最終回のゲストは「文化編集者」
『SIDE QUEST』は、アメリカの消費トレンドやテックを伝えるTBSラジオの番組で、8月の間に全5回で放送されてきました。パーソナリティの宮武徹郎さんは、ベンチャーキャピタリストとしてアメリカのスタートアップに投資した後、7年間テック系ポッドキャスト『Off Topic』を運営し、現在はニュースレター『SlowTimes』で発信しています。
最終回となる今回のテーマは「スポーツ×ファッション」です。ゲストには、文化編集者の最所あさみさんが招かれました。
最所さんはnoteで10年にわたり書き続けてきた書き手です。最初の職場が百貨店だったことから、小売りや百貨店消費について書くうちに読者が増えたといいます。
今は九州にUターンで地元に帰って、ローカルを中心に、特にブランドの方々とかの発信のお手伝いをするっていうことで。
ただ発信するだけじゃなくて、そのローカルの文化だったりとか、企業文化だったりとか、全体を編み直していきたいということで、文化編集者という肩書きになっております。
ブランドが乗る「カルチャーモーメント」とは何か
宮武さんは、アメリカでスポーツとファッションの掛け合わせが流行る背景として、「カルチャーモーメントを作る」「カルチャーをハックする」という考え方が大事だと切り出します。最所さんも、二人は2025年から2026年にかけてずっとこの話をしていると応じています。
宮武さんの説明では、カルチャーモーメントとは、たとえばヒットした映画がSNSで話題になったときに、ブランドや人物がその話題に乗ってコンテンツを作り、認知度や信頼を得る仕組みです。
最近の例として宮武さんが挙げたのが、映画『バックルームズ』Backroomsです。公開に合わせて、IKEAが作品の色合いや独特な部屋をオマージュしたInstagram投稿を出し、マクドナルドも作品にちなんだ動画を作ったといいます。
ヒット
映画などの作品がヒットする
話題化
SNSで作品が話題になる
便乗
ブランドや人物が話題に乗ってコンテンツを作る
獲得
ブランド自身が認知度や信頼を得る
テイラー・スウィフトの婚約にブランドはどう反応したか
最所さんが日本の人にもわかりやすい事例として挙げたのは、テイラー・スウィフトの婚約です。最所さんによると、婚約のときは「全米が沸いた」と言えるほど国を挙げてのお祝いムードになり、ブランドのアカウントが二人を少しいじるような投稿をしていたといいます。
最所さんが注目したのは、そうした投稿が、二人をめぐる文脈を知らないと面白くない内容になっている点です。
ケルシーが体育の先生っぽい。で、テイラーが英語の先生っぽいみたいな。その先生二人とも先生が結婚したみたいなコンテキストがあっての、それがわかってないと面白くない、なんかツイートみたいなのとか。
SNSの今の担当者って、かなりこの空気感というか、流れをものすごいハイコンテキストに理解してないといけないんだなっていうのは、結構その事例は強く思いましたね。
宮武さんは、カルチャーに乗るマーケティングの難しさにも触れています。変ないじり方をすればバッシングを受けるため、いい塩梅を考えなければならず、担当者にとってはかなり大変な仕事だと話しています。
映画やドラマは、実は思ったほど届いていない?
カルチャーに乗るマーケティングではテレビ番組や映画を使うパターンが多い一方で、宮武さんは、映画やテレビ番組は思った以上にリーチが足りていないのではないかと指摘します。
宮武さんが例に挙げたのは、Netflixの超ヒット作『ストレンジャー・シングス』のシーズン5です。最初の90日間ほどで1.3億再生を達成したものの、アメリカの世帯数で見ると370万世帯ほどしか見ていない計算になるといいます。
宮武さんの見立てでは、テレビの影響力で大ヒットしたアメリカの番組は、最終回が1800万人ほどの視聴者に届いたシットコム『ビッグバン★セオリー』あたりが最後で、それ以降はアメリカ単体で見ると大きなリーチを持つ作品はそれほどないようです。
最所さんが「コロナを境に分散したのか」と問うと、宮武さんは、視聴が完全にオンラインに寄ったことも一因だと考えられると答えています。
アメリカのテレビで最も見られているのはスポーツ
テレビ自体はいまも見られているなかで、アメリカで何が人気なのかについて、宮武さんの答えは明快です。
宮武さんによると、ある会社がアメリカのテレビ放送の視聴人数トップ100番組を調査しており、かつてはそのうちスポーツが14%、つまり14番組でした。MLBのワールドシリーズ、NBAファイナル、NFLのスーパーボウルなどです。
それが最近の調査では、トップ100のうち95番組がスポーツになっているといいます。しかもその95番組のうち90番組をアメフトが占め、内訳はNFLが83、大学アメフトが7です。残りは政治、アカデミー賞、ワールドシリーズ、ボクシング、ケンタッキーダービーなどだと説明されています。
最所さんはこの数字を受けて「もうアメフト一強の時代」と表現しています。調査の具体的な年は、書き起こしでは確認できませんでした。
アメリカ野球は選手をどう「スター」にしているのか
野球をよく見ている最所さんは、日本とアメリカの野球を比べると、アプリなどへの予算のかけ方がまったく違うと感じているそうです。楽しみ方のバラエティも豊かで、オタク向けにも手厚いといいます。
野球って本当にスタッツもうなんか何百ってあるので、そういうのがすごく見やすかったり。
あとはなんかその選手をスターとしてプロデュースする能力がやっぱりすごいなって。SNSとかでもちょっとのショート動画がものすごいかっこいい、もうなんかティザーみたいな。
宮武さんは、その背景にはお金のかけ方の違いがあると話します。スポンサーが多く入り、テレビの契約も大きいからです。
宮武さんが例に挙げたのは、アメリカの高校が数十億円、場合によっては100億円のアメフト用スタジアムを作るというニュースです。最所さんが驚いて「一校がですか」と確認すると、宮武さんは連盟ではなく一校だと答え、財源は寄付や試合のチケットだと説明しています。特にテキサス州はアメフト好きの土地で、お金が集まりやすいといいます。
ユーススポーツ市場とスポーツ系クリエイターの台頭
宮武さんによると、最近はユーススポーツも人気で、市場規模は400億ドル、日本円で6兆〜7兆円ほどに上っているのではないかといいます。最所さんはこの規模を「国家予算」とたとえて驚いています。
スポーツの世界では、選手だけでなく、スポーツを語るYouTuberやポッドキャスターもスターになっています。元MLB選手、元NBA選手、元アメフト選手がポッドキャスターとして登場するほか、数千万人のYouTube登録者を抱えるバスケYouTuberも出てきているそうです。
宮武さんは、選手が自分の会社を立ち上げるなど、ビジネスマンとして活動する人も増えていると話しています。
宮武さんは、スポーツが注目と信頼を集めているからこそ、多くのブランドや企業がスポーツと組み、このカルチャーを「ハック」したいと考えていると整理します。その代表として見るべき領域がファッションだ、というのが宮武さんの見立てです。
アイドルの空港ファッションからアスリートへ
最所さんも、ちょうど同じ時期にスポーツとファッションのテーマが気になって調べていたといいます。最所さんが注目したのは、日本や韓国でアイドルが空港ファッションでバズる現象の「スポーツ選手版」が、アメリカで起きていることです。
最所さんによると、日本では野球などメジャースポーツの移動時はスーツが基本で、それがかっこいいと話題になるイメージはあまりないといいます。一方アメリカでは、ファッションエディターやスタイリストをつけて選手それぞれをプロデュースし始めたアメフトのチームもあるそうです。
多分その日韓の空港ファッションっていう文化は、このなんかインフルエンサーにある種そのギフティングの最高峰ですよね、あれは。
最所さんは、BLACKPINKのリサが持ったことでラブブ ── 香港出身のアーティストがデザインし、ポップマートが展開するキャラクター。ぬいぐるみのバッグチャームなどが世界的な人気を集めましたが爆発的に広まった例も挙げます。そうした「ドリーム」のある仕組みが、次にアスリートへ来ているのが面白いと話しています。
スタジアムへの入場は新しいランウェイ
宮武さんは、アイドルにとっての空港が一種のランウェイだったように、スポーツ選手にはランウェイがいろいろな場所にあると話します。野球、バスケ、アメフトでは、選手がスタジアムに入るときに必ずカメラで撮られるため、何を着ているかがよくチェックされるそうです。
入場がきっかけでバズったプロダクトとして、宮武さんはMSCHF ── ニューヨーク拠点のアート・プロダクト集団。話題性の高い奇抜な商品やプロジェクトを次々と発表することで知られますの「Big Red Boot」を挙げます。鉄腕アトムのような赤くて大きなブーツで、ギフティングされたNBA選手が履いて写真を撮られ、SNSで大きな話題になったといいます。
宮武さんは、移動中のスーツのブランドが変わるとニュースになるなど、こうした動きは昔からあったとも話しています。そのうえで最近は、あえて面白いブランドを入れたり、フォーマルウェアとストリートを掛け合わせたりと、いろいろな形の試みが出ているそうです。
ボクシングやMMAでは、リングへ向かう「リングウォーク」がランウェイにあたります。宮武さんによると、あるインフルエンサーがリングウォークでポケモンカードを掲げるなど、ブランドや商品をアピールする場にもなっているといいます。
| スポーツ | ランウェイになる瞬間 | 話題になった例 |
|---|---|---|
| NBAなど | スタジアムへの入場 | MSCHFの「Big Red Boot」 |
| ボクシング・MMA | リングウォーク | ポケモンカードを掲げたインフルエンサー |
| テニス | コートに入る瞬間 | 大坂なおみさんの白いドレスとGUCCIのバッグ |
ファッション界はなぜテニスに注目するのか
宮武さんによると、去年から特に話題になっているのがテニスです。テニスというスポーツ自体が注目されているうえ、コートに入る瞬間にどんなバッグを持っているかが見られているといいます。
宮武さんが例に挙げたのは大坂なおみさんです。当時は白しか着られないルールがあったため、大坂さんは白いドレス姿でコートに入ったそうです。そのときGUCCIのバッグを持っていたことが、大会のルールに違反する宣伝ではないかという議論も呼んだといいます。
最所さんは、選手個人の広告スポンサーと大会自体のスポンサーとの兼ね合いがどうなるのか気になると応じます。宮武さんも、その点はまだわからないことが多いとしています。
それでもブランドは大きなチャンスだと理解しており、選手にウェアラブルを使ってもらうケースもあるそうです。本来隠すべき場面で隠さずに話題になり、話題づくりを狙ったのではないかと言われた例もあると宮武さんは話し、最所さんは「賛否両論をあえて起こす」ような動きだと受け止めています。
宮武さんは、ブランドは常に注目される瞬間を探さなければならず、もともと注目の大きいスポーツのなかで、どの瞬間に自社ブランドを出すかを考えることが大切だとまとめています。
アメリカで新しいスポーツリーグが次々に生まれる理由
宮武さんは、スポーツの可能性を見た資本主義の国アメリカでは、ここ数年で新しいスポーツリーグが次々に立ち上がっていると話します。新しいスポーツ選手を生み、人気を集め、スポンサーをつけていく流れです。新しい形のゴルフも出てきているそうです。
野球で宮武さんが紹介したのが、杉谷選手も少し出場したという「Savannah Bananas」です。Savannah Bananasは、野球をとことんエンタメ化したらどうなるかを常に考えているチームだといいます。
宮武さんが例に挙げたのはフォアボールのルールです。通常の野球では、フォアボールの打者は歩いて一塁へ進みます。宮武さんによると、Savannah Bananasでは守備側の全員がボールにタッチするまで打者走者を止められず、何もしなければホームまで帰れてしまうそうです。
通常の野球では、フォアボールの打者は歩いて一塁へ進む
Savannah Bananasでは、守備側の全員がボールにタッチするまで打者走者は進み続け、外野手が駆け寄って止めると大体二塁で止まる
新しいリーグは野球だけではありません。宮武さんによると、ピックルボール ── テニス、バドミントン、卓球の要素を組み合わせたラケットスポーツ。コートが小さく始めやすいことから、アメリカで競技人口が急増していますのリーグができ、ラクロスのリーグも資金調達をしているそうです。最所さんは「リーグが調達って、本当に資本主義すぎて最高」と笑っています。
さらに宮武さんは、収録当日に女子3人制バスケットボールのリーグが1億ドル、150億〜160億円ほどを調達したと発表されたことを紹介します。エピソード説明によると、このリーグは「Unrivaled」です。
ほかにも、宮武さんの知り合いが立ち上げたダンスリーグや、ウィンタースポーツのリーグ、人型ロボットの競技大会を作ろうという動きもあるといいます。宮武さんは、リーグを立ち上げて盛り上げ、ファッションブランドなどと一緒に大きくしていくのがアメリカの流れだと見ています。
リアルタイム性と物語が、スポーツを強くする
最所さんは、スポーツの話の根底には、リアルタイムで注目を集められるかどうかという重要な論点があると指摘します。以前、宮武さんと話したスーパーボウルのすごさを説明するとき、最所さんは日本でいえばM-1だとたとえたそうです。
やっぱあれ(スーパーボウル)はリアルタイムで見たい。誰が勝つのかとかの、なんかやっぱりそれって後から見ても面白くないから。
宮武さんはもう一つの要素として、スポーツには物語があることを挙げます。選手、チーム、ライバル関係など、スポーツは圧倒的にストーリーを作りやすい分野だというのが宮武さんの考えです。
最所さんは、その物語は人につくため、球団よりも選手のフォロワー数が圧倒的に多いことも珍しくないと話します。アメリカは移籍が多く、選手が稼いだフォロワーは別のチームに持っていけるため、チームが選手に何を還元できるのか、その役割も変わっていきそうだと見ています。
宮武さんは、スタートアップの創業者が創業までの物語をTikTokで発信するように、似た取り組みは他の業界にもあると話します。そのうえで、今回の話から取り入れられるポイントを2つに整理しました。
スポーツという大きな注目の瞬間に、自社が乗れるかどうかを見る
ストーリーの作り方やSNSでのクリエイティブ、スター性の演出を自分たちのビジネスに取り入れる
スポーツは地域コミュニティの核になる
九州へ移住した最所さんは、スポーツがコミュニティ形成の核として非常によく機能すると実感しているそうです。老若男女が集まるうえ、スポーツには必ず球場というリアルな場所が必要で、どこかの地域に根差しているからです。
企業とか行政とか、そこのエリアのステークホルダーが大体集まるみたいな。そこにちゃんとその愛郷心とかっていうのが相まって、その街づくりのコアみたいな風にもなっていくと思うので。
宮武さんは、アメリカでも地域ごとの結びつきが強い例として、ボストンを挙げます。ボストンの人はニューヨーカーと聞いただけで「ヤンキースのファンなのか」と聞いてくるほど、ニューヨークとボストンのライバル心は強いといいます。最所さんは「大阪で巨人の話なんてできない」と日本の感覚にたとえています。
“行きにくい場所”だから熱狂が生まれる
宮武さんは、Savannah Bananasのすごさの一つとしてツアー形式を挙げます。Savannah Bananasには今のところ本拠地の球場がなく、NFLやMLBのスタジアムを借りて各地を回り、そこで売り切れを起こしているそうです。
宮武さんは、最所さんの言うリアルな場所の重要性に重ねて、あえて摩擦を作る意味を語ります。なかなか行けない場所だからこそ、そこへ来た人はその体験で盛り上がれるという考え方で、コンサートもまさにそうだといいます。
宮武さん自身もSavannah Bananasの試合に行ってみたいものの、チケットが売り切れすぎて行けないそうです。宮武さんによると、ツアーでは40か所で試合をし、そのうち18のMLBスタジアムがすべて売り切れ、去年は200万枚のチケットが売れたといいます。
最所さんが「MLBの球場は相当入りますよね」と驚くと、宮武さんは数万人が入る球場が即完売するほどの人気だと答えています。
全5回の『SIDE QUEST』を締めくくって
宮武さんは、全5回を通して毎回アメリカの消費トレンドを取り上げてきたと振り返ります。最終回の「スポーツ×ファッション」は、アメリカにとってかなり大きなトレンドを扱えたと話しています。
最所さんはnoteに加え、最近はSubstackでもニュースレターを発信しているそうです。宮武さんもニュースレター『SlowTimes』でアメリカのビジネス、カルチャー、テック、政治などを発信していくと告げ、番組を締めくくりました。
まとめ
アメリカでスポーツが巨大なカルチャーになったのは、リアルタイムで注目を集め、物語を生み、地域に人を集める力があるからだと考えられます。ブランドはその注目の瞬間を、選手の入場や新リーグを通じてランウェイに変えようとしています。
- アメリカのテレビ視聴トップ100番組は、ほぼすべてがスポーツで、その大半をアメフトが占めている
- 選手のスタジアム入場やリングウォーク、テニスのコート入りが、ファッションを見せる新しいランウェイになっている
- Savannah BananasやUnrivaledなど、新しいスポーツリーグが次々に生まれ、資金を集めている
- スポーツから学べるのは、カルチャーモーメントの使い方と、物語とスター性の作り方
- 行きにくい場所という摩擦があるからこそ、現地の体験に熱狂が生まれる


