セルフネイルのレッスンで出会った10年前
この回のゲストは、ネイル歴9年のなほこさんです。冒頭、なほこさんは少し緊張した様子でした。
その緊張は、ラジオそのものよりも、いつもとは違う状況から来ているようでした。
この一対一が多分初めてなんですよ
いつかさんに緊張するみたいな
舩木さんとなほこさんの出会いは、サロンがオープンして少し経った頃のセルフジェルネイル ── 自分でジェルネイルを施術すること。ジェルは硬化ライトで固めるため、ポリッシュ(マニキュア)より持ちがよいとされる。のレッスンでした。
当時のなほこさんは子育て中で、ポリッシュを使ったセルフネイルを楽しんでいました。まだジェルネイルの道具が身近に手に入る時代ではありませんでした。
ネイルは好きだったけど、まだジェルネイルが手に入らない。簡単に百均とかで売ってなくて、でもどうやって勉強するかもわかんないし
舩木さんのサロンでは、当時まだ珍しかったセルフジェルネイルの取り扱いを始めたばかりでした。教えるサロン自体が少ない中での挑戦だったと振り返ります。
1枚のレッスンから、勉強、そして仕事へ
なほこさんにとって、そのレッスンがすべての始まりでした。ここから「もっと勉強したい」という気持ちが生まれていきます。
簡単にレッスン受けれるってことで、多分行ったんかな
当時、お子さんは幼稚園や学校に通う年齢でした。それから10年が経ち、今は中学を卒業する年齢になっています。長い時間の流れを、2人で確かめ合いました。
なほこさんは、あのレッスンに行っていなければ今の自分はないと語ります。
行ってなかったら多分勉強したいもないし、今こうやって仕事もしてないかな
セルフネイルの勉強から始まり、その後ネイルそのものを学び、今ではネイルを仕事にしています。舩木さんも、その歩みを客観的にすごいことだと受け止めていました。
なほこさんは、道具が簡単に手に入る時代ではなかったことも、逆に勉強へと向かうきっかけになったと話します。
簡単に手に入っとったらますますやってないですよね、多分
キラキラした世界から、爪そのものへ
ネイルを仕事にして、なほこさんの中で見方が変わったといいます。
最初はきらびやかな世界としてのネイルしか知りませんでした。しかし勉強を重ねるうちに、その印象が変化していきました。
キラキラした世界のネイルしか知らなかったけど、勉強していくうちに、そのキラキラしたところじゃない、根本的なとこ、もう爪みたいなところに見方が変わった
装いとしての華やかさだけでなく、爪という土台そのものへ関心が移っていったことがうかがえます。
「人生変えてもらった」という言葉
話は、なほこさんにとって舩木さんのサロンがどんな存在だったのかへと進みます。
いつかさんのとこに来るお客さんの中で、なんかちょっと一番変わったお客さん。なんか人生変えてもらったかな
なほこさんは、当時のことをこう振り返ります。勉強したい気持ちがあっても、それがすぐには叶わない状況だったといいます。
多分あの時すごい苦しくて、勉強したいのにさせてもらえないみたいな
そんな中で、なほこさんは舩木さんのサロンが作ったお守りをずっと持ち続けていました。
itsuka KIT DESIGNのいつか叶うのお守りをずっと、検定の時とかも持ってって。で、今もネイルの机につけてます
舩木さんは、その言葉に驚き、思わず涙ぐんだと話します。自分たちの活動がそこまで誰かに影響していたとは思っていなかったからです。
まさかそんなに思ってくださると思ってなかったんで
なほこさんは、勉強を進めるほど舩木さんたちのすごさを実感し、以前は気軽に通えていたサロンが、急に近づきがたい存在に感じられたとも語りました。
5年かかった、YESの一言
なほこさんが本格的に勉強を始めるまでには、実は5年という時間がかかっていました。
5年かかりましたもんね、勉強するまでに。なかなかYESって言ってもらえなくて
それでもネイルを学びたい気持ちは消えず、レッスンのある舩木さんのサロンに通えること自体が支えになっていたようです。
ネイルの勉強、ネイルしたいから、やっぱりすごく嬉しかった。いつかさんところに行けばレッスンがあって、楽しかった
家族がいると、自分だけの判断で動けないことがあります。今はお子さんも大きくなり、家族も応援してくれる状況に変わったと2人は話しました。
ガラッと変わりましたね
考えるほど動けない、という悩み
舩木さんは、行動できずにいる人に向けて、なほこさんの経験を聞きました。
行動できていない人に向けて、自分の経験から語れることは
考えるほど動けなくなる。すぐ動かないといけないとわかっていても動けない。だから何も考えずに動くしかない、と話しています。
考えれば考えるほどやっぱり動けんくなるから、思った時にやっぱすぐ動かんといけんってわかっとるけど動けない
なほこさんは慎重派で、自分のことなら踏み出せても、人が絡むと動きにくくなると分析します。特に家族の影響は大きいと言います。
舩木さんも、自分は飛びついて行動する性格だと話しつつ、子供がいることでかえって慎重になれたのがよかったのかもしれないと振り返りました。
制限がなくなる怖さと、今が一番いいという感覚
話題は、子育てによる制限がなくなっていく先の話へと移ります。
舩木さんの子供たちは成人する年齢に近づき、時間や帰宅時刻といった制限がなくなっていきます。それをむしろ怖いと感じると話しました。
制限があるから、よくネイルとかもそうですけど、会社でやっちゃダメだからやりたいとかあるじゃないですか
制限があるからこそ、やりたい気持ちが強くなる。逆に何でもできる環境になると動けなくなるのではないか、という視点です。
できる環境だから逆にできない
なほこさんは、今、やりたいと思っていたことができている状態だと話します。自分の進みたい方向も少しずつ見えてきたといいます。
だんだん自分の行きたい方向が見えてきたかな
今が一番
舩木さんは、人生は今が一番いいと思って、今に立てているほうがいいと語りました。今が一番いいと思って、今に立てている方がいいという言葉が、この対話の芯にありました。
人生今が一番いいと思って、今に立ててる方がいいと思うんですよ
なほこさんにとっての、その場所
番組の最後に、舩木さんはいつもの質問を投げかけました。
なほこさんにとって、itsuka KIT DESIGNはどんな場所ですか
本当に人生を変えてもらった場所だと答えています。
舩木さんは、この回がこんなに感動的なインタビューになるとは思っていなかったと話します。1枚のレッスンから始まった関係が、誰かの人生を変える場所になっていたことに、あらためて向き合う時間になりました。
誰かの人生を変えれた場所だってことに少し自信を持ってこれから進みたいと思いました
まとめ
1枚のセルフネイルのレッスンから始まった出会いが、5年の時間を経て勉強へ、そして仕事へとつながっていきました。「人生変えてもらった」という言葉が、静かな対話の中で何度も繰り返された回でした。
- なほこさんとの出会いは、サロン開業間もない頃のセルフジェルネイルのレッスンだった
- 勉強を始めるまでには5年かかり、その間もサロンに通うこと自体が支えになっていた
- 学ぶうちに、華やかさから爪そのものへと関心が移っていった
- 考えるほど動けなくなる一方、制限がなくなる状況にも別の難しさがあると2人は語った
- なほこさんにとって、itsuka KIT DESIGNは人生を変えてもらった場所だった





