AIに仕事を奪われるなら、仕事はそんなに大事なのか
この回は、別の回で出た話題の続きから始まります。いなけんさんが投げかけたのは、AIに仕事を奪われるとよく言われるけれど、そもそも仕事はそんなに大事なのか、という問いです。
「え、でもなんか仕事ってそんな大事っすか?」みたいなところとか。
「え、なんかもっと遊んだ方が良くないですか?」っていうところとか。
いなけんさんは、仕事とアイデンティティが結びついていることを一面では美しいと認めつつ、ここ数百年の「洗脳」なのではないかとも考えていました。
しもちゃんはこれに対し、仕事そのものはなくならないと考えています。おかしな構造になっているのは、仕事にお金という要素が結びついているからではないか、という見立てです。
仕事っていうと、お金を稼ぐための手段とか生活するための手段って考えてる人が結構多いんじゃないかなと思うんですけど。
それはちょっと違う気がしてて。今のこの紙幣経済に飲まれすぎな気してるんですよ。
いなけんさんも、自分が指していた「仕事」は趣味と切り分けられないような営みではなく、ライスワーク ── 生活費を稼ぐための仕事を指す言葉。やりがいや自己実現のための仕事を指す「ライフワーク」と対比して使われますのような、生きていくためにせざるを得ない文脈の仕事だと整理します。そこまで頑張る必要があるのか、AIに任せて人間は他のことをしよう、というのが出発点でした。
しもちゃんは、AIの登場は仕事を奪うというより、人の役割が変わるだけの話だと受け止めます。コーディングのように、もはや人が手を動かす前提ではなくなった領域を例に挙げていました。
保育士よりコンサルの給料が高いのはなぜか
しもちゃんはさらに、AIによってお金の価値がどんどん下がっていくのではないかという直感を持っています。ただ、その直感を支える論理が、自分の中でまだつながっていないと打ち明けます。
しもちゃんが例に出したのは、保育士とコンサルの給料の差です。状況や人によるとしたうえで、やっていることの本来の価値だけを見れば、コンサルの平均年収のほうが高いのは意味がわからない、と話します。
いなけんさんはまず、お金は何かとの交換手段でしかないと整理します。1日8時間働いて毎月給料を得て、そのお金をコンサートや家賃、食費などと交換する、という流れです。
そのうえでいなけんさんは、保育士とコンサルの差は「価値を定量指標で測れるかどうか」の違いではないかと考えました。
売上や成果など測れる指標に短期的にコミットし、及ぼせる範囲も報酬も大きい。給料も数字から逆算しやすい
育てた子どもが将来社会を担うなど価値は間接的に還元されるが、時間軸が長く定量指標にしにくい
いなけんさんによれば、保育士が及ぼす価値は時間軸が長く、今の貨幣経済の水準では測れないため、価値がないのではなく、価値が測れていないという話なのかもしれません。
お金の代わりに価値が上がるものは何か
それでもお金の価値が下がるのはなぜか、としもちゃんは問いを戻します。いなけんさんは、交換手段である以上、お金の価値は何かとの比較で相対的に落ちるはずだと考え、お金とは違う何の価値が上がっているのかに注目しようと提案しました。
しもちゃんが挙げたのは、人のつながり、オフラインのコミュニケーション、コミュニティです。小さなコミュニティが乱立するような気がする、とも話しています。
いなけんさんは、それらは換金しても得られないものだと受け取ります。1万円を払って「友達になりました」という関係に本当に価値があるのか、という例えです。
しもちゃんも前職で一緒だったっていう、たまたまなんか奇跡的な巡り合わせで出会いまして、この関係性になったわけでさ。
話がとりとめもなくなり、いなけんさんが「我々のない知恵で考えても浅いところまでしか届かない」とこぼすと、しもちゃんはこれを否定します。抽象的な問いは知識の有無ではなく、どこをつまみ、どこを抽象化するかの問題だという考えです。
ただこういうめちゃめちゃ抽象的なことって、ヒントなんか世の中にそんなんめちゃくちゃ落ちてると思うんですよ。
AIで稼ぐのが「イージーゲーム」になったら何が起きるか
いなけんさんは、働かずにお金を得る手段もあるとしたうえで、ひとまず時間を投下して給料や報酬を得る労働に絞って考えます。そこで示したのが、AIでお金を稼ぐことが「イージーゲーム」になるという図式です。
これまで10の労力で10万円もらえていた作業が、AIで半分の労力でできるようになれば、2倍楽に10万円を得られます。同じ10の労力をかければ20万円もらえるかもしれません。
ただ、このイージーゲームは自分以外のところでも局所的に起こります。イージーゲームで稼ぐ人がたくさんいれば、相対的に貨幣の価値は落ちるのではないか、といなけんさんは考えました。
AIで効率化
10の労力でしていた作業が5の労力でできる
稼ぎが倍に
同じ10の労力で、これまでの2倍稼げるかもしれない
周りも同じ状態に
イージーゲームで稼ぐ人があちこちに現れる
貨幣価値が下がる
お金の価値が相対的に落ちる
しもちゃんはこの構造を認めつつ、できない人も出てくると指摘します。AIで代替された部分しかできない人には、市場がもう仕事を供給できなくなるのではないか、という見立てです。
今まで仕事と名付けられてたものはほぼほぼAIに代替されて、多分ここからってもうほぼ発想ゲーになっていくと思うんですよね。
しもちゃんは、着想が苦手な人とAIのどちらを採用するかと問われればAIを使うだろうと話し、仕事ができること自体がひとつのステータスになるかもしれないと続けます。国家がある限り見殺しにはできないので、ベーシックインカム ── 政府がすべての人に、条件を付けずに一定額のお金を定期的に支給する制度の構想。各国で議論や社会実験が行われていますのようにお金を配る形になるのではないか、とも話していました。
いなけんさんは、スキルによる面接でのスクリーニングのように、似たことはすでに起きていると返します。資格がなくても始められるUberのような働き方も、自動運転などに置き換われば、人がそのゲームにすら乗れなくなるかもしれません。
いなけんさんの見立てでは、AIの進化に比べて社会のOSが変わる速度は遅いため、短期的にはあぶれる人が出てくる可能性があります。一方で人のつながりを意図的に設計すれば、お金はないけれど平和な社会もありうる、と空想を広げていました。
フリーランスは年収を逆算しないのか
いなけんさんは、今の段階でお金は捨てられないとしたうえで、フリーランスのしもちゃんに、目指す収入から逆算することはあるのかと尋ねます。しもちゃんの答えは「逆算はない」でした。
結構気持ち悪くないですか?逆算あったら逆に。だってほんまにしたいんかっていわれたら多分したくないでしょ。
いなけんさんは、YouTubeなどでは月収や年収でランク付けし、次の大台から逆算するフリーランス像がよく流れてくると話します。しもちゃんは、そうした目標は出そうとしても出てこないと答えました。
生活できるだけの収入は必要で、お金はあればあるだけいい。しもちゃんはそこには同意しつつ、お金は単体では目標にならないと考えています。
お金これぐらいだったらこういう生活ができる、だったら、まあなんかKPIとしてお金の月収をね、設定するのはわかるんですよ。
でもなんかやっぱお金、年俸でいくら稼ぎたいはちょっとむずすぎる。できる人逆にすごいなと思って。
1年ほど話してきたいなけんさんは、しもちゃんは稼ぐためではなくライフスタイルを得るためにフリーランスを選んでいて、収入は副産物なのではないかと整理します。しもちゃんは稼ぐことに力点は「全くない」と認めました。
ただしもちゃんは、辞めた理由を後から語ることには意味がないとも話します。振り返るときの気持ちは変わるので、当時の考えより、その決断を正解にできるよう今やるしかない、という姿勢です。
過去ふくよかに振り返る時間あったら今に集中しろよと思いますよ。
プレッシャーの苦しみは悪いものなのか
いなけんさんは、しもちゃんが以前「プレッシャーがきつい」と話していたことに触れます。会社に属していれば保証されるものがない、ヒリヒリ感も含めての話です。
しもちゃんはプレッシャーがあることを認めつつ、苦しみに出会うたびに、自分が持っていながら気づけなかった前提に出会えると話します。収入の不安定さも、価値を提供し続ける限り相手は払い続けてくれるはずだ、と捉え直していました。
なんか見えなかった前提が見えてくるから、まあ別に苦しみ、うん、いいかなと思ってますけどね。
いなけんさんが「プレッシャーがきついという話はネガティブ寄りではなかったのか」と確かめると、しもちゃんは「もちろん」と答えます。ネガティブに解釈できるということは、ポジティブにも解釈できるという考え方です。
「足りないのは覚悟ぐらい」と言われたら、覚悟とは何か
最後の話題は覚悟です。しもちゃんは仕事中、外部から同じチームに入っている一回りほど年上の人に、こう言われたといいます。
(仕事中に)「しもちゃんさんに足りないの、まあ覚悟ぐらいじゃないですか」みたいなことポロって言われたんですよ。
その人の言葉は、前提知識など足りない部分を掘り下げるのではなく、あとは覚悟を決めてやるだけではないか、というニュアンスだったそうです。しもちゃんはそこから、覚悟とは何かをずっと考えていました。
しもちゃんはAIと対話しながら、覚悟の捉え方を少しずつ更新していきます。
しもちゃんは、状況的に明らかに違うのに、周りが全員Bと言っている中でAを突き通すのは覚悟とは違う気がした、と話します。だからこそ、境界線のない感覚の問題だと考えました。
いなけんさんはこれを、自分が最後に責任を取るというラストマンシップ ── 「自分が最後の砦である」という意識で、最終責任を引き受けて仕事に臨む姿勢を指す言葉。企業の経営者が使ったことで広まりましたに近いと受け取ります。
さらにいなけんさんは、大好きな本として吉田松陰の『覚悟の磨き方』を勧めます。しもちゃんは「自分の中でしか答えはない」と読まない姿勢を見せつつ、最後は「いつか読んでみよう」と返していました。
まとめ
AIとお金の関係を考える雑談は、仕事の意味、価値の測られ方、収入観を経て、他人に委ねない感覚としての覚悟にたどり着きました。答えを出すより、問いの立て方そのものを楽しむ回です。
- しもちゃんは、AIの登場で仕事が消えるのではなく人の役割が変わると捉えている
- 保育士とコンサルの給料差を、いなけんさんは「価値が測れているかどうか」の違いとして整理した
- AIで稼ぎがイージーゲームになると、相対的にお金の価値が下がり、発想できる人だけが仕事に残る可能性が語られた
- しもちゃんは年収を逆算せず、収入はライフスタイルの副産物として捉えている
- 覚悟とは、最後に何を大切にするかを他人に委ねない感覚だというのが、しもちゃんの暫定的な答え






