愛妻家ツイッタラーはどう生まれたのか
番組ホストの桑江諒さんとshin5さんの出会いは、3、4年前にさかのぼります。桑江さんが仕事で愛妻家ツイッタラーを集めた座談会を企画し、shin5さんに参加してもらったのがきっかけでした。
当時からshin5さんは、愛妻家のつぶやきでTwitterの人気者でした。もともとは特別なアカウントではなく、日常の独り言のようなものだったといいます。
やり始めたきっかけは、社会人になってシステムエンジニアになり、毎日始発から終電まで働かされるような状況の中で、家族と一緒にいたいとか、休日になったら妻とデートができるかなみたいなことをつぶやいていたら、あれよあれよと人気になっていったんです。
一気に広がったわけではなく、フォロワーは徐々に増えていきました。共感したのは、こうしたつぶやきをしてくれるパートナーが欲しい人や、今の彼氏にそう言われたい人たちだったといいます。
今も昔もフォロワーの方はもう8割女性の方ですね。
現在のフォロワーは約19万人。ブレイクのきっかけになったのは、結婚前と結婚後を対比するようなつぶやきでした。
結婚する前はこういうことあったけど、結婚してからもっと仲良くなりたいみたいな、結婚のビフォーアフターじゃないですけど、そういった話は結構Twitterの中で人気になって。僕も考え直す意味でもありながら、思い出しながらつぶやいていましたね。
つぶやきが漫画になり、会社設立へ
日常投稿の人気は、やがて漫画の原作という形に結実します。作品は『結婚しても恋してる』として2017年に出版されました。
その頃に始まった「ウェブで流行る漫画大賞」にノミネートされたことも大きかったといいます。当時は、ウェブ上の投稿が次々と漫画化される流れがありました。
電車男ではないですけど、ウェブにあったものがどんどん漫画化していく流れがあって、コンビニ店員のニーチェ先生だったり、保育士のT先生、そういった投稿つぶやきから漫画になる流れがあったんですよね。
そこにshin5さんの夫婦や家族の話が面白いのではと出版社から声がかかり、漫画化が実現しました。作品は国内外で累計20万部を売り上げます。
それから5年ほど経った現在、shin5さんはSNS領域のプロデュースを手がける会社を立ち上げています。クライアントは幅広い分野に及びます。
国内のホテルや調味料メーカー、子育て世代向けサービス、自治体のプロデュース、テレビ番組やラジオ番組のSNSアカウント運用など、多岐にわたるといいます。
糸満で生まれ、東京で働き続けた10年
多方面で活躍するshin5さんですが、もともとは沖縄県糸満市の出身です。今回ゲストに招かれたのも、そのためでした。
沖縄の糸満市で生まれて、そこで幼少時代を過ごして、小学生になった時に、親の仕事のきっかけで東京に上京したんです。
最初の10年ほどを沖縄で過ごし、自分の意思とは関係なく東京へ。以来、時々沖縄に帰りながらも、生活の軸はずっと東京にありました。
その東京での日々には、Twitterで人気になる前の苦しい時期がありました。大学卒業後に勤めた会社は、いわゆるブラック企業だったといいます。
仕事が大変で、給料ももらえない。手取り18万円とか23万円とか。若い時に社会人になって働いてお金がそんなにもらえないとなると、もう東京で働くの嫌だな、だから沖縄に帰りたいってずっと思ってましたね。
当時、家族はすでに沖縄に帰っていました。帰る場所があることは、安心にもつながりましたが、そう単純ではなかったといいます。
電車に乗ってすぐ帰れる場所だったら、もうずっと行き来していたかもしれないです。だけど、沖縄は飛行機に乗って行かなくちゃいけない場所だからこそ、ちょっと憧れもありながら、頑張ろうって思う自分に言い聞かせている部分もありました。
貯金が残り4万、5万円になったとき、shin5さんはむしろそれを支えにしていたと振り返ります。
桑江さんはこれを「最後の砦」と表現します。沖縄に帰れるだけのお金を残しておくことが、東京で踏ん張るための核になっていたのです。
いつでも帰れるぞ、沖縄帰っちゃうぞって思うのは、頑張る意味もあったかもしれない。きっと今沖縄を出て県外で働いている方は、同じことを思っている方がいると思いますね。
妻との出会いと、家族に漫画がバレた日
愛妻家として知られるshin5さんですが、最愛の妻との出会いは、まさにそのブラック企業時代にありました。
仕事を辞めずに頑張っていたら、とある飲み会で隣になった人がたまたま今の妻であって。それをきっかけに出会って結婚したんです。
この出会いのエピソードは、『結婚しても恋してる』の1巻の冒頭に描かれているといいます。気になる人はそこから読めます。
結婚後、shin5さんは4児の父になりました。子どもたちに自分たちの話が漫画になっていることがバレたのは、意外なきっかけでした。
子供が成長していくにあたって漫画をいろいろ読むので、本棚にあった本を手に取ったら、なんかお父さんに似てるなみたいな。もしかしてこれって自分たちの話が漫画になってるみたいなことを言った時にバレましたね。
最初は気づかれておらず、家にあった本を読んでいて「あれ?」となったのだと、二人は笑いながら話しています。
印鑑がない、沖縄あるある
県外での生活には苦労も楽しさもありました。shin5さんが挙げたのは、沖縄特有の苗字にまつわる困りごとです。
働いている時に印鑑を押してくださいって言われた時に印鑑がなくて、100均に行っても文房具屋さんに行っても、自分の沖縄の苗字がないんです。
シャチハタもなかなか手に入らず、作ったこともあるといいます。これは県外に出たうちなーんちゅなら誰もが頷く「あるある」だと、二人は共感していました。
那覇空港とサンエーが好きな理由
沖縄のフェイバリットスポットを尋ねられ、shin5さんが挙げたのは意外な場所でした。まずは那覇空港です。
那覇空港が結構好きで、行く時も帰る時も何の目的もなくうろちょろするんですよね。お土産を見てるのも楽しいし、空港の中にある沖縄そばだったりA&Wだったり、そういうところに行くのが好きで。
桑江さんも、羽田は大きすぎるが那覇空港はちょうどよく、居やすいと同意します。迷子にもならない、ほどよい規模感が魅力だといいます。
もうひとつ挙げたのは、スーパーのサンエーでした。滞在中に2店舗、3店舗とはしごするほど好きだといいます。
その理由には、幼い頃の記憶が結びついていました。5歳、6歳の頃、母と姉に連れられて買い物をしたスーパーの光景です。
沖縄のスーパーってやっぱり色どり豊かで、ジミのケーキがあったりお刺身があったり、ミミガーとか豚肉もたくさん、いろんなところにゆし豆腐が置いてある。そういうのを見てツンツンしてた記憶とかもあって、スーパー大好きですね。
空港でいろいろ見るのとは違い、地元だからこそ感じられる愛着がそこにはあると話しています。
バズったツイートと、家族を愛し続ける責任
shin5さんを初めて知る人のために、桑江さんは本人に代表的なツイートを読んでもらう場面を設けました。少し照れながら、shin5さんが読み上げます。
妻と結婚する前、ちょっとしたことでよく喧嘩をしたけど、どちらも謝らないで引いたとすると、彼女が「先に好きになったのはそっちでしょ?バカ」って反論できない一言を投げつけて。喧嘩はしたくないけど、なんかまたそういうことを言われたいな。僕が先に告白したことを覚えていてほしい。
このツイートは3.7万いいねを集めたといいます。桑江さん自身も、shin5さんのツイートを見て「結婚いいよね」と思ってしまう一人でした。
女性フォロワーが多いなかで、男性が見ても共感できる関係性が描かれています。反響について、shin5さんは嬉しさとともに、自分への戒めも語ります。
そうやって言われたいという声は嬉しいこともあります。でもそれを言うことによって、僕も家族を愛さないといけない、家族を幸せにしたいっていう気持ちを忘れてはならないと思ったので、皆さんに反響をいただいたのはすごくありがたかったです。
インフルエンサーには、キャラクターや期待に応える難しさがあります。shin5さんは、投稿する内容を選ぶことに苦労があると話します。
子どもが痛々しい目に遭う話や政治の話は投稿しない。読んだ人が幸せになったり、家族と出かけたくなったりする内容を選ぶよう心がけているといいます。
投稿できない内容もあります。下書きに残ったままのものについて、shin5さんは正直に打ち明けました。
本当に夫婦喧嘩をして、妻を嫌いになるわけじゃないけど、僕のことも分かってほしいみたいな。それって今つぶやくと、主婦の方に総攻撃を食らうんですよね。
大きなアカウントになった今、妻も仕事関係者も投稿を見ています。それでも言ったからには責任があると、shin5さんは考えています。
妻に「さっきそんなつぶやきしてたけど、最近フォロー少ないよね、私にそんなに好きって言ってる?」と言われるんですけど、「言ってるよ、寝顔に」みたいなことは正直あります。TwitterやSNSだから言えることも当然あると思うんです。
正体を明かさないインフルエンサーの選択
妻に自分のアカウントがバレたのは、話題が拡散し、記事やまとめサイトになったタイミングでした。
1文字140字でつぶやいたものもあれば、夫婦のチャットのようなものをスクリーンショットで上げていたりもしたので、それを見た時に「これ私の話?」みたいなのでバレましたね。
ちょうど漫画化の話が来ていた時期でもあり、shin5さんは妻に事情を打ち明けました。妻の反応は寛容なものでした。
私のことを悪く書かなければいいよ、あなたの仕事に影響がなければいいんじゃない、みたいなことは言われましたね。顔を一切出さない、本名を明かさないという条件で。
桑江さんも、4年前の仕事の際にshin5さんだけ写真をぼかして掲載したことを覚えていました。正体を明かさないからこそ気になる、という声もあったといいます。
夫婦関係の見え方や言葉づかいが変化するなか、shin5さんの投稿が受け入れられ続けているのは、その根にある芯が共感されているからだと桑江さんは受け止めていました。
沖縄という「帰れる場所」が支えになる
最後に、shin5さんはリスナーや後輩へメッセージを送りました。県外で働く楽しさと、それでも訪れる苦しさの両方に触れます。
働くのも生活するのも楽しいんですけど、苦しいことも辛いこともあって、逃げ出したいことも正直あるんです。そんな時に沖縄に帰って、海、空を眺めて思い出したり、沖縄に帰りたいなって思える時間が大事で、リフレッシュしてまた仕事を頑張る。
沖縄に帰りたいと考えるだけで、明日頑張ろうと思える。もうダメなら諦めて「なんくるないさ」と帰ればいい、と話します。
その帰り道の旅費こそが、かつての4万、5万円でした。いつでも帰れると思えることが、県外で踏ん張る支えになるというのが、shin5さんの一貫したメッセージです。
まとめ
沖縄糸満市で生まれた少年が東京で愛妻家インフルエンサーとなり、会社を立ち上げるまでの歩みが語られた回でした。その根底には、家族を愛し続ける責任と、沖縄という帰れる場所への思いがありました。
- shin5さんの愛妻家ツイートは、ブラック企業時代に家族との時間を願う独り言から始まり、フォロワーは約19万人に。
- 投稿は漫画『結婚しても恋してる』となり、国内外で累計20万部を売り上げた。
- 貯金が残り4、5万円になったとき、それを「いつでも沖縄に帰れる旅費」と考えることが東京で踏ん張る支えになった。
- 大きなアカウントを持つ今も、家族を幸せにしたい気持ちと、言葉に責任を持つ姿勢を大切にしている。




