あの「蹴られても耐える犬型ロボット」の会社とは?
この回のテーマはBoston Dynamicsです。樋口さんは何年も前から、Boston Dynamicsの公式YouTubeチャンネルの動画をよく見ていたといいます。
僕、一番見たのが四本足のやつをこうバーンって蹴って。人間がバーンって蹴るけど、それでなんとかぎゅっと耐えるみたいな動画めっちゃ見てた。
佐野さんは、その動画が「ロボットをいじめているのではないか」と批判も受けていたと振り返ります。横山さんは、多くの人が見たことのあるロボットは、だいたいBoston Dynamicsのものかもしれないと話します。
横山さんによると、Boston Dynamicsはアメリカのロボット開発の老舗です。前身となる研究所は1980年にでき、そこからスピンアウトする形で会社になりました。最初は年数を言い間違え、1981年生まれの樋口さんに訂正されて、40年以上前だと言い直す場面もありました。
現在いちばん有名なのは人型ロボットのAtlasで、冷蔵庫を運んで飲み物を持ってくる動画は番組の月次ニュースでも取り上げられたそうです。ほかに軍事用の犬型ロボットも提供しており、幅広い領域のロボット技術を持つ会社だと横山さんは説明します。
樋口さんは、犬型なのに首や顔がないロボットの見た目に「うわっ」と思った記憶があり、バク転する動画も見たといいます。横山さんはBoston Dynamicsの第一印象を、技術にかなりストイックで正直な会社だとまとめました。
最初に作ったのは、なぜ一本足だったのか
横山さんは樋口さんに、歩けるロボットを開発するならどの形から始めるかを尋ねます。樋口さんの答えは、歩くのは難しそうだから車輪かキャタピラでした。
横山さん自身も、最初なら車輪型か四足歩行を選ぶといいます。ロボットは自立するだけでも難しいので、動きやすい形から手をつけるのが普通だからです。ところがBoston Dynamicsの前身の研究所は、真逆の選択をしました。
何をやったかっていうと、一本足のロボットから着手するっていう、技術的選択をしてまして。
その一本足ロボットは、バネの付いたT字の遊具「ホッピング」のように、ぴょんぴょん跳ねて動くものでした。横山さんによれば、狙いは「一番難しい形を研究すれば、バランスの知見が大量に溜まる」というものです。四本足ならバランス性能が多少悪くても立ててしまう、その逃げ道を自分たちでなくしたといいます。
(一本足から始めるのは)ドラゴンボールみたいな考え方や。とりあえず強いやつと戦いてえみたいな。
横山さんは、自分たちに対してドSなのかドMなのかわからないような技術的選択を、Boston Dynamicsはずっと続けてきたと話します。一本足ロボットが跳ねる当時の動画はニコニコ動画などで見られるそうで、ここで安定したバランスと歩行の技術を蓄積していきました。
バランスの次は「宙返り」。40年越しで回収した技術
バランスの知見が貯まった次の一手として、樋口さんは手の開発や運搬・組み立てなどの実用化を想像します。しかしBoston Dynamicsが選んだのは、宙返りの研究でした。樋口さんが動画で見たバク転は、この技術の延長線上にあったものです。
宙返りを選んだ理由は、地面でのバランスの次に、足が地面に着いていない状態でのバランスを研究すれば、地上でも空中でもあらゆる状態で最強になれると考えたからだといいます。ここでも、あえて自分たちを難しい領域に追い込んでいます。
空中のロボットは何もできないように思えますが、Boston Dynamicsが着目したのはアイススケーターのスピン ── フィギュアスケートの回転技。腕を広げると回転が遅く、胸元に引き寄せると速くなります。体の質量の配置で回転を調整する原理の身近な例ですでした。腕を広げるか胸元に置くかで回転の速さを変えるように、全体の重心やモーメントの置き方で、空中でも体のバランスを取る研究をしていたそうです。
需要がないですよね。世界に。まず一本足で立つ需要もないし、バック転の需要もないですよね。
横山さんも需要はないと認めます。そのうえで、宙返りや空中バランスの技術が回収できたのは2023年だと説明します。重い物を持つと不安定になりますが、持った物も含めて重心を体の一部とみなしてバランスを取ることで、素早く物を運ぶ能力を商品として打ち出せたそうです。
一本足ロボット
逃げ道をなくし、バランスと歩行の知見を蓄積
宙返りの研究
地面に足が着かない状態でのバランスを追求
2023年に商品化
重い物を持っても重心を制御し、素早く運べる能力へ
1980年ごろから40年ほど研究を続けてきたことに、樋口さんは驚きます。樋口さんはこれを大学の基礎研究に近い感覚だと捉え、いつか点と点がつながる「コネクティングドッツ」を待つような姿勢だと表現しました。横山さんは、元が研究所だったこともあり、10年先に必要な技術をやる発想だったのかもしれないと話しています。
30年赤字で3回売却。Google、ソフトバンク、Hyundaiへ
ビジネス面の話は佐野さんが引き継ぎます。佐野さんによると、Boston Dynamicsは30年赤字のまま、3回会社が売却されています。
いやいやいや、ちょっと待って。(会社を)畳みもっと早めに。無理って三十年ずっと赤字は。
最初の買い手は2013年のGoogleでした。しかしGoogleは、いつ商品になるかわからず事業計画に乗らないとして手放します。次に買ったのはソフトバンクで、Pepperがいた時期にロボットの会社になろうとしての買収でしたが、商売にならず再び手放しました。
3番目の親会社がHyundai Motor Groupで、株の80%を取得しました。Hyundaiだけは「自社の車の工場に入れたい」という具体的な目的を持っていた点が、それまでと違ったといいます。
佐野さんの見方では、この目的がいま噛み合い始めています。出荷されたロボットの多くはHyundaiグループの工場に向かっており、世の中に広く売る会社というより、Hyundaiの製造現場を効率化するためのロボットに変わりつつあると感じているそうです。
ソフト代が本体価格を超える?Googleが「最高の体」として戻ってきた
Boston Dynamicsはこれまで、犬型のSpotや、箱を下ろすアーム型ロボットのStretchなどを販売してきました。佐野さんが注目するのは、ロボット本体以外に提供している2つのソフトです。
1つは複数台のロボットをまとめて管理するOrbit、もう1つは遠隔操作のためのScoutです。佐野さんによれば、ソフトの5年分の料金が本体価格を超えると言われており、ソフト代だけでも大きな収益になっています。
導入する側から見ると、5年で投資回収を考えるなら、本体と同じくらいのソフト代がかかる前提で計画する必要があります。そのため商業用としてはまだ難しい面もあると、佐野さんは率直に話しています。
新しいAtlasは、ラスベガスで開かれる世界最大級の技術見本市CES ── 毎年1月に米ラスベガスで開かれる世界最大級のテクノロジー見本市。家電やモビリティ、ロボットなどの新製品が数多く発表されますで公開され、商用生産の開始が発表されました。佐野さんによると、その納入先はHyundaiグループと、意外にもGoogleだといいます。
Googleが買ったのは株ではなく、ロボットというサービスです。Geminiなどの生成AIを開発するGoogleにとって、ちょうどよい体がAtlasだったという構図です。かつてロボットを作る会社になろうとして手放したGoogleが、いまは質のいい体を求めてAtlasを採用している点を、佐野さんは面白いと話します。
それが一番相性良かったってなるな。元カノともう一回なんか仕事で一緒になるみたいな。
佐野さんは、長年の研究の蓄積があるBoston Dynamicsの性能は間違いなく高く、値段は高くても買われ始めていると見ています。30年赤字だった会社に、ようやく希望が見えてきたという評価です。
製品版Spotは、あえて視界を2mに絞る
番組では、Boston Dynamicsが技術を追求するフェーズと、製品として提供するフェーズで、考え方を大きく変えている点も紹介されました。探求では無茶な目標を掲げますが、現場で働く製品では、いかに予測できない動きをなくすかに特化しているといいます。
一般的な移動ロボットは、ライダー ── レーザー光を照射し、反射して戻るまでの時間から周囲の物体までの距離を測るセンサー。点群データとして空間の形を把握でき、自動運転やロボットに使われますで遠くまで周囲を測り、工場全体を地図化して自分の位置を推定します。ところが製品版のSpotは、通常は近くの2mしか見えないように能力が制限されているそうです。
理由は、工場全体を見渡して自分の位置を推論させると、AIによる不確実性が生まれるからです。現場でロボットが迷う姿は働く人を不安にさせ、業務が確実に進まない恐れもあります。そこで工場内にQRコードを多数配置し、Spotはそれを読み込んで瞬時に位置を把握します。
転倒への対応も同じ考え方です。多くのロボットは自力で踏ん張ろうとしますが、Spotは転ぶとなったら踏ん張らず、受け身を取って壊れないことを優先します。無理にバランスを取る無駄な動きで壊れるより、その後も業務を続けられるほうが確実だという思想です。
一本足や宙返りなど、無茶な目標を掲げてストイックに挑む
視界を2mに絞りQRコードで位置を把握、転倒時は受け身。確実な業務遂行に振り切る
樋口さんはこの割り切りにすっかり惹かれた様子でした。番組では、Boston Dynamicsを「技術の探求者かつ職人」のような会社だと表現しています。
なぜ赤字でも研究を続けられたのか
Boston Dynamicsが長期スパンで研究できた背景として、番組では研究開発費で開発を続けてきたことと、売却のたびに親会社の資本を大きく使えたことが挙げられました。
多くのロボット企業は資金調達をしながら、限られたお金でどう作るかを考える必要があり、強いビジネス感覚が求められます。Boston Dynamicsは研究という概念からずっと作ってきたため、極めた技術を持っているといいます。今後、ビジネス感覚で育った会社と研究型の会社のどちらが芽を出すのかは注目点だと話されています。
で、これがなんか民間でできてたっていうのがすごいですよね。よくそれに資金を投じ続けたなっていう。
もう1つの支えが軍との関係です。会社として最初に売ったのはロボットではなくシミュレーション用のソフトウェアで、技術力を買われて軍の依頼で資金を得たのが始まりだったそうです。軍は荷物を担いで歩けるロボットを求めており、その研究費で会社を回してきたといいます。
樋口さんは、安く大量生産するより高い技術が求められる領域だからこそ、軍の需要と合っていたのだろうと受け止めていました。
AIに追い越されないか。油圧を捨てた覚悟
樋口さんはあえて否定的な目線から、30年かけて高めてきた技術がAIに追い越される可能性はないのかと問いかけます。技術力を売りにしてきた会社が、今後も価値を出し続けられるのかという疑問です。
番組では、生成AIを出始めから使い込んできた人と、Claude Code ── Anthropicが提供するAIコーディング支援ツール。ターミナル上でAIに指示し、コードの作成や修正を任せられますが発展して使いやすくなってから学び始めた人の違いにたとえて答えています。昔の難しさを知って工夫してきた人ほど、AIへの問いや管理の質が高い。同じように、経験豊富なメンバーがそろう会社は強いという見方です。
さらに、社会やクライアントとの信頼関係、実績や研究成果があるため、商業化の場面で外さないことも強みだとされました。
話はもう1つの特徴、積み上げてきたものを捨てる覚悟に移ります。Boston Dynamicsは昔から、電動ではなく油圧で動くロボットで知られていました。かつてはモーターやギアの技術が全身を支えるほど発達しておらず、車のジャッキのように小さな力を大きな力に変えられる油圧が主流だったためです。
ところが2024年、Boston Dynamicsは油圧を完全にやめ、電動のAtlasに切り替えました。より合理的だと判断した瞬間に、これまでの技術蓄積を捨てて移行する度胸があるということです。
油圧で動くロボットで有名に。小さな力を大きな力に変えられる
2024年に油圧を完全にやめ、電動のAtlasへ切り替え
番組では、フィジカルAIの時代に合わせて、「確実性のためにAIを乗せない」という現在の主張さえ捨て、新たな技術の獲得に全振りする可能性もあると語られました。過去の栄光にすがらず、その時々で最適な技術を選ぶ姿勢は経営者として見習いたい、という声も出ています。
ものづくりしてる人からするとね、憧れる生き方やな、これ。
まとめ
Boston Dynamicsは、一本足ロボットや宙返りといった需要のない難題にあえて挑み、30年の赤字と3度の売却を経て、ようやく技術を製品として回収し始めた会社です。研究では無茶を貫き、製品では確実性に振り切る使い分けと、得意の油圧さえ手放す決断が、番組では「かっこいい生き方」として語られました。
- 前身の研究所は1980年創設。逃げ道をなくすため、最も難しい一本足ロボットから開発を始めた
- 宙返りで磨いた空中バランスの技術は、2023年に重い物を素早く運ぶ能力として商品化された
- Google、ソフトバンク、Hyundaiと親会社が変わり、いまは手放したGoogleもAtlasを採用している
- 製品版Spotは視界を2mに絞ってQRコードで位置を把握し、転倒時は受け身を取るなど確実性を優先する
- 2024年には看板だった油圧を捨てて電動のAtlasへ移行した


