推しは特定の選手ではなく「バレーボールという概念」
この回は、前回に続いてまろんさんの「好き」を掘り下げる雑談から始まります。ゆうたさんは、ポッドキャストを続けるうちに好きの捉え方が変わるかもしれないと切り出します。
まろんさんは、自分の中に「ハマる」ことへの境界線のようなものがあると話します。依存はしたくないけれど、程よい距離感も必要だと感じる瞬間があるといいます。
こんなにハマっててどうすんの?っていう、ちょっと冷静になる自分もいたりとか。
そもそも「推し」や「沼」という存在自体が、まろんさんにとっては初めての体験だといいます。そこでゆうたさんが、推しのチームや選手はいるのかと尋ねます。
それがまたややこしくてですね、私今まるっと推してるんですよ。
あー、バレーボールという概念を推されてる。
特定の選手やチームではなく、バレーボールという競技そのものを丸ごと推しているというのが、まろんさんの現在地です。試合を見に行くこと自体が楽しいのだといいます。
開幕戦のジャイアントキリングで沼が広がり始めた
そもそものきっかけは、日本代表でオポジットの控えだった宮浦選手のサーブを生で見てみたい、という思いでした。まだ残っていたSVリーグ開幕戦のチケットを勢いで取ったところから始まります。
宮浦選手が所属するのはジェイテクトスティングス愛知で、日本代表セッターの関田さんやミドルブロッカーの高橋健太郎選手など、顔と名前がわかる選手もいたため、楽しそうだと思って足を運びました。
ところが、まろんさんが応援に行ったスティングス愛知の対戦相手は、代表クラスの選手がいるチームではないVC長野トライデンツでした。そして、そのVC長野が勝ってしまいます。
あー、じゃあ番狂わせというか、ジャイアントキリングというか、そういうのを目の当たりにした。
目の当たりにして、マジかよと思って。
番狂わせを見たまろんさんは、その試合のVC長野をとてもかっこいいと感じます。応援に行った側ではないチームまで、そこから気になり始めたといいます。
その時の試合のVC長野がすごくかっこよくて、めっちゃおもろいと思って。ってなるとVC長野気になるじゃない?
気づけば全10チームを見たくなる「沼だと思ったら琵琶湖だった」
配信を見ているうちに、知らなかったチームや選手が次々と「めっちゃいい」「見てみたい」に変わっていきます。まろんさんは、気づけば全チームを見たくなってきたと話します。
全チーム、何チームあるんですか?
今10チームあるんですよ。
10チームの推し活は大変よ。
ファンのSNSがタイムラインに流れてくることもあり、対象はどんどん広がっていきます。会場そのものへの興味も湧き、行ってみると楽しい、という循環ができあがっているとゆうたさんは指摘します。
もう出来上がってるね。仕組み化できてるよね。システム化されてるね、なんかね。
1人の選手から沼っていくこともあれば、その周りの選手やチームへと関心が広がることもあります。どこまで広がるのかわからない、という状態をゆうたさんは言い換えます。
沼だと思ったら琵琶湖だったみたいな。そんなことになってるよね。
熱は冷めるどころか、まろんさんが自ら薪をくべ続けているような状態です。ゆうたさんはその様子を「未だにクベてるよね」と表現します。
行かなかった試合が良すぎたときの絶望と、ゆうたの「なかったことにする」対処法
まろんさんが怖いと感じるのは、行けそうだった日程で見送った試合が、配信で見たら素晴らしかったときです。現地に行けばよかった、という後悔が強く湧いてくるといいます。
うわ、現地行っときゃよかったってすごい思っちゃって。
これに対してゆうたさんは、自分ならどうするかを語ります。バスケで、行けたのに行かなかった試合が劇的な展開になった場合の話です。
悔しいから、私の場合はね、「何もなかった」っていうね、気持ちの整理をつけるんです。
存在してなかったことにするっていうね。まじか。無になるんだね。斬新。
一方、まろんさんは後悔をなかったことにはできません。現地で見たかったという思いが湧くと、また現地に足を運びたくなり、行けば「来てよかった」と感じてまた行く、という流れになると話します。
結局現地に足を運んでしまうんですよね。
「症状」に近い衝動と、お金という現実的な線引き
まろんさんは、席を変えれば景色も変わることに気づき、次はあの場所から見たらどうだろう、と考え始めます。楽しみ方の選択肢が無限に増えていくことが、飽きない理由かもしれないと話します。
ゆうたさんも、楽しみ方の選択肢が次々に思いつくうちは、試したくてしょうがない状態になると同意します。まろんさんは、その衝動が好きなこと以外にも及ぶ自分の傾向を打ち明けます。
その選択肢を試さないと落ち着かないっていう状態。
状態というか、症状に近いかもしれない。
「症状」という言葉に、まろんさんは思わず納得します。禁断症状のようで危ない、と半ば自覚しているのだといいます。
ゆうたさんが、その症状と今後どう付き合っていくのかを尋ねると、まろんさんは先が全く見えないと答えます。リーグが終わっても国際試合があり、それが終わればまた次のリーグが開幕するからです。
予定はいくらでも入れられる一方で、遠征組であるまろんさんには交通費などの現実がついて回ります。そこが自然な線引きになっていると話します。
なくなったら行けないっていう。
そうだね。行けなくなったら行けないもんね。
1人で薪をくべてきた人の「好きの輪」への戸惑いと期待
今のまろんさんは、バレーの話をする相手がほとんどおらず、ファン同士のやりとりもタイムラインで眺めているだけです。「好きな人でつながる輪」にはまだ入っていないといいます。
で、まあ一人で、こう黙々と。
黙々と薪をくべて。
だからこそ、もし好きの輪が横に広がったら自分がどうなるのか、まろんさんにはさっぱり想像できません。ゆうたさんと話すだけでこんなに楽しいのだから、なおさらだといいます。
起こってしまった場合の、自分が全く想像できません。
ゆうたさんは、遠征先で隣の席の人とコミュニケーションを取ってみるのはどうかと提案します。まろんさんには、ちょうど当てはまる出来事がありました。
試合の盛り上がりが、話しかけないはずの人を動かした
先週2月15日土曜日の試合で、まろんさんは意図せず、隣にいた年上のお姉様と会話をしていました。試合の盛り上がりに押されて、思わず言葉を交わしたのだといいます。
何回目かの試合観戦だったけど、見ず知らずの人と会話をするっていうのはびっくりした。
ゆうたさんは、まろんさんが普段は見ず知らずの人に話しかけないタイプだと指摘します。それをバレーの、会場の盛り上がりが動かしたのだと2人は確認し合います。
ちょっと自分の別の一面を知ったっていうことかもしれないしね。
1人で配信を見るのも面白いけれど、この体験には別の楽しみ方があった、とまろんさんは振り返ります。誰かと共有したいと思う瞬間がいっぱいあるのだといいます。
現地でしか見えないもの、共有して初めて刻まれる記憶
共有したくなる瞬間は、バレーに限らないだろうとまろんさんは言います。スポーツでもアイドルでも「あの人のあの瞬間見た?」という気持ちはないか、とゆうたさんに問いかけます。
ゆうたさんは、バスケでも同じ体験があると答えます。特に現地では、放送や配信には乗らない選手同士の声が聞こえてくるのだといいます。
チームが劣勢に立たされた時とかに、こう声を出して、こうチームの士気を上げるみたいな、そんなのがちょっと見えた時とか。
そうした現地でしか見えないものを誰かに「あれさ」と話し、「あ、そう」と返ってきたとき、記憶の刺さり方が変わる、とまろんさんは言います。喜びと一緒にその瞬間が刻まれる感覚です。
自分の喜びと一緒にその記憶が刻まれるっていうか。
ゆうたさんも、誰かと「そうだよね」と分かち合った体験は、1人で強く残ったものより忘れがたい記憶になると話します。その「そうだよね」も含めて忘れられなくなるのだといいます。
まろんさんは、この間のお姉様と話したことは忘れないだろうと言い、同時に、それがないままよく1人でここまで走ってきたと振り返ります。ゆうたさんはそれを「孤高なマラソン」と評します。
なぜバスケでもなくバレーなのか、答えの出ない問いへ戻る
バレーの魅力と、それを牽引するファンのSNSの盛り上がりについて2人は話します。盛り上がっているから自分も盛り上がるのか、という問いも出ますが、答えは簡単には出ません。
ゆうたさんは、誰が盛り上げているという話ではなく、自分と場の空気が相互に沼らせているのだろうと整理します。
自分と空気感とっていうのは相互にね、沼らせてるんだと思うよ。
まろんさんは、ゆうたさんがチームで勝利をつかみに行くところを好きなのと同じ感覚を、自分もバレーに感じていると話します。そのうえで、なぜ自分はバレーで、ゆうたさんはバスケなのかを考えてしまうといいます。
ゆうたさんは、やっていた競技に近かったから、という理由はあるものの、それだけなのかは自分でもわからないと答えます。まろんさんも「なんでバレーなんだろう」という問いに戻ってしまいます。
で、またそれ考えると無粋だなと思うっていう、元に戻るっていうね。
結局、問いはぐるぐると回り、答えは出ません。その「ぐるぐる」した感じが縁側っぽい、と2人は笑い合います。
薪が切れたら、くべに行く。壮大な実験としての「好きの輪」
まろんさんは、また観戦して興奮したら「こないだの試合がですね」と話しに来るだろうと言います。ゆうたさんはそれを楽しみにしていると応えます。
そして2人は、もしバレーの話が出なくなったらどうするかを、番組らしい比喩でやり取りします。
パタッとバレエの話が出なくなったら、こいつの薪が切れたなと思ってください。
そしたら私、薪くべに行きますんで。この火は絶やさないっていうね。
好きの輪で好きについて喋ってみるという試みを、2人は「壮大な実験」と呼びます。まろんさんは、この回を話してみての感想を語ります。
好きなことを話す、話していいよって言われると嬉しいし、舞い上がる。
一方で、好きなことのどこから話すか迷い、変な緊張感もあったといいます。まろんさんは、自分は好きなことを喋り慣れていないのかもしれない、と気づきます。
ゆうたさんが最も驚いたのは、まろんさんが特定の選手やチームではなく、バレーボールそのものを好きだと語ったことでした。背負うものが大きい、と笑います。
本当にどれも魅力的すぎて決めるのが怖いっていうのもある。
最後に、これからもゆうたさんと2人でいろいろな「好きの輪」を集めながらおしゃべりしていきたい、とまろんさんが締めくくります。
まとめ
第4回は、特定の推しではなく「バレーボールという概念」ごと好きになったまろんさんの熱を、答えの出ないまま楽しく語り合う回でした。1人で薪をくべ続けてきた人が、現地の盛り上がりや誰かとの共有を通じて、好きの新しい楽しみ方に気づいていく様子が印象的です。
- まろんさんの推しは特定の選手やチームではなく、SVリーグ男子10チーム全体、バレーボールという競技そのもの
- 開幕戦で見たVC長野の番狂わせをきっかけに、知らないチームや選手へと関心が「琵琶湖」のように広がっていった
- 行かなかった試合が良すぎたときの後悔が、また現地へ足を運ばせる循環になっている
- 試合の盛り上がりが、普段は話しかけないまろんさんを動かし、隣の観客との会話という新しい体験を生んだ
- なぜバスケでもなくバレーなのか、という問いは答えが出ないまま「縁側」でぐるぐる回り続ける






