右腕ラビエヌスはなぜカエサルのもとを去ったのか
ガリアでの戦争に大勝したユリウス・カエサルは、すぐにはローマへ帰れませんでした。ウェルキンゲトリクスを倒したあとも、一度反乱を起こしたガリアを平定し直すために、さらに2年ほど征服を続けたといいます。
その間に、ローマでは元老院派とポンペイウスが完全に手を組み、ポンペイウスは元老院派に取り込まれていました。深井さんがこの時期で「ロマンチック」だと語るのが、ラビエヌスという人物の存在です。
ラビエヌスはガリア戦役でカエサルの右腕を務めた人物です。ところが出自をたどると、ポンペイウスのクリエンテス ── 古代ローマの保護関係で、有力者(パトロネス)の庇護を受ける側の人々。保護と引き換えに、政治的な支持や奉仕で有力者に報いましたでもありました。
ガリア戦役ではカエサルの右腕、だけど自分の出自はポンペイウスのクリエンテスっていう、この狭間で、このラビエヌスがめっちゃ揺れるっていう。
公的な関係はカエサル、でも私的な関係はポンペイウスなんですよ。
ラビエヌスは最終的にポンペイウスの側につきます。深井さんは「ローマでドラマを作るならラビエヌスを主人公にする」と言うほど、この葛藤に惹かれています。
カエサルにとってのラビエヌスは、冬にカエサルがローマ寄りの地域へ移って政治工作をしている間、広いガリアにとどまって統治を任せていたほど信頼した戦友でした。その別れ方も印象的で、ラビエヌスは仲間を連れずに一人で出ていき、カエサルは置いていかれた荷物を彼に送り届けたといいます。
仁義の切り方をやってて。で、このラビエヌスにカエサルはその置いてった荷物贈ってあげるんですよね。男同士の友情みたいな感じ。
楊さんは、パトロネスとクリエンテスという私的な関係を重んじることがローマの美徳の一つだったと補足します。そのためカエサルもラビエヌスを責めず、「そういうことなら行っておいで」という気持ちだったのではないかと推測しています。
元老院派とカエサル、それぞれの正義とは
ウェルキンゲトリクスと戦っている間に、ポンペイウスは単独のコンスル ── 古代ローマ共和政の最高官職で、執政官とも訳されます。通常は2人が選ばれ、任期は1年でしたになっていました。ポンペイウスが任期中に指名したもう一人のコンスルが筋金入りの元老院派だったことで、彼が完全に元老院派へ移ったことがカエサル側にも明らかになります。
元老院派は、少数のエリートが指導するローマ共和政を守りたい人たちでした。彼らが最も恐れていたのは、カエサルがガリアから帰還し、絶大な人気の中で約10年ぶりにもう一度コンスルになることです。
共和制という、もう絶対に手放してはいけない彼らの理念なんですよね。アイデンティティを、これを、まあカエサルが乱す可能性があると。
楊さんは、そこに既得権益もあっただろうとしつつ、元老院派には元老院派の正義があったと強調します。
一方のカエサルは、少数のエリートで運営する共和政では、ヒスパニア、ガリア、シリアなど広大な属州を抱えたローマを治められないと判断していたと考えられます。深井さんによれば、ガリア戦役の名声で執政官になり、なるべく合法的に制度を改革しようとしていた、というのがこの時期のカエサル像です。
少数指導型の共和政を維持したい。カエサルを秩序を壊す存在と見て、再びコンスルになるのを防ぎたい
広大な属州を抱えたローマに今の共和政は合わないと考え、名声を背景に合法的な制度改革を目指す
深井さんは、歴史上、広い範囲を治める国はオスマンもチンギスの国も中国も帝政だったと指摘します。理由として挙げるのは、指揮系統が一本であることと、軍隊を誰が握っているかです。
グローバルを一つの国の形としてしないといけないので、強力な一本の中央集権を立てないと、もう国家としてもうバラバラになっちゃう。
楊さんは、カエサルがこうした構想を持てたのはガリアで実際に戦ってからではないかと見ています。それまでのカエサルは、ローマの中で普通の政治家としてキャリアを積んでいただけだったからです。
深井さんは別の見方として、カエサルは単純に「元老院はいらない」と考えていたのかもしれないと話します。元老院に主導権を渡さないなら代わりは帝政くらいしかなく、「今のところ自分が一番いい」という発想だった可能性がある、という想像です。
楊さんはこれを会社にたとえます。社内で役職を上げて社長になるより、海外赴任で大きな実績を上げて、いきなり本社の社長に就くほうが早いと考えたのではないか、というわけです。
元老院の最終勧告は何を意味したのか
カエサルにとって明らかだったのは、このままローマに帰れば政治的に失脚させられるということでした。カエサル自身はローマとの武力衝突を望まず、できれば合法的に解決したいと考えていたと深井さんは見ています。
しかし元老院派は、カエサルが独裁制を敷いて王になろうとしていると盛んに主張し、軍事力を手放させようとしました。ガリアを平定した段階で軍隊を減らし、早く帰還させてから失脚させる、という狙いは見え見えだったといいます。
公職に就いている時は基本的に訴えちゃダメなんですよね。だから公職を失った瞬間を狙って、もうカエサルを失脚させようというふうになってたと思います。
対するカエサルも、軍団を減らされると自分のお金でガリアから新たな兵を募るなど、両者の駆け引きが続きました。そしてついに元老院は「元老院最終勧告」を出します。
深井さんによれば、この勧告はかつてグラックス兄弟の弟ガイウスに出され、ガイウスは自害に追い込まれました。本来は真の緊急事態にしか出ないものですが、カエサルはローマに攻め込んでもいない段階で出されたため、「おかしいやろ」と反発します。
元老院がここまで強気に出られたのは、万一カエサルが攻めてきても軍事の天才ポンペイウスがいると考え、しかもカエサルの軍は削られていたからです。軍を率いて攻めれば本当に国家の敵になってしまう以上、カエサルもそこまではしないだろうと高をくくっていました。
「賽は投げられた」は本当に言ったのか
カエサルが渡ったルビコン川は、属州総督が軍隊を率いたまま越えてはいけない境界でした。深井さんは、このルールを破ることは国家反逆、つまりクーデターを意味すると説明します。
カエサルはここで大いに迷ったといいます。失脚して死ねばローマは変わらず、ローマを変えるには反逆して政権を取るしかない。一方で、幼い頃にマリウスとスッラが軍隊を市内に入れて殺し合う惨状を見ており、自身もスッラに追われて国外へ逃れた過去がありました。
そうした経験からなるべく内戦は避けたかったものの、最終勧告を突きつけられ、やむなく渡ったとされています。深井さんは、ここには色々な解釈があるとも添えています。
まず、ルビコン川の前で立ち尽くして言った言葉があります。「ここを越えれば人間世界の悲惨、越えなければ我が破滅」って言ってます。
国家反逆となり、内戦でローマに惨状をもたらす
元老院派に失脚させられ、自分が破滅する
このとき、カエサルは50歳前後でした。兵力もポンペイウスがもともと持つ兵力に比べればずっと少なかったといいます。
最も有名な言葉は「賽は投げられた」ですが、深井さんによれば、カエサルはほぼ無言で渡ったらしく、この言葉は後に別の人が伝えたもので、本人は言っていない可能性が高いそうです。楊さんは、ルビコン川自体も大きな川ではなく、細い川だったらしいと補足します。
楊さんが面白いと紹介するのが、「賽が投げられるに任せよう」と言ったという別の説です。決意の表明ではなく、この先どうなるかわからないが神の手に任せよう、というニュアンスになり、深井さんも「でもそっちかもね」と応じています。
兵士たちはなぜ反逆者になってまでついていったのか
ルビコン川を渡ることは、カエサルだけでなく、ついていく兵士にとっても国家反逆を意味しました。それでも兵士たちは全員カエサルについていきます。
深井さんは、その背景にカエサルが優れた上司として兵士と信頼関係を築いていたことを挙げます。さらに、以前の回で扱ったマリウスの軍制改革が兵士を私兵化する流れを作っていたからこそ、この決断が起こり得たと指摘します。
例えば結婚する時にお祝い、お前よかったねってお祝い金を出してあげるとかさ。親が死んだら葬式代出してあげるとか、そういうことをすごいやってくれてるから、もうカエサル将軍はもう俺一生ついていきますみたいにみんななってて。
このときカエサルが兵士に語った言葉も残っています。最終勧告は国家の真の危機に出されるべきものなのに、自分たちは攻めてもいないのになぜ出されたのかと、元老院のやり方を批判しました。
そのうえでカエサルは、自分の指揮のもとで兵士たちがガリアを獲得し国家に貢献してきたことを振り返り、ボスである自分の「ディグニタス」が傷つけられようとしている、それを守ってほしいと訴えたといいます。
スッラに反逆した、反抗した時も、海賊にね、拉致られた時も、やっぱり自分のディグニタスっていうのを最終的に絶対守って、譲ってはいけないっていうふうな信念があったんでしょうね。武士道だね。
深井さんは、ボスの威信が傷つけば兵士自身の威信も傷つくという関係を、ヤクザの親分と子分になぞらえます。最近見たドラマ『日本統一』が、ローマのこの部分に似ていると感じたそうです。
首都を放棄した元老院派の誤算
ルビコン川を渡って内戦に突入すると、元老院派は「カエサルが本当に攻めてくるのか」と驚きます。伝家の宝刀を抜けば諦めると思っていたからです。
北のガリアから進むカエサルに対し、各地の町はもともとカエサルを嫌っていなかったため、次々と恭順していきました。しかも属州から軍隊を連れてきてはいけない決まりがあるため、ローマにはポンペイウスの軍隊さえいませんでした。
その結果、最終勧告を出した人たちは殺されることを恐れ、首都を放棄して逃げ出します。深井さんは、これが悪手だったと説明します。
ローマにいるからローマの命令であり、ローマの判断だったわけ。ローマから逃げちゃったら、これがローマの判断じゃなくなるから、いわゆるどっちが官軍かっていうのが変わっちゃうんだよね、これで。
ポンペイウスのクリエンテスは、ヒスパニア、北アフリカ、ギリシャ、小アジアなどに多くいましたが、急な侵攻で招集が間に合いませんでした。ポンペイウス自身は、かつて征服して基盤を築いた東方へ逃れ、副官たちを西のヒスパニアに配置します。
| 陣営 | 主な地域 | 背景 |
|---|---|---|
| カエサル | ガリア、イタリア | ガリアにカエサルのクリエンテスが多い |
| ポンペイウス | ヒスパニア、北アフリカ、エジプト、ギリシャ、パレスチナ、小アジア | 東方の征服でクリエンテスを多く作っていた |
深井さんによれば、勢力の規模でいえばポンペイウスのほうが強かったといいます。楊さんはこの戦いを「ローマの関ヶ原」と呼びつつ、規模ははるかに大きいと話しています。
独裁官とコンスルを兼ねたカエサルは何ができたのか
元老院派が逃げたあと、カエサルはまずローマを押さえます。ローマに残っていた議員だけで元老院を開き、自らをディクタトール ── 古代ローマの独裁官。非常時に限って任命され、通常の政務官を上回る全権を持ちましたに就任させました。
元老院は基本的にローマでしか開けず、コンスルも逃げていたため、カエサルが開催できてしまったのです。軍隊を持つカエサルに、残った議員たちも従うしかありませんでした。
ディクタトールになったことで、カエサルの軍は正規軍の立場を得ます。さらにディクタトールの権限でコンスル選挙を行い、自ら立候補してコンスルにもなりました。
ローマを確保
元老院派が首都を放棄した隙にローマへ入る
元老院を開催
残った議員だけで元老院を開く
ディクタトール就任
危機管理として独裁官となり、軍は正規軍となる
コンスル就任
独裁官の権限で選挙を行い、自ら当選する
政府中枢を掌握
政務官を自派で固め、ポンペイウス討伐へ向かう
深井さんは、ディクタトールになれば立法権を持つ民会の権力も事実上キャンセルされ、何でもできる状態になると説明します。ディクタトールでありコンスルでもあるという最強の立場を得たうえで、カエサルはポンペイウスたちを倒しに向かいます。
勝ちを確信したポンペイウスはなぜ敗れたのか
ポンペイウス勢力は西のヒスパニアと東のギリシャ・小アジアに分かれ、カエサルは挟み撃ちの状態でした。それを解消するため、カエサルはまずポンペイウス本人がいないヒスパニアへ攻め込みます。
深井さんによれば、ここだけでもシリーズが作れるほど多くの出来事があり、デュラキオンの攻防などでは負けかけることもありました。ポンペイウス側はもともと強かったものの、長い間戦争をしていませんでした。
カエサルってついさっきまでウェルキンゲトリックスとかとゴリゴリで戦ってたんで、めっちゃ戦争に慣れてるんですよ。
それでもカエサルは一度敗れ、ポンペイウスは大いに調子に乗ります。カエサルを倒したあと誰が何になるか、カエサルの持っていた最高神祇官の座を誰に回すかといった話までしていたといいます。
その油断のなかで迎えたのがパルサロスの戦いです。深井さんは、カエサルの戦略勝ちで、水の補給を断つなどしてポンペイウス軍を降伏させたと説明します。このときポンペイウス軍にいたブルートゥスは逃げ、のちにカエサルに許され、そしてカエサルを暗殺することになります。
恩を売ったはずのエジプトで何が起きたのか
パルサロスの戦いでほぼ雌雄は決し、以後は残党処理のような段階に入ります。敗れたポンペイウスはエジプトへ逃れました。
ポンペイウスがエジプトを選んだのは、かつて王位争いで支援し王にした人物の子が、いま王位に就いていたからです。恩を売っているので助けてくれると考えていました。
しかし大きな船から一人で小舟に乗ってくるよう言われ、そのまま殺されてしまいます。深井さんは、エジプト側がポンペイウスに未来はないと判断し、かくまうより殺してカエサルに差し出すほうがよいと考えたのだろうと話します。
樋口さんは、三頭政治のクラッススとポンペイウスがどちらも殺されて首を切られたことに触れ、深井さんも、最後はカエサルも殺されるので三頭政治の3人全員が殺されることになると応じます。
ポンペイウスが殺された4日後にエジプトへ着いたカエサルは、その死を知って泣いたといいます。二人は娘を通じて義理の親子関係にあり、楊さんは若い頃のカエサルを引き上げたのがポンペイウスだったことも指摘します。
クレオパトラとの9か月はカエサルに何をもたらしたか
エジプトに来たカエサルの前にいたのが、クレオパトラでした。深井さんによれば、クレオパトラに骨抜きにされたカエサルは、内戦中にもかかわらず9か月ほどエジプトに滞在します。
超気持ちわかるよね。こんだけ戦って、こんだけ大変な思いして、そしたらめちゃくちゃなんか自分の好みの美人で教養高いクレオパトラがいて。
深井さんはこのエピソードを「すごく人間っぽい」と評します。ガリアでは森の中で何年も兵士と同じまずい食事をとっていたカエサルが、エジプトでは何でも奴隷がやってくれる絶対君主の生活を体験したのだろう、という見方です。
その間も内乱は続き、アフリカでの戦いなどがありました。かつての右腕ラビエヌスや、以前の回に出てきたカトーも、ポンペイウス側の敵として立ちはだかり、カエサルは彼らと戦って勝たなければなりませんでした。
ブルートゥスにとって「許し」はなぜ屈辱だったのか
ラビエヌスやカトーは命を落としますが、カエサルは寛容、つまりクレメンティア ── ラテン語で寛容や慈悲を意味する言葉。カエサルは内戦で降伏した敵を許す姿勢を示し、これを自らの徳として打ち出しましたを重んじ、ポンペイウス側で戦った人々を基本的に許しました。ブルートゥスもその一人です。
カエサル本人は、ローマ人としての徳目を実践しているつもりだったと考えられます。しかし深井さんは、想像としながらも、ブルートゥスは許されたことでかえってプライドを傷つけられたという説を紹介します。
この寛容っていう徳目は、あくまで例えば目下の者に対してとか、蛮族の敵に対して施すものであるべきなんですよね。
同じローマ市民で政治家でもあったブルートゥスにとって、カエサルとの間に上下関係はありません。寛容を施されることは「お前何様のつもりだ」という話になり得たわけです。
さらに、カエサルはブルートゥスの母セルウィリアと不倫関係にありました。カエサルは愛するセルウィリアの息子だからこそ、ブルートゥスを息子のように特別扱いしていたといいます。実の息子という説もありますが、カエサルが16歳のときの子になるため否定されています。
愛する女性の息子に寛容を施す、ローマ人の徳目の実践
母を寝取った相手に目下扱いされ、上から許しを与えられる屈辱
なんでお前がなんか上から目線で俺を目下と、なんか目下の人として扱って、許しを、なんかね、寛容を施して、何自慢げになってんだよとか思ったのかもしれない。
善意の許しが相手の誇りを傷つけたかもしれないという視点は、のちの暗殺へつながる伏線として語られています。ポンペイウスと残党を倒したカエサルはローマに帰還し、その後の出来事は次回の最終話で語られる予定です。
今回は40分ほどの長編となり、深井さんは「これでも相当省いている」と話しています。
まとめ
ガリアから戻れないまま元老院に追い詰められたカエサルは、自らの破滅かローマの惨状かという選択の末にルビコン川を渡りました。兵士との信頼関係と元老院派の誤算に支えられて内戦を制した一方、ポンペイウスの死に涙し、寛容によって敵を許した姿勢が、ブルートゥスとの新たな因縁を生んでいきます。
- 元老院派は共和政を守る正義を、カエサルは広大な属州に合う制度改革を、それぞれ掲げていたと語られています
- ルビコン川の渡河は国家反逆を意味し、「賽は投げられた」は本人の言葉ではない可能性が高いとされています
- 兵士たちは私兵化の流れと日頃の厚遇から、反逆者になってもカエサルについていきました
- 首都を放棄した元老院派の判断が、どちらが正統かを逆転させ、カエサルの独裁官・コンスル就任を許しました
- カエサルの寛容は、同格のブルートゥスにとっては屈辱だった可能性があると語られています





