科学が「儲かる」と気づいた瞬間、世界の速度が変わった
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今回のエピソードで楊さんがまず提示するのは、産業革命の前と後で決定的に違う一点です。それは、科学に投資すると経済的に返ってくると人類が気づいたことでした。
前回までに登場した汎用動力や鉄道の開発も、そのモチベーションの一つは賞金だったと楊さんは振り返ります。知的資本への投下がお金になるとわかったことで、発明が一気に加速していきました。
産業革命以前と以降で決定的に違うことがまずあるんですよ。これがですね、科学が儲かるって気づいちゃった。
楊さんによれば、産業革命以前の世界では、知的資本への投下はむしろ社会秩序を乱すものとされていました。既得権益層や権力者が避けたがる方向性だったといいます。
社会を不安定化にさせるかもしれないからね。
さらに、みんながこぞって技術開発を行い、発明が発明を呼ぶ状態が生まれます。ニューコメンやセイバリ、ワット、鉄道のスティーブンソンといった発明が横で連携し、互いの成果を知り合う環境が整いました。
その結果、技術は指数関数的に倍々で進んでいったと楊さんは語ります。それまで千年かかっていたことが1か月で終わるような世界観だといいます。
この因果関係に気づいただけでブーストするんだね。
「新しいことすんな」。イノベーションを嫌った権力者たち
一方で、権力者がイノベーションを避けるという現象は、産業革命期に限らず歴史のあちこちで起きていたと楊さんは指摘します。ここでいう権力者とは、王様に限らず「今の社会状態が変わってほしくない人」全般を指します。
楊さんは、なぜ彼らがイノベーションを避けたかを、治世の安定を脅かすからだと説明します。例として、オスマン皇帝バヤジード2世が1485年に帝国内でのアラビア語の印刷を禁じたことを挙げます。
ロシアのニコライ1世は、工場の機械化で自分の指導力が落ちることを恐れ、産業見本市を禁止したり、鉄道に関する記事を検閲対象にしたりしたといいます。
日本の例として楊さんが紹介したのが、徳川吉宗の「新規御法度」です。新しいものを作ることを固く禁じ、やむを得ない事情がある場合は役所に届け出て許しを受けよ、というものでした。
とにかく新しいことすんな、習ったことを習った通りやれと。もう変化をもたらすなと。徹底してそれを言ったと。
この法令は、服や道具、書物、菓子まで、新しく工夫して作り出すことを禁じ、商品の色を変えることさえ制限しました。目的は過度な浪費や風紀の乱れを防ぐことだったといいます。
楊さんは、これを大きな社会変化を前にした人間の挙動として「あり得ること」だと言います。深井さんも、今快適な人ほど現状維持を望む心理は理解できると応じました。
なんかね、名前聞き覚えあるな。
同じ理由で退けられた発明もありました。1589年、司祭のウィリアム・リーが画期的な靴下編み機を発明し、エリザベス1世に特許を願い出ましたが、全く取り合ってもらえませんでした。後継のジェームズ1世に申請しても結果は同じだったといいます。
規制を増やし続けたギルドは、なぜ滅びたのか
楊さんは、権力者だけでなく既得権益者であるギルドも技術革新を歓迎しなかったと続けます。18世紀のフランスでは、ギルドが規制当局と結託し、商習慣のルールを細かく作っていました。
そのルールは、羊の毛を剃ってよいのは5月と6月だけ、黒い羊は殺してはいけない、布を織るときの糸の本数まで決まっている、というほど細かいものでした。
深井さんは、これを「規制を増やしていくことで安定性を保つ方向性」だと整理します。楊さんも、ルールを作りまくることで自分たちの権威を増していったのだと応じました。
産業革命以前はこうした世界観だったのに対し、以降の人類は「やった方が儲かるし、かっこいいし、社会的地位も上がる」という世界観へ突入していったと楊さんは語ります。
楊さんは、イノベーションを避ける動きは現代にもあると指摘します。破壊的なイノベーションはマーケットが読めず、株式会社でもリソースを投じる意思決定が難しいためです。
深井さんも、会社の内部でリスクを取る難しさに加えて、一人勝ちを恐れる外部からの圧力もあると補足しました。
そのうえで楊さんは、ギルドがどう滅びたかは示唆深いとして、3つの理由を挙げます。この整理は、現代の組織や業界にも当てはまると語られます。
外部からの技術革新
ギルドは親方の技を弟子に正確に伝える文化で、イノベーションから遠かった。技術革新はギルドの外の起業家・事業家から生まれ、ギルドの技を凌駕した
市民意識の高揚
ルソーやジョン・ロックの影響で職業選択の自由という観念が広がり、選択を縛るギルドが「古臭くて嫌」という逆風にさらされた
国民国家による代替
技術者の養成が国民国家の仕事になった。特にフランスは革命で既得権益層を壊し、自前の教育機関を作ったため、ギルドが不要になった
楊さんは、江戸幕府も禁令を出しながら黒船で崩れていったと重ね、閉じた世界でなければ同じことが起こりうると語ります。深井さんは、現状維持は相対的な後退と同じだという現代の感覚を挙げました。
ペストから始まった。産業革命が起きる前提条件
楊さんは、ギルドの代わりに技術者養成を国家が担うようになった流れから、産業革命が起きた前提条件へ話を戻します。結論を先に言えば、人件費が高く、人が少なく、燃料が安い状況が揃ったことが鍵でした。
楊さんは、人件費が安ければ人にやらせればよく、機械化は進まないと説明します。人件費が高く人が少ない、その上で燃料が安いことで、経済的に機械が人の代わりをする方が得になったのです。
その最初の因果はペストだったと楊さんは言います。14世紀半ばのヨーロッパを襲ったペストの大流行が、社会に段階的な変化をもたらしました。
人が大量に死んだことで、農奴や小作人など雇われの農業者の交渉力が高まり、独立自営農民として社会的地位を確立していきました。特にイギリスでは、この人たちの政治的発言権が高かったといいます。
人口が減ったことで農業生産を下げてもよくなり、余った農地は牧草地に転用されて羊毛生産へ切り替わりました。羊毛生産は人手を必要としないため、多くの人が職を求めてロンドンなど都市へ流入します。
都市で人が余ったことで工場が建てられるようになり、機械を導入し、近隣の羊毛を仕入れて服を作る下地が整いました。深井さんはこれを「バタフライエフェクトの連続」と表現します。
すげえなこれもう本当にバタフライエフェクトの連続やな、これ。
さらにロンドンが大都市化すると、多くの人が物を消費する文化が生まれました。物を消費して生活を楽しむことが幸せにつながるという観念が、生産性向上のインセンティブになっていきます。
マーケットができると物が売れ、香料諸島から香料を持ち帰って売るような動きも成立します。楊さんは、ムガル帝国編で扱った東インド会社がまさにこうしたマーケットのために動いていたと振り返りました。
賃金の上昇がイングランド全体に広がり、生活水準が上がるスパイラルループが回ります。楊さんは、フランスは既得権益層が変革を阻んだ一方、イギリスは貴族が弱く政策を経済寄りにできたと対比し、この差が最終的にフランス革命と産業革命という形で現れたと語ります。
木炭から石炭へ。土地の制約を突破したエネルギー
楊さんは、ロンドンが大都市化したときに起きたもう一つの現象として、燃料の価格高騰を挙げます。需要が増えて木炭が高騰し、周囲の森林が伐採されて環境破壊が進み、さらに価格が上がっていきました。
高くなりすぎて困った結果、人々は石炭に目をつけて移行します。楊さんは「困って改善している」の連続だと整理し、人がいなくなって困るから機械化し、木炭が高くなって困るから石炭へ移った流れをつなげました。
樋口さんは、石炭への移行が大きい理由を土地の制約から説明します。木も食べ物も土地から生えるため、エネルギー生産は土地に縛られていました。石炭は一人当たりの生産エネルギー量を爆発的に増やし、しかも土地に縛られませんでした。
石炭を燃やせば同じ重量の木の倍ぐらいの熱が得られるっていう風にあるんですよね。
楊さんは、石炭がすでにエネルギーとして固まっているのに対し、土地からエネルギーを得るには時間を待たねばならない点を指摘します。化石燃料の社会実装によって、土地の制約が突破されたのです。
石炭への移行は家の構造まで変えました。家の中で石炭を燃やすのは想像しにくく、火事も起きたため、木造建築からレンガや石造りの家へ移り変わっていったといいます。
紡績機と工場が生んだラッダイト運動と近代マネジメント
産業革命の一つ目のインパクトは蒸気機関でした。ジェームズ・ワットの蒸気機関が上下運動を回転運動に変え、あらゆるものを汎用動力で動かせるようになったことが大きいと楊さんは説明します。
主に動かされたのは繊維産業でした。ほぼ同時期に繊維産業自体もイノベーションが進んでおり、ジョン・ケイの飛び杼、ジェニー紡績機と改良が続きます。
楊さんによれば、これらの発明はいずれも失職を恐れる職人からの反発を受けました。ジョン・ケイは暴力による報復を恐れてフランスへ逃げ、ジェニー紡績機は近隣住民に叩き壊されたといいます。
やっぱ職を奪うようなイノベーションってやばいんだよね。
その後、アークライトの水力紡績機と工場が登場します。楊さんは、工場の正体は機械というハードウェアだけでなく、大量の人間を一か所でマネジメントし、生産管理する仕組みそのものだと語ります。
アークライトの工場は機械を使ったため、熟練工がいらなくなりました。訓練された職人なしに、非熟練の人々を訓練して機械を操作させたのです。深井さんはこれを「ノーコードでプログラミングするみたいな話」だと表現しました。
ミュール紡績機まで生産性が高まると、イギリスの綿製品はインドのものより安く高品質になり、インドの綿工業が壊滅します。そして1820年代、リチャード・ロバーツが蒸気機関で動く自動ミュール紡績機を作りました。
この頃、世界史で習うラッダイト運動という大規模な機械破壊が起こります。失業した手工業者に加え、スキルが低くても働けるとして工場経営者が子供を大量に雇い、健康被害が広がった時期でもありました。
楊さんは、技術革新と反対、そしてそれが防げないことは常にセットで繰り返されると語ります。深井さんは、現代でAIによって職を失うかもしれないという議論と重ね合わせながら聞いていると応じました。
政府はどちらの味方をしたか。イギリスとフランスの分岐点
楊さんは、イギリスとフランスの分岐点は政府の動きにあったと指摘します。イギリスは伝統的に政府が商人寄りで、ラッダイト運動が起きたときも運動を起こした人たちを弾圧する側に動きました。
フランスはその逆で、既得権益層とイノベーションが戦ったとき、既得権益層を守る側に立ちました。楊さんは、これがフランス革命につながったと説明します。
楊さんは、政府の人も自分の意思で決めていないと語ります。フランスは支援者が既得権益層だったため守るしかなく、イギリスは支援者がお金を持つ商人だったため、そちらに寄っていったのだといいます。
深井さんは、超天才が流れを予想して一人ずつ説得しても「お前何言ってんの」で終わると語り、分かっていても誰も止められない構図に触れました。楊さんも、歴史を知っていてもフランス革命が起こるまで何もできないと応じます。
そのうえで楊さんは、技術革新が起きて労働に置き換わるときは必ず抵抗が起こり機械が壊されること、そのとき政治がどちらに味方するかで分岐することを、歴史から学べる型として繰り返し整理しました。
ラッダイト運動を弾圧し、イノベーション側を支援。段階的に産業革命が進み、社会が変わる速度が速かった
既得権益層を守った結果、生活水準の差が臨界点に達し、フランス革命という外圧型のドラスティックな変革が起こった
楊さんは、中国で工業化が遅れたのも政府が既得権益側に味方したためだと補足し、むしろイギリスが特殊だったのだと語ります。深井さんは、これを国だけでなく会社単位に置き換えても面白いと応じました。
恩恵は必ず遅れてくる。労働者に届くまでのタイムラグ
楊さんは、産業革命が長い目で見れば凄まじい恩恵をもたらした一方、労働者がその恩恵を受けるまでには大きなタイムラグがあったと語ります。当初は富裕層と経営者だけが儲けていました。
楊さんは、失業した人がどれくらいの期間その状態に置かれるかが重要だと繰り返します。マクロで見れば社会全体の水準は必ず上がる一方、失業が長引けば個人には依然としてきつい問題です。
楊さんは、失業状態を補償するのは政府の役割だという考え方も紹介します。社会福祉で痛みをソフトランディングさせ、イノベーションは進めていくという方向です。ただし、そのためには経済が良くなり人口が増えている必要があると付け加えました。
産業革命進行中のイギリスでは、労働者の収入が上がらない時期が長く続きました。マンチェスターやグラスゴーのような工業都市の平均寿命は、他の都市より10年も短かったといいます。
これは嫌な話やな。
この状況を見てマルクスとエンゲルスが憤り、資本論につながっていったと二人は振り返ります。1840年までイギリスの食料の平均消費量がほとんど増えていないというデータも、低賃金層が恩恵を受けていなかったことを示していました。
綿繰り機が強めた奴隷制。産業革命の二段構えの痛み
楊さんは、アメリカで起きた産業革命の影響として綿繰り機を挙げます。綿織物が機械で簡単に作れるようになった結果、起きたのは奴隷制の強化でした。
楊さんの説明によれば、あたたかい南部で綿花が大量に作れるようになったものの、綿花を収穫する作業は機械化できませんでした。そのため奴隷にやらせた方がよいとされ、南部は奴隷制を強化していきます。
楊さんは、これがやがて南北戦争につながったと語ります。アメリカの場合、初期はむしろ奴隷制を強化し、その後グローバルな市場拡大の波の中で北部が勝つという二段構成になっていました。
だから二段構成になってるんですよ、影響が。どっちも産業革命的影響ですよね。
楊さんは、近代化の影響であっても最初の波はむしろ奴隷制強化だったと強調し、産業革命の影響は単純ではないと語ります。深井さんも「痛みを伴っているな」と応じました。
AI時代に何を持ち帰るか。奪われる前提で痛みをどう減らすか
二人は、AIや量子コンピューター、自動運転、6Gなど、現代に控える技術を並べます。産業革命と同じように、恩恵も痛みも大きいだろうと語り合いました。
恩恵だけ欲しい。
楊さんは、歴史を見る限り労働置換型の技術革新による一時的な割りを食う痛みが多いと整理します。奪われることそのものより、どれくらいの期間で職を取り戻せるか、どれだけ痛みを減らせるかが鍵だといいます。
深井さんは、新しいスキルを獲得しやすくなっていること、スキルがなくてもテクノロジーを使えば仕事ができるようになっていくことを挙げ、新しい職を得るスピードも早まっているのではないかと語ります。ただし楊さんは「わからない」と留保しました。
楊さんは、産業革命が鉄、鉄道、蒸気機関、内燃機関の合わせ技のフルコンボであることを強調します。それらが連鎖して爆発した結果が、道路のある今の社会の風景だと二人は確認しました。
鉄も鉄道も蒸気機関も内燃機関も合わせ技フルコンボ系なんですよ、全部。
楊さんは、混乱しているならそれが正解だと語り、産業革命の影響は人知を超えてやばいということだけ覚えておいてほしいと締めくくります。次回のテーマは火薬で、その影響もまた凄まじいと予告されました。
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まとめ
産業革命は「科学が儲かる」という気づきから加速し、ペストに始まる複雑な因果の連鎖として起こりました。誰も自分の意思では止められず、恩恵は必ず遅れて届き、必ず誰かが痛むという構造が、AI時代を生きる読者への示唆として語られます。
- 産業革命以前と以降の決定的な違いは、科学に投資すると経済的に返ってくると人類が気づいたこと
- 権力者やギルドはイノベーションを避けたが、技術革新は外部から来て、閉じた世界も黒船のように崩される
- 産業革命の前提は「人件費が高く人が少なく燃料が安い」状況で、その最初の因果はペストの大流行だった
- イギリスとフランスの分岐点は、政府が商人側と既得権益側のどちらに味方したかにあった
- 技術革新の恩恵は労働者に届くまでタイムラグがあり、奪われる前提で痛みをどう減らすかが歴史から学べる要点







