アントニウスにすべてを賭けたクレオパトラと、暴かれた遺言状
クレオパトラ編の最終回は、アントニウスとオクタヴィアヌスの戦いが中心です。深井さんによると、アントニウスから領土を譲り受けたとき、クレオパトラはまだ35歳でした。
深井さんは、クレオパトラがプトレマイオス朝の版図を復活させたことを、ローマの支持を前提にしながらも彼女の才能による業績だと評価します。ただし、その版図はアントニウスの後ろ盾がなければ維持できませんでした。
そのため、アントニウスとオクタヴィアヌスの政治闘争が始まると、クレオパトラは全面的にアントニウスを支えます。同盟国から兵を集め、食糧を送り、軍船を建造し、資金も惜しまず出しました。
オクタヴィアヌスが宣戦布告するきっかけは、アントニウス陣営の内部で起きた裏切りでした。クレオパトラはアントニウスの軍の中にいて会議にも出ていたため、「外国のエジプト女を軍に入れるのか」と反発する部下が出てきたのです。
その部下の一人が、アントニウスが神殿に遺言状を預けていることをオクタヴィアヌスに漏らします。オクタヴィアヌスは力ずくで遺言状を取り上げ、元老院で公開しました。
遺言状には、カエサリオンをカエサルの息子と認めること、クレオパトラとの子に多くの財産を与えること、死後はクレオパトラの傍らに葬ってほしいことが書かれていたといいます。深井さんは、都合のよい部分だけを切り出して公開したのではないかと見ています。
またこれLINEの履歴公開しみたいな感じだよね。
文春砲みたいなやつだよね。
遺言状の公開はローマ市民を激怒させ、オクタヴィアヌスはその怒りをプロパガンダに使います。「アントニウスはもはやローマ人ではない」「アントニウスが勝てば権力の中枢がエジプトに移る」といった世論が広がっていきました。
部下の反発
クレオパトラが軍の中にいることに、アントニウスの部下が腹を立てる
内通
部下がアントニウスの遺言状の存在をオクタヴィアヌスに漏らす
公開
オクタヴィアヌスが遺言状を奪い、都合のよい部分を元老院で公開する
炎上
ローマ市民の怒りを利用し、アントニウスとクレオパトラへの中傷を広める
公職を追われたアントニウスに足りなかったもの
オクタヴィアヌスの世論操作によって、アントニウスはついに公職から追放されます。深井さんは、この時点でアントニウスはローマでの政治闘争に負けており、残された手段は戦場での勝負だけになったと説明します。
けど難しいよね。アレクサンドリアにいるわけだから、ローマの政局を握れるみたいなのは結構難しいよね。
楊さんは、カエサルがガリアにいながらローマの政局を握っていたことと比べ、遠くから政治を動かすには高度な手腕が必要だと指摘します。
深井さんによると、アントニウスはよく飲み食いし、部下にお金を配って人気を集める親分肌の人物でした。女性や遊びも好きだったといいます。
そのため、アントニウスにはカエサルのような繊細な遠隔政治のセンスがなかったのかもしれない、と深井さんは話します。さらに、戦争の結果を見ると軍事的なセンスもそれほどなかったのではないか、と分析する本もあるそうです。
ローマの内戦は、なぜ「エジプトとの戦争」になったのか
アントニウスとオクタヴィアヌスの戦いは、本来はローマの内部闘争です。政敵であっても、アントニウスはオクタヴィアヌスと同じローマ人でした。
しかしオクタヴィアヌスは、アントニウスではなくクレオパトラに宣戦布告します。深井さんは、これをわかりやすい外敵を設定した一手だと説明します。
オクタヴィアヌスとアントニウスによる、ローマ人同士の内部闘争
ローマ人全体が団結して、悪の権化クレオパトラと戦うローマ対エジプトの戦争
こいつがローマ帝国の初代皇帝ですよ。
両陣営はついに激突します。アントニウスが負ければクレオパトラもすべてを失うため、彼女は莫大な資金と兵力を出し、自ら前線で艦隊も指揮しました。
しかし、アントニウスとクレオパトラの軍は陸でも負け、アクティウムの海戦 ── 紀元前31年にギリシャ西岸のアクティウム沖で行われた海戦。オクタヴィアヌス側が勝ち、ローマの覇権争いの行方がほぼ決まりましたでも敗れます。深井さんは、オクタヴィアヌスの側近アグリッパ ── オクタヴィアヌスの右腕として軍事を担った将軍。のちに初代皇帝アウグストゥスとなるオクタヴィアヌスを生涯支えましたが鍛えた海軍が強かったと話します。
アントニウスは逃げるために自分の軍を見捨て、兵士の忠誠を失います。オクタヴィアヌスは、軍を見捨てたこともネガティブキャンペーンに使いました。
なんかもう一手一手が全部意味のある一手一手を効率的にこう打っていくっていうふうなイメージですね。
打ちひしがれる将軍と、花で船を飾った女王
敗戦後のアントニウスはひどく落ち込みます。船の先に座って両手で顔を覆い、やけ酒をあおっていたと伝わり、すでにアルコール依存症だったのではないかと書く本もあるそうです。
アントニウスは残った陸軍を集めて再起を図りますが、その軍を率いる部下が敵に寝返ります。絶望したアントニウスは自殺しようとし、友人たちに止められたといいます。
一方のクレオパトラは、負けてもなお抵抗を続けます。惨めな姿で故郷に戻りたくなかったため、船を花で豪華に飾り、勝ったかのようにアレクサンドリアへ帰りました。
そこはなんかな、あるんやな。
王宮に戻ったクレオパトラは、裏切り者を処刑して財産を没収し、艦隊を集め直して新しい船の建造も始めます。カエサリオンの成長を待って、もう一度ローマと戦うことを思い描いていたとも言われています。
しかし、その艦隊もアラビア人に焼き払われます。深井さんは、衰えた大国からかつての同盟国が次々に離れていく国際情勢だったと説明します。
オクタヴィアヌスとの交渉で、クレオパトラはアントニウスを差し出したか
エジプトに迫るオクタヴィアヌスに対し、アントニウスとクレオパトラはそれぞれ使者を送ります。二人の申し出の内容はかなり違っていました。
すべての権力を放棄して市民として暮らす。女王が救われるなら自分は死んでもよい。オクタヴィアヌスはこれを無視した
アントニウスに内緒で、王の玉座、黄金の杖、王冠を贈る。王国を差し出すという意思表示で、オクタヴィアヌスは贈り物を受け取った
オクタヴィアヌスは、クレオパトラに強い条件を示します。まず軍隊と王位を放棄すること。そしてアントニウスを排除すれば処罰せず、王国の支配も続けさせる、というものでした。
クレオパトラはこの条件を拒みます。深井さんは本人に聞かなければわからないと断ったうえで、クレオパトラが本当にアントニウスを愛していたという説を紹介します。
凱旋式で引き回されるより、自分で死を選ぶ
深井さんがより大きな理由だと考えるのは、クレオパトラがローマの凱旋式 ── 戦争に勝った将軍がローマ市内を行進する儀式。捕虜や戦利品を民衆に見せ、将軍の功績を示す場でしたで引き回されたくなかった、という説です。
深井さんによると、オクタヴィアヌスはクレオパトラがどう動いても凱旋式の目玉にするつもりだった、という記述も残っています。アントニウスを差し出しても差し出さなくても、クレオパトラの負けは決まっていました。
辱めを受けたくなくて、彼女は自分の死を自分で選ぶっていうですね、最後の主導権を彼女は発揮したんです。
うわ、武士やん。
深井さんは、クレオパトラの妹アルシノエが鎖につながれ、カエサルによってローマ市内を引き回されたことも、クレオパトラの決意に影響したのではないかと話します。
死を覚悟したクレオパトラは、使用人にもさまざまな毒薬を試させ、どれがよく効くかを調べたといいます。霊廟を造らせて家具や宝石を運び込み、略奪されそうになったら燃やすつもりだったそうです。
さらにクレオパトラはアントニウスと、「死を共にする仲間」というサークルを作ります。入会した人は一緒に死ぬことを誓い、持ち回りで宴会を開いていました。
誤報が招いたアントニウスの最期
オクタヴィアヌスがアレクサンドリアに迫ると、アントニウスは残った兵を集めて最後の戦いに臨みます。一騎打ちも申し込みましたが拒まれ、アントニウスは敗れて王宮へ逃げ帰りました。
王宮に戻ったアントニウスは、クレオパトラが自殺したという知らせを聞きます。召使いに自分を殺すよう頼みますが、召使いは剣を自分の胸に突き立てて先に死にました。
召使いの死を見たアントニウスは、自分の勇気のなさを恥じて、自らの腹を剣で刺します。ちょうどそのとき、クレオパトラの秘書が「女王はまだ生きている」と告げに来ました。
え?え?え?誤報やったつうこと?
深井さんは、この場面はどこまでが事実でどこからが演出かわからないとしたうえで、歴史に残っている筋書きとして話を進めます。
瀕死のアントニウスはクレオパトラのもとへ運ばれ、「悲しまずに生きてくれ。自分の死は不名誉ではない」と言って彼女の腕の中で息を引き取ったと伝わります。二人は11年間生活を共にしていました。
毒蛇か毒薬か、39歳で迎えたクレオパトラの最期
オクタヴィアヌスは、凱旋式の目玉にするため、何としてもクレオパトラを生け捕りにしたいと考えていました。部屋から出ることを拒むクレオパトラに対し、部下が窓に梯子をかけて侵入し、短剣で自害しようとした彼女を取り押さえます。
オクタヴィアヌスはカエサリオンの捜索も命じました。しかしクレオパトラは事態を予測し、カエサリオンに莫大なお金を持たせてインドへ逃がしていたといいます。
クレオパトラはオクタヴィアヌスの許可を得てアントニウスを自ら埋葬します。そしてオクタヴィアヌスがローマに戻る3日前、アントニウスの墓に参り、沐浴と化粧を済ませ、女王の衣装をまとい、豪華な食事をとりました。
クレオパトラは、自分の遺体をアントニウスのそばに葬ってほしいとオクタヴィアヌスに手紙で伝えます。よく知られているのは毒蛇にかませて死んだという話ですが、毒薬の実験をしていたことから毒をあおったという説もあり、真相はわからないそうです。
このときクレオパトラは39歳でした。深井さんは、この悲劇がクレオパトラの名声を不動のものにしたと話します。
怒りと敬意のあいだで、オクタヴィアヌスは何をしたか
凱旋式の目玉を失ったオクタヴィアヌスは激怒します。一方で、女王の立派な態度に感服もしていたと言われています。
オクタヴィアヌスはクレオパトラを家柄にふさわしい形で葬り、遺言どおりアントニウスのそばに埋葬しました。エジプト各地のクレオパトラ像も壊させなかったそうです。
深井さんは、そこにも政治的な計算があったと見ています。クレオパトラの名声を汚せばエジプトの人々の恨みを買うため、どこまでやると反発が来るかを察知するセンスがオクタヴィアヌスの能力だったのではないか、という見方です。
クレオパトラの死後、ローマ帝国の歴史家たちは、クレオパトラをアントニウスを堕落させた妖婦として描きました。深井さんは、そのイメージが現代まで続いていることを「歴史は勝者が書く」ことの表れだと話します。
カエサリオンも、教育係の裏切りによって捕らえられ、クレオパトラと同じ月に殺されます。こうしてプトレマイオス朝は滅び、エジプトはローマの属州になりました。
深井さんは、エジプトがローマの属州になったことで、古代エジプト文明が独立性を失い、ローマを中心とする世界史に組み込まれたと説明します。王宮の遺跡は今も海底にあるそうです。
権力は「取るもの」ではなく「生まれ持ったもの」かもしれない
本編を終えた振り返りで、樋口さんは、強い勢力と組むしかない状況や、男女の関係が国の行方を左右する話が、日本の戦国時代とも重なると話します。深井さんは、歴史を学ぶとこうしたパターンに再現性を感じられるようになると応じます。
権力的な人間であることが、すでに自分のアイデンティティの中心に組み込まれているわけなんですよ。
深井さんは自分の勝手な想像だと断ったうえで、クレオパトラやオクタヴィアヌスは権力を外から獲得したのではなく、権力を持つ家に生まれ、それ以外の選択肢を取りにくい人たちだったのではないかと話します。深井さんは、樋口さんの中心に地元の田川があることにたとえました。
確かに僕から田川っていうふるさとを外すことできないから、もう生まれて死ぬまでも、その田川の人間であるというアイデンティティを剥がす剥がさないの発想にすらならないんですね。
樋口さんは、現代の日本では生まれに縛られないと教えられるため、この感覚にはピンと来ていなかったと話します。ふるさとに置き換えて考えることで、ようやく少しわかった気がすると語りました。
すべてを傾けたクレオパトラという人
深井さんは、クレオパトラは単純にすごい人だったと言いたい、と話します。プトレマイオス朝は滅び、クレオパトラは時代の流れに抗えませんでしたが、王朝の再興に知恵も魅力も含めた全能力を注ぎ込みました。
深井さんが特に評価するのは、ローマに抵抗するのではなく、ローマの権力を受け入れて利用し尽くすというスタンスです。その結果、長く権力を保ち、形の上ではエジプトの独立を守ることができました。
確かにね。9か国語も使ってね。
深井さんは、クレオパトラに好感を抱いたと言い、以前のシリーズで扱った武則天よりもクレオパトラ派だと話します。武則天の下では会議で詰められて殺されそうだが、クレオパトラとなら一緒にお酒を飲めそうだ、という理由でした。
ちょっとサークル入りたいしな。
スキャンダルの裏にある女王のリアリティと、世界史の転換点
楊さんは、女性の偉人として歴史に残ることと、世界史の変わり目に生きることの2点を挙げます。クレオパトラは当時も後世も性的なスキャンダルで語られてきましたが、武則天や持統天皇のように、女性リーダーはそう言われがちだと楊さんは指摘します。
楊さんは、そうした語られ方を見るときは、当時のプトレマイオス朝の政治的なリアリティを考える必要があると話します。
公的な生活と私的な生活を分け、性生活は私的な領域に属する
誰と結婚し誰の子を産むかは王朝の存続を左右する公的な問題で、公私を分ける発想もおそらくなかった
楊さんによると、クレオパトラの死によるプトレマイオス朝の滅亡は、ヘレニズム ── アレクサンドロス大王の東方遠征をきっかけに、ギリシャ文化とオリエント文化が融合して生まれた文化。その後継国家をヘレニズム国家と呼びます国家の最後の滅亡でした。それがローマによってなされたことで、世界はギリシャ世界からローマ世界へ移っていきます。
楊さんはさらに、このあとに続くイエスの誕生とキリスト教が、世界史の中心を地中海から内陸のヨーロッパへ移すきっかけになっていくと話します。
僕たちは未来から過去を見ているので、抗えんやろみたいな気持ちにやっぱなりがちなんですけれども、やっぱその中で可能性を求めて一生懸命頑張った(クレオパトラ)。
深井さんは女性という観点から補足します。クレオパトラは「7世」で、1世から6世までのクレオパトラもファラオになっていました。理由はよくわかっていないものの、プトレマイオス朝では女性統治者が神殿を建て、艦隊を編成し、軍事作戦も行った前例が多かったそうです。
深井さんは、クレオパトラ7世は強い女性統治者という手本に最も恵まれた人だったと言えるかもしれない、と話します。樋口さんも、男性優位の歴史ばかり見てきたので、この点が面白かったと語りました。
まとめ
クレオパトラ編の最終回では、遺言状の暴露と世論操作で追い詰められたアントニウスとクレオパトラが、アクティウムの海戦に敗れ、それぞれ死を選ぶまでが語られました。凱旋式で辱めを受けるより自分で死を選んだクレオパトラの最期は、プトレマイオス朝とヘレニズム世界の終わりにも重なっています。
- オクタヴィアヌスは遺言状の公開や外敵の設定など、世論を動かす一手を効率よく重ねて勝利した
- クレオパトラはアントニウスを差し出す条件を拒み、凱旋式での辱めを避けて自ら死を選んだとされる
- プトレマイオス朝の滅亡で、エジプトはローマの属州となり、世界史はギリシャ世界からローマ世界へ移っていく
- 深井さんは、ローマの権力を受け入れて利用し尽くしたクレオパトラの生き方を素直に評価したいと語った
- 楊さんは、スキャンダルとして語られがちな女王の私生活を、当時の政治的なリアリティから見る必要を指摘した





