滅ぼされたカルタゴは、その後どうなったのか?
ハンニバル編の最終回は、第3次ポエニ戦争でカルタゴが完全に殲滅された後の話から始まります。深井さんによると、カルタゴの跡地は滅亡後しばらく、本当に何もない「虚無の空間」だったそうです。
カルタゴの跡地では一度植民市の建設が試みられたものの、挫折したといいます。カルタゴが復活したのは、ローマが共和政から帝政へ移る時期でした。
カエサルがここ(カルタゴ)に新しく都市を築くことを計画し、その後継者であるアウグストゥスが、この計画を実行したそうで。
楊さんは、イタリアから人が入植し、都市そのものがローマ型都市 ── フォルム(広場)や神殿、浴場、碁盤目状の街路などを備えた、ローマ人が各地に築いた都市の型。支配地域にローマの生活様式を広める役割も持ちましたに作り替えられたと補足します。再建後のカルタゴは、首都ローマに次ぐ繁栄ぶりだったと言われているそうです。
この経緯を聞いた樋口さんは、100年近く何もせずに放置したことを「なおさらもったいない」と感じます。楊さんも虐殺の必要があったのかと疑問を示し、深井さんは、本当は必要なかったが当時の価値観の問題でもあると応じます。
楊さんはさらに、カルタゴの統治形態がその後のローマ帝国のモデルになったという説を紹介します。ポエニ戦争までのローマには海外支配の経験がほとんどなく、イタリア半島の外をどう治めるかを考えたときに、地中海の覇権国家だったカルタゴを参考にした可能性があると指摘する学者もいるそうです。
ハンニバル一人では勝てなかった理由とは
シリーズを終えた感想を聞かれた樋口さんは、第2次ポエニ戦争あたりまではハンニバルの凄さにワクワクしながら聞けた一方、最後は悲惨な印象が残ったと話します。そのうえで、カルタゴ側はハンニバル一人がすごかっただけだと感じたそうです。
こんだけすげえやつが一人いても、カルタゴ(は)ちゃんとできなかったんやみたいな感じがあって。だから人間一人すごいみたいなのの限界もちょっと感じたかもしれない。
深井さんもこの点は勉強していて強く感じたといい、ハンニバル編は「個人対システムの戦い」に見えると話します。ローマは本当に大量に人材を輩出するシステムで、突出したパフォーマンスを出すカルタゴが、80点ぐらいの人材が大量に出てくるローマに最終的に競り落とされていったという見立てです。
ハンニバルという一人の傑出した個人が突出した成果を出す
80点ぐらいの人材を大量に輩出するシステムで、不屈に戦い続ける
樋口さんはこの構図を、一人で成果を出す人が大企業に飲まれていく姿のように見えたと表現しています。
一方、楊さんは戦争というテーマそのものについて語ります。戦争を語ることには、戦場の戦術だけでなく、戦略、事前準備、人間の感情や人間模様、国内政治の動きなど、実に多くの論点が含まれていると改めて感じたそうです。
戦争って、ほら、人間にしかできないことなので、ここ(戦争)には本当になんか人間社会、人類の縮図の一つにもなってるなと思いましたね。
楊さんは、今の私たちが「戦争は良くない」と感じるのは当たり前でも、当時の人々は戦争との距離感や考え方がまったく違ったことを認識すべきだと話します。深井さんも、死の歴史 ── コテンラジオで以前に配信された、時代や地域ごとに人々が死をどう捉えてきたかを扱うシリーズを指していますで扱ったように、当時は死ぬことの意味が今とまったく違い、生き方そのものが変わると付け加えます。
ハンニバルを突き動かした「強い意志」の正体
深井さんが個人的に面白かったと語るのは、ハンニバルが何を考えて戦争をしていたのかという点です。深井さんは、完全に想像の域を出ないと断ったうえで、ハンニバルからは強い復讐心に燃えた意思を感じると話します。
深井さんの根拠は、アルプス越えや沼地越えという作戦の過酷さです。仮にアルプスを越える戦略が論理的に成り立つと考えたとしても、自分なら実行しないし、ハンニバルは片目を失ってまで泥沼を越えています。
泥沼を越える最中にさ、部下からいろんなこと言われると思うわけ。なんだこれはとか、こんなんじゃダメなんじゃないかとか。
その時にそれ(部下の不満)を意思で引っ張らないといけないでしょ。
深井さんは、部下のネガティブな声を抑えて進むには、リーダー自身の中に強い意志と確信が必要だと考えています。ハンニバルの場合、それは思いつきではなく、長く考え、覚悟してきたものだったのではないかという推察です。
深井さんは、何かに挑戦しているときほどネガティブな意見は簡単に言えるもので、それを言わせない空気を作ることが非常に難しいと強調します。ハンニバルがそれをやってのけていることが尊敬に値するといいます。
楊さんは、ハンニバルの意思には実力の裏付けもあったと補足します。深井さんは、ハンニバルは切り捨ても多く、拷問なども行っていた厳しい人物だっただろうと想像しつつ、それも含めてリーダーとして傑出していたのだろうと話します。
一緒に行軍したいとは全く思わないですけどね。
楊さんは、もし直接会ったらその人間的な魅力とカリスマ性に負けてしまいそうだと語り、深井さんも「気圧されるんだろうな」と応じています。
世界帝国ローマを支えた2つのキーポイント
深井さんがもう一つ挙げた学びは、ハンニバルという個人と戦ったローマというシステムの底力です。深井さんは、ローマの強さに2つのキーポイントを見出したといいます。
1つ目は不屈の精神です。ハンニバルと同じように、ローマは諦めようと思えば簡単に諦められたあらゆる場面で、諦めることを選ばず、その理由を自らの中に持っていたと深井さんは話します。
2つ目は、それにもかかわらず失敗に寛容であることです。深井さんは、結果に執着しているようで執着していないという両立は非常に難しいと指摘します。
この二つをこの時期のローマが全員じゃないにしろ一時的に成り立たせてるっていうのは、やっぱりすごい国なんだなっていう風に。
深井さんは、カエサル編のときにも同じことを思ったとしつつ、今回はローマがなぜ世界帝国になったのかが腑に落ちる感覚まで到達できたと振り返ります。「ハンニバルの気持ちがわかって、ローマの真意に触れる」ことが、このシリーズでの深井さんの大きな収穫だったようです。
戦う相手がいなくなったら、組織はどうなる?
楊さんは、ポエニ戦争の後にローマがおかしくなっていくことにも触れます。ポエニ戦争からしばらくして、ローマは100年ほどの内乱の時代に入り、その流れの中でカエサルが登場します。
樋口さんはこの点について、ローマ人にとって軍功を上げることが人生の目的になっていたため、敵を失った瞬間にインセンティブ設計が狂ってしまったのではないかと話します。
それ(外の敵)がなくなっちゃった瞬間に、あってなる。俺ら何のために今から存在していけばいいのかって。
楊さんによると、実際にローマの元老院にも同じ考えを持つ人々がいました。スキピオ・ナシカ ── 第3次ポエニ戦争の頃のローマの政治家。カルタゴ殲滅を強く主張した大カトーに対し、カルタゴを存続させるべきだと唱えたとされますを代表とするカルタゴ存続論のグループで、ローマの規律はすでに緩んでおり、カルタゴがなくなれば崩壊するのではないかと懸念していたそうです。
一方で樋口さんは、敵がいたほうがいいから敵を生かしておくという発想も不自然だと感じます。本来なら戦う以外の生きる目的を全員が見つけられれば、滅ぼさなくてよかったかもしれないという問いです。
この問いに対し、書き起こしで楊さんとされる話者は、ローマが強いのは軍功を合理的に判断せず、美徳として倫理観と結びつけているからだと答えます。
樋口さんは、同じ構造がスタートアップにもあると話します。ある地域の貧困を解決するために立ち上がった組織が、課題を解決した後も社員を抱え、経済活動を続けるために新しい課題を探さなければならなくなる、という例です。
もうそうなった組織、僕滅びればいいと思ってて今は。
会社であれば目的を果たして解散することもできますが、国家ではそうはいきません。2人は、「価値観を変えます」と宣言するのもおかしいし、争いを避けるべきだという考え方も一つの価値観でしかないと話し合います。
最後は、何が良い悪いではなく「こういう人たちがこうしたら今こうなっている」という現実しかないのかもしれない、という感覚に行き着きます。後から「こうしたら良かったのに」と思うこと自体にも、本当は意味がないのかもしれないという、答えの出ない問いで振り返りが締めくくられました。
「隗より始めよ」に重ねたコテンCREWへの思い
後半では、COTENの活動を支えるコテンCREWについて深井さんが語ります。深井さんは、COTENの取り組みの土台にある「人文知」を、世界を再認識し、世界観を再構築するときに必要となる知だと説明します。
深井さんによると、人文知とは哲学や歴史、人類学のような学問だけではありません。旅行で学んだこと、価値観の違う人と話して気づいたこと、仕事でのっぴきならない経験から学んだことも、価値観が変わるという意味で人文知にあたるといいます。
深井さんは、世界観の再構築が繰り返し起こる今の時代にこそ人文知が必要なのに、社会がそこにほとんど予算を投じていないと問題提起します。そのため、個人も法人も、払える人は人文知と社会の接点を作るために投資してほしいと呼びかけています。
僕たちの存在意義は、人文知と社会の懸け橋になるっていうのが存在意義なんですよ。
深井さんはこの考えを、中国の故事隗より始めよ ── 大きな事業を始めるには、まず身近なところから着手せよという意味の故事成語。転じて、言い出した者から実行せよという意味でも使われますに重ねます。春秋戦国時代、燕の昭王は大国の斉に強い恨みを抱き、優秀な人材を集める方法を側近の郭隗に尋ねました。
郭隗の答えは「まず目の前の私を重用しなさい」というものでした。深井さんは、王に対して自分を重用しろと言う大胆さに加え、メディアのない時代に口コミで最も広まりやすい話を計算していた点がすごいと話します。
郭隗を厚遇
昭王が郭隗を重用し、宮殿に住まわせる
噂が広まる
燕の王は人材を求め、優秀な者を厚遇するという話が口頭で伝わる
人材が集まる
楽毅という優秀な将軍が他国からやってくる
斉を追い詰める
楽毅が斉をほぼ滅ぼすところまで至る
深井さんは、人文知を掲げて社会とつなげるプレイヤーが今はほとんど自分たちしかいないと感じています。だからこそ、まずコテンから始めて市場を形成し、プレイヤーを増やしていきたいという考えです。
深井さんは、コテンCREWを寄付ではなく投資として捉えてほしいと話し、リターンはお金とは限らないとも付け加えます。樋口さんも、自分がいる世界への投資だからこそ、回り回って自分に返ってくるのではないかと応じます。
深井さんによると、リスナーの95パーセントはまだコテンCREWになっていないそうです。ただし、払うのがつらい人は無理しなくていいとしたうえで、人文知に投資している自分を自覚できることそのものに価値があると語っています。
自分は人文知に投資している人生を歩んでいるんだという自覚が、あなたにとって月1000円以上の価値だと思うし、法人にとっては月5万円以上の価値だと僕は思ってるんですよ。
研究者と出版社に利益を還元する本の紹介
この回からは、参考にした本を紹介する新しいコーナーが始まります。深井さんは、コテンラジオの情報源は基本的にすべて本や論文であり、書いてくれた研究者や出版社への感謝を込めて紹介したいと話します。
この取り組みは、法人コテンCREWでもあり、番組に資料となる本を提供しているVALUEBOOKS ── 中古本の買取・販売などを手がける書店。コテンラジオには書籍提供という形で協力していますとの共同企画です。概要欄のリンクから紹介本を購入すると、その利益分がすべて出版社と著者に還元される仕組みだといいます。
深井さんは、人文知の本は儲かりにくいからこそ、微々たるものでも還元の第一歩にしたいと話します。樋口さんは、VALUEBOOKSが利益を取らない点を「凄まじい」と驚いています。
| 書名 | 著者 | 特徴 |
|---|---|---|
| 興亡の世界史 通商国家カルタゴ(講談社学術文庫) | 栗田伸子、佐藤育子 | フェニキアから始まるカルタゴの通史。体系的に理解できる |
| 興亡の世界史 地中海世界とローマ帝国(講談社学術文庫) | 本村凌二 | ローマ側から描く。ポエニ戦争の全容を最も簡単に知ることができる |
| ハンニバルに学ぶ戦略思考(ダイヤモンド社) | 奥出阜義 | 防衛大学校の元教官が戦略思考の観点からハンニバルを読み解く |
1冊目の『通商国家カルタゴ』について、深井さんはカジュアルな本ではないものの、より深く知りたい人に向いていると紹介します。樋口さんは、カルタゴやフェニキアについて知ることができる数少ない日本語の文献だと補足しています。
2冊目の『地中海世界とローマ帝国』は、カエサル編でもお世話になった古代ローマ研究者の本です。3冊目の『ハンニバルに学ぶ戦略思考』は歴史学者の著作ではありませんが、深井さんがハンニバルの思考を読み解くうえで非常に役立ったといいます。
最後に次回シリーズの予告があり、深井さんは本編の次のテーマを『シンドラーのリスト』で知られるシンドラーにすると話します。ナチスやホロコーストに関わる領域ですが、人間としてとても興味深い人物だからだそうです。
まとめ
ハンニバル編の最終回では、ローマ都市として再生したカルタゴの話から、個人とシステムの戦い、ローマの強さとその限界、そして人文知への投資まで、シリーズ全体を貫く問いが語られました。
- カルタゴは殲滅後に放置された後、カエサルとアウグストゥスによってローマ都市として再生し、大いに繁栄した
- ハンニバルと戦ったローマは、大量の人材を生み出すシステムであり、不屈の精神と失敗への寛容を両立させていた
- 深井さんは、部下を論理ではなく意志で引っ張ったところに、ハンニバルのリーダーとしての凄みを見ている
- 軍功を倫理として美徳化したローマは強かった一方、敵がいなくなりルールが変わったときに対応できなかった
- 深井さんは「隗より始めよ」に重ねて、人文知と社会をつなぐ投資としてコテンCREWへの参加を呼びかけた





