書くより話すほうが深く学べるのはなぜ?
この回は、みやちゃんが研究している「説明学習」の話から始まります。みやちゃんによると、説明学習では、書面よりも口頭で説明したほうが学習の効率がよいとされていて、その理由が「生成コスト」だといいます。
口頭で説明する方が書面で説明するよりも生成コストが低いからっていう話があって。
生成コストは英語で「フォーミュレーションコスト」と呼ばれるもので、つんさんは「形を整える力」のことかと受け止めています。文章を書くときは、文法や句読点、漢字が合っているかなど、守るべきルールがたくさんあります。
みやちゃんの説明では、きれいで正しい文章を書こうとするほど、ワーキングメモリ ── 情報を一時的に覚えておきながら考えるための、頭の中の作業スペースのこと。容量に限りがあるため、同時にたくさんのことを処理しようとすると余裕がなくなりますがそちらに取られてしまいます。その結果、肝心の内容を把握したり、言いたいことを言ったりするための余裕がなくなるそうです。
一方で口頭なら、多少文法がおかしくても気にせずに話せます。みやちゃんは、そのぶん頭の余裕を内容の理解に回せるので、事後テストの結果もよく、より深く学べている傾向があると紹介しています。
文法・句読点・漢字などのルールに頭の余裕を取られ、内容の理解に割ける分が減る
多少文法が崩れても気にせず話せるので、内容の把握や言いたいことに頭の余裕を回せる
みやちゃんは、わかりやすく整えようとする部分に気を取られすぎると、本質的な部分が薄っぺらくなってしまうのでは、と生成コストの話をまとめています。
説明学習は、わかっていないうちに説明するもの?
生成コストの話を受けて、つんさんは「順番の問題のような気がする」と言い、説明学習の定義をおさらいします。つんさんの理解では、説明学習とは、まだよくわかっていない状態で説明することを通じて理解を深める手法です。みやちゃんもその理解で合っていると答えています。
いきなり説明をすることは無理じゃない?そもそも。口頭だろうが文章だろうが。
つんさんの疑問は、説明する前の学習者が何を考えているのか、という点です。ある程度理解していないと説明はできないので、どのくらいの理解度で説明するかによって、いろいろなことが変わるのではないかと考えています。
(理解度が100パーセントに近ければ)口頭で説明する内容と文章で説明する内容があまり変わらない気がするのよ。
つんさんがそう考える理由は、理解がほぼ完全なら、もう頭の中で構造化が終わっているからです。逆に、よくわからないまま説明しようとすると、何を言えばいいか、何を書けばいいかわからなくなるはずだ、とつんさんは話します。
この疑問に対してみやちゃんは、説明学習の研究では、学ぶテーマについて少しは知識がある状態が前提になっていると答えています。いきなり宇宙や量子力学の話をされるような、まったく知らない状態ではないそうです。
みやちゃんが挙げた例では、心理学を学んでいる高校生に、認知的負荷理論 ── 学習中に頭にかかる負担の大きさに注目し、負担のかけ方によって学びやすさが変わると考える教育心理学の理論ですという1つの理論を学んでもらいます。30分ほどの動画を見たあと、その内容を説明することで、構造化と「エラボレーション」を進めるという流れです。
「構造化」と「精緻化」ってどういうもの?
ここで出てきたのが、オーガニゼーションとエラボレーションという2つの言葉です。オーガニゼーションは「構造化」のこと。エラボレーションはつんさんも初めて聞いた言葉で、その場で調べながら確かめていきます。
エラボレーションの日本語訳は「精緻化」です。つんさんが調べた説明では、新しい情報を既存の知識と結びつけて、具体例や理由を付け加え、記憶や理解を深めるプロセスを指します。
今新しく私が得たつんさんからのその話を自分の知ってる説明学習と照らし合わせて理解しようとしてるのとか、まさに精緻化の例で。
みやちゃんによると、精緻化は、自分がすでに持っている知識やパーソナルな経験と、今学んでいることを結びつけて、短期記憶から長期記憶へ移そうとする働きです。その場の会話そのものが精緻化の実例になっているのが面白いところですね。
たくさんの情報の中から一番重要なものを特定し、それらのつながりを明らかにすること
新しい情報を既存の知識や経験と結びつけ、具体例や理由を付け加えて理解を深めること
理論上は、この2つが学習の方略とされていて、うまく使うと質のいい説明ができるといいます。ただし、ここでいう「質のいい説明」は、相手に伝わるかどうかではなく、自分の学習や理解にとって質がいい、という意味だそうです。
それはだから伝わるとか伝わらないとか関係ないってことだよな。
関係なくですね。
みやちゃんは、自分の研究の本質を見直したいときや、つんさんがいろいろな事業を整理したいときにも、構造化と精緻化をうまく使えば、自分の中でより深く理解できるのではないかと話しています。
説明学習は理解の筋トレ?
つんさんは、構造化と精緻化を学んでから説明するのか、と確認します。みやちゃんの答えは、構造化と精緻化は、説明をするうえでの効率的な方法だというものでした。
つんさんはこれを、説明するうちに自然と構造化と精緻化がうまくなるのではなく、すでに上手な人が説明するほど学習効果が上がる、と言い換えます。つまり学習効果に直接効いているのは、説明することそのものではなく、構造化と精緻化の上手さだということです。
みやちゃんも、その理解で合っていると答えます。構造化と精緻化を使う学習方法には、日記を書くジャーナリングなどいろいろあり、説明学習はそのうちの1つです。説明学習をすれば誰でもうまくいくわけではない、とみやちゃんは補足しています。
つんさんは、説明学習は精緻化と構造化のトレーニングであり、実践の場なのだとまとめます。それに対してみやちゃんが出したのが、体幹トレーニングのたとえでした。
なんか例えば体幹鍛えるといろんないいことあるよねみたいな。健康にいいよね。じゃあ体幹を鍛えるにはどういう方法があるかな。
例えばヨガとかピラティスとか筋トレみたいなのあると思うんですけど、その説明学習もその筋トレの一種みたいな感じです。
| 項目 | 体幹のたとえ | 学習の場合 |
|---|---|---|
| 鍛えたいもの | 体幹 | 構造化と精緻化 |
| 鍛える方法 | ヨガ・ピラティス・筋トレ | ジャーナリング・説明学習など |
| 得られるもの | 健康へのいい効果 | 情報をより深く理解できる |
つんさんは、このたとえ自体が精緻化になっていると指摘します。筋トレという基礎知識と、説明学習という新しい知識を組み合わせて説明し、さらに基礎体力とその上のトレーニング方法という形で構造化もしている、というわけです。
ここからみやちゃんは、理論とつんさんの最初の疑問がつながる点を話します。精緻化と構造化はどちらも学習に必要な認知的な方略で、同時に進めるものの、構造化をしないと精緻化ができないという順序があるそうです。
構造化
たくさんの情報の中から一番重要なものを特定し、それらをうまく結びつける
精緻化
構造ができたうえで、具体的な例や既存の知識を結びつけていく
みやちゃんは、つんさんのビジネスを例に挙げます。外国に住む人のサポートや子育てコーチングなど、大事な要素がどう結びついているかを考えて言語化するのが、構造化の1つの形だといいます。
構造がぐらぐらしたまま精緻化ばかりやろうとすると、結局何が言いたいのかわからなくなりやすいのでは、とみやちゃんは話しています。
骨組みがないのに枝ばかり生えた説明の正体
順序の話を聞いたつんさんは、世の中でよく見る「変なプレゼン」の正体に思い当たります。
構造化をしようとして精緻化に走ってる。
つんさんの見立てでは、構造化は骨組みなので、本来は外から見えないものです。それなのに外から見えることばかりいじっていても、骨組みを整えることにはつながりません。みやちゃんはこれを、骨組みがないのに枝ばかり生えている状態だと表現しています。
つんさんは、発想がないのか誤解なのかはわからないとしながらも、精緻化を構造化だと思っている人がいそうだと話します。みやちゃんも、2つがごっちゃになっている人は多いかもしれないと同意しています。
そもそも「精緻化」という言葉自体、ふだんはまず使いません。みやちゃんもこのリサーチで初めて聞いた言葉で、漢字も読めなかったと笑います。英語のエラボレーションもあまり使わない学術用語だそうです。
構造化を別の言葉で言い換えると?
つんさんは、精緻化を「もともと知っていることと新しいことをくくりつけて理解を深めること」と平たくまとめたうえで、構造化についてもう少しちゃんと聞きたいと頼みます。ポイントは、つんさんが付けた条件でした。
ほら、わかりやすくじゃないよ。
構造化という単語を別の言葉を使って説明するとどうなるかなっていう。
みやちゃんの答えは、構造化には2つの要素がある、というものです。
つんさんはこの説明を「わかりやすい」と受け取り、根っこやコアの要素を特定し、その周りに散らばる知識がどう関係しているかを明らかにすることが構造化だ、と言い直しています。
みやちゃんは再びつんさんのビジネスに戻り、何が大事かはもう特定できているのでは、と問いかけます。つんさんが最初に挙げた5つほどの、いろいろなタイプのコーチングのことです。
それ(いろんなタイプのコーチング)はね、実は多分周りに散らばる星。
つんさんによると、構造化でいう最も基礎の部分は、そういう具体的な形では現れません。それこそが抽象化されるべきものだろう、とつんさんは考えています。
具体例を話しても、根っこは伝わらない?
つんさんはここで、この回の核心となる一言を口にします。
つんさんの理由は、具体的なものはすでに具体化されてしまっているからです。みやちゃんは「だから伝わらないのかな」と気づきます。つんさんの言葉では、伝わったのは具体的なことだけ、ということになります。
みやちゃんは、派生したものを一番大事なコアだと受け取ってしまうと、その奥にある書かれていない何かが見えなくなる、と自分の言葉で言い直しています。
分かりやすく言うと何なの?って聞かれた時に具体例を話すじゃない。でもそれは具体例なわけじゃない。
みやちゃんはここで、さっきのやり取りと結びつけます。つんさんが「わかりやすくなくていいから平たく言って」と頼んだとき、みやちゃんは具体例ではなく構造化の定義を答えていました。
俺がみやちゃんにさっき聞いた時に、慌てて分かりやすくなくていいからねって付け加えたのは、具体化しなくていいからねっていう意味合いだったのね。
つんさんによると、もしみやちゃんが「例えば」と具体例を話していたら、その出来事自体はわかりやすくなっても、構造化そのものの理解は深まらなかったはずだといいます。
具体例で答える。出来事はわかりやすくなるが、構造化そのものの理解は深まらない
定義で答える。具体化せず、構造化そのものが何かを示せる
それ以上でもそれ以下でもないコアとは?
つんさんは、ここでいう「平たい」は、言葉がやさしいとか漢字が少ないという意味だと話します。みやちゃんが「端的ということですか」と聞くと、つんさんは端的でもないと答えます。
なんかね、長くてもいいのよ、別に。(説明が)必要十分であれば。
みやちゃんがもう一度、構造化の2つの要素を言い直すと、つんさんは「そういうことだ」と応じます。それ以上でもそれ以下でもない説明こそが必要なのだ、とつんさんは言います。
みやちゃんは、どう特定するのか、何を特定するのかという具体例はまったく含まれていなかった、と振り返ります。つんさんは、それはそもそも特定ができていなければ言えないものだと答え、「順番やな」と締めくくりました。
まとめ
この回では、説明学習の研究をきっかけに、構造化を先に、精緻化を後にするという思考の順序が見えてきました。具体例を盛るほどわかりやすくはなりますが、根っこのコアを特定できていなければ、伝わるのは具体的な出来事だけなのかもしれません。
- 口頭の説明は生成コストが低く、内容の理解に頭の余裕を回しやすい
- 構造化は「一番大事なことの特定」と「そのつながりの明確化」の2つの要素からなる
- 精緻化は、新しい情報を既存の知識や具体例と結びつけて理解を深めること
- 構造化をしないと精緻化はうまくいかず、枝ばかり生えた説明になりやすい
- 具体的であるほど根っこではなく、他に言いようがない定義まで行けたときにコアが特定できる



