吃音は「そういう人」の問題なのか?
番組の冒頭、水野さんは「あ、あ、あ、明日」とわざと言葉をつっかえさせ、吃音はなぜ起こるのかと堀元さんに尋ねます。堀元さんは最初、スムーズに喋るのが苦手な「そういう人」に起きるものというイメージを口にしました。
水野さんによれば、吃音を持つ人でも、状況によってはまったく症状が出ないことがあります。代表的なのは歌を歌うときで、テレビのアナウンスでは吃音が出ないアナウンサーもいるそうです。
例として挙がったのが、フジテレビ系の朝の情報番組「とくダネ!」に出演していた小倉智昭さんです。小倉さんは、マネージャーや家族と話すときには吃音が出ると書いているといいます。
じゃあ吃音ってそういう人なんじゃなくて、タスクと性質が組み合わさった時に出るものなのか。
水野さんは、吃音はあらゆる状況で一定の確率で出るものではなく、場面によって出たり出なかったりするものだと整理しました。この回から数回にわたり、吃音を深掘りするシリーズが始まります。
水野さんは、このシリーズは吃音の治療法を知りたい人には向かないと断っています。治療法が確立されていないうえ、水野さん自身も医療関係者ではなく、複数の文献を読んだ素人だからです。
そのため、深刻に悩む当事者や、子どもの吃音を心配する親には、適切な医療機関にアクセスしてほしいと最初に伝えています。
連発・難発・伸発、吃音にはどんな種類がある?
冒頭で見せた「あ、あ、あ、明日」のように、最初の音を何度も繰り返す現象は「連発」と呼ばれます。水野さんによると、吃音にはほかにもいくつかの種類があります。
「難発」は、最初の音がそもそも出てこない現象です。堀元さんがイベントで話に入るタイミングを探して「ん、ん」となる経験を挙げると、水野さんはそれは会話のターンを取りたいだけだと区別しました。
例えば、コンビニに行って、店員さんにタバコの番号を指定すると、15番って言いたいんだけど、このじゅっていう最初の音がなかなか出せない。
難発では、言いたいことが明確にあるのに最初の音が出せません。店員からは「急に黙ったけど、どうしたんだろう」と見えてしまうといいます。
もう一つの「伸発」は、「あー、明日」のように最初の音を長く伸ばしてしまう現象です。
最初の音を何度も繰り返す(「あ、あ、あ、明日」)
難発は最初の音が出てこない、伸発は最初の音を伸ばす(「あー、明日」)
水野さんは、こうした現象や当事者の総称として使われてきた「どもり」という言葉には差別的なニュアンスがあるため、このシリーズでは使わず「吃音」「つっかえる」と表現すると述べています。
吃音の割合について、堀元さんは「クラスに1人くらいで30人に1人」と予想しました。水野さんによれば、幼少期では20人に1人が吃音を抱えているとされます。
さらに、3年ほど経つと7割以上が表面上は吃音が出なくなるそうです。ただし、それを「治った」と解釈してよいかは次回に話すとしています。
「新聞」の2つの「ん」は同じ音なのか?
水野さんは、発話を舌や唇の高速運動をスムーズに続けることで成り立つものと説明します。そのどこかで障害が起きたときに吃音が生じる、という考え方です。
皆さん、この高速の運動のことを日々できているので、自然に流暢に当たり前だと思ってるんですけど、どんだけややこしいかってのをちょっとここで見ていきたい。
発話の複雑さを体感するため、水野さんは堀元さんに「新聞」と発音させ、1音ずつ口の中で何が起きているかを確かめていきます。「し」は舌を歯のあたりに持ち上げ、空気の妨げを作って出す音です。
最初の「ん」は、堀元さんが試行錯誤の末に「鼻から抜けている」と気づきました。水野さんは、両唇を閉じて鼻から空気を流す音だと説明します。「ぶ」は閉じた唇を一気に開く破裂音です。
新聞。あ、開いてるな。2回目の「ん」は開いてるな口。
新聞の2つ目の「ん」では、唇は閉じていません。水野さんによれば、これは口蓋垂鼻音 ── 口の奥にある口蓋垂(のどちんこ)のあたりで空気の通り道をふさぎ、鼻から息を抜いて出す音で、のどちんこのあたりで閉鎖を作り、鼻から空気を出しています。
1つ目は両唇鼻音 ── 上下の唇を閉じて口からの空気をふさぎ、鼻から息を抜いて出す音。日本語の「マ」行の子音も同じ仲間ですなので、同じ「ん」の字でも実は別の音です。日本語話者は区別していませんが、この2つを別の音素 ── ある言語の話者が「同じ音」として扱う音のまとまり。どこで線を引くかは言語ごとに異なりますとして扱う言語があってもおかしくないと水野さんは話します。
堀元さんも、過去のゆる言語学ラジオで扱ったように、どこからどこまでを同じ音とするかは言語によってかなり違うと応じました。水野さんによると、日本語の「ん」は研究者によって数え方が違うものの、ざっくり5種類ほどあるそうです。
「ん」の発音は次の音で決まる?
日本語の「ん」の発音は、ランダムに変わるわけではありません。水野さんによれば、次の音で両唇を閉じるときには、「ん」は両唇鼻音で発音されます。
堀元さんが「塩梅」をゆっくり発音すると、「ん」の段階で唇がすでに閉じていました。一方で「案外」や「安心」では、「ん」を発音するときに唇は閉じていません。
次が唇を閉じる「ば」なので、「ん」の時点で唇を閉じる
次が唇を閉じない音なので、「ん」でも唇は開いたまま
「ん」を発音する時、実は我々は次の音のことを考えてるんですよ。
堀元さんは、中学英語で習った綴りのルールを思い出します。BやPの前では「ん」がNではなくMになるというもので、水野さんは否定の接頭辞INがPOSSIBLEの前でIMになる例を挙げました。英語では、この変化が綴りのレベルで見えるわけです。
堀元さんが「プログラムにしたらかなりの行数になりそう」と言うと、水野さんは実態に近い言い方を補いました。次の音をスムーズに出すために、前の音で「サボっている」という捉え方です。
だって楽じゃん。次の音で両唇閉じるんだから、「ん」の音があんま変わんないんだったら。
母音の後の破裂音は、なぜ言いにくいのか?
水野さんは、発話はこうした高速の運動の連続で、そのどこかでしくじるとつっかえが生じると整理します。そのうえで、吃音が生じやすい音のパターンとして、母音の後に破裂音が来る並びを挙げました。
例として挙がったのが「堅田(かただ)さん」です。「カカカカ堅田さん」のように連発してしまう当事者がいるといいます。吃音のない堀元さんも堅田さんは言いにくいと感じ、北方謙三さんの名前も毎回難しいと話しました。
水野さんによれば、破裂音が難しいのは、一度空気を止めて溜めなければいけないからです。「あー」のように空気を流しっぱなしにする音とは違う動きが必要になります。
空気を送る
肺から空気を出す。強すぎると舌で止めきれない
舌で止めて溜める
前歯の付け根あたりに舌を当て、来た空気を止める
一気に解放する
溜めた空気をすぐに離して破裂させる
結構シビアなコマンド入力みたいな。
堀元さんは、この動きを格闘ゲームの、何フレーム以内に入力しなければならないコマンドにたとえました。一方で「神田(かんだ)さん」に変えると、言いやすく感じられます。実際に吃音当事者も、神田さんは言いやすいけれど堅田さんは言いにくいと話しているそうです。
ここで堀元さんが「堅田さんは全員、名前を神田に変えろ」と悪ノリし、水野さんに「北方謙三先生にそう言える?」と返されて撤回する場面もありました。
自分の名前が言えない悩みと、あ行の挨拶
堀元さんの悪ノリにも本質を突いた部分がある、と水野さんは続けます。重度の吃音を持つ人にとって、自分の名前がたまたま苦手な音の並びだと、自己紹介のたびに深く悩むことになるからです。
堀元さんは、この悩みを描いた漫画として押見修造さんの『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』を挙げました。主人公が自己紹介で自分の名前を言えずに悩む作品で、水野さんは吃音当事者に刺さった漫画だろうと話しています。
堀元さんは、滑舌の悪い芸人ハムの諸見里さんの話も紹介しました。お笑いライブの冒頭で「僕、滑舌悪いんですよ」と断ろうとしても、「滑舌」が言いにくすぎて伝わらず、いきなりつまずくというものです。
水野さんも、「吃音」という言葉自体が言いにくいのではないかと応じます。英語のStutter ── 英語で吃音やつっかえること、またはつっかえながら話すことを指す語も破裂音が続くと指摘し、しっかり調べたわけではないものの、つっかえる様子をかたどった擬音語ではないかと推測しました。
ただし、母音の後の破裂音はあくまで統計的に起きやすい並びで、個人差はあります。ほかの本には、あ行が苦手な人が多いという傾向も書かれているそうです。
「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」「おはようございます」「お疲れ様です」と、挨拶はあ行で始まるものばかりです。そのため、挨拶を求められる場面で悩む当事者も多いといいます。
指名されると出る?吃音が起きやすい場面
水野さんは、吃音が起きやすい場面と起きにくい場面を挙げていきます。集まりで「鍵、誰か持ってない?」と聞かれ、反射的に「あ、自分持ってます」と答えるときには、吃音はほとんど出ないそうです。
ところが「堀本くん、持ってない?」と名指しで聞かれると、吃音が結構出るといいます。水野さんは、話しても話さなくてもいいという「遊び」がある場面では起きにくいと説明しました。
発言を強制されると、それでつっかえちゃったりするっていうことが多いみたい。
小学校で先生に当てられて朗読するときや、日直を務めるときにも症状が出やすいそうです。水野さんによれば、日直をやらせないのではなく、2人で一緒に言ってもらうと吃音はかなり緩和されます。朗読も2人で読む形にすると効果があるといいます。
1人で当てられて言う。発言を強制され、吃音が出やすい
2人で一緒に言う・読む。吃音はかなり緩和される
堀元さんは、2人セットで呼ばれるイベントと1人で1時間話すイベントでは、準備のプレッシャーがまるで違うと共感します。水野さんは、結婚式のスピーチで途中で止まったときの縁起の悪さを話し、原稿を読まずに駆け抜けるスリルが快感だと語って、堀元さんに「人の結婚式をギャンブルにするな」とツッコまれていました。
期待が高すぎても低すぎても起きる?
水野さんによると、プレゼンだと吃音が起きないという人もいるそうです。堀元さんは、会話のように言葉を投げ合うのではなく、決まったことを話せばいいと思えるからではないかと推測しました。
水野さんが読んだ本では、吃音が起きやすい条件は一般化すると、周囲の期待が高すぎる時と低すぎる時だと書かれていたといいます。
普段の収録さ、飯食った後とかにさ、だらっとさあ始めるかって言ってリラックスしすぎた状態で始めると、なんか俺めっちゃ噛むなって気するのよ。
堀元さんは、イベントでひどく緊張していても噛むことがあると話し、ちょうどいい緊張感のときに一番パフォーマンスが出る気がすると述べました。
ほかにも、Skypeだと吃音が起きない人や、独り言だと起きない人がいるそうです。どちらも一人でいる状態に近いからだと本には書かれていた、と水野さんは紹介しています。
水野さんは、ここまでの内容を次のようにまとめました。起きやすい音や状況のパターンはあるものの、全員に当てはまる普遍的な音の並びや場面はなさそうだ、ということです。
左利き矯正、真似、しつけ。吃音の原因はどう考えられてきた?
水野さんに原因を問われた堀元さんは、先天的なものではないかと答えます。水野さんは、完全には解明されていないものの、おおむねその考えで合っていると応じました。そのうえで、かつて唱えられていた珍説を紹介していきます。
1920年代には、左利きを右利きに矯正されるから吃音になるという説がありました。「診断起因説」は、周囲が「この人は吃音だ」と指摘したから吃音になるという考え方です。
診断起因説の背景には、子どもの頃は吃音が多いという事実があります。親から「ちゃんと喋りなさい」「ふざけてるのか」と叱られることで、子どもがより意識するようになり、深刻になっていくという仮説です。
一回エンストしたらめちゃくちゃ教官に怒られて、もうエンストするなよって言われたからめっちゃエンストするようになりましたね。
堀元さんのたとえは、自動車教習所での経験です。水野さんも、つっかえたときに笑われたりバカにされたりした経験が、当事者をさらに話しにくくしていると話しました。
戦前には「真似」が原因だと思われていました。吃音のある人の話し方を子どもが真似することでうつるという、伝染病のような考え方です。新聞にも、学校や家庭で吃音の模倣を禁止して予防するよう促す記事が出ていたといいます。
戦後になると、家族に吃音の人がいる、母親が早口、しつけが厳しいといった「母親のせい」とする説が出てきました。子どもの自閉症を母親の冷淡さのせいにした冷蔵庫マザー説 ── 自閉症の原因を母親の冷たい養育態度に求めた、20世紀半ばの説。現在は否定されていますも似た構図だと水野さんは紹介しています。
なぜ「子育てのせい」と信じられやすいのか?
水野さんは、子どもの問題を子育てのせいにするのは素朴な認知として人間にあるのだろうと話します。堀元さんも、「親の顔が見てみたい」という慣用句を挙げました。
ここで堀元さんは、「親に人の悪口を書くノートで生計を立てなさいと言われた」と冗談を重ね、水野さんに「そんな職業はない」とツッコまれます。
一方で水野さんによると、吃音外来に子どもを連れてくる親は、自分の子育てに問題があったと思い込んでいることが多いそうです。現代のコンセンサスでは、吃音は母親のせいではありません。
吃音ってちっちゃい頃はすごい多いのに自然に消えていくでしょ。だから母親の育児態度を批判して、それが仮に的外れでも自然回復したら、それで、あ、あの指導あってたんだ。
堀元さんは、この構図を、何の病気にも血を抜けばよいとした昔の医療にたとえました。自然治癒していただけなのに、治療が効いたと思われていたという話です。
話は、はちみつ生姜シロップやのど飴は効いているのかという雑談に移ります。堀元さんが粉の龍角散について「作業が慎重すぎて、効きそうな儀式だから効いた気がする」と語り、水野さんに医療の話は資格がないからやめようと止められていました。
吃音の原因は遺伝7割?
では、現在は吃音の原因をどう考えているのでしょうか。水野さんによれば、DNAの関与が約7割、それ以外が約3割とされています。
具体的には、12番染色体が関与していそうなことや、GNPTAB ── 細胞内で不要物を分解する器官「リソソーム」に酵素を運ぶ仕組みに関わる遺伝子遺伝子の突然変異が吃音の発症に関係しそうなことが分かってきたそうです。この異常が脳の白質 ── 脳の中で神経線維が集まり、部位同士をつなぐ配線の役割を担う領域の形成に影響し、脳の構造や機能の変化が生じるらしいと水野さんは説明しました。
堀元さんには「長く喋ったけど入ってこなかった」とツッコまれ、リボソームとリソソームの取り違えの話でひとしきり盛り上がります。
さらに、吃音のある人は、発話に関わる脳の部位の働きや部位同士の接続に特徴があることも分かってきたといいます。ただし、原因は遺伝子だけではなく、脳の特徴が必ずあるわけでもありません。後天的に重度になる場合もあるので、それだけでは説明がつかないそうです。
水野さんによると、日本では1903年に楽石社という会社ができ、初めて吃音治療を事業として始めたといいます。今も治療や軽減をうたうクリニックはありますが、この薬やこのトレーニングで治ると一概には言えないそうです。
堀元さんは、吃音のある王がトレーニングでスピーチを克服する映画『英国王のスピーチ』を思い出していました。
次回予告、吃音は「インターネット芸人論」?
水野さんは今回の内容を、発話そのもののメカニズムから入り、吃音の原因と治療法までを語ったと振り返ります。次回は、吃音を調べるうちに「インターネット芸人論だ」と感じた話をする予定だそうです。
堀元さんが「自分の脳が先天的にインターネット芸人になるようになっていたということか」と茶化すと、水野さんは「後天的にひどくなりました」と返しました。
水野さんは、先に知りたい人には、参考文献のうち名著だと感じた『どもる体』を読んでおくのがよいかもしれないと勧めています。
まとめ
今回のエピソードでは、吃音を「そういう人」の問題として片づけず、発話という高速運動の難しさ、つっかえやすい音や場面、原因をめぐる説の変遷から捉え直しました。原因は遺伝の関与が大きいとされるものの完全には解明されておらず、確立された治療法もまだないと語られています。
- 吃音には連発・難発・伸発があり、同じ人でも歌やアナウンスでは出ないなど、場面によって現れ方が変わる
- 「ん」の発音が次の音で変わるように、発話は舌や唇の複雑な高速運動で成り立っていて、母音の後の破裂音やあ行でつっかえやすい傾向がある
- 指名されての発言など、周囲の期待が高すぎる場面でも低すぎる場面でも起きやすく、2人で一緒に読むといった工夫で緩和されることがある
- 過去には左利きの矯正や真似、母親のしつけが原因とされたが、現在は遺伝の関与が約7割とされ、母親のせいではないと考えられている

