面接のない大学、言いやすい地名。吃音当事者は何を避けてきた?
水野さんによると、吃音は子どもの頃には割合が高く、大人になると減ります。ただし、その中には治ったのではなく、吃音を隠すテクニックがうまくなっただけの人が少なくないといいます。
(吃音は)治ってるわけじゃなくて隠蔽してるだけなんだ。
最初に紹介されるのは、医師の菊池良和さんです。菊池さんは九州大学の医学部に進みましたが、その理由は医学部の中で面接がないところを選んだからだといいます。
さらに菊池さんは、合格後も実家のある山口県下関市から片道2時間かけて通学していました。引っ越さなかった理由は、引っ越し先の住所が言いにくい名前だったら嫌だと考えたからです。
下関っていう地名は言いやすかったんですって。菊池先生にとって。だから下関を離れたくなかった。
お昼ご飯の店選びでも、菊池さんは食券制の店を選ぶそうです。堀元さんは「言いやすいメニューが頼めるそば屋」と予想しましたが、正解は注文で話さずに済む店でした。
水野さんはここから、食券やタブレット注文が、人件費削減やDXの側面だけでなく、ろうの人や吃音の人にとってアクセシビリティを高めている面があると指摘します。高齢者には使いにくいというトレードオフもあると添えています。
ざわつく場所、切符、電話。日常はハードルだらけ
吃音当事者は、ざわざわした空間で話すのも疲れるといいます。言葉に詰まると、相手は作業の手を止め、体を近づけて聞こうとしてくれます。そこで出てきた言葉が「雨が降ってきたね」程度だと、注目を集めたわりに内容が軽く感じられてしまいます。
こんなに溜めてそれかって思われると確かに辛いね。
券売機のない時代の切符購入も、当事者のエピソードによく出てくる場面です。高田馬場が言いにくいある当事者は、料金が同じで言いやすい1つ先や2つ先の駅の切符を買っていたそうです。
吃音当事者や専門家への取材をノンフィクションにまとめた近藤雄生さんも、高校生の頃に切符を買おうとして言葉が出ず、強い恥ずかしさを味わいました。大学では自分を変えようと旅に出て自分を追い込みましたが、上達したのは旅だけで、吃音は治らなかったといいます。
近藤さんは東京大学の工学部で修士まで進み、修士2年生のときに研究室の電話に悩みました。先生から「何分後にかけ直す」という伝言があると、その時間にトイレへ行くようにしていたそうです。
電話も出れないんだから、会社員なんてとてもできるわけがない。
近藤さんは結局、卒業後に会社へ就職しなかったといいます。水野さんは、今は「電話が苦手なのでテキストで」と言っても理由を問われない時代になり、当時よりは生きやすくなった部分があると話します。
携帯電話の登場で楽になったという声もあります。電話帳に登録してもらえば自分の名前が表示されるので、菊池さんは「菊池」と名乗る必要がなくなりました。
固定電話では、言いづらい「菊池」を自分から名乗る必要があった
電話帳登録で名前が表示され、名乗らずに済むようになった
一方で水野さんは、吃音への差別は今もなくなっていないと強調します。2013年には北海道の病院で、男性看護師が吃音に悩んで自ら命を絶ったケースもありました。
近藤さんは、吃音は常に症状が出るわけではないため周囲の理解を得にくいと書いています。状況によって話せる場合もあり、深刻度も人によって違うのに、すべて同じ「吃音」という言葉でくくられてしまうからです。
「えーと」は隠すための技術?挿入・助走・言い換え
ここから水野さんは、吃音がない人のように振る舞うためのテクニックを紹介します。1つ目は「挿入」で、話し始めに「あの」「えーと」を入れる方法です。
多くの吃音は、最初の音から次の音へ移るときにつかえます。そこで「あの」を前に置けば、苦手な文字列が文頭ではなく文中に来るので、言いづらさを避けられるといいます。
ただし「あの」と言えば必ず言えるわけではなく、このタイミングなら出るという感覚があるそうです。近藤さんは、出したい音が出ない状態を「鍵のかかったドアをガチャガチャやっている感じ」とたとえています。
2つ目は「助走」です。菊池さんは「菊池」が言いづらくても、「私の名前は菊池です」にするとあまり吃音が起きないといいます。聞き手には違和感がなくても、話し手は毎回小さな努力を重ねています。
3つ目は「言い換え」です。「一昨日」が苦手なら「2日前」に、「気象予報士」が言いにくければ「さっきテレビに出てたお天気の人」に変えます。言いにくいものは実物をプレゼンに持っていく人もいるそうです。
水野さんは、この工夫が外国語を話すときと似ていると紹介します。「餃子」の英語がわからないときに「チャイニーズラビオリ」と言うようなことを、当事者は母語でも日々やっているわけです。
堀元さんも、ラジオで同音異義語を避ける習慣があると話します。「科学」はサイエンス、化学は「ばけがく」と言い分けるマイルールがあるそうですが、吃音の人はそれを一日中続けなければいけません。
俺、ラジオ出てる時だけ考えればいいけど、吃音の方は24時間考えなきゃいけないわけでしょ。
言い換えには失敗もあります。菊池さんは学生時代、「先生と何話してたん?」と聞こうとして「話して」が言いづらいと察知し、とっさに一番言いやすかった「告げ口して」を選んでしまいました。その結果、友達に距離を置かれたそうです。
失言した人はもしかしたら吃音の当事者で、避けようとした結果失言してる可能性がパターンとしてはあるっていう。
日本語はバリアフリー?語順の入れ替えとリズムの力
4つ目の工夫は「語順の入れ替え」です。「昼休みに縄跳びの練習をしよう」の「昼休み」が言いにくければ、「縄跳びを昼休みに練習しよう」と並べ替えます。
水野さんは、日本語は吃音のある人にとってうまくデザインされた言語かもしれないと話します。英語は語順が意味を担いますが、日本語は「名詞+格助詞」のまとまりを比較的自由に動かせるかき混ぜ ── 日本語のように、文の要素の順序を入れ替えても基本の意味が保たれる現象を指す言語学の用語。生成文法の研究でよく取り上げられますができるからです。
すごいね、日本語ちょっとバリアフリーな感じしますね。
もう1つはリズムです。NHKの番組では、吃音当事者の桂文福 ── 上方落語の落語家。自身も吃音当事者として知られていますさんが規則的に舌を打つと、インタビューを受けていた当事者が金縛りが解けたように話し出したといいます。山手線ゲームでも吃音は起きにくいそうです。
吃音の治療をうたう施設の中には、メトロノームに合わせて一音ずつ話す練習をするところもあると紹介されています。
| 工夫 | やり方 | 例 |
|---|---|---|
| 挿入 | 話し始めに言葉を足す | 「あの」「えーと」 |
| 助走 | 苦手な語の前に言いやすい語を置く | 「私の名前は菊池です」 |
| 言い換え | 別の言葉や実物に置き換える | 「一昨日」→「2日前」 |
| 語順の入れ替え | 苦手な語を文頭から外す | 「縄跳びを昼休みに練習しよう」 |
| リズム | 拍に乗せて話す | 舌打ちのリズム、山手線ゲーム |
こうした水面下の工夫について、堀元さんは「気づかれない努力はどのジャンルにもある」として、謝罪動画のサムネイルに青みを足すというHIKAKINさんの話を持ち出しますが、水野さんに「吃音の方は悪いことしてない」と返されます。
吃音は「乗っ取られる」こと?『どもる体』の身体論
ここで水野さんは、話を「インターネット芸人論」、つまり堀元さんの話へ転じます。土台になるのは、美学者の伊藤亜紗さんが書いた『どもる体』です。
伊藤さんは、メルロ=ポンティ ── 20世紀フランスの哲学者。身体を通して世界を捉える身体論を展開し、現象学の代表的な思想家の一人とされますに連なるような身体論の立場から、吃音を「体が乗っ取られること」と捉えます。普段は制御できている体に、コントロールの外れる部分が出てくるという見方です。
この視点に立つと、言い換えなどの工夫は「乗っ取られないための工夫」になります。そのうえで伊藤さんは、その工夫が本当によいのかと問いかけます。
例として紹介されるのは、適当キャラを演じると吃音が出にくいと気づいた当事者です。ところが代表を務めるチェスサークルに優秀な先輩が入ると、その前では適当キャラを演じられず、吃音が多く出るようになったといいます。
今引きで見るとね、乗っ取られそうになったから自分で対処してるように見えてるんだけど、もう一個引きで見ると、その適当キャラに乗っ取られかけてる。
別の当事者は、言い換えを身につけて家族に「治った」と喜ばれましたが、のちに精神的なバランスを崩し、原因は吃音を隠していることだと考えました。吃音教室で連発する大人を見て、羨ましいと感じたそうです。
その人は周囲に「吃音を出す」と宣言しましたが、出したいのに出ない日々が続き、元の吃音に戻るまでに3年かかったといいます。
言い換えが習慣になると人生そのものが工夫に乗っ取られると考え、言い換えを自ら禁じる当事者もいます。一方で、言い換えが自動化した自分も自分だとする「共存派」もいると紹介されています。
吃音
話すときに体の制御が外れる
工夫
言い換えなどで吃音に乗っ取られないようにする
自動化
工夫を繰り返すとオートマ制御になる
工夫による乗っ取り
工夫そのものに人生が乗っ取られる
押し戻す力
矢印を逆方向に戻す力も必要になる
伊藤さんの議論の面白さについて、水野さんは、工夫そのものは悪くないという前提に立ちつつ、自動化した工夫を押し戻す力の必要性を指摘している点だと話します。
インターネット芸人も会社員も、ラベルに乗っ取られる?
水野さんは、この構図がインターネット芸人・堀元見さんにそのまま当てはまると指摘します。堀元さん自身も、聞きながら「俺か?」と思っていたそうです。
僕、なんかのインタビューとかでも、これ言っといた方が盛り上がるなと思って、いや、僕儲かると思ったからそうしたんですよって、全然思ってないこと言ってますわ、いつも。
水野さんの見立てでは、堀元さんは「資本主義に迎合する自分」に乗っ取られ、さらにその奥では「これを言えばウケる自分」に乗っ取られています。堀元さんは、パスワードなしで誰でもログインできる状態かもしれないと応じます。
乗っ取り放題。
堀元さんは、実家を相続したら「タワマンにさせる」と毎回答えている一方、親から「元気にしてる?」とLINEが来ると、これでいいのかと我に返る瞬間があるといいます。
水野さんは、この話は会社員にも無関係ではないと続けます。上司に気に入られる言い方を選んだり、家でも「結果を出すならこうでしょ」と会社の論理で話したりするのは、組織の人格に乗っ取られている状態だという見方です。
堀元さんは、リスナーに「ブルシットジョブ」といじるとウケる成功体験を重ねた結果、担当の美容師にまで言いそうになり、ギリギリで踏みとどまったと明かします。水野さんからは「もう乗っ取られてる」とツッコまれていました。
吃音の話は、なぜ誰にとっても普遍的なのか?
水野さんがこの回で伝えたかったのは、吃音の話は吃音当事者でない人にとっても普遍性のあるテーマだということです。
インターネット芸人や会社員に限らず、母親、姉、弟、兄など、どんな属性でもそのラベルに体が乗っ取られそうになることがあります。『どもる体』は、ラベルに体が乗っ取られそうなときにどう生きるかを考える本だと水野さんは紹介し、悩んでいる人に勧めています。
シリーズ最終回となる次回のテーマは、「『えーっと』『あの』を多く言う人が面接で落とされるのは仕方ないのか」です。堀元さんは、スラスラ話せないと無能の烙印を押される世界についての議論は面白くなりそうだと期待を寄せています。
まとめ
この回では、面接や電話、切符購入などに潜む吃音当事者の困難と、挿入・助走・言い換え・語順の入れ替え・リズムといった隠すための工夫が紹介されました。後半は『どもる体』の身体論をもとに、工夫が自動化すると人生が工夫に乗っ取られるという視点が示され、インターネット芸人や会社員にも通じる普遍的なテーマへと広がりました。
- 吃音が大人になって減って見える背景には、隠すテクニックの上達があるケースも多い
- 食券制の店や携帯電話の名前表示など、身近な仕組みが当事者の負担を軽くしてきた
- 言い換えは失言につながることもあり、失言の裏に吃音がある可能性も知っておきたい
- 『どもる体』は、工夫を否定せず、自動化した工夫を押し戻す力の必要性を問いかけている
- 役割やラベルに乗っ取られる構図は、会社員や家族の役割にも当てはまる




