日本人は世界で一番座っている?
今回のシリーズは、林英恵さんの言葉を借りれば「働きながらなんとか運動しよう」という企画です。運動が大事だとわかっていても、忙しいと真っ先に削ってしまうのが運動の時間だという実感からスタートします。
(業務が立て込むと)まあ死守しようと思いつつ、一番削っちゃうのが運動の時間。
わかります。(運動は)しなくても何もダメージ受けないから。
ゲストは、公益財団法人明治安田厚生事業団体力医学研究所副所長で上席研究員の甲斐裕子先生です。専門は運動疫学と産業保健学で、働く人の座りすぎや運動不足をテーマに研究を続けています。
まず西山さんが「日本はそんなに座りすぎなのか」と尋ねると、甲斐先生は2011年の研究を紹介します。世界20カ国を比較したところ、日本は座っている時間が一番長い国だったといいます。
日本は(世界)20カ国で一番座ってるっていう。まあ中央値で7時間っていうデータが出ておりまして。
ただし甲斐先生は、この研究が自己申告によるものだと補足します。その後の研究で、他の国も日本も実際にはもっと座っていることがわかってきたそうです。座りやすい理由の一つには、仕事も移動も体を動かさなくていい「便利な国」であることが挙げられました。
なぜ座るだけで病気のリスクが上がるのか
林さんが「なぜ座るのがそんなにダメなのか」と切り込むと、甲斐先生は最大の理由として脚の筋肉を動かさないことを挙げます。立っているだけでも脚の筋肉は動いていますが、座るとほぼ動かなくなってしまうといいます。
(座ると脚の筋肉が)ほぼ動かなくなってしまうので、この状態が続くと血流とか代謝が悪くなって、体にいろんな悪さをするっていうことがわかっています。
具体的にどのくらい悪いのかという問いには、まず死亡リスクが上がるという答えが返ってきます。座っていると糖尿病になりやすく、心筋梗塞などの心臓の病気や脳梗塞を起こしやすくなり、がんにもなりやすいと説明されました。
林さんは、座って体を動かせば病気になりにくいのはわかるが、座ること自体と病気が直感的には結びつきにくいと率直に語ります。それでもがんや心血管疾患が倍ぐらい増えると言われているそうです。
ここで甲斐先生は、運動疫学の考え方が近年変わってきたことを説明します。運動している時間は1日30分や1時間程度で、それ以外の時間をどう過ごすかが実は重要だったと、2000年ごろから研究が積み重なってきたといいます。
日本のオフィスワーカーは1日9〜10時間座っている
自己申告では正しく測れないため、腰につける活動量計で客観的に測定した研究があります。それによると、日本のオフィスワーカーは平均でも9時間ほど座っているといいます。
活動量計といいまして、腰につけるタイプですね。割と正しく測ってみたところ、平均でも9時間とか皆さん座っていらっしゃいますね。
さらに管理職や技術職、デスクワーカーになると平均でも10時間を超えてきます。西山さん自身も、通勤以外はほぼ座りっぱなしで、収録中も編集中もパソコン作業中もずっと座っていると認めます。
立つのをめちゃくちゃめんどくさいんで。トイレも我慢します。
その座り続けてしまうっていうことが良くないっていうふうに言われています。
甲斐先生の研究所では、日本人が本当は何時間座っているのかを明らかにするため、住民基本台帳から無作為抽出した人に活動量計を配って測定するプロジェクトを進めています。現時点では、日本人の平均は8.8時間ほどと見えてきているそうです。
危険ゾーンは「8時間」から?
死亡リスクが何時間から上がるかはまだ結論が出ていませんが、甲斐先生は安全なのは8時間未満ではないかと見ています。厚生労働省の研究班によるシステマティックレビューでも、8時間ぐらいから死亡リスクが上がり始めるといいます。
9時間半とか10時間を超えるとさらにグッと死亡リスクとか、その病気のリスクが上がるっていうのがわかっている。
日本人の中央値である8.8時間は、この危険ゾーンに入っていることになります。番組では、平均値と中央値の違いについても甲斐先生が説明しています。
西山さんが「8時間未満と8時間以上ではどんな生活の人か」と尋ねると、働く世代では業種の影響が非常に大きく、オフィスワーカーやデスクワーカーはやはり座っているとのことでした。営業職は少なめですが、それでも平均で8時間を超えるそうです。
座りすぎは「ライフスタイルそのもの」
座る時間には男女差があり、実は男性のほうが座っていると甲斐先生は指摘します。林さんは、女性は家に帰ってからの家事時間が長く、座っている感覚があまりないのではないかと推測します。
私だって家帰って座って(いる)あんま座ってる気持ちないもん。
俺、妻が料理作ってくれてる時、俺座って仕事してるな。申し訳ないな。
高齢者でも男女差は大きく、高齢の女性は意外と座っておらず、高齢の男性は結構座っているそうです。中高強度の運動をしているのは男性が多い一方で、座っている時間も男性のほうが長いという傾向が語られました。
女性は、特に高齢の女性は運動はちょっと少なめでもちょこちょこ動いてらっしゃるので。
年代では意外にも若い世代がよく座っているといいます。一人暮らしで部屋が狭いと、立って動く機会そのものが少ないためだと考えられます。甲斐先生は、座っている時間はその人のライフスタイルそのものだと感じると話します。
座りすぎが2000年代から注目された背景には、テレビ、パソコン、携帯といったスクリーンタイムの増加があります。仕事中はもちろん、家に帰っても動画や携帯でほとんど動かない、現代のライフスタイルが生んだ新しい問題だと位置づけられました。
メンタルや仕事にも及ぶ座りすぎの影響
座りすぎと死亡リスクのメカニズムは、実は完全にはわかっていないと甲斐先生は率直に語ります。インスリン抵抗性などホルモンの代謝の悪化や、座り続けることで起こる炎症反応などが候補として挙げられていますが、まだはっきりしていません。
影響は体だけにとどまりません。ずっと座っている人はメンタルが悪化しやすく、甲斐先生自身の研究では、座りっぱなしの人は2年後にメンタルが悪化するリスクが2倍に増えたといいます。
さらに、長く座っている人は仕事に生き生き取り組む度合いを示すワークエンゲージメントも低いという関係があるそうです。小規模な研究では、座りすぎで脳の萎縮が進みやすいという報告もあると紹介されました。
甲斐先生は、8時間座り続けるよりも途中で1時間おきに立ったほうが、その後の疲労感が低いという研究も紹介します。座り続けることは腰痛や肩こりにもつながり、いわゆるプレゼンティズムを引き起こすといいます。
座りすぎは(働く)個人の健康にとっても悪いけど、会社にとっても良くないみたいなことですね。
こうした背景から、バランスボールや昇降式デスクを導入し、立った状態を標準にしようとする企業の取り組みも増えていると語られました。
運動しても「帳消し」にはできない
座りすぎが四方八方に悪いなら、運動すれば帳消しにできそうですが、そう単純ではありません。1日30分以上しっかり体を動かすと死亡リスクを少し緩和できるものの、完全には帳消しにできないと甲斐先生は説明します。
根拠として、活動量計をつけた4万人以上のデータを統合した研究が紹介されます。ほとんど動いていない集団では、座る時間が長いと座らない人に比べて死亡リスクが約2.5倍に上がります。
(座っても1日30分以上動く集団だと)座ってても死亡リスク1.4倍ぐらい。帳消しにはできないんですけど、ちょっとリスクを抑えることができる。
運動していても座りすぎが長いと死亡リスクは1.4倍になる。ここから林さんは、座りすぎ対策と運動不足対策は別々に考えるべきだと整理します。座りすぎ対策のつもりでラジオ体操をするのは、実は運動不足対策だと甲斐先生は指摘します。
西山さんはこれを「直感に反する」と正直に語りますが、エビデンスがそう示している以上、納得するしかないと受け止めます。睡眠や食事、運動に加えて、座りすぎに気をつけることを一つの項目として足す必要があるという結論になりました。
30分に一度立つ「ブレイク」の効果
座りすぎ対策として甲斐先生が挙げるのが、座る時間そのものを短くすることと、途中で「ブレイク」を入れることです。座り続けると脚の筋肉の代謝や血流がどんどん下がるため、できれば30分に一度立って動いてほしいといいます。
実際の研究でも、同じように長く座っていても、途中でこまめにブレイクしている群では死亡リスクが下がることがわかっているそうです。仕事上どうしても座らざるを得ない人でも、30分に一度立って体を少し動かすだけで違うと語られました。
三十分に一遍立って体をちょっと動かす。これだけでも全然違うのでやっていただければ。
もっとも、西山さんは「30分に一回思い出すのが難しい」と本音をこぼします。アラームを使う方法もありますが、一度オフにしてしまったとのこと。
そこで甲斐先生が意外な方法として挙げたのが、水をしっかり飲むことです。トイレが近くなることで、内側からアラートが鳴るように自然と立ち上がるきっかけになるといいます。ほかにも、社内の用事はメールや内線ではなく直接会いに行く、印刷物はためずにこまめに取りに行くなど、立ち上がる用事を作る工夫が紹介されました。
座る時間を「睡眠」に置き換えるとメンタルが改善
甲斐先生は、座っている時間を何に置き換えるとメンタルヘルスに良いかを調べた研究も紹介します。運動の研究者として運動や身体活動への置き換えを期待していたものの、結果は意外なものでした。
日本の働く人は睡眠時間がとても短いため、運動の前にまず寝たほうがいいかもしれない、というのが甲斐先生の見立てです。ダラダラとスクリーンを見ているぐらいなら、いっそ寝てしまったほうがよいというわけです。
私は運動の研究者なので(運動への置き換えを)すごく期待したんですけども、そうじゃなくて。
この結果は論文のプレスリリースにも「もう寝てください」と書いたそうです。睡眠時間が増え、座る時間も減るという二重の効果が期待できます。
一方で、座る時間をゼロにするのが良いわけでもないと甲斐先生は付け加えます。子育てや仕事で忙しい中、座ってほっとする時間はQOLにとって大事な要素であり、自分を大切にする時間も必要だと語られました。
ガイドラインに初掲載された「スイッチ10」
座りすぎ対策は、2023年に約10年ぶりに見直された厚生労働省のガイドラインに初めて掲載されました。ただし「何時間未満にしましょう」という具体的な数字は、まだエビデンスが十分でないため入っていないといいます。
林さんは、まだ数字が見つかっていないこと自体に、研究者が積み重ねる過程を感じて興奮すると語ります。ガイドラインの進歩の背後には、甲斐先生をはじめとする研究者の日々の積み重ねがあると受け止めました。
そういうふうにガイドライン見てくださる方がいるっていうのが、私たち研究者にとってはすごい励みです。
ガイドラインで推奨されているのが「スイッチ10」です。1日は24時間しかないため、座りすぎている時間を短くして、その分を体を動かすことなど別のことにスイッチしようという考え方です。もともとある「プラス10(今より10分多く動く)」を、座りすぎ対策として発展させたものだといいます。
ガイドラインでは、この「スイッチ10」に加えて、1日8000歩以上と、座りっぱなしを避けることが挙げられています。番組では甲斐先生の研究にもとづき、睡眠時間の短い働く人はまず寝るほうがよい、という「特別バージョン」も紹介されました。
30分減らすだけで死亡リスクが下がる
今年1月には、医学誌ランセットに座りすぎの研究が掲載されました。座る時間を医学の分野でも重視され始めた証といえます。その内容は、みんなが座っている時間を30分減らせたら全死亡を4〜5%減らせるというものでした。
ランセットで取り上げるってことは、もう世界の公衆衛生の課題だってことですよね。
西山さんは、フードデリバリーをやめて歩いてコンビニに行くといった、30分を確保する具体案を挙げます。日常のちょっとした選択で、座る時間を減らせるというわけです。
甲斐先生の研究所では、短時間の会議は立って行い、長い研究会でも立ったり座ったり、ストレッチや筋トレをしながら参加するのが自由だといいます。オンライン会議は立って参加してもわからないため、座りすぎ対策として推奨できるとのことでした。
オンライン会議とかは別に立ってもいいですよね。
体力医学研究所で座りすぎを研究しているからこそ、まず自分たちが実践しているという姿勢が語られ、初回は締めくくられました。次回は、忙しく働く人がどう体を動かす時間を確保すればいいかがテーマになります。
まとめ
座りすぎは糖尿病や心疾患、がん、メンタルの悪化など幅広い健康リスクを高め、運動だけでは完全には帳消しにできません。だからこそ、運動不足対策とは別に、座る時間を短くしこまめに立つ「ブレイク」を取り入れることが大切だと語られました。
- 日本人は世界的に見ても座っている時間が長く、オフィスワーカーは平均9〜10時間座っている
- 1日30分以上運動しても座りすぎのリスクは完全には消えず、座りすぎ対策と運動不足対策は別に考える
- 30分に一度立つ、水を飲んでトイレに立つなど、こまめなブレイクが健康被害を抑える
- 睡眠時間の短い働く人は、座ってダラダラ過ごすより睡眠に置き換えたほうがメンタルに良い
- 座る時間を30分減らすだけで全死亡を4〜5%減らせるという研究もあり、日常の小さな工夫が有効






