雨の20周年、マスコロ当日はどんな一日だった?
SABOTENのキヨシさんは、2006年に始まったイベント「マスターコロシアム」が、今年のマスコロ26で20周年を迎えたと報告します。収録は開催翌日の月曜日の夜で、まず来場者と、気にかけてくれた人たちへの感謝を伝えています。
20周年のマスコロ当日はあいにくの雨でした。会場の大阪城音楽堂 ── 大阪城公園内にある野外音楽堂。屋根のない客席で、ロックやパンクのライブにもよく使われる会場ですは広くないため、傘は目に当たる危険があるとして使用禁止にしていたそうです。
ご来場いただいた皆さん、風邪引いてへんかいな、心配やな。もうみんなビッシャビシャなってたと思うんですよ。
来場者の多くはカッパを持参していましたが、気温がそれほど下がらなかったこともあり、濡れたまま1日を過ごした人もいたといいます。キヨシさんは体調を崩さないようにと繰り返し気づかっています。
キヨシさんは、20周年のマスコロには個人的にも運営的にも「いろんな問題」があり、悔しさや悲しい思いもあったと明かします。それでも当日については、はっきりと言い切っています。
(当日は)本当に愛が溢れる幸せな空間でした。
関係者に向けても、足を運んでくれたことや発信を手伝ってくれたことへの礼を述べ、20年間続けさせてもらえたことへの感謝しか言葉が出てこないと語っています。
トップバッターのメイソンズパーティーと盟友エッグブレーン
マスコロ26の1番手は、初出演のメイソンズパーティーでした。キヨシさんはメイソンズを、30歳を超えてからもう一度バンドをやると決めた「セカンドキャリアスタート」のバンドだと紹介し、その姿勢を形にしていることを強くリスペクトしていると話します。
トップバッターがあのメイソンズで良かったなっていうぐらい、すごいいいライブをもう華やかにしてくれて、派手にしてくれて。
2番手は、以前もマスコロに出演したエッグブレーンです。キヨシさんによれば、前回の出演はコロナ前だったかもしれないとのことです。
エッグブレーンとSABOTENの付き合いは古く、2バンドでいろいろなライブハウスをお祝いに回ったり、かつて同じレーベルに所属していたりしたそうです。八戸では毎年、2バンドで「8色ナイトサーキット」というサーキットイベントも企画しているといいます。
本当に大切なバンドが2番手をやってくれました。最高でしたね。
アダムアットのタマちゃんとは、どんな人?
3番手はアダムアットでした。キヨシさんは、中心人物のタマちゃんを「タマちゃんイコールアダムアット」と表現し、その人柄を特に称えています。
タマちゃんはキヨシさんより先輩で、もともとは浜松・静岡でイベントを組むイベンターでした。地元をもっと盛り上げたいという思いから、アダムアットを始めたといいます。
浜松・静岡でライブを組むイベンター
地元を盛り上げるためにアダムアットを始動
アダムアットはインストバンドですが、ライブではタマちゃんがいつも声を枯らすそうです。マスコロ26ではキヨシさんがゲストボーカルとして1曲歌ったほか、相棒のシュウくんやサポートメンバーの演奏力の高さにも触れています。
ギターを習いに来た彩が、Fat Wreckから世界へ
4番手はディージーサンフィストでした。キヨシさんとメンバーの彩(アヤ)さんとの出会いは、彩さんが「ギターを教えてくれ」と訪ねてきたことだったといいます。
デモ音源をもらってね。あ、いいやん、いいやん、めっちゃパンクメロコア好きやなみたいな話をしてたのが、もう何年前やろう。
そのディージーサンフィストは現在、NOFXのFat Mikeさんが運営するレーベルから、海外デビューを果たしているそうです。キヨシさんは、自分が大好きなバンドの流れにあの頃出会った彩さんが乗っていることを「夢を見させてくれている」と喜んでいます。
マスコロ26でのディージーサンフィストのライブについて、キヨシさんは「フレッシュで最高のライブ」だったと振り返っています。
GoodForNothingは「安定」ではなく何なのか?
5番手はGoodForNothing(グッフォー)でした。キヨシさんはグッフォーを「信頼、安心、安定」と言いかけながら、「安定」という言葉が失礼に聞こえるかもしれないと言い直します。
安定ではないんですよ。ライブなんですよ。グッフォーがやってるのは。
しかも毎回、平均点を確実に超える。だから安定ってつい言ってしまうんですけど。
キヨシさんは、グッフォーの曲の良さ、演奏力、プレイヤーとしてのポテンシャルに加え、人柄も含めて「全てがいい」と評します。年齢も近い「兄貴たち」に対し、引っ張りだこになるのも当然だと話しています。
GoodForNothingはマスコロの皆勤賞です。キヨシさんは、来年開催できるなら真っ先に声をかけたいとしつつ、グッフォーの出演は当たり前じゃないと繰り返しています。
ハンプバックの笑い声が元気をくれる理由
6番手はハンプバックでした。キヨシさんは、メンバーのモモちゃんが一人で活動していた頃から近くで見てきたといいます。
なんかね、かっこいいんですよ、あの人間が。ハンプバックは。
キヨシさんはハンプバックの曲もライブも大好きだとしたうえで、人間としての良い部分が昔から何も変わらないと話します。その例として挙げたのが、自身が運営するグリーンスタジオでのエピソードです。
グリーンスタジオは13周年を迎えたばかりで、キヨシさんは2階の事務所で作業をしています。ハンプバックは今もこのスタジオで練習しており、ロビーがにぎやかな時は、大概ハンプバックの3人がゲラゲラ笑っているのだそうです。
ちょっと気持ちがどんよりしてる時も、ハンプバックの笑い声が聞こえたら元気になる。
大阪城ホール公演を見に行った際には、モモちゃんが「今日はママチャリで来ました」と話していたといいます。何も飾らずそのまま国民的なバンドになったハンプバックの話を、キヨシさんは「長く喋ってもうた」と笑いつつ締めくくりました。
SABOTENのステージとゴッチの活動休止
ハンプバックの後、SABOTENが出演バンドからのバトンを受け取ってライブをしました。キヨシさんは、このステージにさまざまな気持ちが混ざっていたと語ります。
PANのゴッチさんは、今回のマスコロを最後に活動を一旦休むそうです。キヨシさんは寂しさを抱えつつも、仲間のバンドとして、友達として見送ってやりたいと思っていたといいます。
最後(PANを)見てですね、僕はあの、ちょっとね、どうしてもやっぱ涙は溢れてしまいますね。
アンコールのセッションの後、泣いたキヨシさんは周囲から「目が離れてんで」と言われたそうで、本人も「離れてるってどういうことやろ」と首をかしげながら笑いに変えています。
来年のマスコロ、言い出しっぺは誰がなる?
キヨシさんは、来年のマスコロを開催するかどうかは何も決まっていないと断ったうえで、個人的にはまた挑戦したいという気持ちを明かします。
キヨシさんは、自分がその言い出しっぺになりたいと話しつつ、やれるかどうかは本当にわからないとも付け加えています。
今年起きたトラブルについても、しっかり受け止めて改善し、より良いライブの場を作っていきたいと述べました。最後は、マスコロ26に関わったすべての人へ改めて感謝を伝えて番組を締めくくっています。
まとめ
マスターコロシアム26は、雨の中で迎えた20周年の回でした。キヨシさんは悔しさや問題も抱えつつ、出演バンド一組ずつへの敬意と感謝を語り、来年への意志も示しています。
- 雨の大阪城音楽堂で開かれた20周年のマスコロ26は、キヨシさんにとって「愛が溢れる幸せな空間」だった
- メイソンズパーティーからハンプバックまで、各バンドとの長い縁や人柄のエピソードが語られた
- PANのゴッチさんの活動休止を仲間として見送り、キヨシさんは涙を流した
- 来年の開催は未定だが、キヨシさんは自ら言い出しっぺになりたいと話している




