ロシアにとってウクライナは「ほとんど我々」なのか
このエピソードは、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻を受けて緊急収録された特別編の第6回です。これまでの回では、キエフ・ルーシの成立から2014年までを、歴史、プーチン大統領の人物像、地政学という3つの視点から見てきました。
第6回の出発点は、今回の侵攻の直接のきっかけとなった2014年のクリミア併合です。番組は、クリミア併合がどのような経緯で起きたのかを順にたどっていきます。
番組の説明によると、ロシアから見たウクライナは「ほとんど我々」に近い存在です。ロシア語とウクライナ語は近く、どちらも東スラブ人で、ウクライナ正教とロシア正教も厳密には違うものの近い関係にあります。一方のウクライナからすると、ロシア人にそう思われていること自体が鬱陶しいと説明されます。
ウクライナの国土は約60万平方キロメートルで、日本の1.6倍あり、ヨーロッパではロシアに次ぐ2番目の広さです。ソビエト崩壊時の人口はすでに5200万人近くで、旧ソ連圏でも指折りの重工業地帯と農業地帯を抱えていました。
アメリカの政治学者ブレジンスキー ── ズビグネフ・ブレジンスキー。カーター政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めた政治学者で、ユーラシアの地政学を論じた著作で知られますは、ロシアがウクライナを勢力圏にとどめておけるかどうかが、ユーラシアの帝国でいられるか、アジアの帝国にとどまるかの分水嶺だと分析したと紹介されます。
楊睿之さんは、ロシアとウクライナの経済的な結びつきを補足します。ロシアはソ連崩壊後もウクライナの重工業や金属、鉱業、電力部門への発注を続けていました。
例えば2013年の時点で、ロシアからウクライナ産業界に対する発注額っていうのは、年間50から100億ドルまで及んでいた。
楊さんによると、ウクライナの産業界の多くの部門がロシアからの受注にほぼ完全に依存し、発電もロシアの天然ガスに頼っていたと書く本もあったといいます。
独立したウクライナは、なぜロシアから抜け出せなかったのか
ソ連崩壊でウクライナは独立し、初代大統領のレオニード・クラフチュクはロシアの勢力圏からの脱出を目指しました。しかし、経済が密接に結びついていたため、突然離脱することはできなかったと説明されます。
ウクライナがロシアから離れにくかった理由として、番組では次の3つの結びつきが挙げられます。
天然ガス
ロシア産天然ガスを安価に供給され、ガスを運ぶパイプラインの通行料で多額の収入も得ていた
消費地
重工業製品や農産品の主な輸出先がロシアだった
サプライチェーン
工業製品の部品供給網が旧ソ連各国に散らばり、ウクライナ単独では生産できなかった
そこでウクライナはロシアを刺激しないよう、ゆっくり離れようとしていました。ところが誤算が起きます。NATOがポーランドやチェコスロバキアなどを、ウクライナの想定より早く加盟させ、ロシアはNATOへの警戒感を高めていきました。
1990年代半ばからの第2代大統領レオニード・クチマも、EUとNATOへの加入を目指しました。ただし直接加盟するのではなく、ジョージア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバによるGUAM ── 4か国の頭文字を取った旧ソ連構成国の協力枠組み。ロシアの影響圏から距離を置くことを目的として、1990年代後半に発足しましたという枠組みを作ります。
GUAMについて番組では、旧ソ連の国がみんなで固まれば怖くない、という発想だったと説明されます。さらにクチマ政権は西側へのアピールとして、2003年のイラク戦争でアメリカを支持し、ウクライナ軍を派遣しました。
この時期はプーチン政権も対米関係の改善に乗り出していて、平和的にNATOやEUへ入れそうな雰囲気がありました。ところが2004年、ロシアのすぐ隣にあるバルト三国がEUとNATOに加盟し、ロシアの警戒感は一気に高まります。
2004年のオレンジ革命は何を引き起こしたのか
ロシアの警戒感が高まった2004年、ウクライナで大統領選挙が行われました。ロシアは、親ロシア的で利権次第で取引できる柔軟な人物とされたヤヌコービチ首相を強力に後押しします。
対抗馬は、NATO加盟など西ヨーロッパ寄りの対外政策を掲げたユシチェンコ元首相でした。ロシアの露骨な選挙干渉でヤヌコービチが勝利しますが、不正選挙だとして大規模な抗議運動が起きます。
最高裁判所は超法規的措置として投票をやり直し、再投票でユシチェンコが勝ちました。この一連の動きがオレンジ革命 ── 2004年のウクライナ大統領選挙をめぐる抗議運動。ユシチェンコ陣営のシンボルカラーがオレンジだったことからこう呼ばれますです。
番組によると、こうした民主化運動はウクライナだけでなく旧ソ連諸国で相次ぎ、まとめて「カラー革命」と呼ばれます。
本で紹介されていた内容として、アメリカは小規模ながら重要な支援をそれぞれの国の民主化勢力に行っていたといいます。ロシアから見ると、カラー革命は自国の勢力圏に対するNATOの切り崩し工作に映りました。
ユシチェンコ大統領は、ロシア主導の経済統合の枠組みである共通経済空間から距離を置き、ロシアから離れようとします。しかし政権内に親ロシア派と親欧米派が混在して対立し、ユシチェンコ政権は早い段階でレームダック ── 任期は残っていても政治的な影響力を失い、機能しなくなった政権や指導者を指す言葉。「足の不自由なアヒル」が語源です化しました。
NATO加盟の棚上げと、プーチンの「ユーラシア連合」構想
ユシチェンコ政権下の2008年8月、ジョージアで南オセチアとアブハジアをめぐる紛争が起きます。この紛争を受けてNATOは、ウクライナとジョージアについて「いつか入れるが、今はダメ」という対応を取り、加盟は棚上げになりました。
2010年の大統領選挙では、2004年にロシアの支援を受けたヤヌコービチが当選します。ヤヌコービチ大統領はNATO加盟方針を撤回し、クリミア半島のセヴァストーポリにあるロシア海軍基地の租借期限を25年延長しました。
セヴァストーポリは、ロシア帝国の時代からロシア海軍が使ってきた基地です。ウクライナ領になったためロシアが借りる形になっていましたが、その期限延長は、事実上ロシアの勢力圏にとどまる方針だと説明されます。
2012年、当時首相だったプーチンは大統領選挙への再出馬に向けて政策論文を発表します。ロシア、カザフスタン、ベラルーシの関税同盟を土台に、旧ソ連諸国を集めたユーラシア経済連合を作る構想で、ロシア主導のEUのようなものだったと説明されます。
楊さんは、プーチンの狙いを、ソ連崩壊でバラバラになった地域経済を統合し、脆弱なロシア経済を守ることだったと補足します。そしてこの構想の成否を握るのがウクライナでした。
ウクライナってもう人口も4000万以上で多いし、産業基盤がしっかりしてるし、ロシアと密接な関係を持っているので、もしウクライナがいないと、このユーラシア連合もロシア政府にとってあまり意味を持たなくなる。
楊さんによると、だからこそウクライナがEUに近づく交渉を進めたことは、プーチンにとってユーラシア連合計画を頓挫させ、ロシア経済を弱める企みにしか見えなかった、という見解があるといいます。
EUの「東方パートナーシップ」とロシアのアメとムチ
番組は次に、EU側の動きを紹介します。ソ連崩壊後、ポーランドやチェコスロバキアなど旧社会主義の東欧諸国がEUに加盟すると、EUは旧ソ連の国々と直接国境を接することになりました。
EUにとって旧ソ連の国々は、経済的にうまくいっておらず、昨日まで敵だった相手です。そこで安定化のために欧州近隣諸国政策が作られ、その中で旧ソ連諸国向けに策定されたのが東方パートナーシップ ── EUがウクライナ、ベラルーシ、ジョージアなど旧ソ連の6か国と結んだ協力の枠組み。2009年に始まりましたでした。
東方パートナーシップは、民主化やガバナンス改善といった国内改革と引き換えに、高度かつ包括的な自由貿易圏(DCFTA)を結び、EUとの通商や人の往来を自由化するものです。番組では「あなたたちを儲けさせてあげるから民主化してください」という仕組みだと噛み砕かれます。
ただしDCFTAに加盟すると、他の国との経済協定には加盟できません。ロシアから見ると、ウクライナがDCFTAに入ればロシア主導の関税同盟には入ってもらえず、ユーラシア連合構想が泡と消えてしまいます。
そのDCFTAに、ロシアが一番入ってほしくない国であるウクライナが関心を示しました。ロシアはここで硬軟織り交ぜた手段に出ます。
ウクライナ産の農産品を買わないと恫喝し、与えていた最恵国待遇の廃止をちらつかせた
150億ドル分のウクライナ国債を買う経済援助と、天然ガスの大幅な値下げを示した
この時点では、ウクライナを中立化することにロシアは成功します。楊さんは、この段階のロシアは軍事ではなく経済的な代償を払って、旧ソ連諸国を勢力圏内にとどめようとしていたと整理しています。
デモはなぜ過激化し、大統領は国外へ逃げたのか
ウクライナがDCFTAに入らないと決めたことで、国内の政情は不安定になります。いつかEUに入れると思っていた都市部のリベラル層が、ブレーキをかけられた形になったからです。
最初は平和的なデモでしたが、親露派のヤヌコービチ政権は機動隊を投入して抑え込もうとしました。これに反発してデモ隊も過激化し、ネオナチ集団として知られるスヴォボーダや、極右として知られる右派セクターが加わっていきます。
反政府派と政府派は事態の収拾で一度は合意します。しかし過激派がその合意を無視して大統領府などを占拠し、それに煽られる形でウクライナ議会がヤヌコービチ大統領の解任を決議しました。
番組によると、ウクライナ議会には憲法上、大統領を解任する権限がありませんでした。それでも決議が行われ、ヤヌコービチ大統領はクリミア半島経由でロシアへ脱出し、ウクライナには権力の空白が生まれます。
DCFTA見送り
EU接近を期待した都市部のリベラル層が反発し、平和的なデモが始まる
機動隊投入
ヤヌコービチ政権の弾圧で、デモ隊に過激なグループが加わる
合意の無視
過激派が大統領府などを占拠し、議会が権限のない解任決議を出す
権力の空白
ヤヌコービチ大統領がロシアへ脱出し、キーウに暫定政権が成立する
クリミアのウクライナ軍は、なぜ戦わなかったのか
権力の空白が続いたまま2014年を迎えます。ロシアではソチオリンピックが開かれ、お祭りムードの中にありました。
キーウで暫定政権が成立していたころ、ウクライナの中の自治共和国だったクリミアの首都に、突然覆面の兵士たちが現れて主要部を占拠しました。兵士たちはロシア兵と見られていますが、当時プーチン大統領はロシア軍を送っていないと明言していました。
番組によると、兵士たちはロシア参謀本部直轄の特殊作戦軍だったのではないかと言われています。覆面の兵士たちはやがてクリミア全土を掌握しますが、数で優位だったクリミアのウクライナ軍は抵抗しませんでした。
ウクライナ軍が戦わなかった理由として、番組では次のような事情が挙げられます。
- 暫定政権のもとで半ば無政府状態になり、判断を下せなかった
- クリミアは住民の過半数がロシア系で、ウクライナ軍にもロシア系が多かった
- 駐留するウクライナ海軍とロシア海軍は、もとは同じソ連海軍の仲間だった
その後、クリミアの住民はウクライナからの独立を宣言し、住民投票を経てロシア連邦への加盟を決め、併合されました。番組によると、この併合はロシアに近いカザフスタンやベラルーシ、さらには中国でさえ承認していません。
深井さんとみられる出演者は、この経緯を日本に置き換えて「九州が独立しますと言って、中国が認めますと言われても困る」と例えます。覆面の兵士まで送っていることも含めて、ルール違反だという受け止めです。
プーチンはクリミア併合をどう正当化したのか
クリミア併合の調印式はモスクワのクレムリンで行われ、プーチン大統領は1時間にわたる演説をしたと紹介されます。演説の主張は次のように整理できます。
番組では、最初の2点については「確かにそうなんですよね」と、一定の根拠があることを認めています。
コソボの前例について、番組は背景を説明します。ユーゴスラビアの中のコソボが独立を求め、アメリカ、イギリス、ドイツなどがその独立を承認し、NATO軍はユーゴスラビアへの空爆を始めました。
ロシアは、国の中の特定の地域の独立が他国に承認され、軍事支援で既成事実化されることを恐れていました。国内にチェチェンなど似た地域を多く抱えていたからです。そのためロシアもセルビア人保護を名目に部隊をコソボへ送り、現地はNATOと一触即発になりました。
番組によると、全面衝突は現場のイギリス人指揮官とロシア人指揮官の調整で避けられたといいます。ロシアはこの経験から「西側はこうやって国家を独立させられる」と学び、クリミア併合では同じことをしているという論理を使った、と説明されます。
楊さんは、このコソボでのNATOとの睨み合いのとき、ロシア側で対応にあたったのがプーチンで、プーチンとNATOの因縁はこのときから始まっていると補足しています。
ロシアの基本戦術「凍結された紛争」とは何か
番組では、クリミアの併合はロシアの軍事介入としてはかなり特殊なケースだと説明されます。ソ連がバルト三国を併合したときと同じく、電撃的な占領、現地住民の動員、住民投票による併合というパターンを取ったからです。
ロシアが普段使う手段は、併合ではなく「未承認国家」を作ることです。例としてジョージアの南オセチアとアブハジアが挙げられます。
番組は、この構図を日本に置き換えます。ロシア系住民が多いとして九州や四国が独立を宣言し、ロシアが国家として承認してロシア軍を送れば、自衛隊が入ればロシアとの直接戦争になり、日本は国内に紛争を抱え続けることになる、という説明です。
国際関係論ではこれを凍結された紛争 ── 武力衝突は止まっても、領土や地位の問題が解決されないまま長期間固定化された紛争のことと呼び、ロシアはナゴルノ・カラバフ、モルドバの沿ドニエストル、ジョージアの南オセチアとアブハジアで続けてきたといいます。
2008年のジョージアの件では、本来は今のウクライナ問題と同じくらいの世論が日本でも起きてよかったはずだと番組は指摘します。しかし当時はリーマンショックが起きていて、この話は国際世論から見捨てられていきました。
ロシア語とウクライナ語のニュースは何を伝えていたか
番組は、ウクライナ人の協力者にロシア語ソースを当たってもらい、クリミア併合当時のロシア語ニュースとウクライナ語ニュースを比べています。両者の言い分は微妙に違っていました。
クリミア人はウクライナとの決別を決めた。主要産業の観光を守り、開発に関心を持つロシア企業を呼び込むために、自ら迅速にロシア連邦へ加入した
ウクライナはロシアと交渉の妥協点を見つけたい。ロシアには交渉のテーブルについてほしい
ロシア語ニュースは、未承認国家のままでは観光客を受け入れられないことも理由に挙げていました。一方のウクライナ側は、この時点ではまだ交渉で解決できると考えていたと説明されます。
クリミアの独立を受けて、ロシア系住民の多いウクライナ東部のドンバス地方、ドネツクとルガンスクでも分離独立の動きが強まりました。ロシア系住民は民兵組織を作り、ウクライナの警察などを襲撃し始めます。
ウクライナの暫定政府軍は部隊を送って鎮圧を図り、戦況はウクライナ有利で進みました。しかし分離派を倒せそうになったところで、ロシアから民兵や武器、弾薬が入り、ドンバスの戦況は泥沼化します。
2014年9月、ロシアとウクライナはベラルーシの首都ミンスクで停戦を決めたミンスク協定 ── ドンバス地方の紛争をめぐり、ロシア、ウクライナ、欧州安全保障協力機構などが署名した停戦合意。2014年と2015年に結ばれましたを結びます。それでも停戦は実現せず、紛争は8年間続いてきたと番組は説明します。
ゼレンスキー大統領の登場から2月24日の侵攻まで
ドンバスの紛争が続いた8年間に、ウクライナの大統領は2回代わりました。最初は、亡命した親露派政権の後に就いたポロシェンコ大統領で、2015年から2019年まで政権を担ったと紹介されます。
ポロシェンコ大統領は、ミンスク合意に調印してロシアとの停戦を図り、ドンバス地方の回復と経済の立て直しを目指しました。しかし汚職のイメージが強く、経済復興もうまくいかず、2019年の選挙で敗れます。
2019年の選挙に勝ったのが、現大統領のゼレンスキーです。コメディアン出身で政治経験がなかったことが、汚職がひどいウクライナではむしろプラスに評価されたと説明されます。番組によると、ウクライナの汚職指数は180か国中122位で、メキシコ、エジプト、フィリピンに近い水準です。
ゼレンスキー大統領はEUとNATOへの加盟を目指し、ロシアに圧迫されていた人々に支持されました。しかしNATOは紛争中の国を入れないと決めているため、東部で紛争を抱えるウクライナの加盟は進みませんでした。
一方でゼレンスキー大統領は、トルコから無人機を購入し、さらに生産する権利も買って国内でドローンを作り、東部の親ロシア派武装勢力を攻撃し始めました。
番組によると、このドローン攻撃を受けてロシア軍は10万人規模でウクライナ国境に集結し、2022年2月24日、「ウクライナ政府によって8年間虐げられた人々を保護するため」という名目で侵攻を始めました。
侵攻直後のロシアのニュースは、ウクライナを兄弟国とし、90年代以降のプロパガンダ戦争で西側に敗れ、追い詰められた結果こうなったという論調でした。ハリコフを首都とする親ロシア的な国家を作る案や、ナチスから助けたロシアに感謝すべきだという主張も出ていたと紹介されます。
ウクライナのニュースは、ロシアは交渉を放棄してドンバスを攻撃している、ウクライナ政権のナチス化という指摘は的外れだと伝えていました。今回の攻撃はロシアの深刻な過ちで、事態を好転させられるのはプーチンが説明責任を果たすことだけだ、という論調です。
ロシアが核をちらつかせるのはなぜか
番組は、ロシアが軍事侵攻に踏み切った背景の一つに、ロシアとNATOの軍事力の差を挙げます。紹介された兵力の数字は次のとおりです。
| 勢力 | 兵力 | 補足 |
|---|---|---|
| NATO(米国・カナダ含む) | 318万人 | ヨーロッパの加盟国だけで171万人 |
| ロシア | 定員101万人 | 実際は90万人ほどで、うち25万人は徴兵されたばかりとされる |
| ウクライナ | 20万9000人 | ロシアが単独なら勝てる相手 |
| ジョージア | 2万650人 | ロシアが単独なら勝てる相手 |
ロシアの兵力はNATOの3分の1ほどで、国土が広大なため守備隊も配置しなければならず、攻撃に使える部隊は限られます。NATOには直接対決で勝てないものの、旧ソ連諸国には勝てる、という構図です。
そのためロシアにとって最も大事なのは、NATOに軍事介入をさせないことだと番組は説明します。そしてロシアが唯一できるのが、NATOが入ってきたら核兵器を使うと示唆することです。
この作戦を最初に取ったのはアメリカのニクソン大統領で、ベトナム戦争の際に核のボタンを持っていることを示してソビエトの介入を牽制した、と紹介されます。番組ではこれを狂人理論 ── 刺激すると何をするかわからない指導者だと相手に思わせ、譲歩や抑止を引き出そうとする外交戦略。ニクソン政権の手法として知られますと呼び、プーチンもこれを踏まえていると説明しています。
理屈はわかっても、なぜ許されないのか
2022年3月までの経緯を整理したあと、出演者は個人の意見を語り始めます。深井さんは、まず個々人がどうするべきかを考える必要があると切り出します。
深井さんは、今回の侵攻はそれまでのロシアの行動とつながってはいるものの、特筆すべき行為だと説明します。独立したい地域を軍事支援して独立国として承認するやり方はドネツク、ルガンスク、クリミアでも取ってきましたが、首都キーウに向けて侵攻し、軍事施設にミサイルを撃つことはしていなかったからです。
分離独立を求める地域を軍事支援し、独立国として承認する「凍結された紛争」の手法
正規軍を投入し、首都キーウに向けて侵攻する、あからさまな侵略戦争
楊さんは、正規軍を投入して他国を侵略することはロシアがこれまでしてこなかったことで、軍事戦略と外交戦略のフェーズを変えたと応じます。それは国際秩序への挑戦になる、という受け止めです。
深井さんは、ロシアの安全保障上の防御反応は理屈ではわかるとしながら、ウクライナの主権を侵害することは国際ルールに反すると述べます。その国際ルールが西側に都合のよいものだという点も認めたうえで、核で脅すことはアメリカもしてきたがロシアがやってよいわけではない、と話しています。
深井さんが個人的に「やっちゃダメだ」と考える理由は、この行為から世界が良くなるとは思えないことです。80年前の世界大戦で人類は戦争の悪さを学び、その後も戦争は続いたものの、あからさまな侵略は建前上避けてきたと深井さんは話します。
これはだから社会秩序を大きく乱して、70年前や80年前の日本とかドイツとかがやっていたような、その侵略的行為の再現にあたるというふうに、まあ僕からは見えるわけですよね。
一方で深井さんは、自分の意見が正しいとは思っていないとも述べます。把握できる範囲でファクトを集め、どこかのタイミングで決断して行動するしかない、という考え方です。
これが正しいかどうかわからないけれども、自分が正しいと最大限思うことをやるしかないわけだから、人間って。
ビスマルクがいれば防げたのか、民主主義で何ができるのか
議論の中で、ビスマルクのような人物がいれば何とかなったのか、という問いも出ます。これに対して、解説を担当したムロさん(氏名表記)は、ビスマルクの勢力均衡はオスマン帝国を差別的に扱い切り分けることで成り立ち、その歪みが第一次世界大戦の一因にもなったと指摘します。
ムロさんは、ロシアの行為は容認できないとしたうえで、ロシアを仲間外れにし、後進的で野蛮な国だと言い続けてきた西側の政権やメディアにも責任があるのではないか、と個人の意見として述べています。
深井さんは、ロシアを馬鹿にしたり、プーチンの頭がおかしくなったと考えたりしても、それでは同じことがまた起きると話します。そして、民主主義の国に生きているからこそ、一人ひとりが最大限理解して行動するしかないと続けます。
民主主義じゃなかったらしなくていいんだよ、別に俺らが。
深井さんは、目の前の戦闘を止めるのは非常に難しくアンコントローラブルな面が大きいとしつつ、個人、組織、国家のレベルでできることはたくさんあると話します。日本は世界の中で大きな国で、国民はその主権者だからです。
楊さんが「僕は選挙権を持っていない」と応じる場面もあり、深井さんは選挙権以外でできることをしてほしいと返します。そのうえで、選挙権と被選挙権があることのすごさを強調し、意思を示さなければ民主主義は機能しない、今まさに試されていると語ります。
当事者から遠いことは「特権」なのか
エンディングは、本編収録の3月8日から4日後の3月12日に別撮りされています。深井さんは、本編のあと、ポッドキャスト「超相対性理論 ── 深井さんが、Takramの渡邉康太郎さん、学びデザインの荒木博行さんと配信しているポッドキャスト」のメンバーとも話して思考が整理されたと振り返ります。
深井さんは、勉強しながら罪悪感のようなものがあったと打ち明けます。日本人として何ができるのか、やれることはあるが戦闘を止められるわけでもない、というもどかしさです。
その中で深井さんの心に響いたのが、渡邉康太郎さんの「距離があることの特権があるよね」という言葉でした。当事者ではないこと自体が一つの特権だ、という意味です。
ものすごく俯瞰して見てみたじゃないですか。で、そうすると結局ロシアが一方的にめちゃくちゃ悪くてみたいな状態じゃないことがわかっちゃいましたよね。
深井さんは、プーチンの決断には賛同できないものの、背景はわかってしまったと話します。そのうえで、この戦争を当事者としてではなく俯瞰して見られる人は世界に実は多くない、と指摘します。
深井さんによると、日本はアメリカやドイツ、西側諸国よりも、当然ロシアやウクライナよりも、この戦争から相対的に遠い位置にいます。北方領土の問題で直接つながってはいるものの、それでも少し遠い、と補足しています。
深井さんは、世界の誰かがこの戦争を冷静にフラットに見るべきで、そうしなければ人類は中長期的に同じことを繰り返すと話します。同情や戦争を起こしてほしくないという即時的なリアクションを持ちながら、ロシア、ウクライナ、西側それぞれの視点で見て発信することが大事だという考えです。
必ずしもウクライナやアメリカや西側諸国の人たちと同じ状況に立つことが僕たちにとってベストじゃないかもしれないですね。
キッシンジャーの指摘と、個人の対話の問題
ムロさんは、ニクソン政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官を務めたキッシンジャー ── ヘンリー・キッシンジャー。米国の国際政治学者・外交官で、米中接近やベトナム和平交渉などで知られますの言葉を紹介します。2014年のクリミア侵攻直後のインタビューで、ウクライナ紛争を招いた責任の一端は欧米諸国にもあると語っていたといいます。
ムロさんの紹介によると、キッシンジャーは、西側諸国は起ころうとしていることの意味を十分理解せず、ロシアとの長期的な関係という本質的な問題について対話する機会を生かせなかった、と述べていました。ムロさんは、これは本当にそうだと思うと話します。
ムロさんは、今の自分たちには幸いにも「余白」があると話します。勉強し、考え、ウクライナに募金し、デモをすることができる余白です。そして、5年前、10年前に考えるべきだったことをしてこなかった後ろめたさを受け止めつつ、5年後、10年後に向けて今何ができるかを考えることもできる、と述べています。
樋口さんは、この話に強く共感します。国は個人の考えや価値観、判断の集合であり、国と国の対立は個人のあり方とフラクタルな関係にあるのではないか、という見方です。
僕ら一人ずつ個人、人間が実は他人と分かり合うまで対話をしてきてなかったんじゃないかっていうところが問題なんじゃないかなと思ったんですよね。
樋口さんは、この問題に直接何ができるかはまだわからないとしながら、人と本気でコミュニケーションを取ることを実践し、伝え続ける生き方をしようと考えさせられた、と話しています。
歴史を学んで絶望しても、希望にしがみつけるか
楊さんは、対立の中にある価値観の源泉を探らない限り、解決の糸口はつかめないと感じていると話します。今回それを歴史から探ったものの、人間はずっと戦争をしていて、一見すると絶望しかないように見えるといいます。
それでも楊さんは、人間は自分以外の誰かの苦しみを想像できる生き物だと考えています。戦火の中のウクライナの人々、経済制裁で締め上げられるロシアの人々、前線で戦う両国の兵士たちの苦しみを想像できることが、人間たる所以だという考えです。
相手の苦しみをですね、想像して、なんか相手も自分と同じ人間だと思えばですね、傷つけることを踏みとどまることができるかもしれないんですよ。これが僕は人間の希望だと思うんですよね。
楊さんは、この感想は戦火の中で苦しむ人の役には立たないものだと断ったうえで、個人の思いとして語っています。樋口さんも、絶望も希望も自分の心が決めることで、自分は希望を選びたいと応じています。
100年前の世界大戦と今回で、世界の反応は何が違うのか
出演者の一人は、コテンラジオの第一次世界大戦回を聴いて「世界大戦に突入するのでは」と怖がる投稿をTwitterで多く見たと話します。しかし、今回のロシアの行為と世界の反応は、これまでの世界史とは挙動が違うと感じているといいます。
番組では、ロシアの行動までは抽象化すれば100年前と同じでも、世界のリアクションは大きく違うと語られます。世界大戦当時の反戦運動はごく一部でしたが、今回はロシアの人々も反戦運動をし、企業やアノニマスのような組織まで行動し、それがSNSで拡散されています。
ITの発達で個人や一企業が世界に影響しうるようになったことも大きい、という指摘も出ます。深井さんは、世界大戦や核使用の可能性は消せないとしつつ、希望はすごく感じていると話します。
一方で深井さんは、メディアに扇動されやすい点は変わらないと懸念します。昔は新聞、今はテレビやSNSが扇動の舞台になり、古代ギリシャでも世界大戦でも民主主義は扇動でダメになっていったと話します。
深井さんは、ニュースに即応して感情的になることをなるべくやめ、ファクトや経緯を確かめ、誰かが言ったことをそのまま信じないことが大切だと語ります。それができなければ、民主主義でないほうがいいという流れになる可能性もあり、今はそれが試される時だという見方です。
収録からこの4日間でゴリゴリで編集してるわけですよ、やっぱり。それは僕たちの意図があるからね。
深井さんは、コテンラジオ自身もフラットに出す意図で偏った発言を削るなど編集していると明かします。だからこそ、編集という行為があることを想定しながら聞くべきで、ロシアについてもウクライナについても嘘が言われているかもしれないという感覚を持ってニュースを見ることが大切だ、と話しています。
エコーチェンバーの外に出るために何ができるのか
ムロさんはエコーチェンバー ── 閉じた部屋で音が反響するように、似た意見ばかりが行き交う空間で、それが増幅されて正しいと信じ込みやすくなる現象という言葉を紹介します。メディアやインターネットの発達で発信も受信も容易になった一方、言説空間は閉じやすく、「ロシアが悪い」「西側が悪い」という話がその中で反響し続けるといいます。
ムロさんは、日本にいる自分たちには、渡邉康太郎さんの言う「距離」があるからこそ、自分のエコーチェンバーの外に出る余白があると話します。それは楊さんの希望の話にも、キッシンジャーが指摘した対話の可能性にもつながる、という整理です。
距離という特権
当事者から遠い日本は、戦争を俯瞰して見られる立場にある
余白
その距離があるから、エコーチェンバーの外に出て学び考える余白を持てる
想像と対話
相手の目線に立って苦しみを想像し、対話の可能性を探れる
深井さんは、BBCやCNNが良い情報源だと言われるが、どちらも欧米のメディアで、それが世界で一番良いとされること自体がいびつだと指摘します。いろいろな情報源から少しずつ情報を取り入れることが、正解を1つ探すより大事だと話しています。
なんか目の前で喧嘩してても、その喧嘩してる当事者両方の意見聞いたらどっちも違うこと言うわけじゃないですか。
樋口さんは最後に、コテンラジオがこの問題を扱うと告知した際、「やっと分かる」という声とともに「コテンラジオの話を事実として丸ごと受け取るのは良くない」という意見もあり、それが良いと思ったと紹介します。
樋口さんは、番組の話をこれイコール正解と思わずに、本や一次情報に当たって、自分で調べ考えてほしいと呼びかけます。ムロさんの「それがリベラルアーツでしょうね」という言葉で、特別編は締めくくられます。
まとめ
特別編の最終回では、オレンジ革命、EUとロシアの綱引き、2014年の政変とクリミア併合、ドンバスの紛争を経て、2022年2月24日の侵攻に至る流れが整理されました。出演者は、ロシアの論理を理解することと侵攻を容認することは別だとしたうえで、当事者から距離のある立場から俯瞰し、自ら調べ考え続けることの大切さを語っています。
- ウクライナは経済・人口・面積の面でロシアにとって欠かせない存在で、独立後も経済的にロシアから急には離れられなかった
- EUの東方パートナーシップとプーチンのユーラシア連合構想がぶつかり、2014年の政変とクリミア併合につながった
- ロシアは「凍結された紛争」を基本戦術としてきたが、首都に向けた正規軍の侵攻はそのフェーズを変える行為だと語られた
- 当事者から遠い日本は戦争を俯瞰できる立場にあり、エコーチェンバーの外に出て多様な情報源から考えることが大切だとされた
- 番組の内容も編集された一つの見方であり、正解と思わずに自分で調べ考えるのがリベラルアーツだと締めくくられた


