高校3年2組の卒業旅行と「幸せで眠れなかった1ヶ月」
番組の冒頭で、ツバサさんは引っ越しに伴って実家の部屋を片付けていたら「貴重な資料」が出てきたと切り出します。
それは高校3年生のとき、3年2組のクラスの子が企画した卒業旅行の手作りの旅のしおりでした。ツバサさんとテツトさんは同じクラスだったといいます。
ペンギンと行こう卒業旅行in山梨っていうタイトルでね。
行き先は山梨で1泊2日。クラス40人のうち34人が参加したと、しおりに残っていました。
参加者34人です。40人中34人。
1日目は千葉駅集合、バスで移動して昼食にほうとうを食べ、午後はどこかの体育館を借りてクラスを2チームに分けた運動会、夜は夜レク。2日目は富士急に行って千葉に戻って解散という日程でした。
ツバサさんにとって、この高校3年生の時期は人生で一番幸せだった時だと繰り返し話します。あまりに楽しくて、布団に入ると翌日が楽しみで眠れない日が1ヶ月ほど続いたそうです。
明日エビちゃんと何喋ろうかな、明日カトウとお昼飯食って、みたいなことをずっと考えてたら、明日が来るのが楽しみすぎて寝れない。
テツトさんは、それを「幸せな寝れない」「毎日小学生の遠足の前日みたいな感じ」と受け止めます。ツバサさんは、この思い出をいろんな知り合いに話しているといいます。
ツバサさんは、高校時代が一番楽しかったと言うのは大人になった今からするとダサく見えるかもしれない、とも付け加えます。それでも自分にとってはそういう時期なのだ、という受け止めでした。
一軍男子がいなかった、ほんわかクラスの居心地
なぜそんなに居心地が良かったのか。ツバサさんは、3年2組は男子連中が特におとなしいクラスだったからだと振り返ります。
一軍男子がいなかった。本当に。
いわゆる目立つ存在として名前が挙がったのは、力が強いカトウさんと、少しおしゃれなコウタロウさんくらい。怖い人に目をつけられず「のびのびプレー」できた、とツバサさんは言います。
テツトさんも、二軍連中からすると平和で何も考えずにいられるクラスだったと同意します。二人はそろって「ほんわかしてた」と当時の空気を思い出していました。
そのクラスの仲の良さは卒業旅行だけではありませんでした。9月の文化祭の打ち上げのあと、ノリでその場に集まった20人ほどが翌日ディズニーシーに行ったこともあったといいます。
20人以上の集団で一緒にいれるっていうのがすごい。
テツトさんは、それだけ仲が良いのだからもっと同窓会が開かれてもいいはずだと話します。実際、大学2年のころに西千葉で集まった記憶はあるものの、その後は続いていないようです。
テツトさんは、男子の中に仕切る人が一人もいないから同窓会も開かれないのだろうと分析します。強いて言えばサッカー部のコウタロウさんが仕切り役だが、今は関東にいないので音頭を取れない、という事情もあるようです。
静岡でのサッカー観戦で出た「コウタロウはNG」
同窓会の音頭を取れる存在として名前が挙がったコウタロウさんについて、ツバサさんは思いがけない一言を口にします。
こうたろう、もうあんまNGなんで。なんかあんま別に会いたくない。
配信されると知りつつ、ツバサさんはその理由を語り始めます。きっかけは、テツトさんに誘われて静岡へジュビロ対ジェフの試合を見に行ったときのことでした。
コウタロウさんは名古屋から来て、高校卒業以来5、6年ぶりの再会。ところが開口一番、ツバサさんは絡み方がわからないと言われたそうです。
お前が全然高校時代どんな風に喋ってたか忘れたから、絡み方わかんねえわみたいな。
ツバサさんは、そこは普通に「久しぶり」でよかったのに、とひっかかりを覚えます。ただ、その第一印象自体は上辺のやりとりで済ませればよいとも考えていました。
決定的だったのは、その後の車中でした。後部座席のツバサさんが窓の外を眺める横で、テツトさんとコウタロウさんが恋愛の話で盛り上がっていたといいます。
(二人が)「やっぱり長く付き合うとセックスレスになるよね」とか喋ってて、こいつらマジで?みたいな。
テツトさんは、そもそもその時は彼女がいなかったはずだと苦笑いします。ツバサさんは、話題自体が全然面白くなかったとして「コウタロウNG」と結論づけました。
信用してない人には距離を取る、ツバサ流の線引き
テツトさんは、ツバサさんが友達に対して「NG」を出しがちだと指摘します。前回のマッチングアプリの回で出た「心を開くか開かないか」という話にも触れ、自分はそんなことを考えたことがないと言います。
自分が心を開くか開かないかとかを考えたことないから、自分は開いていないといけないって思ってる。
ツバサさんは、それは人として健康だと認めつつ、自分の付き合い方は信用や信頼で相手を分けるものだと説明します。
信用してない人とはちょっと距離を取ってコミュニケーションしたい。信頼できるなってなったら、色々こう自己開示とか、そういう。
テツトさんは、ツバサさんが自分に刺さるようなことを言うのも、関係性があるからだろうと受け止めます。むしろ、そういうことを言ってくれる人がいなくなるほうが困るという立場です。
刺すようなことを言ってくれる人がいなくなるから。自分で気づけないことなんてごまんとあって、言ってくれてありがたいでしょ。
テツトさんは、自分は人に対して態度を大きく変えることはないと思うと言いつつ、そこまで人を深く見ていないからかもしれない、とも付け加えます。
代わりにテツトさんが大事にしているのは、「自分と会ってくれてありがとう」という感覚でした。長い時間軸で考えると、これはとても重要な気がすると話します。
自分と会ってくれてありがとうはあるよね。
ツバサさんも、大人はみんな時間がなく忙しいから、会って話してくれること自体へのリスペクトはある、と同意します。信頼していないからといって嫌いなわけではなく、あくまで「信頼してない人用のコミュニケーション」をするだけだといいます。
大学の友達を「全員切っていいか」と思った日
テツトさんは、信頼している中でもツバサさんが「NG」を出している人がいるのではと踏み込みます。ツバサさんは、それは複雑な話だと前置きしながら語り始めます。
一時期、大学の友達数人に対して、会うのが気が滅入るように感じ「全員切っていいか」と思ったことがあったそうです。
会うの気が滅入るなと思って、全員切っていいかみたいな。
ただ、頻繁に連絡を取っていたわけでもなく、最終的には関係が切れることはありませんでした。今度またディズニーに遊びに行く予定もあるといいます。
ツバサさんによれば、そのディズニーに行くメンバーに対して抱いていた猜疑心のようなものが解消され、今はクリアな気持ちになっているそうです。
テツトさんは、ツバサさんの友情は一つひとつが濃いと感じています。自分が親友と呼べるのは2人ほどだが、ツバサさんはいろんなコミュニティで深い友達を作っている印象だと話します。
子供の頃から、保育園の時にもいたし、小学校、中学にもいたし、ずっとそういう人っているから。
ツバサさんは、自分は元来、人との付き合い方がウェットで濃い絡み方をしたがるのだろうと自己分析します。テツトさんはそれを「ジメジメしてんの?」と表現し、ツバサさんも笑って認めていました。
ウェットで濃い付き合いを好む。信用・信頼で相手を分け、期待を託す
表面的でも長く続くことに価値を置く。深掘りより「会ってくれてありがとう」
学生時代の友達は、なぜ消えていくのか
話題は、大学の友達がほとんどいないというテツトさんの状況に移ります。自分から誘いたい人がおらず、あちらから誘われることもほぼないといいます。
唯一、ゼミで一緒だった人と2年に一回ほど会う程度。それも自分から誘う形で、双方から誘い合う関係ではないと話します。
双方誘い合う感じになればそういう感じなのかなと思うけど、今も飲める人はそうでもない。
ツバサさんは、学生時代の友達は毎日顔を突き合わせる仲ではなくなるため、こちらから何か行動を起こさないと繋がった状態でいられないと語ります。
テツトさんは、卒業して10年以内の今はまだ関係が残っているが、今後はもっと希薄になっていくだろうと話します。それを寂しいことだと受け止めつつ、こう続けます。
普通に昔話して、同じ昔話をただするっていうエンタメもあるからね。
ツバサさんも、サッカー部の5人ほどで年に一度集まると、8割は昔話、2割が近況という内訳になると言います。しかも毎年ほぼ同じ昔話をしているのに、それでいいのだと二人はうなずき合っていました。
「あった」「なかった」で割れる高校の校外学習
昔話が噛み合わないエピソードとして、高校3年生のときの横浜への校外学習の話が出ます。集まったメンバーの間で「あった」派と「なかった」派に分かれたそうです。
テツトさん自身も、3年生のときにそれがあった覚えがないと言います。ツバサさんは、高1は上野、高2は鎌倉、高3は横浜だったと記憶をたどります。
テツトさんは、行く前に千葉のナンパ通りの洋服屋でチノパンを買い、ループタイをして行った記憶を徐々に思い出していきます。
俺ループタイ買ってループタイしてった覚えある。思い出したわ。あったわ。
最初は「なかった派」だったテツトさんが思い出したことに、ツバサさんは「あるっつってんじゃん」とツッコみます。噛み合わない昔話も含めて、集まりの一部になっている様子でした。
もう一度会いたい、疎遠になった友達
テツトさんは、いま再び会いたい疎遠になった友人がいるかとツバサさんに尋ねます。ツバサさんは、数人だけいると答えます。
一人目は、大学の探検部で同級生だった西村さんです。ツバサさんは探検部に1年だけ所属していました。
無人島での生活は3日目あたりから無になっていったといいます。ツバサさんがテントに戻ると、そこで小説を読んでいたのが西村さんでした。
別のキャンパスの文学青年風の西村さんと、音楽好きのツバサさん。西村さんは「ビートルズしか聴いたことない」と言い、ツバサさんがももいろクローバーZを勧めたことから距離が縮まったそうです。
(西村が)「モモクロめっちゃいいね」ってハマってくれて、夜カラオケ行ってオールでモモクロ縛りで歌ったりとか。
その後も西村さんの引っ越しをツバサさんが車で手伝うなど、大学時代の繋がりはかなり太いものでした。それでも、卒業とともにふわっと関係がなくなったといいます。
ツバサさんは大学卒業後に大阪で働き始め、頭がいっぱいだったこと、当時LINEを知らずEメールでやりとりしていたことも重なり、連絡が途絶えたと振り返ります。
西村さんは探検部を卒業まで続け、早稲田の探検部にも入っていたほどのアクティブな人物。ツバサさんは、いま何の仕事をしているのか、世界をバックパックで旅しているかもしれない、と想像します。
テツトさんが名前で調べられないのかと聞くと、ツバサさんは調べたくないと答えます。今会っていない状態こそが自然なのかもしれない、という距離感でした。
テツトさんにも、連絡先を知らないまま疎遠になった一人がいます。小学3年生からずっと一緒にいて、同じ少年サッカークラブに入っていた友達です。
その友達は中学のサッカー部の走り練が辛くて来なくなり、次第にハブられ、やがて学校とも距離ができていったといいます。もともと一匹狼的な雰囲気もあったそうです。
テツトさんが最後に会ったのは中学3年のころ。18、19歳で結婚したという噂を聞いたきり、SNSもやらないため今の様子は何もわからないといいます。
それでも毎日その友達の家で漫画を読んだりゲームをしたりした仲でした。テツトさんは、今会って話せるかはわからないが会いたい気持ちはあると話します。
連絡先も知らないし、どこに住んでるかも知らないけど、お母さんが地元の耳鼻科の看護婦さんで、そこ行ったらもしかしたらいるかもしれない。
いい思い出の一部でありたい、という願い
二人が疎遠の友達に望んでいるのは、込み入った会話ではありませんでした。ただ元気にしているか、どうしているかを知りたい、という気持ちです。
テツトさんは、当時の思い出を相手が覚えていてくれたら嬉しい、と話します。ツバサさんもそれに強く同意します。
逆に人から自分がそう思われてたとしたら、めっちゃ嬉しくない?
テツトさんは、SNSをやらないツバサさんこそ、周りから「今何してるんだろう」と思われているのではと返します。ツバサさんは、そう思われていたら嬉しいが確かめようはない、と受け止めます。
この願いを、ツバサさんは一つの言葉にまとめます。
テツトさんは、その思いがあるならシャットダウンしなくてもいいのでは、と絶縁の話に触れます。ツバサさんは、自分は縁を切ることを頻繁に持ち出す人間ではなく、よっぽどのことがあって過去に一度だけ自分から絶縁したことがあるだけだと説明しました。
一番嫌いなのは「体調不良」の嘘、裏切りのライン
テツトさんは、ツバサさんが常に人との関係性を考えていることに驚きます。自分はふだんボケッとしていると言うテツトさんに対し、ツバサさんは自分の「信用・信頼」がどこから来るのかを具体例で語ります。
テツトさんの側は、関係が薄くてもいいし表面的でもいい、そのかわり長く続くことに価値があるという立場です。
薄くていいのよ、表面でいいの。でも表面の関係性であっても長く続くことに価値がある。
一方でツバサさんは、遊ぶ約束をした当日の朝に「体調が悪くなった」と嘘をつかれ、実は別の相手に会いに行っていた、というパターンを一番嫌うといいます。
(当日に)実は体調悪くなくて、その女と会いに行ってたみたいな。それは一番嫌い。
ツバサさんは、それを明確に裏切りだと捉えます。相手が自分をリスペクトし友達だと思っていたとしても、行動が伴わなければ信用できないという考えでした。
テツトさんは、それは「次から気をつける」で終わる話だと言います。そもそも自分は相手の嘘に気づかないし知り得ないから、と付け加えました。ここに二人の許容範囲の差がはっきり表れています。
友達付き合いは、男女交際に近いのかもしれない
テツトさんは、ツバサさんが友人に求めるものの「重さ」に着目します。ウェットな関係であることが、ツバサさんが気持ちよく話すための重要な条件なのではと問います。
お互いなんか体重乗っけてほしいんだよね、その関わりに。
ツバサさんは、誰にでもそれを求めているわけではないと補足します。乗せ合う仲だと互いに了解できている相手に背信行為があると、絶縁につながるのだといいます。
テツトさんが「なんか付き合ってるみたいだね」と言うと、ツバサさんは自分の友達付き合いは男女交際に近いのかもしれないと、以前考えたことがあると明かします。
俺の友達の付き合い方って、ある種男女交際みたいなのにちょっと近いのかもしれない。ウェッティーだし。
ただし、ドライな相手にはこちらもドライに合わせて付き合うといいます。ウェットとドライにはそれぞれの良さがあり、ドライだからつまらないわけではない、とツバサさんは話しました。
一連の話を経て、テツトさんは、二人の違いは相手への興味と相手からの興味のバランス、その重みの取れ具合にあるのかもしれないと言語化していきます。ツバサさんも、それは一つ言えるかもしれないと受け止めていました。
テツトが1年以上ツバサと関わらなかった理由
信用がよくわからないと言い続けてきたテツトさんですが、話しながら自分にも思い当たる出来事があったと気づきます。それは、高校3年の一番最後、テツトさんが浪人していた時期のことでした。
先に大学1年に進んだツバサさんが、テツトさんのいないところで、テツトさんの恋愛話を他の人にしてしまったのだといいます。
俺そこから多分1年以上翼と関わってないのよ。多分翼にしか本当に言ってなかったから。
テツトさんは、それがおそらく自分の中での「信用」だったのかもしれないと振り返ります。「言わないでね」とわざわざ口にはしなかったからこそ、思春期の自分には「なんでだよ」という気持ちがあったのだろうと分析します。
そのうえでテツトさんは、当時の自分は今より感情的に動けていた、と少し羨ましそうに話します。
自分で勝手に合格ラインを設定して、それが裏切られたってなることに対して、シャットダウン的な対応ができた、当時は。
ツバサさんは、それは相手に「ここだけの話だよ」という期待をしていたということだと整理します。期待していたばかりに、それが裏切りに反転してしまったのだ、と。ここで「期待」というキーワードが浮かび上がります。
期待を切った20代、そして「傷つく期待」論
ツバサさんは、自分は信頼している人ほど期待を託すタイプだと話します。こうしてくれるだろう、こう思ってくれるだろう、と。
問題は、その期待どおりにならなかったときに平静でいられるかどうかでした。20代後半のツバサさんは、バランスを崩す自分が嫌で、いっそ期待するのをやめようとしたといいます。
バランス崩すくらいだったら俺期待するのやめようと思って、期待を切ったっすね、その時。
公務員時代、ツバサさんを慕ってくれた年下の同期がいました。しかしツバサさんは期待したくないという理由でドライに接し、会社を辞めた後にレアル・マドリードの試合の連絡をくれた相手を、途中で既読スルーしてしまったといいます。
テツトさんは、それは極端だと指摘します。ウェットに付き合っていれば親友になれたかもしれないし、心の助けになる人になっていたかもしれない、と。
俺、本当に考えと行動が結構極端になっちゃうっていうのは、20代特にずっとそうだった。徐々に徐々にって感じですね。
話は、テツトさんが応援するジェフ千葉の話にも広がります。テツトさんは、負けてばかりで裏切られるから期待するのをやめている、と言います。
それでも、好きだからこそ心の底では勝利を渇望していて、期待は捨てられない。できるのは「期待しても無駄だ」と考えることくらいだ、とテツトさんは話します。好きだから、常に期待はするという結論でした。
ツバサさんは、ここから一つの持論を展開します。期待するから傷つく、分かっていても傷つく。ならば、傷つくものこそが本当の期待なのではないか、というものです。
傷がつくものこそが本当の期待であるみたいな。傷があってこそ本当の期待になってる。
これに対してテツトさんは、必ずしも「本当の期待」である必要はないのではと返します。自分は心に何層ものガードを固め、寝坊することも何かがあることもあるだろうと思っておくことで、傷つくことから自分を守っているといいます。
その一方で、テツトさんはウェットな関係性は作れないのかもしれないと自覚もしています。表面的なコミュニケーションが多くなるのは、そのガードの裏返しなのかもしれません。
そちらの方がより他人も傷つけない気もするし。けど、ウェットな関係性は作れないのかもしれない。
二人は、友達についての考え方は十人十色だろうと話し合います。テツトさんは、こんな話をしたのはあまりないと言い、岡田斗司夫のような「友達なんていらない」論者がいることにも触れて、この長い友達論はいったん締めくくられました。
まとめ
高校の卒業旅行という幸せな思い出から始まった雑談は、信用・信頼・期待という言葉を手がかりに、二人の対照的な友達付き合いを浮かび上がらせました。ウェットに体重を乗せ合いたいツバサさんと、表面的でも長く続くことに価値を置くテツトさん。どちらが正しいという結論ではなく、それぞれの守り方と願いが語られた回です。
- ツバサさんは信用・信頼で相手を分け、乗せ合う仲での背信行為を「裏切り」と捉える。過去に一度だけ自分から絶縁した経験がある
- テツトさんは薄くても表面的でもよく、長く続くこと、そして「会ってくれてありがとう」という感覚に価値を置く
- 学生時代の友達は行動を起こさないと消えていく。それでも二人には、連絡先も知らないまま「もう一度会いたい」疎遠の友達がいる
- 共通していたのは「誰かにとってのいい思い出の一部でありたい」という願い
- 20代のツバサさんは期待に傷つくのを避けて「期待を切った」時期があり、テツトさんは何層ものガードで期待の裏切りから自分を守っている






