野暮かもしれないと感じます。
自由な人って自由でいたいって言わないじゃん。
で、自由でいられない人ほど自由でいたいし、こうやって俺は自由になってるんだって説明を不自由そうに説明するじゃん。
NFまで同じなのにPとJだけでこんなに違うのか、と首をかしげるおぐりんさんに、えばちゃんは「チンパンジーとの遺伝子の違いは1パーセントだけだって言うからね」と返しました。
大人数の場で「浮いている」のは誰か
おぐりんさんは、そもそも大人数のバーベキューには行かないそうです。輪に入っていないと浮いて見られるのが面倒でしんどく、話したくもない話を輪の中でするのも疲れるため、最初から行かなくなったといいます。
元々浮いてるんです、私。
おぐりんさんは、最近はむしろ自分のほうが世の中と接点を取れていないのではないかと感じていると話します。そこから二人は、浮いていない人などいないのではないか、という話に進みます。
浮いてる側と浮いてない側がなんか、を人間界が生み出してるだけで。そもそも個で見たら全員浮いてるよね。
だってみんな卵の中に入ってるんだもの。浮いてるに決まっているさ。
えばちゃんは、浮いている自覚があるからこそ、言葉が通じなくても気にせず、話の途中でふらっといなくなることもおかしいと思っていないと話します。
一方のおぐりんさんは、知らない場に行くと、浮いていないように演じなければと思うそうです。どんぐりを拾っていたほうが楽しいと思う場所ほど、そう感じるから行かないといいます。
その役(浮いてない人の役)与えられてないので、私。その台本もらってないので。
おぐりんさんは、大人数の場には最初「わかりやすい自己紹介をしてほしい」という台本があると言います。えばちゃんは、何を説明すれば人が納得するのかわからず、いつも言葉足らずになるそうです。
好きなものは卵です。苦手なものは太鼓の達人です
電車で席を譲るとき、どこまで察するか
おぐりんさんは、言われる前に察する場面について、東海道線での体験を例に出します。一番後ろの車両に、子どもを抱っこしてリュックを背負った母親がいて、揺れる区間もあるため、見ていた映画を止めて「座られます?」と声をかけたそうです。返事は「大丈夫です」でした。
おぐりんさんは、向こうから言ってこないけれど困っているのではと察したとき、えばちゃんならどうするのかと尋ねます。
気がつくは気がつくんです。気がついて、えーと、例えばそれがおばあさんとかだったら、とか、杖をついてる人とかだったら、あの、声をかけます。
私がいなくなった後にそこの席に誰が座るかは私の問題ではないけど、いなくなる。フラッと。
えばちゃんは、相手が座るべきだと言えるなら声をかけ、座ったほうがいいかもしれない程度なら黙って席を離れると話します。
困っていそうだと察して声をかける。断られた後も、空席に座りにくくさせたのではと気にし続ける
明らかに必要な人には声をかけ、そうでなければ黙って席を離れる。後に誰が座るかは自分の問題ではないと考える
おぐりんさんは、声をかけたことを後悔したといいます。「大丈夫です」と言わせてしまったせいで、横浜で席が空いても座りにくくさせたのではないかと、東京駅までずっと考えていたそうです。
全部推測なんです、僕の行動って。
えばちゃんは、声をかけたこと自体はいいことだと言います。そのうえで、断るのも、空いた席に座るかどうかも、相手が決めることだと話します。
その人に選択権があって、その人が決めたことを自分でやる。で、時々人の手を借りるみたいなのもその人の権利だから。
言われる前に動く美徳と社会愛
おぐりんさんは、えばちゃんの考えをユングやフロイト、アドラーのようだと感心しつつ、自分の中には、言われる前に動くことへの美徳感が強くあると話します。えばちゃんは、それは以前話していた「お母さんのお料理コンテスト」の話ではないかと指摘し、おぐりんさんも「そこなんですよ」と認めます。
それが常に美しいっていうわけではないんだろうな、世界ってっていう感じ。
おぐりんさんは、言われる前に動くのがいいと思ってきたけれど、そうとも限らないと最近は考えていると話します。それがパソコンを持ち歩いてしまう話にもつながっています。
そう、人間関係とかの方が重くない?
人間関係が重いのは、そのなんか相手の事情を察しすぎるから重くなってしまうので。
おぐりんさんは、察しすぎる性質を割り切れないとしつつ、仕事ではそれでうまくいく経験が多かったのだろうと振り返ります。言われる前に、任された範囲を超えてやっておくので重宝される、というわけです。
まあ社会愛つながってないってことだな。やってることが。
タイトルに掲げた社会愛については、ほとんど話さないまま時間切れになりました。気づけば深夜1時になり、二人は「バイバーイ」と言い合って収録を終えます。
まとめ
INFJのおぐりんさんとINFPのえばちゃんは、MBTIでJとPの1文字しか違いません。それでもお遍路の計画、バーベキューでの居方、電車での席の譲り方には、はっきりした差がありました。先回りして察する判断型と、自由で相手の選択に委ねる知覚型の対比から、おぐりんさんは自分の美徳感を見直し始めています。
- J(判断型)は計画と決着を好み、P(知覚型)は臨機応変さと自由を好む。二人の違いはその解説どおりに表れていた
- お遍路で時刻に追われて歩いた経験から、おぐりんさんは計画的な時間には貧しさがあると感じた
- えばちゃんは、みんな卵の中にいて浮いているという自覚があるため、輪から離れることを気にしない
- 席を譲る場面について、えばちゃんは「苦労する権利がその人にある」と話し、相手の選択に委ねる考えを示した
- 言われる前に動く美徳は仕事で重宝される一方、社会愛にはつながっていないかもしれない、とおぐりんさんは振り返った






