ハワイでは夫が朝6時に起きる?
第10回の冒頭は、かっぴーさんと上江里子さん夫婦が家族で行ってきたハワイ旅行の話から始まります。かっぴーさんは「まだ心はハワイ」と言い、帰国後の東京の気温もちょうどハワイのようだったと2人は笑います。
ハワイ滞在中のかっぴーさんは、夜9時ごろに寝て朝6時ごろに起きる生活をしていたそうです。上さんによれば、家族が起きるとコーヒーとパンが用意されていて、東京ではありえない「完璧すぎる夫」だったといいます。
もうほんと素晴らしいぐらい完璧な生活してたよ。
で、起きたらコーヒーとパンが用意されてるっていう。もう東京の生活じゃありえない。完璧すぎる夫がいた。
かっぴーさん自身は、その生活リズムを「ハワイ限定」と認めます。東京では夜に眠れず朝も起きられないのは、仕事があるからだとはっきり話しています。
やっぱはっきり言ったらハワイだと仕事できないから寝れるんだよね。もうやることない。お休みみたいな。
帰ってきて思ったけど、やっぱ(東京では)無理してんもん。
ハワイから戻って、かっぴーさんは東京で眠いのに仕事をしている自分の状態に気づいたようです。上さんは、東京だと仕事モードになってしまうのは仕方ないと受け止めています。
すれ違う誰もが赤ちゃんにほほえむ国
ハワイで2人が強く感じたのは、子連れに対する周囲のやさしさでした。上さんによると、すれ違う人のほぼ全員が赤ちゃんに「ヤッホー」と声をかけたり、目が合うと「かわいいね」とほほえんだりしてくれたそうです。
日本でもさ、もちろん(優しい人は)いるはいるけどさ、全員じゃないじゃん。たまにいるぐらいじゃん。
上さんは、東京では赤ちゃんが泣いていると「ちょっとウザい」という空気を出されると感じています。一方のかっぴーさんは、日本で暮らしているときは特に気にしていなかったと言います。
海外行くとさ、あれ?日本、日本結構異常なぐらいなんか、なんだ無関心。
かっぴーさんは、日本の態度は厳しさというより「無関心」と呼ぶのが正しいかもしれないと言い直し、距離の取り方の問題ではないかと考えています。
上さんは、自分も独身時代は子どもが見えていなかったと振り返ります。子どもを持って当事者になって初めて、子連れの生活のしづらさがわかってきたといいます。
本当に独身の時は申し訳ないぐらい子供見えてなかったと思うし。
かっぴーさんは、これまで訪れたハワイ、パリ、韓国はどこも子連れにやさしかったと挙げます。ただ、どれも観光地やリゾートだったので、問題は「日本」より「東京」なのかもしれないと考え、ニューヨークではどうか今度検証しようと話しています。
あと数センチ避けてくれればベビーカーは通れる
上さんが東京に戻って特に困っているのが、ベビーカーで狭い通路を通るときです。ドン・キホーテやコンビニのような通路の狭い店では、少し避けてもらえれば通れるのに、どいてもらえない場面が多いといいます。
普通にさ、あと数センチ避けてくれればベビーカー通れるのに。え?え?え?そんなそんなどきたくない?みたいな。
しかも上さんが話しているのは、混雑した時間帯ではなく平日の昼間のことです。かっぴーさんも「見えてないんじゃない?」と応じます。
そうした場面で、上さんは声をかけられずに毎回遠回りしているそうです。かっぴーさんは「すいません、通ります」と言ってよく、言われて気づいた相手のリアクション次第だと考えています。
気づいてないは俺もあるからしょうがないで、すんませんって言って気づいた時のリアクション次第じゃない?
上さんがハワイと比べるのは、声をかける前から周囲が気づいてくれる点です。かっぴーさんは、ハワイでは「ベビーカーが誕生した瞬間から見てる」と表現し、リゾートで心に余裕があるからではないかと考えます。
声をかける前から周囲がベビーカーに気づき、通ってくださいと配慮してくれる
平日の昼間でも気づかれないことが多く、上さんは声をかけられず遠回りしている
ハワイと東京の違いについて、かっぴーさんは「東京みんな忙しすぎ問題」を挙げます。家族でビーチに行く日の人と、夜まで仕事が詰まっている人では、視界の広さが違うのではないかという見立てです。
上さんが声をかけなくなったのには理由があります。以前、電車で「本当にやばい事件」に遭い、とても怖い思いをしたことから、何も言わずに子どもたちを守り、とにかく逃げるほうへ考えを切り替えたそうです。
もう何が地雷か爆発か本当にわかんないから。
かっぴーさんは、子連れが軽く見られるのはママに限らないと言います。赤ちゃんを抱っこしているパパもナメられるとして、保育園の前で若い男性に悪態をつかれながら向かってこられた体験を話します。
プラスのこと何もしなくていいから、マイナスのことしないでほしい。
かっぴーさんは、ベビーカーをまたいで避ける若い人がいることにも触れます。ただ上さんは、避けてくれるだけでいい、子どもがいないとわからないものだと返しています。
日本はなぜ子どもに厳しいのか?
かっぴーさんは、ハワイだけでなく、これまで行った国々を振り返って「日本だけじゃない?」と気づいたといいます。上さんも、目線も厳しく、礼儀やルールで「大人と同じようにちゃんと生活しろ」という圧があると同意します。
日本で子どもに厳しく見える理由について、かっぴーさんは「かっぴー仮説」を出します。日本人は他人に干渉せず、見て見ぬふりを美徳とするところがあるのではないか、というものです。
例えばさ、赤ちゃん泣いてる時に私は気にしてませんでやろうとして無視してる人もいると思うんだよ。
上さんは、海外ではエレベーターで一緒になった人に挨拶するのが当たり前なのに、日本には全くないと指摘します。核家族化が進み、マンションの隣に誰が住んでいるかもわからない今だからこそ、そういう交流はあってもいいと考えています。
だから私さ、本当にハワイから帰ってきて、なんかマジで穏やかになった心が。
一方でかっぴーさんは、海外の挨拶文化はもともと安全対策の面もあると話します。日本では大人が小学生に話しかけると「事案」になりかねず、自分も「自称漫画家の40歳」になってしまうと冗談まじりに語ります。
かっぴーさんは、ご近所づきあいの話と安全対策の話が別々に絡み合っているので「これはむずい」と何度も繰り返します。昭和には近所ですれ違えば挨拶していたという上さんの話も含め、簡単な答えは出ません。
でも少なくとも俺が思ったのは、もうすごいシンプルに言うと、ハワイの方が心地よかった。
とはいえ、かっぴーさんは自分があのレベルをできるかといえばできないと認めます。マンションの隣人と初めてエレベーターで一緒になったとき、相手がおしゃぶりに気づいてくれたのに、自分はぎこちない返事しかできなかったといいます。上さんに「めっちゃ陰キャ」と言われ、本人も「全部俺が悪いです」と笑っています。
「東京オブザ東京」のママたちはどれだけすごいのか
次の話題は、上さんが持ち込んだ「東京のママすごすぎ問題」です。夫婦は東京の中心部に住んでいて、上さんは長女の通う公立小学校のママたちが、普段は出会えないような人ばかりだと話します。
最初は「意識高い」と言った上さんに対し、かっぴーさんは嫌味に聞こえるからと「すごすぎる問題」に言い換えます。家柄がすごい人もいれば、自分でキャリアを積んだ人もいて、いろいろなタイプのすごさがあるそうです。
いろんなポケモンがいるけど、全員メガ進化してるって感じ。
上さんは、普段の友達は「類友」で自分と似たタイプが多いと言います。公立小学校に入ったことで、地域の、普段なら出会えないママたちと出会ったわけです。
かっぴーさんは、インスタグラムなどを見てセレブな生活をしていると思う人もいるだろうけれど、周りと比べれば自分たちは「レベル4」くらいだと話します。具体的なエピソードを出したいけれど、出した途端に誰か特定できてしまうほどのすごさだといいます。
やっぱすごい人のすごい事例ってさ、スペシャルすぎてさ、特定に繋がるんだよ。
上さんは「芸能人がいてすごい」というレベルではなく、日本を動かしている系の人たちだと表現します。かっぴーさんも、芸能人がその場にいても自分たち側だろうと言います。
マウントにすらならない「フライ」の世界
すごいママたちの集まりについて、上さんがまず挙げるのは、マウントを取るような会話が全くないことです。レベルが雲の上すぎて、マウントにも聞こえないといいます。
マウントって本来同じレベルの人が上に乗っかってくる様子をマウントって言うから、いやお前同じやろっていうさ。
かっぴーさんはこれを「マウントじゃなくてフライ」と表現します。上さんによれば、すごい話ほど「実は」「知ってます?」と下から控えめに切り出されるそうです。
上さんは、自分の職業が恥ずかしくて言えないぐらいだと冗談めかして話します。かっぴーさんは、あの人たちからすればモデルに会ったことはないはずで、珍しい存在として自信を持っていいと返し、上さんも卑下しているわけではないと答えています。
かっぴーさん自身は、漫画家だと比べようがないので、むしろ楽だといいます。漫画家の集まりのほうが怖いそうです。
ただ上さんは、会話のレベルが高すぎて落ち込むこともあると打ち明けます。ママ友の多くは上さんより7歳ほど上で、かっぴーさんと同じくらいの年齢だといいます。
7年後絶対こんなになれないみたいな、もうすごいみたいな。
なんかちゃんと勉強しとけばよかったみたいな。
かっぴーさんは、タイプが違うのだから長所を伸ばすのが一番だと励まします。上さんも、得意分野のファッションなら「今これイケてますよ」と教えてあげられると前向きに応じています。
かっぴーさんも、周りにすごいパパがいて、普段の仕事でちやほやされているのが嘘のように調子に乗れないと笑います。それでも、みんな優しく物腰が柔らかく、子どもたちも仲良しで、すごいワクワクする環境だと2人は話しています。
2人目を授かるまでの7年間に何があったのか?
ここから話題は、上さんが「ちょっと重め」と前置きした2人目不妊の話に移ります。長女の空さんは7歳、次女は1歳になったところで、7歳差の姉妹です。
長女が2〜3歳のころ、夫婦は2人目が自然にできたらいいねと考えていました。長女はすんなり授かったため、子どもを作るための努力を考えたことがなかったと、かっぴーさんは振り返ります。
やがて妊娠しましたが、初期の段階で流産となりました。上さんは、妊娠したら普通に生まれるものだと思っていたので衝撃だったといいます。
でも本当に自分が(流産に)なるなんて想像もしてなくて。
上さんによると、このときは産婦人科で病名がつき、赤ちゃんができる袋が何個もできてしまう病気だと言われたそうです。正式な病名は番組内でははっきりせず病名、全身麻酔での処置手術を受けました。
その後も半年ほど大学病院に通う必要がありました。上さんは、正確かはわからないとしたうえで、再発すると細胞ががんになってしまう可能性があると説明を受けたと話しています。その間は妊娠を禁じられ、半年後に問題がないとわかって妊活の許可が出ました。
許可が出てすぐに再び妊娠しましたが、上さんは不安が大きく、今回もダメだろうと思い続けていたそうです。そして2回目も初期の段階で流れてしまいました。長女が4歳ごろのことです。
立て続けにさ、うまくいかなかったのが、お医者さん曰く単純に確率って言ってたんだよ。でもやっぱ続くとさ、こちら側にさ、問題があるのかもしれないとかさ、思うとさ、怖くなってさ。
2人目を目指すなら不妊治療なのかと考えつつも、夫婦の受け止め方には差がありました。かっぴーさんは「怖くなって遠のいてた」と言いますが、上さんは遠のいていたのはかっぴーさんのほうで、一緒に病院へ行こうと言ってもなかなか進まなかったと指摘します。
上さんが33歳、かっぴーさんが40歳になるころ、さすがに病院へ行こうという話になっていたところで、たまたま次女を授かったそうです。
上さんは、10年、20年と不妊治療を続けている女性に比べれば、自分たちは大したことはないとも話します。それでも、2人目ってなかなかできないということは身にしみて感じたといいます。
夫婦がそろって疑問を呈したのが、「2人目まだ?」と気軽に聞く人の存在です。1人いるからといって慣れているわけではなく、1人っ子の3人家族で暮らすと決めている家庭もあります。
かっぴーさんは「ナンセンス」と言い直しつつ、人様のことに踏み込まない日本人の感覚はいいところでもあると話します。そして、その延長線上に、エレベーターで笑いかけないといった無関心もあるのかもしれないと、前半の話とつなげています。
目をナイフで刺される痛み、シェーグレン症候群との日々
かっぴーさんは、2人目を授かるまでの間、上さんが難病を抱えていたことにも触れます。上さんは長女の空さんを産んだ後、シェーグレン症候群 ── 涙腺や唾液腺などが自己免疫の働きで障害され、目や口の乾燥などが起こる病気。日本では国の指定難病の一つですという病気が悪化したといいます。
上さんの症状は、特に目の乾燥がひどかったそうです。目を開けられないほどの痛みで、いくつもの眼科を回り血液検査もしたものの、原因がわかりませんでした。
目をもうナイフで刺されてるぐらいの痛さで、本当に目を開けることができないっていうのが、空産んですぐぐらいの時になって。
最終的に青山の大きな病院でシェーグレン症候群と診断され、慶應義塾大学の大きな病院にかかることになりました。かっぴーさんは、医師たちが珍しい病気の患者として熱心に話を聞いていた様子を、冗談まじりに再現しています。
かっぴーさんは当初、上さんの目が大きく寝ているときに開いているせいではないかと軽く考えていたそうです。友人の結婚式で上さんが「もう無理だ、帰る」となったのを見て、ようやく深刻さがわかったといいます。
上さんは、仕事と育児に長女のイヤイヤ期も重なり、記憶がないほど大変だったと振り返ります。20代で体力があったから乗り越えられた面もあるといいます。
本当に私じゃなかったら多分鬱で死んでたと思う。
心配した親が根拠のないオイルを送ってきて、目に垂らされたというエピソードもあり、かっぴーさんは「愛ゆえの」と笑います。
現在の上さんは、涙腺のある部分にプラグを入れて涙をためる治療をしていて、目薬がなくても過ごせるほど落ち着いています。
長女出産後に悪化し、ナイフで刺されるような痛みで目を開けられず、1日ソファで動けない日もあった
涙をためるプラグを入れる治療で落ち着き、目薬がなくても過ごせている
上さんはメンタルは元気だったと言いますが、かっぴーさんは「メンタルもやられてたよ」「様子がおかしかった」と返します。上さんは、体調の不調も2人目がなかなかできなかった原因の一つだと思うと話しています。
まあそうだね、それどころじゃなかったもんな。
かっぴーさんは、人生の大きな闇を一旦は乗り切ったと捉えています。上さんは、ポッドキャストがなければこの話はしていなかったと言い、ひろゆきさんの奥さんも同じ病気でSNSに体調のことを書いていて共感したと話しています。
最後に、近いうちに番組初のゲストを迎える予定であることが告げられます。ゲストのリクエストや「私が出たい」という挙手も歓迎すると話し、次女も汗をかきながらおとなしく聞いていた収録が締めくくられます。
まとめ
ハワイで子連れへのやさしさに触れた夫婦は、東京の無関心や余裕のなさを振り返りつつ、その背景には他人に踏み込まない日本の感覚もあるのではと考えます。後半では、2度の流産と上さんのシェーグレン症候群を経て、7年かけて次女を授かった経緯が率直に語られました。
- ハワイでは周囲が赤ちゃんや子連れに自然にほほえみ、ベビーカーにも先回りで配慮してくれた
- 東京では狭い通路でどいてもらえないことが多く、かっぴーさんは「忙しすぎ」や干渉しない文化を理由に挙げた
- すごすぎるママ友の世界では、マウントではなく比べようのない「フライ」の会話が交わされている
- 2度の流産と通院を経て、第二子を授かるまで7年かかり、「2人目まだ?」と気軽に聞くのはナンセンスだと夫婦は語る
- 上さんはシェーグレン症候群で目の激痛に苦しんだが、涙をためる治療で現在は落ち着いている






