後継者はなぜ「何か学ばなきゃ」と焦るのか
前回の経済団体・JCの話を受けて、陽平さんは後継者の学びをテーマに持ち出します。大学院やビジネススクール、中小企業診断士、簿記など、経営者は不安から何かを学ばなければと考えがちだといいます。
やっぱりどうしても経営者ってこう不安やから、何か学ばないととか、何か自分のね、インプットしないとっていう時に、大体その辺って上がるやん。
陽平さん自身も参考書を買ったり、案内ページを調べたりしたものの、最終的にはビジネススクールには行かなかったと振り返ります。同じように迷う人は多いのではないか、というのがこの回の出発点です。
博行さんも家業時代はかなり不安だったといいます。博行さんの不安は、家業の大上が潰れたら自分は生きていけるのか、という生活面のものでした。
一方の陽平さんの不安は少し違い、「知らないこと」への不安だったと話します。大阪市の経営塾に1年間通い、マーケティングや財務戦略を学んだのも、会社の存続より前に、自分に何かが足りていないという感覚があったからでした。
どっちか言うとアホなくせに割とこう、理論がないと動かれへんというか。なんか安心したいみたいな。
陽平さんはグロービス ── 社会人向けのビジネススクールを運営する日本の教育機関。グロービス経営大学院ではMBAを取得でき、単科の講座も受講できますのような大学院も検討しました。ただ、大企業のケースが多く、受講者も大企業の管理職が多いと聞き、今の自分が行ってどうなるのかと考えて見送ったといいます。
グロービスで得たのは知識より「見えなかった景色」
博行さんの学びの遍歴は多彩です。家業時代にグロービスの単科講座へ通い、プログラミング講座も受講し、家業を辞めた後はオーストラリアの大学院へ進みました。現在は博士課程に在籍し、コーチングスクールにも2つ通っています。
博行さんはグロービスを高く評価しています。体験授業で感じた受講者の熱が決め手でしたが、一番の学びは財務の知識だったといいます。
(大上の決算書を)なんとなくPL上あかんなってるから、やばい、すぐ潰れるみたいな感じで思ったけど、BSまで見てみるとか、自己資本の比率を計算してみるとか。
決算書を損益だけでなく貸借対照表まで読むことで、家業の状況がそれまでと違って見えたと博行さんは話します。陽平さんはこれを、長期の視点で見るファイナンス思考 ── 売上や利益など目先の損益だけでなく、企業価値を長期的に高める視点で経営判断を行う考え方。同名のビジネス書で広く知られるようになりましただと受け止めました。
PLだけを見て「赤字だからすぐ潰れる」と感じていた
BSや自己資本比率まで見て、会社の状態を立体的に捉えられるようになった
学びの本当の動機は「違う人間になれること」
家業を辞めてからの学びについて、博行さんは、いろいろな視点が身につくことに惹かれていたと気づきます。バックパッカーで様々な国を旅したことと、根は同じだったのかもしれないといいます。
なんかその自分の知らんかった視点とかに入ってきて、なんか自分が変わる経験みたいなのになんか飢えてたのかなって。
博行さんは大前研一 ── 経営コンサルタント。人間が変わる方法は「時間配分を変える」「住む場所を変える」「付き合う人を変える」の3つしかない、という言葉で知られますさんの言葉を引き、単発のセミナーはあまり好きではなかったと語ります。付き合う人も時間の使い方も場所も変わる学びで、自分を変えようとしていたのだろうと振り返ります。
陽平さんは、これを専門知識やケーススタディの話というより、JCに近い話だと受け止めます。博行さんも前週に話してみてそう感じたと応じます。
結局大学院で何やったことなんも覚えてへん。あんなにたくさん金払ったのに。
博行さんは、オーストラリアの大学院にいたとき、家業で新規事業を作っていた時のほうがよっぽどリアルだったと感じたといいます。さらに授業は英語で、イタリア人、フランス人、イランの人など、全員が母語ではない英語で議論するため、知識が入っているかどうかもわからなかったと笑います。
日本のビジネススクールの価値は仲間にある
陽平さんは、マーケティングを学びたいなら、自分が理解できる言語で学べる日本のビジネススクールのほうがよいのでは、と問いかけます。博行さんは、知識だけなら本でよい気もすると答えつつ、日本のビジネススクールには知識以外の価値があると続けます。
その知識は結局自分やねんけれども、実践し合える仲間とかっていうのに価値観が変えてもらえる。
陽平さんは具体的な光景を挙げます。グループワークで夜な夜なZoomをつなぎ、医薬品業界、食品業界、和紙業界の人が意見をぶつけ合う。テーマ自体より、それをどう進めるかのプロセスが面白いという点は、前週のJCの話と重なるといいます。
博行さんは自分の性格についても語ります。先を見通す力はあまりなく、心に火がついたら動くタイプだからこそ、家業を飛び出したり、新規事業をつくったりできたといいます。
その博行さんも、最近は理論の価値を実感しています。SEW ── Socioemotional Wealth(社会情緒的資産)の略。ファミリービジネスが金銭的利益だけでなく、家族の支配や名声、継承などの非経済的価値を重視することを説明する理論ですやスリーサークル ── ファミリービジネスを「家族」「所有」「経営」の3つの円の重なりで捉えるモデル。関係者の立場や利害の違いを整理するのに使われますといったファミリービジネスの理論は、実際の経営者の話から生まれたものなので、知っておけば使えると今になってわかってきたと話します。
「ありたい姿」から逆算しない学び方とは
これから学校に行ってみようかと考える後継者への助言を問われ、博行さんは最近の考えを語ります。「ありたい姿」を描いて逆算する方法には、あまり意味がないのではないかというのです。
一番いいのは自分っていうものの、こう、本来持ってる良さみたいなんと、外に出会う刺激が掛け算された時に何が起こるかみたいな。
逆算型の学びは、自分の特性や、外部刺激から起こる化学反応を無視してしまう、と博行さんは指摘します。陽平さんなら人付き合いが好き、博行さんなら新しいものに触れて布教するのが好き、という特性が出発点になります。
目標から今日やることを決める。自分の特性や外部刺激からの化学反応を無視しがち
本来の良さと出会った刺激が掛け合わさり、A案とB案の間にあるCが生まれる
博行さんの場合、自分の特性と、博士課程の担当教員の知識や学会への参加が掛け合わさったことで、新しい発想が生まれたといいます。学会でうまくいかなかった経験さえ、次の学びにつながったと振り返ります。
資格取得の目標はなぜ挫折しやすいのか
陽平さんは、目的意識を持って学びに行くと、大企業のケースばかりだとか、子どもが小さいのに夜や土日が埋まるといった不満が出てくると指摘します。それを乗り越え、限られた時間で成果を出す工夫が必要だと考えます。
博行さんは、掛け算型の学びの良さは自分自身が変わっていく点にあると話します。中小企業診断士の取得を目標にしても、時間を取れる自分に変わっていなければ、目標だけが残って諦めてしまうといいます。
早かったで、(中小企業診断士を)諦めるのも。財務なんちゃらで、もう財務会計でも。
一方で、財務会計の科目が面白いと感じれば、もっとやりたいから時間を割こうと変わっていけると博行さんは続けます。博行さん自身も、博士論文で跡継ぎの可能性を開花させたいと思えたことで、時間の使い方や朝の運動習慣まで変わったといいます。
刺激に出会う
科目や研究テーマに面白さを感じる
やりたいことになる
「やらなあかん」から「やりたい」に変わる
時間が変わる
新しい自分にふさわしい時間の使い方を考える
陽平さんは、後継者が事業を続けながら不安から学ぼうとする場合、資格やMBAの知識という目的から入るのは「ちょっと筋が悪い」とまとめます。ただし、本当にコンサルタントを目指す人は資格を取ったほうがいいと前置きしています。
目的から入ったオーストラリア留学と、深めたくて選んだ博士課程
博行さんは、家業を辞めた後のオーストラリア留学は目的から入ったケースだったと認めます。海外のビジネススクールを出た実績があれば次の人生がやりやすくなると考えたため、卒業できれば何でもいいと思い、内容もあまり入ってこなかったといいます。
対して現在の博士課程は、ステータスやお金が上がるわけではありません。ベンチャー型事業承継の中で多くの跡継ぎと出会い、もっと深めたいと思えたから選んだ道です。
今ようやく本当になんか学びらしい学びをしているのは、実は40になって、今が一番そんな思いがあるかなっていう感じ。
陽平さんも、仕事につながる学びとして愛媛大学の紙産業のコースに触れたことがあるといいます。和紙の博士になる、サステナビリティを学ぶ、インテリア業界を知るために芸大へ行くなど、経営以外の選択肢も考えたそうです。
博行さんが、それは仕事のためか、それとも唯一無二の専門性を持ちたいからかと尋ねると、陽平さんは後者だと答えます。博行さんも、文系で手に職がないからこそ、跡継ぎ研究なら誰よりも深く入れるかもしれないという点に魅力を感じていると話します。
肩書きではなく、自分らしさのまま伸びる経営者像
博行さんは、ファミリービジネスの研究は大学のポストが少なく、出口を想定せずに進んだため、卒業後どうするかを後から考えているのが現状だと明かします。
博行さんの根底には、その人らしさを生かした経営者が評価される社会への思いがあります。誰でも同じような経営者になるより、自分の特性のまま成長していく姿が理想だといいます。
洋平は洋平、大上陽平っていう経営者やから良かったよねっていう社会が俺はいいなと思ってて。
そのため、他人軸で「取っておいたほうがいいから取る」学びには博行さんはあまり惹かれません。簿記も、できる人を雇えばよい場合があり、本人がやる意味があるのかを問うべきだと話します。
愛媛大学で紙の博士を目指すような道は、本気でコミットするならとても良いと博行さんは評価します。陽平さんは、やる気、胆力、時間とお金があるかが条件になると整理しました。
「持論の時代」に学びは何のためにあるのか
紙の博士になっても誰がありがたがるかはわからない、という博行さんの言葉に、陽平さんは今ならTikTokで動画を量産する人のほうが価値があるかもしれないと応じます。博行さんの妻が紹介したYouTuberも、学術的な話ではなく、自分の失敗と成功の経験をズバッと語る人だったといいます。
持論の時代や。
博行さんは、持論を自信を持って語るために、ある人は実践し、ある人は自分なりに学ぶのであって、形態は関係ないと話します。陽平さんは、自分が引き寄せられた学びには、何か琴線に触れるものがあるのかもしれないと考えます。
博行さんも、37年や40年生きてくれば自分の特性はある程度わかるので、惹かれたものには憧れ以上の何かがあると同意します。陽平さんは、一度信じて入ってみるか、候補を並べて比較検討すればよいとまとめました。
MBAは「必修科目」としてなら意味がある
ここで博行さんは、MBAの別の捉え方を提示します。MBAや1年間の経営塾は最終ゴールではなく、30年経営者を続ける中での必修科目と考えられるというのです。
MBA取ってどうにかしてやろうはあれやけど、MBAを自分の血肉の基礎にしようっていうのはなんかめっちゃありかもしれん。
財務、会計、経営戦略、組織などは、知っておけば「穴に落ちない」知識が網羅されていると博行さんは話します。迷っているなら30代のうちに2年間で終わらせ、より長い40代以降に自分の幹を伸ばせばよいという考えです。
陽平さんは逆のタイプもいると補足します。30代は目の前の仕事に打ち込み、40代や50代で答え合わせのためにビジネススクールへ行く人もいます。
陽平さん自身も、インスタグラムの広告をきっかけに松屋デザインビジネススクールの1期生として学んだことを思い出します。Takram ── デザインとエンジニアリングを掛け合わせたプロジェクトを手がけるデザイン・イノベーション・ファームの田川さんがデザイン面を担い、デザインとビジネスを学んで、松屋に並べられる地域産品をつくることを目指す講座でした。
博行さんは、中川政七商店のように、デザイナーと組んで商品を作り、店舗で販売するところまでセットになった学びはコスパがよいと評価します。
スクワットのような基礎体力づくり。経営者として最低限の知識を網羅的に学ぶ
ウルトラマラソンか短距離走かを選ぶように、自分の人生の熟達につながる領域を掘る
博行さんは、43歳になって初めて自分の幹になる学問に出会い、ようやく取り組めているといいます。
一歩目を踏み出すと、次の学びに進みやすくなる
陽平さんは、MBAなどで名前が浮かぶ後継者たちは、皆学び続けていると指摘します。賛否はあっても、自分をアップデートしようとする意識は共通しているといいます。
博行さんは、一度学びに行くと次も行きやすくなり、何もしないとどれにも足が重くなると話します。それを無駄と見る人もいるものの、自分にとっては全部意味があったといいます。
陽平さんの現在の活動も、最初に通った大阪市の経営塾が面白かったことから始まりました。陽平さんが覚えているのは授業内容より、コロナ禍で悩みを共有した同期との時間やゴルフの思い出だといいます。
それも1年で終了するから、じゃあ次の年なんかやってみようかなみたいなことで、また新たなコミュニティで全然違う刺激があって。
博行さんは読書論にも触れ、本は読んだそばから忘れてもよく、知識の体系が頭にできること自体が大切だと話します。それを通って考えた自分がいること自体が成果ではないか、というのが博行さんの考えです。
人生レベルで考えたら5万、10万なんてみたいなところもあるのかなとは思う。
挫折と「半強制性」をどう扱うか
陽平さんは、学びには挫折感もつきものだと話します。中小企業診断士の勉強で自分はダメだと感じ、この道ではないと知ったことも1つの経験だったといいます。
博行さんは、挫折はむしろ必ず来るものだと受け止めます。ダニング・クルーガー ── 能力の低い段階ほど自分を過大評価しやすいとされる認知バイアス。学び始めの自信過剰と、その後の落ち込みを説明する際によく使われますを例に、学び始めの高揚の後に落ち込み、そこから再び上がっていくと説明します。
高揚
少し学ぶと、自分が賢くなったと感じてテンションが上がる
落ち込み
さらに学ぶと、何もわかっていなかったと気づく
再上昇
面白い領域が見つかれば、そこを掘って再び伸びていく
陽平さんは、自分のような怠惰な人間には「半強制」が必要だと話します。参考書で独学するのは向いておらず、周りの目がある経営塾から始めたといいます。
博行さんも、MBAには単位、費用、仲間、締め切りがそろった半強制性があると指摘します。一人で本を読んでも知識は同じでも、やり切れること自体に価値があるという見方です。
研究を進めるために、朝の時間を固定する
博行さんは、オーストラリアの大学院では、費用や留年のリスクがあったからこそ卒業するしかなかったと振り返ります。一方、現在の博士課程の指導教員は学びは自発性があってこそという考えで、本人に委ねられています。
そこで博行さんは、月曜から金曜の9時から13時は研究以外に使わないと決めました。13時以降に収入を得る仕事を入れ、その時間帯にはミーティングを入れないよう組織にも相談したといいます。
時間を先に押さえたことで、研究が進まないフラストレーションが減ったと博行さんは話します。習慣化は半強制性と並ぶ概念で、歯磨きのように朝は論文と決めることで毎日積み上がるといいます。
費用、単位、仲間、締め切りなど外からの力でやり切る
やりたいことのために時間を固定し、毎日積み上げる
ただし、取ったほうが良さそうという程度の動機では、習慣化するほどのエネルギーは生まれないと博行さんは話します。陽平さんは、ホリエモン ── 実業家・堀江貴文さんの愛称。ライブドア元社長として知られますやサイバーエージェント ── インターネット広告やメディア事業を手がける日本企業。藤田晋さんが創業しましたの藤田さんが語る寝食を忘れるほどの没頭状態にも通じると応じます。
仕事を辞めて背水の陣で臨む方法もありますが、既存事業を抱える後継者には現実的ではないと二人は考えます。博行さんは、日常を大きく変えられない後継者こそ、1日のうち2時間を確保するような積み重ねが向いていると話します。
自分が何に「快」を感じるかから学びを選ぶ
陽平さんは、自分に合う学びに出会うまでは半強制的な環境も必要だと確認します。博行さんは、実際に行動しなければ出会えるかどうかはわからないと応じます。
難しい言葉が頭に入らないという陽平さんに、博行さんは一度やり切れば次から入るようになると話します。一度OSを入れるように、この先生と決めてその人の本を読み込むことを勧めます。
例えば和紙領域に行こうってなったら、和紙の本をまず20冊ぐらい全部買ってきて、全部読んでからプロジェクト入るとかって言うやん。
少しずつかじるから難しいと感じて終わるのかもしれない、と博行さんは話します。ただ、すべてに全力を注ぐのではなく、自分が何に快を感じてきたかを起点に学びを選ぶのがよいといいます。
最後に博行さんは、自分自身もアイデンティティに関わる学びを大切にしていきたいと語り、この回を締めくくりました。
まとめ
この回では、後継者が不安から学ぶことを否定せず、MBAや経営塾を基礎や一歩目として生かしつつ、最終的には自分の特性と外部刺激が掛け合わさる学びを見つけることが大切だと語られました。
- 資格やMBAを目的にするだけでは、時間や意欲が続かず挫折しやすい
- 日本のビジネススクールや経営塾の価値は、知識だけでなく仲間や刺激にもある
- MBAは自分のアイデンティティではなく、経営者としての基礎体力と捉えると生かしやすい
- 学びを続けるには、半強制性に加えて時間を固定する習慣化が効果的
- 最終的には、自分が何に快を感じるかを起点に、深める学びを選ぶことが大切




