北欧旅行で感じたデザインの空気感
今回のテーマはデンマークのインテリアブランドHAYです。名和さんは番組で扱ってきた中で「一番知らないかもしれない」と切り出します。
そんなに僕は正直このCult Studsで扱ってきたものの中で一番知らないかもしれない。
名和さんの好みは根本がアメカジやストリート寄りで、家具ならトラックファニチャーが好きだと話します。北欧デザインは「めっちゃ綺麗だな」とは思うものの、少し毛色が違うと語ります。
一方の小澤さんも、もともと家具にはあまり興味がなかったと振り返ります。名作椅子を見ても「何がそんな名作なんだろう」とピンと来ない時期が長かったといいます。
ただデザインの仕事を続けるうちに、建築家やプロダクトデザイナーの最後のディテールへの完成度に気づくようになり、ちゃんと調べたいと思っていたそうです。
そんな折、去年の新婚旅行でデンマークとフィンランドを旅したと明かします。フィンランドではダメ元のオーロラツアーで一発で見られたと、豪運の旅を振り返ります。
そして美術館などを巡る中で、「やっぱすごいんだな、このデザインは」と肌感として触れていったと話します。
象徴的だったのがホテルのトイレの流すボタンです。小さい丸と大きい丸が並び、小と大が視覚化されていたといいます。
こういう細やかなところに、この北欧に流れるデザイン感というか、哲学みたいなものがずっと脈々と受け継がれてるんだなというのは改めて思った。
二人は、日本らしさとの共通点にも話を広げます。名和さんは、日本が敗戦後にアメリカ文化を取り入れた背景に触れつつ、根本的な美意識は近いのではと語ります。
北欧が自然と共生するための考え方ヒュッゲデンマークなどで使われる、居心地の良さやくつろぎを大切にする暮らしの感覚を指す言葉。を持つ点と、日本の八百万的な感覚や侘び寂びが通底するのではないか、という見立てです。
家具市場の二極化とHAY登場の文脈
話はHAWが登場した背景に移ります。2000年代初頭、ヨーロッパの家具ブランドは二極化が進んでいたといいます。
一方は歴史ある「雲の上のハイエンドブランド」、もう一方はIKEAのような非常にアフォーダブルなローエンドです。その中間が空白になっていたと小澤さんは整理します。
例として、コンランショップのテレンス・コンランイギリスのデザイナー・実業家。家具や生活雑貨を扱うコンランショップの創業者として知られる。が1964年に創業したHabitatが挙がります。デザインの民主化を掲げ、モダンな暮らしを中産階級に広げたブランドでした。
ところが2000年代のHabitatはどっちつかずになっていったといいます。IKEAより高いのに、その価格差ほどの価値を伝えられず、消費者が離れていったと話します。
ハイエンド
歴史ある雲の上の高級ブランド
中間の空白地帯
手を伸ばせるが超高級ではない層
ローエンド
IKEAのように安価で大衆的なブランド
この中間の空白に現れた選択肢がHAYだった、というのが登場の文脈です。小澤さんは、この構図は家具業界に限らないと付け加えます。
ヘイ夫妻の出会いと「良いデザインは権利」という理念
HAWは夫婦で創業したブランドで、名前は創業者ロルフ・ヘイとメッテ・ヘイに由来します。
ロルフはデザインに縁のない家庭で育ちましたが、家具業界に就職してデザインに夢中になり、巨匠の古典作品に惚れ込んで研究に時間を費やしたといいます。
メッテは十代の頃から両親のデザインショップで育ち、そこで働く中で「これこそ自分がやりたいこと」だと感じていたそうです。二人はGubiという会社で出会います。
ロルフは家具、メッテは雑貨と情熱の対象は異なりますが、HAWのスタイルについては同じ考えを持っていたといいます。
その方向を決定づけたのが、ロルフがヴィトラデザインミュージアムで見たイームズ展でした。イームズの哲学が「良いデザインをいかに多くの人に行き渡らせるか」に向いていたと気づいたのです。
この理念がHAYの美学の根本にあると小澤さんは説明します。
AI時代のデザインの民主化をどう捉えるか
理念をきっかけに、二人は「デザインの民主化」という言葉の受け止めへと話を進めます。
小澤さんは、AI時代に「デザインは誰でもできるから速さが重要だ」という潮流が強いと感じつつ、自分はむしろ逆だと考えています。
めちゃくちゃ誰でも作れるんだ、だからすごいいいものに費やす時間が増えるし、そこしか競争力なくなるんじゃないって思ってるんですよね。
名和さんも、そもそもデザインを最後のアウトプットだけで捉えている点に疑問を投げかけます。再解釈して意味を付与し価値にする部分まで含めると、それが本当に民主化なのかと問い直します。
いやいや、それがコモディティ化するのであれば、さらにいいものしか価値が生まなくなるでしょ。
小澤さんは、効率化そのものは新しくないと指摘します。DTPやパソコンの登場、絵画から写真への移行も同じくドラスティックな効率化だったと振り返ります。
提供する価値の本質は時代を通じて変わらず、効率化は作業の内容を圧縮しているだけだと二人は整理します。
ここで小澤さんは、自分の中で持っている一つの答えを紹介します。「デザインは動詞でアートは名詞である」という捉え方です。
アートはそれ自体が目的になり得るが、デザインは「何かをデザインする」ものなので目的が違う、という説明です。名和さんはこれを「すごい綺麗な整理」だと受け止めます。
その上で小澤さんは、良いデザインを権利とする理念をアーツ・アンド・クラフツ運動19世紀後半のイギリスで起こった、大量生産に対して職人の手仕事や生活の中の美を重んじた運動。に近いものと捉えます。みんながより素敵なものに囲まれて生きられた方がいい、という話だといいます。
AIで作られたものを使ってもいいが、すべてがそうなると豊かな美意識が失われてつまらない、と小澤さんは語ります。もっとみんないいものに触れる権利がある、という意味で理念を解釈したいと話します。
名和さんは、AIをめぐる「スピードイズキング」は一種の真実だとしつつ、それを絶対解ではないと指摘します。
AI絶対ブランド作れないですからね。なんか愛される、なんかいいみたいな、ブランディングの究極系みたいなものはもうAIは絶対作れない。
二人は、なくならないプロセスを効率化するのは良いこと、という位置づけに落ち着きます。議事録や確定申告、洗濯物を畳むといった具体例を挙げながら、何を届けるかが本質だと確認します。
先見的なポジショニングと選ばれる理由
ロルフ・ヘイの言葉として、HAWの出発点が紹介されます。世界最高のデザイナーと協力し、手頃な価格で高品質な製品を作れたらどうか、という問いです。
当時の若い世代はクラシック家具にこだわらず好きなものを選ぶようになり、市場には安く見た目は良いが数年で使えなくなるものが溢れていたといいます。
小澤さんは、この空白の需要を捉える視点は家具以外にも通じるとして、アメリカのオリーブオイルブランドGLAZAを例に挙げます。
GLAZAは、生食用サラダ向けと加熱調理向けの二種類を可愛いパッケージで打ち出したブランドです。参入の余地がなさそうな市場に、わかりやすさと付加価値で入り込んだといいます。
多くの人は同じオリーブオイルを思考停止で選び続けている、という指摘です。少し高いが予算内で、付加価値もあるアフォーダブルなハイクラスというポジショニングが機能したと話します。
名和さんも、ハチミツや七味など食品では「他の選択肢があると知らない」まま買っている場面が多いと同意します。
目の前にあるものが全てだっていう世界観じゃん、どっちかっていうと。
ここから二人は、仕事でのブランドやポジショニングの整理につまずくパターンにも話を広げます。単純化してはいけない所を単純化し、複雑にしなくていい所を複雑にするアンチパターンです。
ペルソナが異様に細かくても役に立たない、という「あるある」も語られます。小澤さんは、これに関して印象に残った考え方を紹介します。
少人数の個別具体的な声から、広く通じる本質(定量的なもの)を引き出す
大人数の数字から、そこに流れるストーリー(定性的なもの)を引き出す
定量からは向こうにいる人間を想像し、N1インタビューからは一人ではないというペルソナ化を行う。クロスさせる意識が必要だ、と二人は共感します。
小澤さんは、より貧乏だった頃でもHAYなら買おうと思えば買えるが、IKEAよりはいいものだという感覚があったと振り返り、ポジショニングがうまく伝わっていると評価します。
色彩と身体知、説明と言語化の違い
続いてHAWのデザイン哲学が語られます。ロルフは、HAYのルーツはスカンジナビアのデザイン文化にあると述べています。
そのデザインはフォーム・フォローズ・ファンクション「形態は機能に従う」という考え方。装飾よりも機能を軸に形を決める、モダンデザインの原則として知られる。に強く影響を受けつつ、そこに人間的な要素があるといいます。厳格なバウハウスに対し、親しみやすさがある点が特徴です。
ロルフは、その土台を「シンプルであれ、しかしシンプルにしすぎない」という教義のようなものだと表現しています。
小澤さんは、この原則が好きだと語りつつ、機能は一つではないと補足します。ハサミのように単機能なら形は決まりやすいが、複雑な対象では機能の捉え方が問われるといいます。
だからこそ、この原則を心の中の対比として持っておくと効いてくる、と二人は整理します。名和さんは「座るだけなら座布団でいいじゃん」と、機能の奥にある豊かさの必要性を語ります。
名和さんは、デジタルプロダクトでも根本は「使うのは人間」だと考えていると話します。琴線に触れる感情や新しい体験・発見がなければ、いいものとは捉えられないといいます。
最近僕よくこれあえてよく使うようにしてるんですけど、経験値とセンスだと思う。
小澤さんは、そのセンスの正体は身体知だろうと応じます。肌感で理解し、なぜを飛び越えて体が反応する段階だという捉え方です。
ここで、メッテ・ヘイの色彩観が紹介されます。色は最も重要視するツールであり、料理の食材の組み合わせのように無限の可能性があるといいます。
さらに、色が人間に影響を与える科学的な証明は必要ないという態度も示されます。それは現実に起きていることだから、というのです。
名和さんは、色の選択理由を説明しようとするほどチープになると語ります。説明を受けても「そう見えない」と感じることがある、といいます。
小澤さんは、昔ロゴのシンボルにストーリーを込める作り方をしていたが、見る側には意味がないと今は思うと振り返ります。最終的には絵の強度に差が出る、という話です。
名和さんは、ここで「説明」と「言語化」を区別します。ロジカルに理由を並べるのは、本質とは反対側のルートを通っているのではないか、という指摘です。
二人は、人は同じ色を見ているとは限らず、モニターの違いも相まって同じ色を見せることは技術的にも難しいと確認します。だからこそ非言語をいかに共有するかが本質だと語ります。
謎のアパレル王とファンベース構築戦略
最後に、感性とビジネスが結びついた現実の話に移ります。理念は立派でも、なぜHAYだけが成功できたのか、という問いです。
答えとして挙がるのが、陰の立役者である富豪トロエルス・ホルヒ・ポウルセンの存在です。ヨーロッパの巨大ファストファッション企業ベストセラーを築いたデンマークのアパレル王だといいます。
彼は世界中に張り巡らせたサプライチェーンと、中国やトルコの生産ラインを持っていました。ロルフとは、ロルフが働いていたGubiのショールームで客と店員として出会ったとされます。
そこでロルフは家具市場が高すぎるか安すぎるかで中間がないという情熱をぶつけ、トロエルスがその場でオファーを出した、というナラティブが紹介されます。
君には素晴らしいアイデアがある。私にはそれを実現する金と工場がある。私のインフラを使って君の夢をやってみないか。
小澤さんは「ほんとかな」と留保をつけつつ、シンプルすぎる話に思えるなら情報を教えてほしいと呼びかけます。
ヘイ夫妻
直感と美学、クリエイティブの全権
トロエルス
資金と工場、生産・在庫・不動産のインフラ
成長
アパレルの仕組みを活かした高速な家具ブランド展開
この構造により、通常は数年かかる開発をアパレルの生産ラインで数ヶ月に短縮し、トレンドカラーを即座に反映できたといいます。在庫を大量に回すノウハウや、不動産力による好立地の基幹店も生きました。
名和さんは、資金をドライブする人とクリエーションをドライブする人が役割と権限を分ける構造を、映画配給などにも通じると重ねます。
ただし、それだけで成功したわけではないと小澤さんは付け加えます。スモールブランドにも参考になる例として挙げるのが「家具屋で文房具を売る」戦略です。
従来の高級家具ショールームは、何か買わなければという入りづらさがあります。HAYはペンやトートバッグなどの雑貨を置くことで、若者が普通に入れる店にしたといいます。
雑貨で接点を持った人が、いつかはソファをと憧れを持ち続け、HAYの中で少しずつアップグレードしていく。そうしたファンベースがリアルな場でできていると二人は評価します。
その世界観に触れさせて。それがフィットする人はその世界に憧れ続けられるっていう状態を作って。
小澤さんは、HAWが提供しているのは「安物を買った罪悪感も、無理をした緊張感もなく、自分の感性でいいものを選んだ等身大の誇り」だとまとめます。100円のものから100万円のものまで、すべてが美しく美学が通っている点が、まさにブランドらしいと語られます。
まとめ
HAYは、ハイエンドとローエンドの間の空白地帯に「良いデザインはあらゆる人の権利」という理念で入り込んだブランドです。その裏には、美学とビジネスインフラを分担するタッグや、雑貨から始めるファンベース戦略という現実的な仕組みがありました。二人の対話は、AI時代でも変わらない価値と、憧れを地続きの日常に変える設計を照らし出します。
- 家具市場の二極化した中間の空白地帯を、HAYが理念とともに切り拓いた。
- 「デザインは動詞、アートは名詞」という視点から、民主化と質の関係を捉え直した。
- 色彩やセンスは身体知に根ざし、「説明」と「言語化」は別物だと整理された。
- アパレル王とのタッグが、高速な生産と展開というビジネス基盤を支えた。
- 家具屋で文房具を売る戦略が、憧れを日常に変えるファンベースを育てた。
