Pepperの元担当者が、なぜ学びのコミュニティを作ったのか
この回のゲストは、RobotMateHub代表の山本力弥さんです。収録時、山本さんはタイのバンコクにいて、IT系イベント「HeadSourceGlobalSummit」の初日のキーノートでフィジカルAIについて話す直前でした。収録はリハーサルと本番の間のわずかな時間に行われています。
山本さんがRobotMateHubを始めたきっかけは、フィジカルAIを体系的に学べる場がないという問題意識でした。ロボット好きは多いのに、何から始めればいいかわからない人が多いといいます。
フィジカルAIの領域ってめちゃくちゃ多岐にわたってるので、ハードも知ってなきゃいけないし、ソフトも知ってなきゃいけないし、なんか法規制も知ってなきゃいけないし、安全性も気をつけなきゃいけない。
それをなんか体系的に学ぶ場所がないなって思ったので、学びの場を提供してるっていうか、そんなイメージですね。
山本さん自身はエンジニアではなく、ビジネス側の人間だと話します。コンサルタントを経て事業会社でロボットビジネスに10年ほど携わり、独立しました。担当していたのは、受付などでよく見かける白いロボット、つまりPepperです。
Pepperの話題では、樋口さんが吉本と組んでPepper向けの効果音やBGM、歌に合わせて踊るコンテンツなどの音楽を作っていたことも明かされ、山本さんが「本当にお世話になりました」と応じる場面もありました。
山本さんは独立後の1年ほど、生成AI系の学習コンテンツ作りやトレーニングに取り組みました。急激に変わる世界を前に、教えるコンテンツの面白さに気づいたといいます。その後フィジカルAIが盛り上がってきたことから、同じことを古巣の領域でやろうと考え、2024年の前年にあたる「去年の11月ぐらい」にRobotMateHubを立ち上げました。
RobotMateHubにはエンジニアだけでなく、ビジネスパーソンやデザイナーなど多様な人が集まっています。20年来ヒューマノイドを作ってきた大手の事業責任者やインフルエンサーもいて、共通点は「フィジカルAIが好き」ということです。
RobotMateHubの活動の中心は無料の学習コンテンツの提供で、それに加えてライトニングトーク ── 5分程度の短い持ち時間で行う発表形式。多くの人が次々に話せるため、勉強会やカンファレンスでよく使われますやハッカソン ── エンジニアやデザイナーが短期間に集まり、チームで集中的にプロダクトを作るイベント、実機に触れる機会など、仲間と交流できるイベントも主催しています。
ASEANはロボットの「データファクトリー」になれるか
バンコクでの講演で山本さんが話そうとしていたのは、コミュニティの宣伝ではなく、ヒューマノイド導入で何に気をつけるべきか、そして東南アジアがフィジカルAIの世界でどんなポジションを築くべきかという内容でした。横山さんが「今も聞きたい」と求め、山本さんはまだ構想段階だと断ったうえで語り始めます。
山本さんの出発点は、フィジカルAIで大事なのはリアルワールドデータだという認識です。シミュレーションと現実のギャップを埋めるにはデータが必要で、そのデータをどこで取るかが問題になります。
山本さんによると、日本では比較的質の良いデータが取れるかもしれない一方、コストは高くつきます。そこで、国ごとの特徴を生かしたデータ取りが今後必要になると見ています。特にタイやベトナムは日本の製造業が多く進出し、自動化が進み、最先端のオートメーションも一部入っているといいます。
山本さんは、米中デカップリングの影響で中国からデータを買うことには様々な感情が渦巻くのに対し、ASEANはフラットに見られるのではないかと話します。
課題
フィジカルAIにはシミュレーションと現実の差を埋めるリアルワールドデータが必要
制約
日本はデータの質は高い可能性があるが、コストが高くつく
候補
日本の製造業が進出し自動化も進むタイやベトナムで現場データを取る
展開
取ったデータを日本や世界へ輸出する。米中対立の中でもASEANはフラットに見られやすい
北京で見た「みんなヒューマノイドを持っている」中国
横山さんは、世界の最新動向を見てきた山本さんに、日本が遅れている点と日本ならではの強みを尋ねました。樋口さんも「全員が気になってるところ」と反応します。
山本さんがまず挙げたのは、中国でハードウェアのコモディティ化が急速に進んでいることです。山本さんは収録の前の週に北京へ行き、ワールドロボットカンファレンスに参加者として足を運んでいました。
(出展していた会社は)二足歩行型ロボットと四足歩行型ロボットと車輪付き双腕型ロボットと配膳ロボット。これはもうなんかあの、みんな持ってる4点セットみたいな形でして。
どの会社も別にあのヒューマノイドロボットを持ってたり持ってなかったりじゃなくて、みんな持ってるんですよ。
出展企業は100〜200社ほどあり、どこまで自社開発かはわからないものの、ヒューマノイドをプロダクトとして出しているといいます。山本さんの感覚では、1年前はそうではなかったそうです。
中国でハードが行き渡った結果、関心は「次にどうするか」へ移っているというのが山本さんの見立てです。具体的には、質の高い現場データをいかに効率よく取り、加工し、再現性高くロボットへデプロイメント ── 開発したソフトウェアやAIモデルを、実際に動く環境に配置して使える状態にすることするかというサイクルです。
山本さんは、このデータサイクルこそ日本が存在感を示せる領域だと考えています。理由は、日本が産業用ロボットで世界一であり、そこで培った現場のデータを活用できる余地が大きいからです。
エンジニアは現場へ行け。データは「取りに行かないともらえない」
横山さんは続けて、産業用ロボットのデータ活用で日本のエンジニアが今からできることを尋ねます。山本さんの答えは、泥臭さを求めて現場を知りに行くことでした。ラインに行き、自分でやってみるところから始めるのが大事だといいます。
山本さんによると、ハードウェア出身のエンジニアには当たり前のことかもしれません。ただ、それだけではエンジニアがまったく足りず、ソフトウェアエンジニアがハードウェアを学びに行くことが重要になると話します。
山本さんは「偏見なので」と前置きしつつ、ソフトウェア出身の人にはリモートワーク中心でスマートに働きたい傾向がある印象を持っていると語ります。それ自体は否定しないものの、現場の工程、製品、搭載されている治具、抱えている課題を学ぶには足を運ぶ必要があるといいます。
背景にあるのは、日本の製造業では長くIT化が進んできたために、データがセキュアで強固に閉じた環境の中にあるという事情です。樋口さんも、ソフトウェア畑の友人には配線や実機に抵抗感を持つ人が多いと感じており、その抵抗感を払拭して現場を見に行くことの大切さに共感しました。
ヒューマノイド導入のROIはなぜ出しにくいのか
山本さんから現場見学について振られた佐野さんは、Play Roboticsのチームで訪れた現場を紹介します。日本のコンビニやスーパーに並ぶお菓子がほぼすべて眠っているような運送会社のほか、建築系や製造業にも足を運んでいるそうです。
ネットで配信できない情報が多くてですね。
いや、そう、そうなんです。ネットで配信できないんですよ。そう、だからこそ(データを)取りに行かなきゃいけない。
実際に現場を見た佐野さんは、製造業でのフィジカルAIはビジネスモデル上かなり難しいと感じたといいます。中小企業の製造現場は属人性の高い作業が多く、相当量の機械学習が必要になるため、今のロボットの身体能力では同じ作業ができないそうです。
かといって仕組み化しようとしても、中小企業にはロボットに合わせて全体をカスタマイズするほどのDXの資産がありません。一方、Amazonのような大企業はすでに仕組み化されていますが、ロボットアームで処理できるため、二足歩行のヒューマノイドである必要がないと佐野さんは指摘します。
| 現場 | 状況 | ヒューマノイド導入の見通し |
|---|---|---|
| 製造業の中小企業 | 属人性が高く、仕組み化するDX資産もない | 今のロボットのレベルでは作業が難しい |
| Amazonのような大企業 | 作業がシステマチックに固まっている | ロボットアームで足り、人型である必要がない |
| 研修・研究用途 | 社内エンジニアを育てたい企業がある | 一緒に触って学ぶ用途にはニーズがある |
樋口さんは、ヒューマノイドの価値は人が作ったインフラにそのまま入れることなのに、そのフィッティングにノウハウが要るため小さな現場では難しい、という構造だと整理し、佐野さんも「合ってます」と応じました。佐野さんが注目しているのは、社内エンジニアを育成する研修としてヒューマノイドを入れるニーズです。
山本さんも、佐野さんの見立てに「めちゃくちゃおっしゃる通り」と同意します。例に挙げたのは配膳ロボットで、Skylarkすかいらーくなどで見かける配膳ロボットも、いい塩梅の店にしか入らないといいます。
山本さんによれば、オペレーションがバラバラな赤ちょうちんの居酒屋や狭い店では配膳ロボットはうまくいきません。逆に大きな店でも、フロアが2つに分かれていたり、フードコートのように人が多かったりすると導入は難しいそうです。フィジカルAIには万能なイメージがつきがちですが、どこで活躍するかの見極めが必要で、ROIを出すのはかなり難しいと山本さんは話しました。
日本の勝ち筋は「作る」より「現場に合わせる」こと
佐野さんは、現時点で日本がやるべきことはエンジニアの育成だと話します。中国やアメリカで進化したロボットが次々に出てくる中、それを触り、いじり、改造できる人材をどれだけ育てておくかが重要だという考えです。
佐野さんが日本の強みと見るのは、現場でどう利用し活用するかを考えるのがうまい人が多い点です。ハードを日本で作る挑戦はハードルが高い一方で、現場に適合させる導入力こそ日本の勝ち筋になるのではないかといいます。
ヤマリキさんがやってるそのエンジニアコミュニティの育成っていうのはもう本当に希望だなって思ってます。
佐野さんは、Play Roboticsとしても企業に対し、ヒューマノイドを買うことそのものより、社内エンジニアを育てる教育を広めていくことが一番大事だと考えていると話しました。樋口さんの「日本の未来を背負っている」という言葉に、山本さんと佐野さんはそろって「背負ってます」と応じています。
今求められるのはジェネラリスト、その先にFDEという働き方
エンジニアではない樋口さんは、ハードを作るエンジニアと、データファクトリーでデータを取るエンジニアは別物ではないかと質問しました。山本さんは、新しい分野が生まれた最初期は、どの企業でもジェネラリストが状況を引っ張っていくと答えます。
山本さんの見立てでは、数年後にチームが組織化すれば、効率を求めて専門特化した人材が出てきます。ただ今は、ジェネラリストが何人か集まり、プロセス改革の中での人型ロボットやフィジカルAIの活用を一気通貫で推進する組織が求められているといいます。
広く浅く全部やれるジェネラリストが数人集まり、一気通貫で活用を推進する
ハード、データ、ソフト、プロセス設計、安全設計などに特化した人材が分業する
山本さんはさらに、ハードとソフトという分け方自体が良くないかもしれないと話します。生成AIなどで作りやすくなり、両者の隔たりが小さくなったため、新しい産業には新しい切り口でスキルを分類したほうが事業が加速するのではないかという考えです。その定義はまだ持っていないとしつつ、例に挙げたのがFDEでした。
山本さんの説明では、FDEは「ForwardDeploymentEngineer」の略で、現場の人と二人三脚で業務改善をする人材です。とある部署に入って業務をヒアリングし、AIエージェントを軽く作って納品する、という小さなサイクルを積み重ねます。
山本さんによると、FDEにはコンサルティング出身の人がClaude Codeでエージェントを作れるスキルを身につけ、顧客に価値を提供しているケースが多いといいます。樋口さんは、エンジニアリングのハードルが下がり、現場とのやり取りが得意な人がエンジニアリング領域まで担えるようになった結果だと受け止めました。
スパゲッティコードになっちゃうんで、ちょっとその本物のエンジニアというか、しっかりメンテナンスまで考えるレベルのエンジニアの方からすると、ちょっと「あいつら作ったやつはメンテナンスがむずい」みたいに捉えられがちだったりする。
山本さんは一長一短を認めたうえで、FDEのような人材は何より早いと評価します。新しい時代にキャッチアップし、プロセスを変え、クイックに価値を生んでフィードバックする役割は、フィジカルAIでも今後大事になると見ています。樋口さんも、最初はプロトタイプの価値が高く、価値が確定した後にスペシャリストが整理するというフェーズの話だとまとめました。
AKIRAの大友克洋にならう現代版「ロボットカーニバル」
最後に横山さんは、業務領域だけでなくエンタメ領域でのフィジカルAI活用について尋ねました。山本さんは、インフルエンサーのクリエミさんと一緒に「ロボットカーニバル」というイベントを開催すると明かします。
元になっているのは、『AKIRA』の大友克洋監督が立ち上げ、さまざまなアニメーターがロボットをテーマに作品を作ったオムニバスアニメ『ロボットカーニバル』です。現代版では、ロボットと暮らす未来などをテーマにしたアニメーションを生成AIで作り、コンテスト形式で競い合います。
収録した週の土曜日にキックオフイベントがあり、そこから作品を募集し、秋口ごろに発表会が予定されているそうです。山本さんは、クリエイターの視点とロボット事業者の視点を混ぜ、日本ならではの人とロボットの関係から生まれる新しいロボットの姿を発信したいと話しました。
文化的なところはやっぱり日本の十八番だと思うので、あの、なんかその勝ち筋っていうレベルに昇華するにはちょっと難しいんですけど、特徴的な考え方で、あの、アプローチできるところかなと思ってます。アニメかけるロボットとか。
横山さんも「めっちゃ行きたい」と反応し、参加方法はホームページで確認できるとして、ロボットカーニバルでの検索を呼びかけて回は締めくくられました。
まとめ
山本力弥さんの話から見えてきたのは、中国でヒューマノイドのハードが当たり前になりつつある今、勝負の場が現場データと導入に移っているという構図です。そして日本には、産業用ロボットで培った現場と、それを生かすエンジニアを育てることに可能性があると語られました。
- 中国ではヒューマノイドが「みんな持っている」段階に入り、関心は現場データを取り、加工し、ロボットに載せるサイクルへ移っている
- タイやベトナムなどASEANが、現場データを取って輸出するデータファクトリーになる可能性がある
- 製造業へのヒューマノイド導入はROIを出しにくく、現時点では研修・研究用途にニーズがある
- 日本の勝ち筋はハード開発よりも現場への適合と導入で、それを担うエンジニア育成が最大の課題とされた
- 黎明期はジェネラリストやFDEのような人材が牽引し、やがて専門特化へ進むと山本さんは見ている





