多芸な人の、意外な本音
野島さんは、イラストレーターだけじゃなく、動画の『Premiere』も『After Effects』もバリバリ使うし、音楽も作るし、キャンプもアクアリウムもやるという、まさに趣味の全部盛りみたいな方でした。
一通り、一般的に言われている趣味は全種類手を染めている、と本人も笑っていました。
そんな野島さんに、ちょっと逆説的なことを聞いてみたんです。「こういうところに気持ちを落ち着けられたら楽なのにな」と思うことはありますか、と。
そうしたら「あります、とてもありますね」と即答されたんですよね。
「一つの芸にこれぐらい集中してたら、それがすごい秀でたものになってたはずなのに」と話されていて。
一つのことに集中して秀でている人を見るとかっこいいなと憧れる、自分なんでこんなにいろんなことやってんだろうって思う、とも言われていました。
あれだけ何でもできる人が、そんなふうに思っているのかと、ちょっと意外でした。
僕はずっと「器用貧乏」だと思ってきた
この話、実は僕にとってすごく他人事じゃなかったんです。
僕は本当に器用貧乏な人間だと、自分でずっと思ってきました。
なんでもそれなりに頑張って80点は取れるんだけど、どれか一つが飛び抜けているわけじゃない。そういうタイプなんだなって。
だからもう、そこは割り切っているんです。器用貧乏だからこそ、その能力の生かし方がある、って自分に言い聞かせてきた感じですね。
野島さんも「器用貧乏タイプなんですよ」とおっしゃっていたんですが、僕から見ると全然そうは思えなくて。
だって、どれも中途半端で終わっているんじゃなくて、自転車ジャージのデザインを販売までしていたり、下町ロケットの音楽を手がけていたりするわけですから。
多趣味でも全部うまくいく人もいれば、一個に集中してうまくいく人もいる。自分がどのタイプなのかって、なかなか自分では見えないものなんですよね。
こだわりの強さは、たぶん財産だ
野島さんの話で一番おもしろかったのが、UI、ユーザーインターフェースへのこだわりでした。
「UIがちゃんとされてないもの見るとイライラしますね。本当に使ってみたのかって言いたくなります」と。
これはもう、僕がラジオでいつも言いたいことそのものなんですよね。ビジュアルデザインだけがいいサイトがいいサイトじゃないぞ、と。
野島さんは、自分でデザインするなら、デザインをある程度捨ててでもUIを大事にする、とまで言い切っていました。
しかもその感覚は画面の中だけじゃなくて、髭剃りのスイッチの位置とか、ビルのトイレの案内表示とか、日常のあらゆるところに向いているんです。
極めつけはエレベーターの音でした。上に行くのにドアが開くとき「コンコン」と下がる音が鳴るとイライラする、っていう。
これはさすが耳で仕事をされている方だなと、ハッとさせられましたね。音もインターフェースなんだよなって。
こういう変なこだわりって、外から見たら面倒くさいのかもしれません。でも僕自身も、外から見たら相当こだわりが強いと思うんです。
野島さんが「その方がいいんですよ」と言ってくれたとき、正直ちょっとホッとしました。
結局、原点に戻るという話
最後に、食に対しての最高の贅沢は何ですか、という質問を野島さんに投げてみました。
返ってきた答えが、すごく深かったんです。
道具からハマるタイプで、食材もこだわり出したらキリがない。だからこそ、日頃の毎日が美味しく贅沢に感じる、と言われて。
「今日も美味しくご飯が食べられて贅沢だな、幸せだな」という、その普通の食事こそが贅沢なんだ、と。
いろんなことをやってくると、食という原点に戻ったときに、思考まで原点に戻った感じがする、というお話でした。
これだけ多趣味で、どこまでも深くハマっていく人が、最後にたどり着いた答えが「普通に食べられること」だというのが、なんだか妙に腑に落ちたんですよね。
まとめ
一個のことを極めるのがかっこいい。それはその通りだと思います。でも、あれだけたくさんのことができて、それぞれに本気でこだわれるというのも、僕はそれで一つの才能なんじゃないかなと、今回話していて思いました。器用貧乏だと自分を諦めかけている人こそ、ちょっと肩の力が抜ける話だったんじゃないでしょうか。
- 多芸な人でも「一つに集中できたら」という憧れは抱えている
- 器用貧乏か一点集中か、自分がどのタイプかは案外自分では見えない
- ビジュアルより、まずUIを大事にする。音も立派なインターフェース
- こだわり抜いた先で、普通に食べられる日々こそ贅沢だと気づく






