社労士法人でも社会保険調査には当たる
この回で吉田さんが取り上げるのは、社労士法人ワンハート自身が社会保険の調査に当たったという実体験です。
吉田さんは、社労士法人なら社保の調査にはなかなか当たりにくいだろうという勝手なイメージを持っていたそうです。ところが開業からまだ5年も経たないうちに、あっさり調査対象になったと話されています。
社労士法人だったら社保の調査ってなかなか当たりにくいのかなと思ってたんですけれども、そうでもなくて、あっさり当たりました。
吉田さんによると、以前に年金事務所の調査へ行った際、その時の調査方針として「4年に1回は全社見に行く」といったことを聞いていたそうです。
ワンハートは2021年2月に開業し、2024年10月に調査に当たりました。吉田さんは、それが4年に1回のサイクルだとちょうどいいタイミングだったのかもしれない、と振り返っています。
この経験をXでつぶやいたところ、他の社労士法人の先生も結構当たっているようだと吉田さんは話します。ここから導かれる第一のポイントは、社労士法人だから社保の調査に当たらないということはない、というものです。
社会保険調査は誰が何を調べているのか
吉田さんはまず、社会保険の調査がそもそも何をするものなのかを整理します。
調査を行うのは、社会保険を管轄する行政官庁である日本年金機構 ── 公的年金の運営業務を担う組織。厚生年金・健康保険などの適用や保険料徴収に関する事務を扱う。です。民間の事業者を対象に、適切に社会保険へ加入しているかを確認する調査だと説明されています。
論点は大きく2つあると吉田さんは言います。1つは、社会保険への加入義務がある人がちゃんと入っているか。もう1つは、加入はしていても正しい金額で入っているか、という点です。
本当は給料100万もらってるのに10万しかもらってませんとかって嘘ついてる人がいないか、こういうことを調査していくんです。
つまり調査の狙いは、事業者が不正に社会保険料を逃れていないかを確認することだと吉田さんはまとめています。
通常の調査では何をどこまで見られるのか
吉田さんは、一般的な社保調査がどう進むかも具体的に説明します。まず出すのが調査票で、会社のメンバー構成などを書く会社概要のアンケート票のようなものだそうです。
吉田さんによると、提出書類はそれだけではありません。就業規則や給与規定に加えて、次のような資料も求められると話されています。
- 従業員名簿、雇用契約書
- 所得税の領収証書、賃金台帳
- 賞与支給明細書
- タイムカード、出勤簿
これらを使って年金機構がまず見るのは、賃金台帳や労働者名簿に載ったスタッフのリストです。たとえば100人いる会社で50人が社保に入っているなら、残りの50人が本当に加入しなくてよい人かを確認していきます。
吉田さんは、社会保険の加入基準にはいろいろあるものの、一番短いもので週20時間という基準があると説明します。その基準を満たしているのに社保に入っていない人がいないか、という点がまず見られます。
昔はお気に入りのスタッフだけを社保に入れるようなケースもあったが、今は少なくなってきていると吉田さんは言います。そうした恣意的な扱いをしていないかも、この段階で確認されます。
加入金額のごまかしはどうやって見抜かれるのか
次に吉田さんが挙げるのは、社会保険に入れてはいるものの、金額をごまかしていないかという論点です。
たとえば給料50万を受け取っているのに20万で社会保険に入っていると、差額の30万分について国は社会保険料を取り逃がすことになります。だからこそ、こうしたことをしていないかが調査されると吉田さんは説明します。
さらに細かな論点もあると吉田さんは言います。見逃すと社労士が怒られる随時改定 ── 給与が大きく変動したときに、標準報酬月額を年度途中で見直す手続き。届け出漏れが起きやすい論点とされる。をちゃんとやっているか、社宅の現物給与 ── 金銭以外の形で支給される報酬。社宅などは一定のルールで金額に換算して社会保険料の計算に含める必要がある。を適切に計上しているか、といった点までしっかり確認されるそうです。
調査で鍵になる「所得税の記録」との突合
吉田さんは、調査でどこをどう見ているかの重要ポイントとして、所得税の記録との突合を挙げます。
ここで使われるのが、源泉所得税領収証書、正式には給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書と呼ばれる書類です。この書類と賃金台帳の内容に矛盾がないかを見ていくと吉田さんは説明します。
会社は従業員に給料を払い、そこから税法に基づいて源泉徴収税を取って国に納めます。その記録が所得税徴収高計算書に残るしくみです。
たとえば100人に給料5000万を払ったという所得税側の記録と、賃金台帳の内容を突き合わせて点検します。1人あたり50万払っているのに届け出が20万になっていれば、金額が食い違うため指導の対象になると吉田さんは言います。
給料を支払う
従業員に給料を払い、源泉徴収税を差し引く
所得税を国に納める
所得税徴収高計算書に人数と金額の記録が残る
賃金台帳と突合
記録と賃金台帳・社会保険の届け出内容を照合する
食い違いを指導
人数や金額に矛盾があれば指導の対象になる
この突合は金額だけでなく人数にも及びます。100人に給料を払っているのに社会保険加入者が20人しかいなければ、残り80人がなぜ入っていないのかを問われると吉田さんは話します。
指導されると何が起きるのか、そして本当に大事なこと
吉田さんは、加入義務がある人を入れていない場合に起きることも説明します。労働時間が短くて加入資格がないなどと説明できればよいものの、そうでなければ指導の対象になります。
社会保険の時効は2年なので、指導を受けると2年間さかのぼって加入させられたり、追加の社会保険料を払うことになると吉田さんは述べます。
まともな会社なら社会保険に入るのは当たり前なので、調査で問題が起こることは基本的にないと吉田さんは言います。一方で、サボっている会社はここで大きな金額を請求されると指摘します。
そのうえで吉田さんが最も伝えたいのは、調査をどう乗り切るかではありません。社会保険料もちゃんと払えるビジネスモデルを目指した方がいいという視点です。
社会保険に皆が入れて、ちゃんと普通に払える粗利益が出て、社会保険料も払えるようなビジネスモデルを目指した方がいい。
吉田さんは、「社会保険なんか入ったら潰れちゃうよ」と言う社長にも触れます。正面切っては言わないものの、その時点でビジネスモデルは崩壊しているとして、テコ入れが必要だという考えを示しています。
拍子抜けだった「書類2つだけ」の調査
最後に吉田さんは、ワンハート自身が当たった調査が特殊だったと明かします。通常はたくさんの書類を出すのに、求められたのはたった2つだけだったそうです。
提出を求められたのは、適用に関する調査票と、所得税徴収高計算書の写しの2点だけでした。
なんか「こんな調査して意味あるのかよ」みたいな調査をやってたんですよ。
それでも一定の意味はあると吉田さんは言います。所得税徴収高計算書には何人のスタッフに給料を払ったかが書かれているため、その人数と社会保険加入者数が大きく違えば、不正の可能性を見極められるからです。
ただ吉田さんは、せっかく調査するなら賃金台帳や就業規則、雇用契約書まで全部出して、しっかり調査した方がよいと個人的には思ったと話します。
社労士法人として社会保険をきちんと処理している自負があるだけに、隅々まで点検してほしかったものの、今までにないほど提出書類が少なく拍子抜けした、というのがこの回の結びです。
まとめ
社労士法人ワンハート自身が受けた社会保険調査を題材に、吉田優一さんが調査の目的や見られるポイント、そして調査より前に考えるべき視点までを実体験から解説した回です。
- 社労士法人でも社会保険調査には当たり、当たらないとは限らない
- 調査は「加入義務のある人が入っているか」と「正しい金額で入っているか」を確認する
- 所得税徴収高計算書などの記録と賃金台帳を突合し、人数や金額の食い違いを見抜く
- 加入義務違反は時効2年でさかのぼって加入・追加保険料の対象になる
- 大事なのは調査を乗り切ることより、社会保険料も払えるビジネスモデルを作ること






