なんでハロウィンはこんなに話題になったのか
ハロウィンは10月31日です。最近は、なんでハロウィンがこんなに話題になっているんだろう、と思っている方も多いんじゃないかと思います。
僕も、もともとは全く馴染みがありませんでした。若い頃に「そういうものがある」となんとなく知っていた程度です。
コンビニの棚がハロウィン一色になったり、みんなでイベント的に楽しむ雰囲気ができたりしたのは、ここ10年とかですかね。
仮装をしてイベントに出かけた記憶なんて、僕には全くありません。15、6年前ぐらいからだんだん定着してきて、イベントにかこつけて消費を促す形で広まっていったんだと思うんです。
一方で、うちの子供たちは小さい頃から、テレビやいろんなメディアで当たり前のようにハロウィンに触れています。カボチャのお化けも、仮装も、お菓子を配るのも、もう馴染みのある行事になっている訳です。
ただ、お化けが来て、子供が「お菓子くれないといたずらするぞ」と家々を回る日、というくらいのイメージしか僕にはありませんでした。
ハロウィンの起源は古代ケルトの「サウィン」
調べてみると、ハロウィンのもとは古代ケルトの人たちの「サウィン」というお祭りだと言われているそうです。ケルトというのは、昔のアイルランドやスコットランドのあたりに暮らしていた人たちのことです。
サウィンは「夏の終わり」という意味だそうです。10月31日の夜から11月1日にかけて、収穫の終わりと、冬の暗い季節の始まりを区切る日だったということです。
そしてこの日の夜は、この世とあの世の境目が薄くなって、亡くなった人の霊が家に帰ってくると信じられていたそうなんです。どこかで聞いたことがある話ですよね。
ハロウィンという名前は、キリスト教から来ているみたいです。カトリックでは11月1日を「諸聖人の日」といって、すべての聖人をお祀りする日になっています。
その前の晩、「諸聖人の日の前夜」を英語で「All Hallows' Eve」と言うそうです。Hallowは古い英語で聖人、聖なるものという意味で、Eveはクリスマス・イブのイブ、つまり前の晩ですね。
このAll Hallows' Eveが縮まってHalloweenになったと。短い形は16世紀のスコットランドで使われ始めたそうです。何百年も経つと、いろんな変化があるものなんですね。
さらに翌日の11月2日は「死者の日」といって、亡くなった人のために祈る日だそうです。このあたりは僕もあまり詳しくないので、調べたままに書いています。
お盆やお彼岸に似ているけれど、火の使い方が違う
亡くなった人が帰ってくる日というのは、日本のお盆に似ていますよね。この世とあの世が近くなるという感覚も、少しお彼岸っぽい考え方なのかなと思います。
ただ、迎え方はお盆とは少し違うみたいです。お盆では迎え火を焚いてご先祖様を迎え、最終日には送り火であちらへ送り出します。
一方サウィンでは、帰ってくるのはご先祖様だけでなく、悪霊も一緒にやってくると考えられていたそうです。
だからかがり火を焚いて悪い霊を追い払い、さらにお化けに仮装して悪霊の仲間のふりをして身を守った。これがハロウィンの仮装の始まりだという説もあるそうです。
お盆の火は迎えるための目印で、サウィンの火は悪霊を追い払うためのもの。ご先祖さんは来てください、悪霊は来ないでください、ということで、火の扱い方がまた違うんですね。
もう1つ面白かったのが、ハロウィンのカボチャ、ジャック・オー・ランタンです。アイルランドやスコットランドでは、もともとカブをくり抜いて明かりにしていたそうです。それが、海を渡ってアメリカに移り住んだ人たちによって、大きくて掘りやすいカボチャに変わったという話があるそうです。
ジャックにも伝説があります。生きている間に悪魔を騙し続けたせいで、死んだ後に天国にも地獄にも行けなくなった男で、小さな明かりを1つ持って闇の中をさまよい続けているのだそうです。
仏教的に言えば、成仏できずに、この世でもあの世でもないところをさまよっている霊みたいな感じですかね。
ソウルケーキと托鉢、そして施餓鬼
「トリック・オア・トリート」にも起源の1つと言われるものがあります。昔のイギリスの「ソウルケーキ」という風習です。
諸聖人の日や死者の日の頃に、貧しい人や子供たちが家々を回ってソウルケーキという小さなお菓子をもらう。そしてそのお礼に、その家の亡くなった人のために祈るというものだったそうです。
食べ物を施してもらい、亡くなった人のために祈る。これは仏教の乞食(こつじき)に似ているなと思いました。
出家者はもともと各家を回って食べ物をもらい、それで命を長らえて修行を続けていました。そして食べ物をもらった出家者は、その家の人のために祈ったりするんです。
それから施餓鬼 ── 「餓鬼に施す」と書く仏教の法要。飢えに苦しんでさまよう霊に飲食を施して供養するという法要もあります。飢えに苦しんでさまよっている霊に、食べ物や飲み物を施して供養するものです。
お経にはこんな話があります。お釈迦様の弟子の阿難が1人で修行していたとき、口から炎を吐く痩せ細った餓鬼が現れて、「お前は3日のうちに死んで、私と同じ餓鬼の世界に落ちるだろう」と言ったそうです。
驚いた阿難がお釈迦様に相談すると、お釈迦様は餓鬼たちに飲食を施して供養するよう教えた。その通りにすると、阿難は難を逃れることができた。これが施餓鬼の始まりだとも言われています。
こうして見ると、ハロウィンと仏教には、なんとなくつながっているような行事の部分もあるなと思うんです。
形だけでも残ることには意味がある
いまの日本のハロウィンは、ご存知の通り、ほとんど宗教的な意味のない仮装のお祭りになっていますよね。
でも考えてみれば、お盆も夏休みの帰省の行事として受け取られ、盆踊りも宗教的な意味よりイベントとして扱われることが増えてきました。
都会では迎え火も送り火も焚けないし、そもそも仏壇がないから精霊棚を飾らないという家も多いだろうと思います。うちの辺は、いまだに迎え火をやる家が多いんですけどね。
意味がなくなって形だけが残るのは寂しいし、行われなくなるのも寂しいです。
でも、せめて形が残っていれば、「あれ、これって何だったんだろう」と疑問を持って調べ、意味を思い出すことにつながります。中には否定する方もいらっしゃいますが、形が残っていれば、また意味を込め直すこともできる。今回ハロウィンを調べて、改めてそう思った訳です。
自分が意識していなくても、ためになっていることって世の中にいっぱいあるんです。
わからないものはやらない、自分が理解・納得できないものには意味がない、と言う人は多いですよね。でもそれは誠に愚かだと思うんです。お前はそんなにすごいのか、神か仏か、と言いたくなります。
この世に生きている人間は、私たちみんな凡夫なんですから。
今日はハロウィンをきっかけに、日本で古来から行われてきた仏教的な儀礼の裏側にある、人間の心象風景の共通点について書いてみました。
寒くなってきましたけども、良い一日をお過ごしください。風邪に気をつけましょう。ではまた明日。
まとめ
ハロウィンの起源を辿ると、霊が帰る日や食べ物を施して祈る風習など、お盆や施餓鬼に通じる構造がありました。宗教的な意味が薄れて形だけになった行事でも、形が残っていれば、意味を思い出し、込め直すことができると僕は思っています。
- ハロウィンは古代ケルトの「サウィン」が起源とされ、名前は「All Hallows' Eve(諸聖人の日の前夜)」が縮まったもの
- 霊が帰ってくる発想はお盆に、この世とあの世が近くなる感覚はお彼岸に似ているが、火は悪霊を追い払うために使われた
- ソウルケーキの風習は、托鉢や施餓鬼と似た「施しと祈り」の構造を持っている
- 理解できないものを無意味と切り捨てず、形が残ることの価値を見直したい





