快適なWi-Fi生活が戻ってきた雑談から
この回はまず、てらやんの近況の雑談から始まります。この1年ほど、自宅のコンセントに挿して使うモバイルWi-Fiの回線が突然重くなり、イライラする日々を過ごしていたと話されています。
在宅でのミーティングすらしんどくなり、近くの図書館のスペースを使うという非効率な日々を送っていたそうです。
それが今日、コンセント型からNTT光に回線を変え、久しぶりにバッファローのルーターを自宅に置いたところ、快適なWi-Fi生活が戻ってきたと話されています。この音声も、モニターが置いてある部屋から届けられています。
今日からおさらばということで、非常に清々しい日を過ごしていました。
本題は「事象と名前の間に縁側を置く」
雑談のあと、本題に入ります。今日の縁側は、事象と名前の間に縁側を置いてみるというテーマです。
きっかけは、前日の9月6日に参加した「まちの子ども財団設立シンポジウム」でした。てらやんはこれを自分の推し活の一つだと話しています。
最近は私の推し活は、いわゆるアーティストとかアイドルとかではなくて、自分が学びたい人、会いたい人に会いに行くというのが、自分の推し活です。
てらやんは社会教育や子供の教育に関心があり、今の仕事は法人向けで全く違うものの、その思いは今も持っていると話します。仕事にも副業にもつながらない、趣味の一つとして参加したそうです。
保育とデザイン・建築が交差するシンポジウム
シンポジウムのテーマは「子供の創造性と学びの未来」。保育、教育、デザイン、建築それぞれのまなざしを交差させ、新たな扉を開くという趣旨でした。
主には保育園など保育を実践する人たち向けで、助成金の話や今後の保育をどうしていくかのヒントになる内容だったと話されています。てらやんに直接関係する話ばかりではなかったものの、デザイン・建築というワードが混ざっていたことで、天気が悪いなか絶対に行こうと思ったそうです。
登壇者には、東大名誉教授の佐藤先生、学習院大学の秋田教授、玉川大学の小豆田先生などが名を連ね、デザイナーの宮前さんや建築家の田根さんの話もあったと紹介されています。
キーワードにした「名もなさ」という言葉
てらやんが今回、事象と名前の間に縁側を置いた理由は、「名もなさ」という言葉を大事にしようと思ったからだと話されています。
これまでも、言葉にしてしまうことで輪郭ができてしまう、意味が生まれてしまうという感覚については話してきたし、感じてきたと振り返ります。その感覚自体は変わっていないといいます。
一方で、言葉そのものは、抽象性を保って人と人とが理解を深めるために作られた有能なツールだとも整理しています。それによって人類は発展し、日常のコミュニケーションや意思疎通も可能になっていると話されています。
抽象度を持たせて相手に伝えることで、意思疎通やプロジェクトを進められる
言葉にして定義づけすることで、事象が意味を持ち、輪郭ができてしまう
言葉になる前の感覚が「名もなさ」
てらやんが注目するのは、言葉になる前に感じていることや、言葉になるようでならない感覚です。それは自分の感性に近いものであり、感情が動いている瞬間だと話しています。
その瞬間は、意味を作り出そうとしている瞬間でもあると整理します。ただし、意味を作ることが大事なのではなく、自分にとってこれは一体何の意味があるのだろうかと問い直している瞬間そのものが、名もなさにいる瞬間なのだといいます。
そして、この名もなさこそが縁側なのだと話されています。意味は日々変化し、関係性の中で作られていくものなので、名もなさの時間を意識するということがすごく大事だと考えられています。
他者と一緒に生きていく中で何かを作り、生み出していくことは日々連続していて、その瞬間ごとに名もなさがあるのだろうと話されています。
まだ言葉になっていない違和感を体で感じる
シンポジウムでは、様々な創造性というキーワードをもとに、それぞれの立場から話がありました。てらやんが名もなさに最もつながったと感じたのは、デザイナーの宮前さんの話です。
宮前さんは、まだ言葉になっていない違和感を体で感じることがすごく大事だと話していたそうです。てらやんは、これが今回もっとも印象的な瞬間だったと振り返ります。
違和感が大事なのは以前から感じていたものの、そのなかでも「まだ言葉になっていない違和感」に注目する視点が大事だと気づいたといいます。なんとなく言葉にできる違和感もあれば、まだ言葉にならないけれど何か残る違和感もあると整理しています。
まだ言葉になっていないけど、何か残るな。この感覚、センシングできるか、自分の中で感じ取れるかってすごく大事ですよね。
自分が今何を感じているのか、どういう感情なのかを感じ取ることも同じだと話されています。この言葉にならない何かの感覚こそが名もなさであり、名もなき違和感を考えるうちに「名もなさっていいな」と思った時間だったと振り返ります。
創造性は人に備わるより分散している
シンポジウムでは、ティム・インゴルドやヴィゴツキーなど、てらやんが関心を持って本を読んでいた人物も話のなかで出てきたそうです。
てらやんは、関係性や縁側というテーマが、自分の中での探求なのだと改めて思ったと話しています。
秋田さんの話も面白かったと振り返ります。創造性は人に備わっているというよりも分散していて、社会性・物質性・時間性へ分散化していくという話が印象的だったそうです。
そう言うと結局なんでもありに聞こえるかもしれないと断りつつ、こうだと決めつけられないものもたくさんあり、それが世の中なのだろうと話されています。
人間が数字や言葉で決めていくことで発展はしているけれど、本来は決まらないものや変動しているものの方が多い。そういう前提に立つことがすごく大事だとまとめています。
まとめ
この回は、シンポジウムでの学びをきっかけに、言葉になる前の感覚である「名もなさ」を縁側の視点から考える内容でした。言葉は意思疎通のための有能なツールである一方、名もなさの時間を意識することの大切さが語られています。
- 今回の縁側のテーマは、事象と名前の間に名もなさを置くこと
- 言葉は理解を深める有能なツールだが、言葉にすることで輪郭や意味が固定されてしまう側面もある
- 自分にとって何の意味があるかを問い直している瞬間こそが「名もなさ」であり、それが縁側だと語られた
- デザイナー宮前さんの「まだ言葉になっていない違和感を体で感じる」という話が、名もなさに最もつながった
- 創造性は人に備わるより分散しているという視点から、決まらないものが多いという前提に立つ大切さが示された






