六つの方角を六つの人間関係に重ねたお経
今日紹介するのは、『シンガーラへの教え』というタイトルで伝わっているお経です。日本にも漢訳されて伝わっています。
シンガーラという若者は、毎朝、東西南北と上下の六つの方角に向かって手を合わせ、礼拝するのが習慣になっていたそうです。亡くなったお父さんの遺言だったから続けていたんですね。
そこへ托鉢の途中のお釈迦様が通りかかり、「何をしているのですか?」と尋ねます。シンガーラは「父の遺言で六つの方角を拝んでいます」と答えました。
お釈迦様はそれを否定するのではなく、六つの方角を拝むとは本当はこういうことなのだよと、六つの方角を六つの人間関係に重ねて説いていったそうです。
東は両親、南は先生や師匠、西は妻や子供などの家族、北は友人。下は一緒に働いている人、今でいう職場の同僚ですね。そして出家修行者や宗教の道を歩む人。
自分を取り巻く人、自分の周りの縁に感謝する、という形で話が進んでいきます。今日はこのうち、北の方角、つまり友人についての話を掘り下げてみます。
偽の友と本当の友、4つの対
お釈迦様はこのお経の中で、友のように見えて実は友でないものが4種類いると説いています。それとは別に、心からの友も4種類挙げています。
わかりやすいように、偽の友と本当の友を一組ずつ対にして紹介していきます。
奪う人と助けてくれる人
奪う人は、少し与えて多くを求める人です。自分の得になる時だけ、僕と付き合おうとする。
助けてくれる人はその反対で、こちらが油断している時にも守ってくれて、困った時には支えになり、よりどころになってくれます。今風に言えば、テイカーとギバーみたいな感じでしょうか。
口先だけの人と苦楽を共にしてくれる人
口先だけの人は、昔の話や未来の話ではいくらでも親切なこと、うまいことを言います。「困ったらいつでも言ってよ」とも言う。
ところが、いざ本当に助けが必要になると「今はちょっと」と言って助けてくれない。まあ、いますよね。
苦楽を共にしてくれる人は、こちらがうまくいかなかった時にも見捨てないでいてくれます。お経には、命を捨ててでも見捨てないとまで説かれているんです。
何にでも同調する人と、ためになる助言をくれる人
何にでも同調する人は、こちらが悪いことをしても良いことをしても、「いいんじゃない」と調子だけ合わせる人です。良いか悪いかではなく、ただ機嫌だけを取る。
言ってみれば、僕に対してあまり興味がないんでしょうね。面と向かっては褒めるけれど、よそでは陰口を言いまくっている人も、ここに入ります。
2500年前のお釈迦様の時代にもいたし、今もこういう人はいる訳です。
一方で本当の友は、悪いことから僕を遠ざけようと助言してくれて、良いことを勧めてくれる人です。自分が知らなかった良いことを教え、知らなかった悪いことを避けるように言ってくれる。ありがたい人ですね。
一緒に溺れる仲間と思いやってくれる人
お経には、一緒にお酒に溺れる仲間、夜な夜な遊び歩く仲間、賭け事の仲間が出てきます。
友人同士で楽しむこと自体が悪いのではありません。はまりすぎて生活の中心になり、一緒に破滅に向かってしまう仲間のことなんです。飲み会より茶会、ということですね。
今で言えば、一緒になって誰かの悪口で盛り上がったり、SNSで人を誹謗中傷したりしている仲間も、ここに入るかもしれません。
思いやってくれる人は、こちらの不幸を喜ばず、幸せを自分のことのように一緒に喜んでくれます。人の不幸を喜ぶ人っていますよね。人が不幸になっても、自分が幸せになれる訳じゃないのに。
そして、陰で誰かが僕の悪口を言っていたら「そんなことないよ」とたしなめてくれる。そういう人が本当の友だと説かれています。
言葉ではなく、行いを見る
4つを振り返ってみると、テイカーかギバーか。口先だけか、苦しい時も共にいてくれるか。何でも「いいね」と言うのか、良くないことは良くないと言ってくれるのか。
破滅に向かう享楽に一緒に溺れるのか、相手の幸せも不幸も自分の心に寄せて、一緒に悲しんだり喜んだりしてくれるのか。
どちらかというと、言っていることではなく、やっていることを見るとわかるよね、という話のような気もしてきます。
科学が進化したり、文化や社会が変わったりはしても、人間の中身はそう大して変わっていないということなんでしょうね。
耳の痛いことを言ってくれる人のありがたさ
この中で僕に一番響くのは、3つ目です。何でも「いいね」と言う人ではなく、本当にためになる助言をしてくれる人が本当の友だ、というところ。
年を取ってくると、だんだん注意してくれる人が減ってくるんです。後輩も増えてきますしね。
僕も住職のような立場になるほど、耳障りのいい言葉は届きやすくなります。その一方で、「それは違うんじゃないか」と言ってくれる人は少なくなってきているという実感が、自分自身にもあります。
だからこそ、いまだに厳しいことや、時には耳の痛いことを僕のためだと思って言ってくれる人がいるのは、本当にありがたいなと思うんです。
自分の周りの方々を見るきっかけにもなるし、自分自身がどうなっているかを振り返るきっかけにもなるかなと思います。皆さんも、ご自身の身に引き寄せて考えてみてください。
それでは皆さん、良い一日をお過ごしください。ではまた明日。
まとめ
お釈迦様は『シンガーラへの教え』で、偽の友と本当の友をそれぞれ4種類挙げています。見分けるポイントは、言葉ではなく行いを見ることだと僕は受け取りました。
- 奪う人と助けてくれる人、口先だけの人と苦楽を共にする人という対で友を見分ける
- 何にでも同調する人より、ためになる助言をくれる人が本当の友
- 一緒に溺れる仲間ではなく、幸せも不幸も共に感じてくれる人が本当の友
- 立場が上がるほど、耳の痛いことを言ってくれる人のありがたさが身にしみる






