足には答えがあるのに、手にはまだない?
この回のテーマは、ヒューマノイドのロボットハンドの市場です。技術面はCTOの横山さん、市場やビジネスの動きはCEOの佐野さんが話す分担で進みます。
樋口さんは冒頭で、手は人間の体の中でも一番精密で複雑な動きをする部分だと語ります。関節が多く、指の一つひとつに節があることが、ロボットにとって難易度を上げています。
横山さんは、色々調べた結果の結論を「よくわからない」と切り出します。より正確に言えば、ロボットハンドにはまだ最適解が見つかっていない、という意味です。
対照的なのが足です。横山さんによると、ヒューマノイドの足は片足6関節の構造がどの会社でも採用されていて、ほぼ最適解が決まっています。腰の付け根に3つ、膝に1つ、足首に2つで、足の指を省いた形で人間と同じ動きを再現しています。
一歩目さえ出ていけば、振り子的に、もうどんどん前に進めるっていうところがもう現象として起きるので、
横山さんは、片足で立ってもう片方の足を前後に揺らしてみると、足が慣性で振り子のように動き続けることを例に挙げます。その振り子運動を使えるため、歩行は手よりも実装が比較的簡単で、必要な関節の数も各社で似通ってくるといいます。
一方で手は、ただぶら下げて揺らすのではなく、物をつかむ動作が求められます。どうつかめばいいのか、どんな情報を与えればいいのかが定まっていないことが、足との性質の違いです。
片足6関節でほぼ最適解が決まっている。振り子運動を利用でき、実装は手より比較的簡単
つかみ方や必要な情報の最適解が未確定。各社が試行錯誤している段階
評価基準すら乱立、触覚データはなぜ足りない?
横山さんが面白い事例として挙げたのが、ロボットハンドの性能を測る方法の提案です。2026年中だけで、別々の4つの団体から測り方の提案が出ているといいます。
どんなハンドが優れているかを測る基準すら1つに定まっていない、ということです。ヒューマノイド自体が黎明期のなかでも、ハンドはまだ研究開発が進んでいない領域だと横山さんは位置づけます。
樋口さんは、足の仕事は「歩ける」「転ばない」が中心で種類が少ないのに対し、手は持つ、挟む、叩く、指を下に入れて持ち上げるなど、仕事の種類が多いと整理します。横山さんもこの見方に同意します。
横山さんはさらに、ロボットハンドが難しい理由として学習データの不足を挙げます。人は物を持つとき、目で見るだけでなく、滑りやすいから強く握る、思ったより重いから力を足すといった判断を触覚情報をもとにしています。
スマホには文章のメモも写真や映像も大量に保存されていますが、触覚は日常的に記録されてきませんでした。ロボットが学ぶための触覚データがそもそもこの世にほとんど存在しないことが、ハンドを難しくしている要因の一つです。
三本指派と五本指派、どちらが正しい?
樋口さんは素人考えとして、人間の手をそのまま模せばいいのではと考えていました。しかし横山さんによると、ロボットハンドの指の本数にも派閥があります。
三本指派の代表は、以前の回で解説したBoston Dynamics ── アメリカのロボット企業。四足歩行ロボットや人型ロボットの開発で知られ、高度な運動制御技術で注目されてきましたです。コップなら三本指でも十分持てるうえ、五本指にすると余分な2本の指とその関節まで制御する必要があり、そこまで複雑にするメリットはないという主張です。
五本指派には、テスラやFigure、そして多くの中国勢が入ります。理由は、人間が作業している動画から直接学びやすいことです。
三本指用だったら、五本指で人間が作業したところから三本指用に変換をかけなきゃいけないんですけど、それが不要になるので、
五本指なら模倣学習 ── 人間のお手本となる動作のデータを見せて、ロボットに同じような動きを学ばせる手法。動画や操作記録などが学習データになりますの変換が要らない、というのが五本指派の考え方です。ただ、どちらが最適かの結論はまだ出ていないと横山さんは話します。
三本でも物は持てる。制御がシンプルで、エンジニアとしては楽
人間の作業動画から直接学びやすく、三本指用への変換が不要
樋口さんは機械制御として三点で支えるほうが安定しそうだと言い、横山さんもエンジニアとしてはそのほうが楽で助かると応じます。
樋口さんはさらに、指の本数には宗教観も関わりそうだと話を広げます。神が作った人間と同じ体を人間が作るべきか、作ってはいけないのかという考え方が、ヒューマノイドの受け入れやすさに影響しうる、という見方です。
スプーンの成功率は30%、腱駆動とコストの悩み
佐野さんは、ビジネスの話に入る前に、調べるなかで印象に残った技術的なポイントを紹介します。ロボットハンドはリンゴならほぼ確実につかめるのに、スプーンを持つとなると成功率が30%まで下がると言われているそうです。
ちょっとスプーンっぽいものをちょっと今手で掴んでいただくとわかると思うんですけど、爪使ってるんですよ、人間ってまず。
人はテーブルの上のスプーンを持ち上げる瞬間に爪を使い、持ったあとも滑る感覚を確かめながら指の中で持ち替えています。樋口さんも実際に試し、無意識にやっていたと驚きます。佐野さんによれば、この無意識の動作こそがロボットにはとても難しいといいます。
手の関節は指まで含めると二十数個あります。以前はそれぞれの関節にモーターを付けて動かしていましたが、今は腱、つまり紐のようなもので離れた場所から動かす技術へ進化しているそうです。
ただし腱駆動には、切れる、もつれる、絡まるといった問題が出てきています。佐野さんは、メンテナンスコストが高く、導入してもすぐ故障するという事態がビジネス上の課題になっていると話します。
関節ごとにモーター
二十数個ある関節それぞれにモーターを付けて動かしていた
腱駆動へ進化
紐のような腱で、離れた場所から関節を動かす技術が広がる
新たな課題
切れる、もつれる、絡まる。故障しやすくメンテナンスコストが高い
ハンドは技術的に高度なため、ものによってはロボット本体と同じくらいの価格です。毎回買い替えるわけにもいかず、横山さんの「わからない」という結論は、ビジネス面でもまだ答えがないことを意味していると佐野さんは整理します。
ほかにも、モーターで動く硬いハンドが人に触れるとリスクが高いため、人間の構造に学んで柔らかい素材で作る実験も行われています。触覚についても、光ファイバーを使った触覚センサーの論文などが出ており、さまざまな技術が試されている段階です。
手はオプション販売へ、中国勢の割り切り戦略
ロボットハンドの価格は昔に比べると下がってきています。それでも本体1台分かかるものもあれば、5分の1まで下がったものでも数百万円するため、まだ高いと佐野さんは話します。
そこで中国の手の市場では、あえて高性能にせず、使える最低限の機能に絞って値段を下げる動きが出ています。佐野さんは例としてUnitree ── 中国のロボットメーカー。四足歩行ロボットや人型ロボットを比較的安い価格で販売し、存在感を高めていますのロボットを挙げ、手は外付けで高いものに交換もできるが、安く買えば手はあまり使えない代わりに他の機能は使える、という売り方をしていると説明します。
だから「手はオプションですよ」と。「プロプランに入らないと手はついてきませんよ」みたいなね。
佐野さんは、二本指か三本指か五本指かで値段が大きく変わる状況だと話します。技術の進化とともに販売戦略も変わるものの、現状では手をオプションにして、それ以外をなるべく安く売るのが中国の動き方だといいます。
樋口さんは消費者の立場から、選べるのがいいと語ります。リンゴを持つような作業だけなら安い手で十分で、今後いろいろな作業に汎用的に使うなら、人間の映像から学べる五本指がいい、という考え方です。
ハンドが完成した瞬間、ヒューマノイドは化ける
佐野さんは、ロボットハンドはまだ発展途上だとしたうえで、手こそがロボットの最大の課題だと強調します。
佐野さんによれば、ハンドの開発に目処がついた瞬間に、ロボットの実用化レベルは大きく上がります。溶接、組み立て、手作業全般など、人間の指があることの性能はそれほど大きいからです。
知能の面ではすでに人間の頭を超え、二足歩行ではマラソンを速く走れるようにもなってきたロボットにとって、残るのは器用さです。佐野さんは、手の器用さこそがロボットが急に普及する分岐点ではないかと見ています。
そのため、手の研究や開発をしている会社はどこも高い評価がつき、投資家からも、どこがハンドのメーカーになるのかが注目されているといいます。樋口さんは、一番難しいハンドができたころには、ロボットの体はほぼ完成しているだろうと受け止めます。
佐野さんは、豆腐のような柔らかいものをつかむ、スプーンを持ち替える、薬や歯磨き粉を出しすぎないようにちょっとだけ出す、といった動作を例に挙げます。ロボットなら歯磨き粉を勢いよく出してしまうはずで、人間が普段していることは実はすごい技術なのだと話します。
カメラか、触覚か、電流値か。何が鍵になる?
樋口さんは、握手も絶妙な力加減でしているはずだと指摘します。佐野さんは、カメラだけでは握手や握り込んだ手の中で何が起きているかがわからないため、それをどう補うかに派閥があると説明します。
佐野さんが挙げた候補は、カメラで補う方法、触覚センサーで補う方法、そしてモーターに流れる電流値から力を推定する方法です。物の硬さによって電流値が変わるため、そこから力を推し量れるといいます。
| アプローチ | 使う情報 | 番組で語られたポイント |
|---|---|---|
| カメラ | 映像 | カメラだけでは握り込んだ手の中で何が起きているかがわからない |
| 触覚センサー | 触れた感覚 | 触覚は研究段階。光ファイバーを使ったセンサーの論文なども出ている |
| モーターの電流値 | 流れる電流 | 物体の硬さで電流値が変わるため、そこから力を推定する |
樋口さんは、AIがある今、結局はインプットの形式と精度と量であり、触覚データをどれだけ取れるかが大きいのではと考えます。佐野さんはデータに加えて、故障しやすさといったハードの技術面も課題だと補います。触覚、カメラ、モーター、腱のどれが鍵なのか、各社が模索している状況です。
樋口さんはさらに、手で水をすくっても漏れないことに感心します。佐野さんは、人は漏れているのを見ながら手の形を調整していると応じ、樋口さんは手の素材の柔らかさと硬さも重要だと話します。
機械ではなくバイオボディという道はある?
佐野さんは、倫理的に許されないと前置きしたうえで、ある妄想を語ります。機械のロボットではなく、心や魂のない肉体のようなものを生成できれば、技術としてはそのほうが早いのではないか、という発想です。
樋口さんが「バイオボディ」と言い換えると、佐野さんも同意します。あくまで妄想として、それで技術が完成するなら究極的には機械でなくてもいいのかもしれない、と話します。
実際に、モーターを搭載せず、ゴムなどの柔らかい素材で作り、空気圧で開閉する手を研究している会社もあると紹介されます。ロボットハンドはさまざまな方向性が模索され続けている段階です。
樋口さんは大阪・関西万博で、ドクドクと動く心臓の筋肉の展示を見た体験を語ります。iPS細胞などで作られた人工心臓のようなものを見て、怖さもすごさも未来への楽しみも感じたといい、その延長に手がある未来も普通にありえると話します。
温度センサーで自分を守るハンドとは?
触覚をつけるかみたいな議論も結構あるんですけど、あるロボテラっていう中国の会社が、温度センサーをつけたんですよ、ハンドに。
中国のRobotEraは、ハンドに温度センサーを付けました。温度がわからないロボットは、高温のものに気づかず持ち続けて体を損傷してしまいますが、センサーがあればそれを防げます。
ロボットの温度センサーは、ヒューマノイド自身を守るための進化です。樋口さんは、痛みを理解するようなものだと受け止めます。
横山さんは、そうしたボディに自分が入ったときに人のぬくもりを感じることにも温度センサーが使えると話し、樋口さんは自分がロボットになる前提で見ていることに笑います。
話はさらに、人体の構造を理解した開発へと広がります。人間の体と同じ原理で作ることを極めれば、温度を感じる機能ももっとシンプルにできるのではないか、そして人体に詳しい医者がロボット業界に来れば大きく発展しそうだ、という意見が出ます。
外科医と格闘家の知見が手の理解を広げる?
樋口さんは、人体を理解した人材として外科医に加えて格闘家を挙げます。きっかけは、ブルース・リーが創始したジークンドー ── ブルース・リーが創始した武術。特定の型にとらわれず、実戦で効果的な動きを重視するのが特徴ですの石井先生のYouTubeです。
石井先生は、どこを押せば相手が立っていられなくなるか、体のどこを固めれば軽い力で重さを出せるかを熟知しているといいます。腕だけのパンチは軽く、体を固定して打つと強くなる、という話に、横山さんも医者にはわからない、実際に使っているからこその領域かもしれないと応じます。
合気道や柔術、空手の人たちは、拳のどこで殴ればいいか、どこが硬いかまで手を研究しています。横山さんは、格闘ロボットの競技大会があるなかで、そうしたプロに教われば強いロボットが作れそうだと話します。
外科医の人が見る関節の捉え方と、格闘家の人が見る関節の捉え方って多分違うと思うんですよね。
樋口さんは、いろいろな分野の人の知見を集めて手を理解できたら面白いと締めくくります。横山さんも、手のアップデートがあればまたこの手の回をやりたいと話しています。
まとめ
ヒューマノイドの足は片足6関節で最適解がほぼ決まった一方、手は仕事の種類が多く、触覚データも乏しく、評価基準すら定まっていません。指の本数、駆動方式、センサー、価格のどれにも決定打がないからこそ、ハンドの完成がヒューマノイド実用化の分岐点になると語られた回です。
- 足は振り子運動を使えるため片足6関節で最適解が定まったが、手はつかみ方や必要な情報の答えがまだない
- 人類は触覚情報を記録してこなかったため、ロボットが学ぶための触覚データが圧倒的に不足している
- 三本指派は制御のしやすさ、五本指派は人間の動画からの模倣学習のしやすさを重視し、結論は出ていない
- 腱駆動は故障しやすく、ハンドは数百万円と高価なため、中国勢は手をオプションにして低価格化している
- 溶接や組み立てなど手作業を担える器用なハンドが完成すれば、ヒューマノイドの実用化は一気に進むと見られている


