そもそも地政学とは何か。2つの流派がある
特別編「ウクライナとロシア」の第5回では、ロシアの外交戦略を「地政学」という学問から読み解きます。地政学は、地理学と政治学を合わせた考え方で、国家の戦略や戦術は地理的な要素に左右される、という前提に立ちます。
番組の解説によると、地政学で最も大事なのは、同じ名前の学問の中に2つの流派があることです。1つはイギリスで生まれてアメリカで発展した英米流の地政学、もう1つはドイツで生まれてスウェーデンやロシアで発展したヨーロッパ大陸系の地政学です。
2つの流派は、どちらも地政学と呼ばれていながら、内容はかなり違うと説明されています。この違いを押さえることが、ロシアの考え方を理解する入り口になります。
イギリスで生まれアメリカで発展。マッキンダーやスパイクマンが代表で、ランドパワーとシーパワーの対立を軸に考える
ドイツで生まれスウェーデンやロシアで発展。ラッツェルの国家有機体説や「生存圏」の考え方が土台になる
ランドパワー対シーパワー。マッキンダーが描いた世界の構図
英米流の地政学を提唱したのは、イギリスの学者マッキンダー ── ハルフォード・マッキンダー。イギリスの地理学者・政治家で、近代地政学の祖の1人とされます。ハートランド理論で知られていますです。マッキンダーは、大陸を支配するランドパワーの国と、海を支配するシーパワーの国があり、この2つのタイプの国が基本的に戦う、という構図を示しました。
ただし、大陸に国があればすぐランドパワーになるわけではありません。マッキンダーはユーラシアの中心部分を「ハートランド」と名づけ、このハートランドを支配する国こそがランドパワーを持つ国だとしました。当時ハートランドにあった国は、ロシア帝国とドイツ帝国の2つです。
マッキンダーが考えを発表したのは1914年、20世紀の初めです。当時のイギリスは全世界に植民地を持ち、海上航路を押さえて力を発揮するシーパワーの国でした。対立していたのが、ユーラシア中心部に勢力圏を持つドイツやロシアでした。
マッキンダーの整理では、ランドパワーの国は土地への執着が強く、支配領域を拡大しようとします。一方でシーパワーの国は、土地の支配よりも交易や貿易を通じた権益を守ろうとするため、攻撃性はランドパワーほど強くないとされます。
ハートランドを支配する大陸の国。土地への執着が強く、膨張しようとする。例: 古代ペルシャ、モンゴル(元)、清、ドイツ帝国、ロシア帝国
海を支配し交易で力を得る国。土地より権益を守ろうとする。例: 古代ギリシャ、呉・南宋・明、オランダ・ポルトガル・スペイン、イギリス、アメリカ、日本
膨張しようとするランドパワーは、どこかで必ずシーパワーと利害がぶつかります。番組では歴史の例として、古代ペルシャ帝国が拡大しようとした際に古代ギリシャが防衛として戦ったことや、中国の華北の政権と、江南の呉・南宋・明の対比が挙げられました。明は巨大な船団を持ち、アフリカまで遠征しています。
ハートランドを取った国が一番強くなるため、歴史上の指導者たちはそこを目指した、という見方も紹介されます。アレクサンドロス大王は海の側から古代ペルシャへ攻め込み、ナポレオンはロシアまで攻め、ナチスドイツもウクライナやソ連に侵攻してユーラシア中央部を取ろうとしました。
この説明について、解説側は「本当かどうかわからないけど、かなり説得感がありますよね」と話しています。樋口さんも素直に納得した様子でした。
今んとこそうなってる感じがしますね。
スパイクマンのリムランド論と、世界がロシアを敵視してきた構図
ランドパワー対シーパワーの考え方は、現代でも各国の安全保障戦略の根幹になっていると番組は説明します。この考え方を進めたのが、アメリカ人のスパイクマン ── ニコラス・スパイクマン。アメリカの政治学者で、ユーラシア大陸の周縁部を重視する「リムランド論」を唱え、冷戦期の封じ込め政策に影響を与えたとされますです。
スパイクマンは第二次世界大戦の直前、アメリカの安全保障政策を地理学的に立案する必要に迫られていました。スパイクマンは、ハートランドの周りを取り囲むイギリス、フランス、中東、中国、日本などを「リムランド」と呼び、リムランドでハートランドを抑え込めばよいと考えました。
アメリカは海に隔てられていて攻められにくい一方で、海を越えてハートランドを攻めるのは大変です。そこで、ユーラシアの海側の国々と同盟してハートランドの国を追い詰める、という作戦がとられます。番組では、アメリカと西ヨーロッパが同盟してソビエトを囲んだNATOが、まさにこの形をしていると説明されました。
ランドパワーとシーパワーの対立は、時代ごとに担い手を変えながら続いてきたと整理されます。19世紀にはシーパワーの大英帝国とランドパワーのロシア帝国が争い、イギリスはクリミア戦争ではトルコと、アフガニスタンではインド人とともに戦い、満州では日本と同盟して日露戦争につながりました。
冷戦がシーパワー対ランドパワーの戦いだったと聞いて、樋口さんは驚きます。解説側は「と解釈することができる」と、断定ではなく1つの見方として示しています。
あれってシーパワーVSランドパワーの戦いだったんですね、冷戦って。
21世紀については、中国が南シナ海や東シナ海で周辺国と領土問題を抱え、アフリカや中南米、南太平洋に資金援助をしてシーパワーを得ようとしていることが挙げられました。大陸に根拠地を持つランドパワーの中国が、海の力も取ろうとしているという整理です。
この英米流の地政学の流れで解説側が最も強調したのは、世界中の国がロシアを敵視してきたという点です。第4回で紹介された、プーチンはロシアが常に脅威にさらされていると考えているというフィオナ・ヒル ── アメリカのロシア専門家。国家安全保障会議でロシア担当を務めた経歴を持ち、プーチン大統領の人物分析で知られますさんの分析も、この見方からすればある意味で当たっている、と話されています。
国家は生き物? ラッツェルの国家有機体説と「生存圏」
英米流とはまったく別の系統が、ドイツ発の大陸系地政学です。ドイツのラッツェル ── フリードリヒ・ラッツェル。19世紀ドイツの地理学者で、政治地理学の基礎を築きました。もともとは動物学を学んでいましたは『政治地理学』という本で、国は生き物のようなもので、生き物が縄張りを持つように国家にも生活に必要な土地がある、という国家有機体説を唱えました。
番組の解説では、ラッツェルの国家有機体説のポイントが3つにまとめられています。
ラッツェルはさらに、国家には生きる権利があり、生命を維持するには実力にふさわしい生存のスペースを獲得しなければならないと考えました。このスペースが「生存圏」、ドイツ語でレーベンスラウム ── ドイツ語で「生存圏」。ナチス・ドイツが東方への領土拡張を正当化する理念として用いたことで知られますです。番組では、この考え方がナチスドイツのポーランド侵攻の理論的なバックボーンになったと説明されました。
生存圏の考え方は、スウェーデンの学者チェレーン ── ルドルフ・チェレーン。スウェーデンの政治学者で、「地政学(ゲオポリティク)」という言葉を作った人物とされますに受け継がれ、国家は自給自足できるだけの物品を産出できる地域を確保しなければならない、という主張になります。番組では、地下資源が乏しくエネルギーを自給できない日本は、この意味で生存圏を確保できていない国の例として挙げられました。
ドイツの軍人ハウスホーファー ── カール・ハウスホーファー。ドイツの軍人・地理学者で、生存圏の思想を広めました。日本に滞在した経験もありますは、地球を4つに分割すれば、どの地域でもすべての国が自給自足できるという構想を語りました。その教え子の1人が、ナチスドイツのナンバー2だったルドルフ・ヘスで、ナチスドイツはこの構想を実現しようとしていたと説明されています。
| 支配する国 | 地域名 | 含まれる範囲 |
|---|---|---|
| アメリカ | 汎アメリカ地域 | 南北アメリカ |
| ドイツ | ユーロアフリカ地域 | ヨーロッパとアフリカ |
| ソ連 | 汎ロシア地域 | 東欧、中東、中央アジア |
| 日本 | 汎アジア地域 | 日本、東アジア、東南アジア、オーストラリア |
194の民族を抱えるロシアは、何でまとまるのか
国家を1つの生命体に見立てる生存圏の考え方は、ナチスドイツに影響を与えただけでなく、ロシアの地政学の土台にもなりました。ロシアの地政学は、ロシア国家が生存するために必要な土地がある、という発想をベースにしています。
そのうえで番組は、ロシアがどういう国なのかを改めて整理します。日本ではロシアを、ロシア正教を信じるスラブ系の白人の国と考えがちですが、それはロシアの一側面にすぎないと説明されます。
ロシア域内にはウクライナ系の人も193万人住んでおり、イスラム教徒も多くいます。ロシアは多民族・多言語・多宗教の国家で、その中でアイデンティティをどう作るかが、今のロシア連邦の課題だとされました。
ロシア連邦の手前のソ連では、共産主義というイデオロギーが、住む人たちに「みんなソ連人」という自覚を与えていました。ソ連を構成した15の社会主義共和国は、それぞれ独自の憲法や象徴を持ち、外務省まで備えるなど国としての体裁がありましたが、実際はモスクワが管理していたといいます。
さらにソ連憲法の72条にはソ連からの脱退の権利が明記されていて、体制が揺らいだとき、構成国が脱退していく有力な根拠になりました。
共産主義という共通目標を失ったロシア連邦がアイデンティティにできるものとして挙げられたのが、第二次世界大戦でナチスドイツに勝ったという経験です。ロシア人だけでなく、タタール人もウクライナ人もベラルーシ人もナチスと一緒に戦ったので、同胞意識を持つこともできます。
ただ、番組の解説では、ファシストに勝ったことがアイデンティティになると、ロシアは外部に常に敵を必要とするようになる、という見方も示されました。
ソ連崩壊はもう1つ大きな負の遺産も残しました。ウクライナ、カザフスタン、ジョージア、ベラルーシなどに、ロシア系住民やロシア語話者が取り残されたまま独立したのです。逆にロシアの中には、タタール人やチェチェン人など非ロシア系の人々がいます。外にロシア人がいて、中にロシア人ではない人がいるため、ロシア人としてまとまることがとても難しくなりました。
西欧志向、帝国志向、大国志向。ロシアが選んできた3つの道
ソ連崩壊後のロシアがどうするかについて、最初に方策を打ち出したのはエリツィン ── ボリス・エリツィン。ソ連崩壊後のロシア連邦の初代大統領で、市場経済化と西側との協調を進めましたでした。エリツィンが進めたのは西欧志向で、西側と協調し、米国を中心とする西側の価値や制度への統合を目指すものでした。
しかし西欧志向には問題がありました。すべての国家を主権国家として扱うやり方に、ロシアの人々はあまり慣れていなかったのです。国内では「ウクライナとかベラルーシに本当に主権あんの?」という受け止めになる、と説明されています。
さらに、西欧への統合を目指す限り、ロシアは先を行く西側の後を追う格下のパートナーとしか見られません。米ソ2大超大国の一角だったのに二流国と見られるのは相当屈辱的だったのではないか、という点は、解説側自身の想像として語られています。
加えて、アジア側に領土を持ちタタールの伝統も継ぐロシアにとって、西ヨーロッパの仲間に入るのは文化的に難しい面もありました。西欧に近づいたことで、ポーランドやチェコスロバキアなど東欧の旧衛星国にどれほど恨まれていたかに初めて気づいた、とも話されています。
そこで出てきたのが、旧ソ連の復活を目指す帝国志向です。民族主義的な政治家が支持したこの考え方では、旧ソ連諸国のロシア系住民やウクライナ人、ベラルーシ人などのスラブ系諸民族を大きなくくりで「ロシアの民」とし、ロシアの主権はその広がりに合わせて適用されるべきだとします。
国際的に承認された国境ではなく民族集団を国家の範囲とみなし、その活力に応じて国境が伸び縮みするという発想は、ドイツ発の大陸系地政学の生存圏の考え方にとても近いと説明されました。帝国志向の代表的な思想家アレクサンドル・ドゥーギン ── ロシアの思想家。ユーラシア主義を唱え、ロシアを中心とした大国の再建を主張していることで知られますは、プーチン大統領に大きな影響を与えたと言われる一方、その影響は限定的だとする本もあることも紹介されています。
3つ目の道が、プーチン大統領の考え方とされる大国志向です。ソ連に戻るのは無理だとしつつ、旧ソ連諸国への強い影響力は維持すべきだと考えるため、NATOやEUといった外部勢力が旧ソ連諸国へ広がることは阻止しなければならない、という立場になります。
| 志向 | 中身 | 主な担い手 |
|---|---|---|
| 西欧志向 | 西側と協調し、価値や制度への統合を目指す | エリツィン |
| 帝国志向 | 民族集団を根拠に旧ソ連の復活を目指す | 民族主義的な政治家、ドゥーギン |
| 大国志向 | 旧ソ連諸国への強い影響力を維持し、NATOやEUの拡大を阻む | プーチン |
守る山も川もないモスクワ。緩衝地帯と不凍港という基本戦略
政治に関心が薄いと、NATOが広がることがなぜそれほど嫌なのかは体感的にわかりにくい、と解説側は前置きします。その理由は、ロシアが歴史的にどういう経験をしてきたかにあると説明されます。
ロシアの伝統的な基本戦略は2つあります。1つは、周辺地域を勢力圏として事実上の支配下に置き、周囲に緩衝地帯を作ること。もう1つは、物資を大量に運べる海上輸送のために、冬も凍らない港、つまり不凍港 ── 冬でも海面が凍結せず、1年中使える港のこと。高緯度にあるロシアにとって、軍事と貿易の両面で重要な意味を持ちますを求め、必要なら外国に進出することです。
西側からは、ロシアの安全保障は過剰に見えることもあると補足されました。しかしロシアの視点では、過剰どころか「足りてねえ」となる、と解説側は話します。
ロシアの基本戦略は、タタールに侵略されたあとの13〜15世紀ごろ、モスクワ公国の時代に確立したものとされます。モスクワの周りには守ってくれる山や川や海がなく、だだっ広い森林地帯が広がっていました。東はウラル山脈を越え、西は北ヨーロッパ平野を抜けて来られると、守るものが何もありません。
唯一の守りは冬の寒さで、森林で移動が遅くなるうちに敵が寒さで倒れることもありました。しかし暖かい季節には守るものが何もないため、モスクワ公国はすぐに攻め込まれてしまう地形だったと説明されます。
実際にモスクワ側は、タタール、ドイツ騎士団、ナポレオン、ナチスドイツに攻め込まれてきました。そこでモスクワ大公国は、守りやすい地形まで領土を広げる戦略をとるようになります。
守りにくい本拠地
山も川もない森林地帯のモスクワは、東西から攻め込まれやすい
防御ラインの確保
東はウラル山脈、南はコーカサス山脈やカルパティア山脈、西は北ヨーロッパ平野の制圧を目指す
防御の完成
西からの侵入経路を押さえ、イワン雷帝が東のモンゴル系の入口を潰してロシア・ツァーリ国の防御が完成
外側に勢力圏
それでも不安なため、シベリア、クリミア半島、コーカサス地方へと防御ラインの外に勢力圏を築く
防御ラインの外側に勢力圏があれば、敵が来たときにまず外側で迎え撃ち、必要なら内側に退き、敵が引けば再び外に出られます。ロシアがしたかったのは、こうした守り方だったと説明されています。
大きくなるほど高くつく。ランドパワーの宿命と2段構えのソ連
自分を守るために広がっていったロシアですが、ランドパワーの国が広がると問題が起きます。征服した異民族を統治しなければならず、国境線が広がるほど隣接する敵も増え、守るコストがどんどん膨らんでいきます。
しかも海上輸送は安いコストで大量の物資を運べるのに対し、陸上輸送は大量の物資を運ぶのにインフラ整備と大きなコストが必要です。解説側はこの状況を、体の大きさにたとえて説明しました。
守るために拡大
緩衝地帯を求めて領土を広げる
統治と敵の増加
異民族を統治する必要が生じ、国境に接する敵も増える
防衛コストの上昇
陸上輸送は高くつくため、国を守るコストが膨らむ
海を求める
コストを抑える唯一の策が海に出ることで、不凍港を求めて南下し戦争になる
いたちごっこみたいですね。
ロシアの初期設定として気の毒だったのは、北にあるため凍らない港がないことです。不凍港を手に入れるには他国を侵略するしかなく、その戦争の歴史がロシア帝国の拡大の歴史でもあると説明されます。こうした南下政策が、イギリスの地政学ではランドパワーとシーパワーの対立と捉えられ、中央アジアやトルコ、満州での英露の衝突につながりました。
西側ではロシアのバルカン半島進出が第一次世界大戦の契機となり、ロシア帝国は崩壊します。その後に成立したソビエト連邦は、番組の言葉では、実質的にはロシア帝国が看板を付け替えたような存在で、戦略も基本的に同じだったとされます。
ソ連時代のロシアは、2段構えの守りを持っていました。真ん中にロシア共和国があり、その周りにウクライナ、ベラルーシ、バルト三国、カザフスタンなどソ連の構成国、さらに外側にポーランドや東ドイツ、チェコスロバキア、ユーゴスラビアなどの社会主義の味方の国がありました。NATOからモスクワまでは相当遠く、ロシアが安心していられた時代だったと説明されます。
解説側は自らの感想として、プーチンはこの安心の時代に戻りたいのではないか、と述べています。西側から見れば「そんな何段もいらんやろ」という過剰防衛でも、歴史的に攻められ続けたロシアには、これくらいしないとまた攻められるという恐怖感がある、という見方です。
絶対的な安全保障を欲しがりますよね。
一方の西ヨーロッパでは、ドイツとフランスが2度の世界大戦で争った反省から、戦争をしない枠組みが作られました。それがEUで、もとになった欧州石炭鉄鋼共同体 ── 1952年に発足した、石炭と鉄鋼を共同管理する国際機関。独仏間の戦争の原因となる資源を共同管理する狙いがあり、のちのEUの母体となりましたは、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、西ドイツの6カ国から始まり、7回の拡大を経て28カ国にまで成長しました。
ロシアから見れば、EUは大きすぎる存在に映ります。樋口さんとの掛け合いでは、その感覚が端的に表現されました。
手組みすぎやろと。
みんな。俺以外が。
不凍港の死守と南下政策は、2010年代にどう動いたのか
冷戦の中でソ連とロシアにとって大事だったのは、冷戦時代に獲得した不凍港を死守することでした。その港が、ウクライナのクリミア半島にあるセヴァストポリ ── クリミア半島南西部の港湾都市。ロシア黒海艦隊の拠点として知られていますと、シリアにあるタルトゥース ── シリア西部の地中海に面した港湾都市。ロシア海軍の補給拠点が置かれていますの2つです。
ソ連時代からロシアにかけて、陸上でも南下政策は続きました。番組では、同じ共産主義国である中国との紛争、アフガニスタンへの進出と撤退、ソ連崩壊後のチェチェン、ジョージアへの介入、クリミア併合、シリア内戦への介入が順に挙げられています。
こうした動きの背景として番組が挙げたのが、2010年代の状況の変化です。2013年9月、オバマ大統領が、米国はこれ以上世界の安全の責任を果たさないと表明し、冷戦以来の世界の安定への貢献には限界があると示しました。
その後、中国は南シナ海や東シナ海で活動を活発にし、日本では尖閣問題として取り上げられました。中東ではシリアが内戦に突入し、イスラム国が登場します。そしてロシアも再び拡大しようとして、シリア内戦への介入やクリミア併合に動いた、と整理されています。
ロシアにとってヨーロッパという脅威は、ドイツ騎士団に始まり、ナポレオン、プロイセン、ドイツ帝国、ナチスドイツと続き、直近ではNATOだとされます。とくにロシアを動揺させたのは、味方だったはずのポーランドなどの東欧諸国や、旧ソ連の構成国だったバルト三国までNATOに加わったことでした。
番組の解説によれば、NATOはロシアの防衛ラインぎりぎりまで出てきている状態です。緩衝地帯を保ちたいロシアにとって、ウクライナやベラルーシのNATO加盟はありえない話で、ロシアに協調的なベラルーシとは違い、ロシアから離れようとするウクライナの動きがロシアを動揺させている、と説明されました。
ロシアはウェストファリア体制を守る国? 主権をめぐる見方の違い
冷戦の終結について、通俗的には、ロシアが地政学的な条件を考慮せずに無限に拡大しようとし、それに対抗し続けた西側が戦略的に勝利した、と理解されています。樋口さんが「もう一回いいですか?」と聞き直し、解説側が言い直す場面もありました。
しかしロシアから見ると、そうではないと番組は説明します。ロシアは歴史的にずっと周囲を包囲されているので、西側と絶えず戦争しているという感覚を持っており、守りを固め続けるために広がり続ける必要がある、という考え方なのです。
この考え方を補強しているのが、主権についてのロシア独自の擁護の仕方です。番組ではこれまで、ロシアはウェストファリア ── 1648年のウェストファリア条約に由来する、主権国家どうしが対等で互いの内政に干渉しないという国際秩序の考え方を指します的な秩序を守らない、と説明してきました。ところが実際には、ロシアは諸国間の法的平等、内政不干渉、領土の一体性の尊重といった古典的なウェストファリアの原則を基本的に擁護している、と解説側は話します。
問題は、ロシアがその原則を「誰に対して」守っているかです。冷戦後の西側は、人道的な理由があれば国家の主権は制限されるとして「保護する責任」を掲げました。ユーゴスラビアの内戦にはNATOが介入し、2003年のイラク戦争ではアメリカがイラクの主権を侵害しています。
ロシアはこの2つに強く反対しました。一方で、同時多発テロを受けたアメリカのアフガニスタン介入は、アメリカの自衛権の範囲だとして支持し、積極的に協力しています。
主権の尊重を唱えながら、都合が悪くなると「保護する責任」を掲げて派兵し、力で現状を変えるダブルスタンダード
主権を守る力がある国にだけウェストファリア的に振る舞い、旧ソ連域内ではロシア系住民の保護を理由に主権を制限できると考える
ロシアは、旧ソ連諸国に住むロシア系住民やロシア語話者に対しては、自らも保護する責任を口にします。その論理で、ウクライナやジョージアの主権を制限する権利があると考え、介入している、と説明されました。
話がここまで進んだところで、樋口さんは「最後のウェストファリアらへんが」と戸惑います。そこで深井さんが、主権観の違いをシンプルに言い直しました。
ロシアが言ってる主権っていうのは、そのまず主権を持てる国と持てない国があるよねっていう考え方があると。で、それはシンプルに力が持ってるかどうかです。
自分たちが主権を持つかのように振る舞えるパワーバランスを持った国は主権があるよねと。そうではない国は傘下に入るしかないし、西側諸国もそのようにしてるじゃないか。
深井さんによれば、ロシアは建前でも実質でも力を持つ主権国どうしでしか主権を認めないスタイルをとっていて、西側は裏では認めていないのに表では認めているふりをしているように、ロシアからは見えるといいます。
プーチン大統領の発言などから見ると、ロシアの枠組みで主権を持つ国は、インド、中国、アメリカ、イギリスなど世界で10カ国ぐらいしかないのではないか、という話にもなりました。深井さんが「多分日本は持ってないんだよね」と言うと、解説側も、日本はアメリカに従属している国だと思われている、と応じています。
積極的勢力圏と消極的勢力圏。旧ソ連14カ国が分かれた3つの道
ロシアの戦略を考えるうえで、もう1つ大事なのが勢力圏という考え方です。勢力圏は、ロシアの影響力が及ぶエリアを指します。ロシアは、自らを中心に旧ソ連諸国、その外側に旧東側諸国を置くというグラデーションを、今でも持ち込んでいるとされます。
番組では、現在のロシア連邦が考える勢力圏には、ロシアが積極的に守っていく積極的勢力圏と、問題があれば派兵する消極的勢力圏の2種類があるのではないか、と言われていることが紹介されました。ロシアは、この2つの勢力圏の中から誰かが出ていくことを強く嫌います。
旧ソ連を構成した15カ国のうち、ロシアを除く14カ国は、ソ連崩壊後に3つの態度に分かれました。
| 態度 | 主な国 | ロシアとの関係 |
|---|---|---|
| ロシアと共同歩調 | カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア | ロシアの勢力圏にとどまる |
| 距離を取り中立 | ウズベキスタン、トルクメニスタン | 中立的に振る舞う |
| NATO・EU加盟を目指す | ウクライナ、ジョージア | 2000年代以降、ロシアに攻撃される |
ロシアから見れば、自らの勢力圏を守るために、そこから出ていこうとする国をコントロールしなければならない、という気持ちがあります。番組は、勢力圏から出ていこうとする国を押さえ込みたいという動機こそが、今回のウクライナ侵攻の根本的な動機になっていると説明しました。
プーチン大統領の大国志向は、この勢力圏を維持しようとするやり方だと理解できます。そう理解すると、ロシアの一連の動きを一貫性のあるものとして捉えられる、というのが、地政学の本を何冊も読んだうえで解説側が得た知見だと話されています。
一つのストーリーにつながる行動原理と、それでも越えた一線
情報量の多さに、樋口さんは「ものすごいスピードでものすごい情報入ってきたんで、ちょっとぼーっとしてます」と率直に漏らします。そのうえで、ロシアはずっと守らなければならないと思っている、という理解を口にしました。
深井さんは、ポイントはとても少ないと整理します。ロシアは守らなければならないと思っており、その裏返しとして、アメリカを中心とする西側はロシアを危険な敵国と認定して囲い込もうとしている。これがそれぞれの基本戦略だという説明です。
深井さんによると、ロシアはもともと緩衝地帯と友好国を敵国との間に挟んで安全保障をするスタイルをとっており、それがうまく機能した時代もありました。ソ連崩壊後、その体制が欧米から段階的に崩されているとロシアからは見ることができ、実際にどんどん不利になっています。
だからこそロシアは、欧米に寄ろうとするウクライナやジョージアに積極的に介入し、紛争状態にとどめてNATOに加盟できない状態を作らなければならない、と深井さんはまとめます。その大元には地政学の戦略があり、イギリス流派とドイツ流派のうち、ドイツ流派がロシアの地政学のもとになっているという整理です。
深井さんは、ロシアをまとめる必要があるプーチンの事情、軍事力を増強する理由、ロシアが伝統的にとってきた戦略、そして帝国とソ連の崩壊を経た現在の戦略が、基本的に1つのストーリーでつながっていると話します。樋口さんの受け止めは次のようなものでした。
わかりました。原理はわかりました。行動原理は。
メディアではプーチン個人の決断ばかりが注目されがちですが、その背景には今回説明したようなロジックがあることを知るのが大事かもしれない、という指摘も出演者から出ています。
ただし深井さんは、大戦略としては大昔から変わっておらず、プーチンはそれを踏襲したことで国民の支持を得た大統領だという点と、今回の侵略行為とは、明確に分けて考えなければならないと強調します。
大戦略としては大昔から変わっていないし、プーチンはロシアを強くするためにその大戦略を踏襲したことによって、ある意味国民から支持を得た大統領であった。
今回のこの侵略行為、これはつながってないと思います、僕は。
深井さんは、このタイミングで侵攻した背景は理解できるとしたうえで、今回の行為は誰が見ても侵略ではないとは言えない、主権を侵すあからさまな侵略行為だと述べます。クリミアやジョージアでも主権を侵す行為はしてきたものの、これほどあからさまな戦争行為は戦後初めてで、2014年までとは一線を越えているという見方です。
次回は、クリミア併合から現在までの動きを扱う予定です。深井さんは、ほとんどのメディアは次回の内容から説明しているが、それでは意味がわからない、と語ります。
これまでの長い前提を知っていれば、今起きていることの意味がよくわかるようになる、というのが深井さんの言葉でした。
まとめ
今回の特別編は、英米流と大陸系という2つの地政学を軸に、ロシアの行動原理を読み解く回でした。守りにくい地形と侵略され続けた歴史から、ロシアは緩衝地帯と勢力圏を求め続けており、その論理でソ連崩壊後の動きは一貫して説明できます。一方で深井さんは、今回のウクライナ侵攻は大戦略に沿いながらも、あからさまな侵略として一線を越えていると指摘しています。
- 英米流の地政学はランドパワーとシーパワーの対立を軸にし、英米はロシアを敵として戦略を組んできた
- 大陸系の地政学は国家を生き物とみなす「生存圏」の発想に立ち、ロシアの地政学の土台になった
- 守る地形のないモスクワの歴史から、ロシアは緩衝地帯と不凍港を求め、拡大するほどコストが増える宿命を抱えた
- ロシアは主権を力のある国にだけ認め、旧ソ連域内の勢力圏から出ていこうとする国に介入してきた
- 大戦略は昔から変わらないが、今回の侵攻はクリミアまでとは一線を越えたあからさまな侵略だと深井さんは見ている


