スマホ依存は怠惰ではなく「毒に弱い」だけ?
本題のお便りに入る前に、岡島さんはスマホ依存から少し離れられたという近況を報告します。岡島さんはXを無限に見てしまう癖があり、YouTubeの仕事を始めたことでアプリを入れざるを得なくなり、ショート動画も見てしまっていたといいます。
岡島さんはこれまで、ぼんやりXやYouTubeを見てしまう自分を「怠け者で怠惰だ」と考えていました。けれど前回の玉置さんの話にあった「過度な一般化をやめる」という考え方を取り入れ、自分を必要以上に落とすのをやめたそうです。
怠惰というよりは、毒に弱いんじゃないかなと。認識をちょっと調整してみまして。
岡島さんの見立てでは、ショート動画は世界トップの頭脳の人たちが作り込んだ、依存性の高い「毒物」のようなものです。それに負けるのは仕方がないので、意志で戦うより対策を立てようと考え、1週間ほど動いてみたと話しています。
ショート動画やSNSは何を奪うのか
岡島さんが参考にしたのは、前回のエピソードで玉置さんが語った禁煙の話です。玉置さんはタバコが体にどう悪いかを調べた結果、吸えなくなったといいます。岡島さんも同じように、ショート動画やSNSの良くない面をAIで調べてみました。
岡島さんが挙げた調査結果には、うつ傾向や自殺率の上昇、脳の報酬系 ── 脳の中で快感や意欲を生み出す仕組み。行動に「ごほうび」を感じさせ、その行動を繰り返したくさせる働きがありますの異常といったものがありました。スワイプするだけで報酬をもらいすぎると、仕事をコツコツこなして得る達成感を感じにくくなるのが大きなマイナスだと、岡島さんは受け止めています。
特に岡島さんの印象に残ったのは、時間に関する研究です。ちょっとだけ見ようと思った時間の倍を取られ、そのうち3割は本人が望んでいない時間だという内容で、玉置さんも「合ってる合ってる」と強く共感しています。
岡島さんは、通知を受けるだけでミスが増えるという話も見つけたそうです。ただし岡島さん自身、細かいファクトまでは追いきれていないと断っています。
通知をまとめて受け取る「時間指定要約」のすすめ
岡島さんが実際に取り入れた対策の1つが、iPhoneの「時間指定要約」という機能です。通知を完全にオフにすると社会とのつながりが薄れて、それはそれで良くないらしいため、通知を決まった時間にまとめて受け取る形にしたといいます。
その一日に、その通知を、なんか5時くらいにだけまとめて一回、まあ夜にもう一回みたいな風にするといいよみたいなのが出てきたんで、これおすすめなんですけど。
岡島さんがもう1つ希望を感じたのは、スマホを断つと集中力が戻ってくるらしい、という点です。悪い影響は不可逆ではないと考え、今はスマホを別の部屋に置いて仕事をするようになり、それが効いていると話しています。
玉置さんは「めちゃくちゃいいです」と岡島さんの取り組みを評価し、「ドパガキ卒業」と冗談まじりに応じます。岡島さんは、ポッドキャストはドーパミンが出ないので安心して聞いてほしいと笑いを添えつつ、時間指定要約をリスナーにも勧めています。
博士課程の研究者から届いた「比べてしまう」お便り
この回の本題は、リスナーのシュンヤさんから届いたお便りです。岡島さんが読み上げ、玉置さんがコメントする形で進みます。
タマキさん、オカジマさん、こんにちは。いつも楽しく拝聴させていただいています。テストステロンさんのnoteの記事から興味を持って、第1話から遡って聞き始めました。
シュンヤ さんから
結構聞いていただいてますね。ありがとうございます。
さて、私の質問は、他人に理解を得られないことに対して、どのように自分で処理しているのかということです。私は今、博士課程2年生で、ロボティクスを専攻しています。3年という短い期間で論文を出し、卒業要件を満たすという正解のない問いを探し続けることをやっていて、起業家に向けた発信であるこのポッドキャストが、研究をしている私にも非常に響いています。
シュンヤ さんから
もうちょっと幅広くね、働く、生活する方々に向けて我々は、お話はしておりますが。
ただ、周りでライフステージをどんどん重ねていく人や、キャリアアップしていく人、学生である私に比べて収入がはるかに上回っていく人を見て、また、他の人たちから見ると、まだ学生やってるの?なんて思われたりすることもあります。なかなか親孝行もできず、つらい時期を過ごしているなと思うばかりです。
シュンヤ さんから
玉置さんはこのお便りに、いくつかの論点があると整理します。最初に取り上げたのは、後半に書かれていた「人と比べて」つらくなるという部分でした。
比べる相手は「たまたま目に入った人」?
玉置さんはまず、博士課程でロボティクスを専攻し、一生懸命論文に取り組むシュンヤさんの姿は、客観的に見て立派だと伝えます。むしろ羨ましいと思う人も結構いるはずなのに、人と比べてしまうのはもったいない、というのが玉置さんの受け止めです。
玉置さんが紹介したのは、比べる相手は自分で選んでいるようで、実際には目に入りやすい人と比べていることが多い、という話です。
他人と比べた時の自己評価って全然信用できないというか、信頼性が低いんですよ。
岡島さんが、レコメンドされるインフルエンサーのような存在かと尋ねると、玉置さんはSNSでたまたま目に入った友達なども含まれると答えます。そのうえで、意味のある比較とそうでない比較を分けて説明しました。
ロールモデルやライバルとして自分で選んだ相手と比べ、自分に足りないものを知る
たまたまSNSなどで目に入った人と比べて、落ち込む
さらに玉置さんは、比べている相手のことを深く知っているわけではない、と指摘します。私たちが目にする他人の姿は、「稼いでいます」「どこどこの会社で働いています」といった記号的なハイライトにすぎず、苦しみやつらさといった負の側面はまず見えません。
でもほら、自分事だと自分の負の部分とかも全部含めて、特にその自分の負の部分と人のハイライトを比べてなんか落ち込むじゃないですか。
岡島さんはこの構図を「じゃんけんで、こっちは弱いのを出して、向こうは強いのを出している」ようなものだと例えます。玉置さんは、だから他人に比べて劣っていると感じるのはデフォルトであり、そういうものだと考えておくほうがいいと話しています。
物差しがバラバラなまま比べていないか
玉置さんが次に指摘したのは、比べている物差しの一貫性のなさです。シュンヤさんのお便りでは、キャリアアップ、収入、学生という身分と、比べる軸がばらばらになっていました。
玉置さんの考えでは、人生で目指すべきものが収入だという信念があるなら、そちらに動けばいいだけの話です。けれどシュンヤさんはそうではないからこそ博士課程で研究をしているはずで、自分にとって一番の物差しがすでに人生を決めてきている、と玉置さんは見ています。
自分が研究したいものに生活をかけて取り組む、という物差しで見れば、お便りに出てくる人たちの中でシュンヤさんは断トツの1位だと玉置さんは言います。
それでもモヤモヤが残るなら、今の選択に納得していない部分があるのかもしれない、と玉置さんは続けます。研究をしたい気持ちは本当でも、もっと稼ぎたい気持ちがあるなら、研究ができて稼げる進路を選べばいい。満たされたいものがあるから人と比べてしまうので、本当にしたいことは何だったかを見直すとよい、という提案です。
まずは「比べる場所」から離れる
玉置さんによると、ヒトハタの受講生にも他人と比べて苦しくなる人は多く、シュンヤさんが珍しいわけではありません。小学校からずっと比べる癖があるという人もいて、頭でわかっても認知をすぐに変えるのは難しいといいます。
(比べる癖を直すのに)まずは一番効果があるのが比べる場所から離れるですね。
玉置さんが勧めるのは、目に入る総量を減らすことです。比べてしまう相手のSNSは見ない、できればフォローを解除し、それが難しい身内などならミュートでもかまわない、と具体的に話しています。
「みんなが」と感じるときは、前回話した認知の歪みのうちの過度な一般化だと捉え直します。玉置さんは、感じ方の範囲に応じて次のように対処を変えるよう勧めています。
- 「みんなが」と思うなら、過度な一般化だと考え直す
- 「この人が」なら、その人をミュートする
- 「SNS全般が」なら、見る回数を1日1回や週1回に減らす
- 会うと落ち込む人がいるなら、その人と会わない
比べてしまったら感情に名前をつける
それでも比べてしまったとき、「比べちゃいけない」と意志の力で抑えるのは大変です。岡島さんも「意志の力は無力ですね」と応じます。そこで玉置さんが勧めるのが、自分の感情に名前をつけることです。
なんか見て、「あ、自分はダメだな」じゃなくて、「羨ましいな」っていう気持ちなのか、「あ、自分今焦ってるな」なのか。感情を言葉にしてあげてほしいんですよ。
玉置さんによると、人と比べて劣っていると感じるとき、ほとんどの場合その正体は「羨ましいな」です。キャリアアップして羨ましい、自分より収入があって羨ましい、と言葉にすることで、感情から一歩引けるといいます。
これね、メタ認知の基本なんですけど、感情に名前をつけてあげる。感情に言葉にしてあげると、一歩引いて見られるようになるんですよ。感情に飲み込まれなくなるんです。
比べて落ち込む
「自分はダメだ」と感じる
名前をつける
「羨ましいな」「焦っているな」と言葉にする
距離ができる
感情に飲み込まれず、一歩引いて見られる
解毒される
ネガティブな感情がエスカレートしない
玉置さんはこの働きを、宮崎駿監督の『もののけ姫』に出てくるタタリ神に例えます。ネガティブな感情は封印しておくと怪物化していくけれど、言葉にしてしまえばエスカレートせず、乗っ取られない、という説明です。
玉置さんは、SNSを見て誰かの悪口を言いたくなったり、ざらっとした感情を持ったりするときも、本当は「羨ましいな」であることが多いと話します。劣等感も嫉妬も、ほぼイコール「羨ましい」だという見方です。
「羨ましい」を分解すると本当に欲しいものが見える
玉置さんは、「羨ましい」という感情を情報として使うことを提案します。何が羨ましいのかを分解すれば、自分が本当に欲しいものが見えてくるはずだといいます。
例として玉置さんが挙げたのは、ブランド品を身につけた幸せそうな友人を見て羨ましいと思った場面です。ブランド品を持っていることなのか、優雅な生活なのか、旦那さんに大事にされていそうなことなのか、羨ましさの中身は人によって違います。
人は本当に欲しいものになかなか気づけない、と玉置さんは話します。受講生に「本当は何が一番欲しいんですか?」と聞いても即答できる人は少なく、即答しても「それ本当ですか?」というケースが多いそうです。だからこそ、心から欲しいものがわかることは幸せの第一歩で、無駄な努力がなくなるといいます。
しゅんやさん本当に欲しいものって収入とかキャリアとかじゃなくって、親を安心させたいんじゃないかなと思うんですよ。
玉置さんは、これはあくまで勘であり、本当はどうかわからないと断っています。そのうえで、もし親を安心させたいのが本心なら、研究しながらでも親を安心させる方法を考えればいい、と話を進めます。
玉置さんの考えでは、親はキャリアアップしていないから不安なのではなく、子どもが自分の足でしっかり生きていけると思えれば安心します。研究に誇りを持って取り組んでいることを伝えるだけでも、親は立派に成長したと感じるかもしれない、という提案です。
比べるのは昨日の自分だけ。2億円の借金を返した20代
玉置さんがよく伝えるのは、比べる相手を他人ではなく過去の自分にすることです。自分の生活の範囲の中で、自分の幸せを探し、定義することに集中するのがいいと話しています。
この考えの背景には、玉置さん自身の経験があります。玉置さんは20代前半、周りが就職して社会人生活を謳歌し、合コンや恋愛を楽しんでいた時期に、ずっと借金返済生活をしていました。岡島さんによると、テストステロンさんの記事の後編に、2億円の借金を返済した当時の話が書かれているそうです。
これね、(借金返済中に)他人と比べてたらマジつらかったと思いますよ。
玉置さんは、未来に希望しかない人たちと比べた瞬間に嫌になっていたはずだと振り返ります。比べてもしょうがないから、自分の生活の中に幸せを見つけることに集中するしかなかった。目線をどこに向けるかが大切だと話し、シュンヤさんにも注意の矛先を今の生活の中の幸せに向けてほしいと伝えています。
他人に理解されることは、そもそもあり得る?
続いて玉置さんは、お便りの冒頭にあった「他人に理解を得られないことをどう処理しているか」という問いに戻ります。何が理解されていないのかは明確に書かれておらず、玉置さんは親御さんのことかもしれないと推測しています。
私たちって他人に理解されることってないと思ってるんですよ、私は。
玉置さんの理由は、自分が生きてきた時間のすべてを誰かが知ることは絶対にできない、ということです。親子として24時間一緒にいる時期があったとしても、相手が何を考えているかはわからない、と玉置さんは話します。
さらに玉置さんは、「理解された」と感じるのは、自分が望むように相手が自分を捉えてくれたときだと指摘します。望むように捉えてもらえないと不満になるけれど、それは物理的に無理なことだという見方です。
私はあなたをこのように理解しましたっていうのって、私はとてもとても優しい嘘だと思ってるんですよね。
玉置さんによれば、「私を理解して」と言うのは、その優しい嘘をくださいと他人に依頼している状態です。そう考えれば、相手が応じてくれないのは「本を貸してと頼んだら、今読んでいるから無理と言われた」程度の話で、理解されないことに苦しむ類の話ではない、と玉置さんは話しています。
近すぎる距離を「外国人くらい」に置き直す
とはいえ、近しい人ほどつい理解を求めてしまいます。岡島さんも「こんだけ一緒にいるんだから」「言ったじゃん」と思ってしまう気持ちに触れます。玉置さんは、理解はなくて当たり前だと認識をすぐ変えられないなら、距離を調整するとよいと提案します。
玉置さんの例は、名前もよくわからない国から来た人です。右手を差し出したら無礼だと言われても、「あなたの国ではそうなんだ」と思うだけで、傷ついたりはしません。岡島さんも「知らなかったんだよ、くらいのことだ」と応じています。
距離をちょっと近く捉えすぎているから理解されなくて苦しいみたいになってるんだったら、もうあの外国人ぐらいの距離感で考えた方がいいです。
わかってくれるはずだと期待し、わかってもらえないと傷つく
ルールが違うのだから、わからなくて当たり前だと思える
玉置さんは、人にはみんなマイルールがあり、その枠で人を捉えると話します。「お金持ちはあざとい」というルールを持つ人には、いくら親切にしても裏があると受け取られますが、それも傷つく話ではなく「ルールが違うんだな」で済む、という見方です。
わかってもらえなくて当然だと考えれば、少しでもわかり合えたときは奇跡のようなものになります。玉置さんは、「わかってくれた」ではなく「心地いい捉え方をしてくれた、ありがとう」と思えればいいと話します。
比べること自体は悪くない。苦しくならない比べ方へ
話を聞いた岡島さんは、少し前まで「比べてしまう」悩みに実感が湧いていなかったと打ち明けます。最近いろいろな人と話して普遍的な感情だと気づき、言語化していなかっただけで、自分も羨ましいと思っていたのかもしれないと振り返っています。
比べること自体がそのデフォルトで人間として備わってると思うんですよ。
玉置さんによると、他人と比べる機能がない人はおらず、違いは苦しくなるような比べ方をしているかどうかだけです。インプットを減らす、捉え方を変えるといった話は対処療法であり、自分の現状と目指すところを比べる機能自体は健全なので、苦しくなければ人と比べればいいと話しています。
岡島さんは、羨ましいと思ったら口に出してみるのは今日からやりやすいと感じ、試してみるつもりだと話します。玉置さんも、「彼女と比べて私はここがダメ」と思うのは「彼女のそこがいいな」と思っているということなので、見習ったり真似したりすればいい、と締めくくっています。
番組の最後には、ヒトハタの個人向けの枠が埋まりつつあることや、企業向けの枠では玉置さんが直接講習をすることもあるという案内がありました。
まとめ
今回のお便り回で玉置さんは、他人と比べて落ち込むのは自然なことだと認めたうえで、比べる場所から離れ、感情に名前をつけ、「羨ましい」を自分の望みを知る情報として使う方法を示しました。理解されない苦しさについても、理解は本来あり得ないものと捉え、相手との心の距離を少し遠めに置き直すことで、期待を手放せると話されています。
- 他人と比べた自己評価は、目に入りやすい人のハイライトと自分の負の部分を比べているため信頼性が低い
- 比べる相手のSNSをミュートするなど、まずは目に入る総量を減らすのが効果的
- 「羨ましい」と言葉にすると感情と距離ができ、何が羨ましいかを分解すると本当に欲しいものが見えてくる
- 理解されることは本来あり得ず、近しい人とも「外国人くらいの距離感」で捉えると苦しまずに済む
- 比べる機能自体は健全なもので、苦しくならない比べ方なら見習う材料になる







