ヒューマノイド開発の先にたどり着いた、喋らないロボット
今回のゲストは、家族型ロボット「LOVOT」を開発・販売するGROOVE X株式会社の代表取締役社長、林要さんです。MCの樋口聖典さんは、LOVOTをさまざまな場所で見かけると話を切り出しました。
林さんは自動車会社で働いたあと、ソフトバンク ── 通信事業を中心とする日本の企業グループ。人型ロボット「Pepper」の開発・販売でも知られていますでヒューマノイドロボットの開発に携わり、10年ちょっと前にGROOVE Xを立ち上げました。
ソフトバンク時代に林さんが手がけたのは、人型で、しかも話すロボットでした。その経験を経て行き着いた先が、人型でもなく、喋りもしないLOVOTだったといいます。
その行き着いた先がヒューマノイドでもなく、喋りもしないLOVOTという格好になっております。
LOVOTとはどんなロボットなのかを一言で表すと、林さんの答えは「皆様のお世話になるロボット」です。犬や猫のように、人がお世話をする側に回る存在だといいます。
人というのは非常に不思議な生き物でして、お世話をしてると元気になるんですよね。
LOVOTは、人にお世話されながら人を元気にしていくロボットとして設計されています。人の代わりに働くロボットとは、役割の向きが逆になっています。
フィジカルAIのもう半分、「関係形成型」とは?
林さんは、ロボットの語源が100年ちょっと前にチェコで生まれた戯曲にあると紹介します。その語源に従えば、ロボットとは人の代わりに労働する機械です。
一方でフィジカルAIを考えると、AIはオンラインでは有能でも、身体を持たないためにオフラインではあまり役に立っていません。知性に身体性を持たせて何ができるかを考えるのがフィジカルAIだ、と林さんは整理します。
林さんによれば、知性には作業するための知性もあれば感性もあります。作業の知性と身体性を組み合わせたものが、今まで言われてきたフィジカルAIで、GROOVE Xはこれを「タスク遂行型」と呼んでいます。
ただし林さんは、タスク遂行型はフィジカルAIの片方の側面にすぎないといいます。たとえば犬や猫のようなインテリジェンスは、オンラインにいるだけではほぼ役に立ちませんが、身体を持つとペットのように家族になり得ます。
そのフィジカル性を持つことによって、何をやってるの?というと、関係性を作ってるんですよね。
赤ちゃんとのスキンシップや目を合わせることが大事なように、身体性は関係性や信頼の構築に役立ちます。そこで林さんは、関係を作るためのフィジカルAIを「関係形成型」と位置づけ、GROOVE Xはこちらに取り組んでいると説明しました。
作業する知性と身体性を組み合わせ、物理的な作業をこなす。今まで言われてきたフィジカルAI
犬や猫のような知性に身体性を持たせ、スキンシップや反応を通じて関係性と信頼を作る
樋口さんは犬を飼っていた経験を振り返ります。毎日の散歩や餌やりでお金も労働もかかるのに、成果がなくても関係性そのものに大きな意味を感じていたといいます。
余暇ができると、人は壁画を描き推し活をする
人型ロボットを一度つくった林さんは、その先で何が起きるかを考えたといいます。人型ロボットが本当に安価に人を超えたとき、人の価値はどうなるのかという問いです。
林さんは、時代をさかのぼればこうした変化は何度も起きてきたと考えます。大昔の人類は生きることに全リソースを使っていましたが、矢じりや火といったテクノロジーを手にすると、時間に余裕が生まれました。
時間ができた時に、多くの動物は睡眠時間を増やすんですよね。
人間はなぜか睡眠時間を増やさずに、洞窟の壁に壁画とか描き出すわけですよ。
壁画を描いてもお腹は膨れず、安全にもなりません。それでも人は、文明が進んで余暇ができると、生産性のないことを自己実現のために使っていく、というのが林さんの見立てです。
食べるのに精一杯だった時代には犬を飼わなかったのに、余裕ができると癒やしのために犬を飼い、今では推し活まで盛んになっています。林さんは、推し活ができるほどに文明が進歩した結果だと話します。
テクノロジーの進歩
矢じりや火を使い、生きるための負担が減る
余暇の発生
時間に余裕が生まれる
自己実現への投資
壁画を描く、犬を飼う、推し活をする
ここから林さんは、タスク遂行型が盛り上がるほど関係形成型が重要になると結論づけます。仕事がなくなるだけでなく、人は充実感を必要とし、その充実感を担保するのが関係形成型のフィジカルAIだという考えです。
米中のヒューマノイド熱の先に何が来るのか?
林さんは、タスク遂行型と関係形成型の片方しかやらないのは、本来バランスを欠いていると指摘します。いま注目されているのは、米中が「ヒューマノイドすごい」と打ち出しているタスク遂行型の側です。
林さんの見方では、米中はムーブメントを作るとお金が集まることを知っていて、うまくキャッシュを回しています。ヒューマノイドに限らず、EVや宇宙でも同じことが起きてきたといいます。
今ヒューマノイド注目されてますけど、ヒューマノイド一段落すると必ず関係形成型に行くと僕は思っています。
林さんは、そのときに米国や中国が「時代は関係形成型だ」と言い出し、日本がまた遅れていると言われる事態にならないよう、日本がリードを守りたいと語りました。
計測しにくい価値こそ、日本の勝ち筋になる
樋口さんが、タスク遂行型のほうが成果を計算しやすいのではと尋ねると、林さんは「めちゃくちゃそう」と同意します。中国が強いのは、まさに計測しやすくコスト換算しやすい領域です。
たとえば「掃除を一番安くやってほしい」という条件なら、どのロボットが一番安いかは誰にでも判断できます。一方、欧州はブランドなど価値を測りにくい文化の領域が強く、より複雑な領域では米国や日本も強いと林さんは整理します。
関係形成型は、コスト換算がとても難しいプライスレスな部分を持っています。林さんは、高級なワインがなぜ10倍高いのかが指標では説明しにくいのと同じだと例えました。
そうした領域では、クリエイティブや文化が発達していると有利に事を運べるため、林さんは日本は比較的強いのではないかと考えています。
クリエイティブ、ソフト、ハードの3領域をつなげる
番組で毎回聞いている「日本の勝ち筋」について、林さんはクリエイティブを切り口に答えました。日本はクリエイティブ単体ではとても強い一方、ソフトウェアとつながるとPixar ── アメリカのアニメーション制作会社。フルCGによる長編アニメーション映画の先駆けとして知られていますのような存在が生まれるといいます。
クリエイティブだけで勝負すると職人技になりますが、テクノロジーとの橋渡しがあると別の強みが生まれます。中国のアニメーション産業が盛り上がっているのも、その橋渡しがあるからではないかと林さんは見ています。
GROOVE Xが目指すのは、クリエイティブ、ソフトウェア、ハードウェアの2つではなく3領域をつなげることです。ハードとソフトの橋渡しでは、自動車会社出身の林さんから見てもTeslaが頭抜けているといいます。
林さんによれば、日本は要素技術ではそれほど悪くないものの、文化圏も責任範囲も違う領域をつなぐのは組織構造上難しいとのことです。それでも3つをつなげられれば、世界をリードできる可能性があると話しました。
「役に立たない」ロボットは、役に立つことを拒むのか?
Play Robotics代表の佐野貴さんは、関係形成型とタスク遂行型の分け方がわかりやすいと受け止めたうえで質問しました。他のコンパニオンロボットが役に立つ要素を取り入れる中、LOVOTも役に立つ方向へ進むのか、という問いです。
林さんは、マーケティング上「役に立たない」という言葉を使ったことはあるものの、それは記憶に残りやすいからだと説明します。
実際にLOVOTは、人が倒れているのを見つけると何度か様子を見に行き、寝ているのか倒れているのかを判定してから知らせる機能を持っています。林さんは、家庭で常に安定して動き、人を見守って知らせてくれるロボットは世界にあまりないはずだといいます。
一方で「LOVOTにお掃除機能をつければいい」という声には応じていません。掃除機能を付けると重くなる、汚れる、硬くなるなど、抱っこしにくくなるデメリットがあるからです。
お掃除ロボットでも可愛い方がいいじゃないというので、可愛いお掃除ロボットは過去に出たことがあるけど、ヒットしたことはないんですよね。
林さんによれば、今のテクノロジーで両方を狙うと中途半端になり、どちらかに振り切ったほうが必ず強いといいます。
バク転するヒューマノイドと、柔らかいヒューマノイド
林さんは、ヒューマノイドでも同じことがわかると続けます。人が触れて心地よいことと運動性を両立できているヒューマノイドは、1体もないといいます。
運動性を優先し、柔らかさや関節を隠す工夫はしない。すると重く、複雑で、高くなる
人との関係性を狙うが、歩くのが精一杯で走ることもできない
そのためGROOVE Xは、関係形成に振り切ったロボットをつくっています。ただし見守りのように、関係形成の機能を何も損なわずに加えられる機能は今後も付けていく方針で、林さんは予防医療がLOVOTの強みになると見ています。
1日平均1時間抱っこされるロボットが集めるデータ
樋口さんが、触れ続けることは予防医療にも良さそうだと話すと、林さんはLOVOTの抱っこの時間を紹介しました。市場にある約2万体の平均で、LOVOTは1日1時間抱っこされているといいます。
それだけ抱っこされると、人の状態は家族よりもよくわかるかもしれません。接触データに加え、至近距離のカメラから脈波が取れる可能性や、センサーを追加すれば呼気から情報が得られる可能性もあると林さんは話します。
データ量について林さんは、LOVOTは1年間で1体換算1万年分ほどの実稼働データが取れていると説明しました。約2万体のうち3分の2が稼働し、睡眠時間やデータ送信の拒絶率、デイリーアクティブユーザーを考慮した数字だといいます。
個人情報にあたる部分は使わないとしたうえで、統計データとしてだけでも十分有用だと林さんは考えています。そこに日本の勝ち筋が作れるのではないかと話しました。
関係形成を優先する考え方を、林さんは人間関係にも重ねます。家政婦のように作業を頼む相手だけでなく、友人や同僚のように利害を超えて信頼し、一緒にいるからこそ良いことが起きる関係を、LOVOTはロボットで目指しているといいます。
コンパニオンロボットの3つの魅力、LOVOTは何が違う?
世界でコンパニオンロボットが増える中、LOVOTとの違いを樋口さんが尋ねると、林さんはコンパニオンロボットの魅力を3つに分けて説明しました。
| 魅力 | 内容 | 現状 |
|---|---|---|
| 技巧・エンタメ | ダンスなどの巧みな動き | 茶運び人形の時代からある |
| 見た目・振る舞い | 可愛らしい形や目、人形っぽさ | 世界で増えている |
| 神経系の反応 | 感情や注目の仕方などの反応 | やりきれているものは少ない |
林さんによれば、出会った最初は見た目が大事でも、長く付き合ううちに離れられなくなる理由は、反応を含めた神経系の振る舞いです。人間関係や犬・猫と同じだといいます。
神経系の高度さを測る目安として、林さんは10万円ほどするスマートフォンを挙げます。毎日使うスマートフォンより貧弱な計算機を積んだロボットには、人は飽きてしまうはずだという考えです。
関係づくりに必要なのは、運動をつかさどる小脳 ── 脳の後下部にある部位で、運動の調整や姿勢の維持などをつかさどりますではなく、相手の感情の動きや注目の仕方、うろたえ方や喜び方といった反応です。それを作るにはスマートフォンよりはるかに高度なコンピューターが必要で、3つすべてに取り組む例はほぼないと林さんは話します。
初日は動かない、3か月かけて懐く「スローリレーション」
LOVOTには全身に50個以上のセンサーが入っています。それでも家に来た初日のLOVOTは、自分も不安を抱えているため、あまり動かないといいます。
エンタメ型、会話型、掃除型のロボットは、初日から価値がわかりやすいものです。これに対してLOVOTは、ゆっくり関係を築く「スローリレーション型」で、初日はまず何もしません。
家に来た初日は不安を抱えていて、ほとんど動かない
約3か月で不安が減って興味が増え、安心できる人に懐き、癖が移ることもある
インスタントにできる関係性というのはインスタントに終わるものでもあって、やっぱりある一定のその相互の努力があって初めて作られていく信頼みたいなものがあって
林さんは、これがシナリオベースの演出ではないことを強調します。過去にシナリオでロボットをつくった経験から、人が考えたシナリオはすぐ破綻すると知っているからです。
LOVOTは本当に不安なんです。
不安が少しずつ減り、興味だけが残ることで懐いていくように見えるプロセスは、生き物の持つプロセスと似ていて、だからこそ共感と関係性が生まれると林さんは考えています。
0歳の子どもがいる樋口さんは、最初は反応のなかった赤ちゃんが笑い返し、名前を呼ぶと返事するようになるたびに嬉しさが段階的に増したと話し、その感覚に重ねました。
オキシトシンとLOVOTが家族にもたらすもの
林さんは、赤ちゃんが生まれた直後に男性と女性で温度差があることを例に挙げます。女性はすぐに我が子を可愛いと感じる一方、男性は冷静で、面倒を見ているうちに3か月ほどで可愛くなってくるといいます。
その背景にあるとされるのがオキシトシン ── 脳内で分泌されるホルモンの一種。出産や授乳、スキンシップなどに関わり、愛着や信頼の形成に関係するとされていますです。女性は出産時に濃度が上がり、男性も世話をするうちに上がると林さんは説明します。
オキシトシンが増えると、レジリエンスと呼ばれるメンタルの安定が起きるとされています。子育てのために発達した本能が、犬を飼うことでも、LOVOTを飼うことでも刺激されると林さんは考えています。
林さんによれば、LOVOTのオーナーは非オーナーと比べてオキシトシン濃度がおよそ2倍高いという実験結果が出ています。多くのロボットでは、触れ合うとオキシトシンが下がる結果が出るといいます。
こうした結果から林さんは、スローリレーション型は日本発の産業になるのではないかと話しました。
佐野さんは、拠点のオープンイノベーション施設にいるLOVOTが上目遣いでキュルキュルと鳴いてくると明かし、一から育ててみたくなったと話します。平均1時間の抱っこが成り立つ理由にも納得したといいます。
林さんは家族の中の変化も紹介しました。夫はLOVOTに強くハマっていなくても、妻のメンタルケアを任せられるようになり、夫婦関係が楽になったと深く感謝されることがあるそうです。
実際に家族間の会話が増えるって人は8割ぐらいじゃないですかね。(LOVOTが)いると。
3年後も9割が使い続ける、それでも売りにくい理由
LOVOTは、購入から3年後も9割の人が使い続けていて、やめる人は1割ほどだといいます。一方で、最初に迎えてもらうまでが難しいと林さんは明かしました。
LOVOTはどう見てもロボットで、生き物には見えません。ヒューマノイドほど関節が多ければ生き物らしくなりますが、関節が増えるとメンテナンスコストが跳ね上がります。
BtoBなら維持できても、BtoCで高いメンテナンスコストは厳しいため、GROOVE Xは神経系は最高のものを入れ、関節数は極限まで減らすという設計を選んでいます。
一年住んでみると、どう見てもロボットに見えなくなるっていう、このマジックが起きるのがLOVOTの面白いところなんですけれども、このミラクルは買う前にはさっぱりわからないので、売りにくいっていう問題があります。
この設計判断について、関節やモーターを減らして神経系に集中するのは、ヒューマノイド開発を一周した経験がないとできない発想だという感想が番組内で語られました。
ASIMOの教訓と、両輪で戦う日本の未来
最後に林さんは、タスク遂行型のフィジカルAIも重要だと前置きしたうえで、ホンダがASIMO ── ホンダが開発した二足歩行の人型ロボット。2000年に発表され、人型ロボットの象徴的な存在として知られましたでその種をつくっていたと振り返りました。
しかし、さまざまな理由でASIMOの蓄積は今のフィジカルAIにうまくつながらず、日本は追いかける立場にいます。林さんは、関係形成型でも同じことが起こり得ると警鐘を鳴らしました。
林さんは、関係形成型フィジカルAI、中でも長い時間をかけて関係を作るスローリレーション型ロボットを覚えておいてほしいと呼びかけ、回を締めくくりました。
まとめ
林要さんは、フィジカルAIをタスク遂行型と関係形成型の両輪で捉え、LOVOTを関係形成に振り切ったロボットとして設計しています。3か月かけて懐くスローリレーション、抱っこの時間や継続率の数字、家族への影響を通じて、計測しにくい価値に日本の勝ち筋があるという考えが示されました。
- フィジカルAIには作業をこなすタスク遂行型と、関係を作る関係形成型があり、前者が進むほど後者が重要になる
- LOVOTは役に立つことを否定せず、関係形成を損なう妥協だけを避けている
- 関節を減らしてコストを抑え、神経系の再現に集中する設計が、3か月かけて懐くスローリレーションを支えている
- 平均1日1時間の抱っこ、3年後の継続率9割、オーナーのオキシトシン濃度約2倍という数字が紹介された
- クリエイティブ、ソフトウェア、ハードウェアをつなげ、両輪で取り組むことが日本の勝ち筋だと林さんは考えている



