ゲームダンジョン終演直後、蝉の鳴く屋外で
今回の収録は、インディーゲームの展示イベント「ゲームダンジョン」が終わった直後に、屋外で行われました。ゲストは、同イベントに出展していた『メンヘラリウム』の開発チーム、テスカトリポカのお二人です。
ゲームディレクターにききました。この番組はゲームクリエイティブのゼロイチ、つまり企画が生まれて形になっていくその瞬間を、ディレクターご自身の口で語っていただくポッドキャストです。
今回も、ゲームディレクター研究会の宮田です。
はい。ゲームディレクター研究会、塩川です。よろしくお願いします。
ということで、今、外なんですけど。
そう、蝉の音がしてますけど。
そもそも今回、ゲームダンジョンの終わりっていう形で。
(ゲームダンジョンが)終わりなんで外にいるんですけども。ゲストをお二人ほどお招きして、お送りしたいと思います。
ゲームダンジョンに出展していた、メンヘラリウムのチームをお呼びしております。
自己紹介をお願いします。
テスカトリポカで代表やってました。あとエンジニアもやってます。ぺっつと申します。よろしくお願いします。
同じく、テスカトリポカでプランナーやっておりました、ユキと申します。よろしくお願いします。
メンヘラリウムを手がけたテスカトリポカさんのお二人をお招きして、今日はゼロイチについて話を聞いていこうと。
今まで結構、歴戦の方々(がゲスト)で。今回は最若手ですかね、今のゲストの方だと。
おそらく。実年齢はわかんないですけど、多分そうだと思いますけど。
「血を抜かれる」チンチロ、メンヘラリウムとは
じゃあ簡単に、メンヘラリウムの説明をしてもらってもいいですかね。
このゲームはですね、まずメンヘラな女の子に監禁されて始まるゲームなんですけども。突然チンチロをさせられて、チンチロをするたびに血を抜かれるっていう風になっております。
血を抜かれると自分の血が減っていくので、死なないように何日間か生き延びようといった、そういった感じのサバイバルゲームになっております。
結構話題になってますよね。
だいぶ設定がぶっとんでるし。絵もね、インパクトがある、点滴みたいなのがありますけど。今日もちょうどTシャツを着られてますけど、なんすかね、これ包丁?
これはあれですね、時計仕掛けの。
パロディですね。
あ、あれですよね。だいぶやばいキャラがガンガン立っておりますけども。
このタイトルがどうやって生まれたかを掘り下げながら、お二人からゲームのゼロイチのヒントを聞き出して、皆さんにお届けできればなというふうに思っております。
「インディー速っ!」出展6回目で見えた界隈の変化
我々出展した直後だったっていうところなんすけど、ゲームダンジョン、どうでしたか?
私たちがゲームダンジョン出すのが6回目とか、だいぶ回数。そんなに出ないか。少なくとも4、5回。ゲームイベント合わせたら本当に6回は超えてるんですけど。
それでもいまだに「なんか面白そうなゲームある」って見に来てくれる方もいたり、「ずっと追ってるんです」って方もいて。何回も出す価値はあるなって感じの、すごいあったかいイベントだなと思いますね。
ちょっとずつファンがついてきたみたいな感じですか?
そうですね。今日も「イラスト描いてきました」みたいな方もいらっしゃったり。
「(Nintendo)Switch(版)楽しみにしてたんですよ」「グッズ出したんですね、買わせていただきます」みたいな、すごいありがたいお客さんもいっぱいいたりして。
イラスト描いてきましたとかあるんですね。
どういうことですか?
スケッチブックみたいなのを開いてきて、「今日のために描いてきたんです」って方が1人いらっしゃって。
え、熱い。嬉しいっすよね。
塩川さんどうでした?ゲームダンジョン。
最近は、(ゲームダンジョンで)「本読みました」とかって方が来ますね。最近ちょっと多くなりました。
あと、(ゲームディレクター)研究会に行こうと思ったんだけど日程が合わず行けません、みたいな。学びの活動が認知されてきてるのも、出展しながら聞いて、嬉しいなと思います。
逆に、なんか面白い作品とかありました?なかなか遊びに行けてないですからね、出展側だと。
そうですね。挨拶回りだけでも済んじゃうような感じであったんで、あんまり遊べはしなかったです。
私も同じ感じで、今日はぺっつ君と2人で出展だったんで、本当に挨拶回りばっかだったんですけど。何個か見て、イラストがインディーでもすごい強くなってきてるなってのがあって。
前だと結構インゲームの面白さって感じだったんですけど、ちゃんとアウト(ゲーム)でしっかり面白さ出していこうみたいなのが増えてきてて。
パッと見の画面だけで「おもろそう」って引き込まれるゲームは、ちょっと増えてるんじゃないかなとは思いましたね。
最初にメンヘラリウムが出展された頃から、もう2年とか経ってるというところですけど、インディーゲームの界隈なのか、ゲームダンジョンでの出展なのか、変化感じますかね。
出展し始めた時は多分まだ1フロアの開催だったと思うんですけど、今は大体2フロア開催が定番になってて。多分年1で3フロア開催になってたりとか。
2デイだった時もありましたもんね。
インディーをやってる方が本当に増えてきてるなっていうのと、趣味の範囲で楽しんでらっしゃる方もいますし、やっぱり売りたいんだなっていうのを感じる作品も結構増えてきてて。
すごい界隈が賑わってていいなというのは感じます。
新しい方もすごい増えたな、出展者増えたなっていう印象でしたけど、どうでした?
本当に実際、学生さんまでが結構参入してきてるんですよ。自分が今年で25なんですけど、2000年生まれなんです。
それよりさらに下の2006年生まれですみたいな人たちがゲーム出してて。まだまだ自分はもっと上の世代に追いついていくぞと思ってたんですけど、もう追われる側になってて。
いや、インディー速っ!みたいな感じはすごいしますね。
実は「3作目」だったメンヘラリウム
そもそも第1回の出展の時は、それぞれ学生のタイミングですよね。
もう社会人にはなってましたね。
(作り始めたのは)社会人○年目の頃ですね。
書き起こしでは次の発言が塩川さんのものとして記録されていますが、内容と、後に櫻井さんが「今さっきぺっつ君が言った通り」と受けていることから、ぺっつさんの発言として扱います。
リリースしたのは1作目なんですけど、実は僕らが内々で作ってたのは3作目。1作目は、それこそ卒業した年に作り始めたんですけど。
仕事の忙しさとかもあって、今出しても旬を逃したなっていうので一回作り直して、2作目でホラーゲームとかを作ってたんですけど。
それも、この規模感をインディーで作りきるのは正直無理だなっていうような案になってたんで、もう一回取り壊して。
ちゃんとSteamでのリリースを目指して作り始めたのが、このメンヘラリウムで。それが社会人2年目の時ぐらいになってたっていうような感じです。
でも今の話、すごいいい話で。要は産みの苦しみを、ある意味2ターン経ての3ターン目でっていうところだと思うんですけど。
我々のテーマはゼロイチなんで、もちろん成功してることも大事だけれども、失敗から学ぶことっていうのもすごい大きいかなと思って。
フェーズ1、フェーズ2、フェーズ3とやられてた中で、生み出すところの苦労や、気づいたこと、うまくいかなかったことを順を追って伺っていけると、よりいいかなと。
外から見てると、メンヘラリウムで一発目で急に大成功しちゃいましたみたいな感じなのかと思ったら、実はちゃんと下地になる1作目、2作目の苦労があったっていう。
むしろそこを聞きたいっていうとこなんです。1作目はどんな感じだったんですかね。
1作目と2作目が頓挫した理由
1作目は、Steamで流行り始めていたローグライクに、ノードでスキルをつなぐ仕組みを組み合わせる企画でした。
1作目、ちょうどその時Steamでローグライクが流行り始めた時期ぐらいだったんで、任天堂とかが出しているノードプログラミングみたいな形で、スキルをつないで技を出そうみたいなゲームを作ってたんですけど。
忙しくなったりとかで、そこまでしか進まなかったんですよ。どういった面白さ、どういうプレイ体験になるのかまでたどり着かずに。
ちょっとしたキャラデザとちょっとしたゲームの草案ぐらいができて、パーンと爆散した形になって。
その後のホラーゲームの方は、続きではなくて、半年か1年ぐらい空いて、落ち着いたしもう一回挑戦してみないかみたいな。じゃあ前なんで失敗したんやろかっていうのも踏まえて。まずケツがなかった。
はいはい、締め切りね。
締め切りがなかった。
締め切り大事です。確かに。
デザインも結構中途半端にいろいろ進めてしまって、誰もディレクションしていなかったっていうのもありましたね。
とりあえずなんとなく企画出して、なんとなく座絵出して、なんとなく実装してみて、よくわからんみたいな。物事の定義を何も決めていなかったので、1作目は失敗したんじゃないかなと。
2作目はホラーでやったんですけど、さっきぺっつ君が言った通り、規模感がでかすぎちゃって。チームにそんなにホラーに詳しい人がいなかったので、行き当たりばったりやりすぎちゃって。
納期も、一応ゲムダに出そうって言ってたんですけど、これじゃ間に合わないよってなっちゃって。一旦更地にしようかって形で、案はなくなったって形ですね。
1作目で、ノードのタイプのゲームにしようって思った、そこのゼロイチっていうのは何ですか?
元々僕が学生の時に、就職(活動)の企画で考えてた企画があったんですよ。ノードつないで全てのものをつなげたら面白いんじゃないかみたいな。
当時はローグライクが手を変え品を変えいろいろ出てた時代なんで、こういった遊びをしたらおもろいんじゃないかって、学生時代に考えてたのがたまたまノードをつなぐだったんで。
それを当時のプランナーと一緒に、これ作ったら面白いんじゃないかって持っていって。人が受けやすい形に整形しよう、魅力的なキャラを入れよう、世界観どうする、みたいな話が進んでったって形です。
じゃあ母体となる企画書はあった状態だけど、要は軸がないままみたいな。
学生の企画書なんで。そんなに商業レベルも高くないし、実現性も低いし、詰めないといけないところが多かった企画書ではありましたね。
今の視点で見てみると、その当時の企画書は稚拙だなみたいな感じで。
稚拙で何を言ってるんだこいつは、みたいなのはありますよね。そんなんでゲーム完成するわけないやろ、みたいなのはやっぱありますね。
(企画書の)一部分を抜粋してしまったせいで、他の部分はなかったんで。企画書ってなんだかんだまとまってるんですけど、そこからワン要素抜いただけなんで。
ノードつなげるローグライクおもろそう、だけで行っちゃったんで。まあ、ぐぬぬと。
コンセプトが一切なかったんで、そこが一番の問題だなって感じですね。
1作目から2作目の中で、足りなかったことがプラスになった、積み上げとしてあった部分はどういうところですかね。
1作目から2作目は時期がすぐではないんで、仕事の経験もあって。全員、本業がゲーム制作なんですけど、そもそもの作り方を知らない、基盤がないっていうのがあったんで。
コンセプト決まってなかったら進まねえよなっていうので(2作目を作り始めて)。そのホラゲーは、画面内にニコ動みたいに文字がバーっと出てきて、その反応で出てくる怪異が変わったりみたいな。
その時、『8番出口』とかが流行ってた時代だったんで、そういう感じの遊べるホラゲーを作ろうよって。でも似たようなゲームが出ちゃったり、どうやって面白くするか悩んだりって感じでしたね。
話者は「八番出口とかが書いてた時代」と話しており、文脈から『8番出口』が流行していた時期を指していると読み取れます。
ニコ動みたいなテキストが流れるホラゲーを作ろうっていうアイデアは、どこからどういうふうに生まれてきたんですかね。
もう1人のプランナーが「ホラゲー、俺いいの思いついた」ってパッと持ってきてるんで、ここの2人に答えがないんですけど。でも理屈としてはわかって。
ホラーに影響してくるものって、敵が現れるだったり、ものが壊れるだったり。プラスアルファで、画面上の文字っていう、その場にいない第三者がいるのは目新しい要素かなっていう。
いろいろ(似たゲームが)出ちゃったんで、目新しさなくなっちゃったんですけど、当時は結構いけんじゃない?って感じだったんで、案が出た理由はわかる部分ではありますね。
そこでもまだ、ある種アイデア勝負じゃないですけど、まずはこのアイデアいいんじゃないかってところをとっかかりに走り出したものの、みたいな感じだったんですかね。
それで走り出したんですけど、僕たち的にもジャンプスケアだけでやるのはやりたくないよねって話があって。じゃあどうちゃんとプレイヤーを驚かせることができるんやろっていうので詰まってしまって。
チームメンバーもプランナー2人、プログラマー1人の3人しかいなくて、基本的には自分たちで内製でやろうみたいな話だったんで。
ジャンプスケアなしでホラーで勝負は、そもそも無理なんじゃない?っていうのにぶち当たって、結局なくなったみたいな感じにはなってます。
じゃあジャンプスケアには頼りたくないけど、どう怖がらせるかのホラーの定義があんまりないまま。
繰り返し遊べるゲーム性を想定してたので、(怪異の)種類もいっぱい作らないといけないしっていうところもあって。じゃあ無理じゃない?って、一回またおじゃんっていう形になりました。
そもそもホラー自体にはそんなに興味がなくて、プラスアルファのところが先行しちゃったから、ホラーの怖さってどうだろうって考えた時に、意外とあんま持ってないと。
手持ちで戦える武器はなかったなっていうのが、結局制作終盤ぐらいの時に起こってた内容です。
その元の企画を考えられた方は、ホラー大好きだったんですかね。
好きが故に、ジャンプスケアやりたくないっていうのもやっぱりあったりっていうのは。
なるほどね。好きとできるかっていうのは、必ずしも一致しないところはありますからね。
ホラーはホラーでめちゃくちゃ深いですからね。怖がらせるためには技術も必要な部分がたくさんあるし。
失敗って言い方すると失礼かもしれないですけど、いい失敗を踏めてるのかなって。軸なきままアイデアだけで走ることには、すごく限界がある。
でもアイデアが浮かんで、作りたくなっちゃう、走りたくなっちゃう気持ちもわかるなというところでの、葛藤を垣間見ましたけど。
勝手に感じるものとしては、1作目のやつが3作目にバックボーンでつながってる部分もあるなとは思っていて。
ローグライクだったり、ホラーだったり。
そういった要素が脈々と受け継がれて形になったみたいなとこもありそうだなと。
ダイスの属性魔法から「チンチロで勝負」へ
第1弾、第2弾の経験を踏まえた上で、それがいかにしてメンヘラリウムにつながったのか。企画がある段階より前の、何にもない状態からどうなっていったのかですよね。
本当に一番元は、プランナー陣がローグライトのゲームを作りたいっていうのが最初にあって。まだ世に出てないジャンルは何だろうっていうので、チンチロが選ばれたんですけど。
最初はダイスの目に属性みたいなのが書いてあって、それを揃えて攻撃をしてみたいなのを作ってたんですけど、ある程度モックアップが出来上がった段階であんまり面白くなくて。
これならもう本当にチンチロをベースにしたゲームにした方がいいんじゃないかっていうので、出来上がったのが、メンヘラリウムの一番最初の部分っていうような感じになります。
じゃあ最初はファンタジーみたいな世界観だったってことなんですか?その属性って。
魔法を使ってみたいな形のも。でも、やっぱりあんま面白くなくてっていうのがありました。
時代感的には、何々×ローグライトみたいなのがいろいろあるじゃないですか。どの辺が出てた頃に。
『Buckshot Roulette』がちょうど(出た頃です)。元々のメンヘラリウムのベースも、本当にBuckshot Rouletteみたいなゲーム画面がそもそもあったんですけど、いろいろあって今の形になっています。
いろいろ生まれてたタイミングですもんね。こういうのもありかみたいな、ショートな作品とか含めて。その中でやってみたけど、なんか違うなみたいな。
チンチロをベースにしようとしてたんですけど、一番最初に作ってた段階のやつでは、もう見る影もなかったんで。であれば本当にチンチロで勝負した方がいいんじゃないのって、今のに変わったって感じですね。
「メンヘラが血吸うのどう?」深夜のブレストと絵の力
チンチロのところまで来て、まだコンテンツのところは今のところにはなってないですよね。
メカニクスの話として、ローグライクとチンチロまでは分かりましたと。どっからメンヘラ来ましたか?
今まで2回失敗してたのって、締めがなかったんですね。イベントに出ようみたいなのもあったんですけど、ちゃんと申し込みをしてみたいなのがなかったんで。
次作るやつは絶対出そうっていうので、作る前の段階ぐらいでイベントをもう2個ぐらい予定に入れてて。
本格的に稼働しますってなった時に、元々のチームがプランナー2名とプログラマー1名だったんで、ちゃんとデザイナーを入れないと、世に出せるゲームにはならないんじゃないのって話になって。
ゲームクリエイターズギルドの方でメンバー募集させてもらって、入っていただいたのが今のUIデザイナーの方とアーティストの方なんですけど。
本来は、血をかけた、それこそBuckshot Rouletteみたいな世界観のゲームを作ろうとしてたんですけど、結構可愛いイラストを描ける方が来ていただいたんで。
その女の子と今の世界観をいろいろ合わせた時に、メンヘラの女の子に血を吸われながらチンチロやろう、みたいなベースが出来上がったって感じですね。
じゃあ結構後天的なんですね。そこは来たデザイナーの方の得意なこととか。
血をかけるって部分なんですけど、ゲームの中でお金をかけても、そんなに緊張でピリピリしなかったんですよ。お金失ってゲームオーバーになる、も理屈つけたらつながるんですけど。
やっぱ(プレイヤーを)殺したいっていうのがあったんで、血っていうのは最初にあがったんですよ。で、血をかけるモチーフって何だろうみたいな。吸血鬼だったり、いろいろあるじゃないですか。
いろいろ案が出た中で、セイレーンにして人魚の血を巡るとかだったんですけど、なんかしょっぱいな。ナースとかにして、ナース可愛かったんですけど、あんまりフックになりえないなってなって。
「メンヘラが血吸うのどう?」って。誰が言ったかあんま覚えてないです。ポンって出てきて、割とみんながもう「それやな」みたいな雰囲気になって。
本当に夜中の1時2時ぐらいまで話し合いをしてたんで、みんなよくわかんないテンションには。で、「これや」ってなって、今の形っていう感じです。
じゃあ世界観の部分は、チームでのブレストの中からポンと生まれてきたみたいな。
結構話し合いしながら。イラストレーターの方も「こういうのどうですか?」みたいな感じでパターンを上げていただいて、みたいな形だったと思いますね。
絵によって固まってくる方向性みたいなのもあったりするんですかね。
メンヘラリウムにおいては結構ビジュアルで。元々はストーリーの要素ってほぼほぼ入ってなかったんですけど。
ああいう可愛いビジュアルでゲームを出すってなると、ユーザーの期待値的には女の子とやりとりするみたいなのが求められてるなって感じたので。
選択肢で好感度が上下するようなシステムだったり、エンディングの分岐を入れてみたり、みたいなことになってきてるって感じです。
元々2作目のホラーも、多分3Dですよね。想定してた最初のチンチロもBuckshot Rouletteとかで、3Dのああいった硬派な世界観だったのが。
イラストレーターの方が入って、このキャラ絵がボンって来て、こういう方向あるぞみたいな。
イラストレーターの方に寝そべってるパターンみたいなのを用意してもらって。最初は地べたに座ってるパターンとかもあったんですけど。
ゲーム画面をあんまり表示できないっていう制約とかもあって、それやったら寝そべらせたらっていうので、今のビジュアルになってたりとかしますね。
メカニクスが強いクリエイターの方が、アートの方と組んで跳ねる、爆発するっていうのは割とインディーで(ありますね)。
確かに、化学変化っていう。でも今のお話を伺うと、2段階の失敗を経て、ゲームプレイをしっかり軸として、土台として建てることを最初にやられて。
チンチロ×ローグライトっていうところが明確に組み上がってるのが、第1弾との大事な違いなのかなと。そこは紙で決まってったのか、プロトで決まってったのか、どんな感じでした?
僕が作るのが早い方のプログラマーだったんで、プランナーに(案を)出してもらって、それをもう結構早めに実装して確認してもらって、みたいなパターンですね。
一旦すぐ見れる状態にして、やって、手応え的に「これいけんじゃね?」みたいな感じになったってことですよね。
その前までなかったビジュアルとかも入って、「これなら」っていうので進んでいったみたいな感じになります。
何もないまま出展を申し込み、詐欺スクショで走った
メンヘラリウムがゼロからスタートして、ゲームメカニクスが固まるまで、どれぐらいかかりました?
それが多分、大体3、4ヶ月。
1月には固まってたから。10(月)から始まって1ヶ月ぐらいなんですよ。
1、2ヶ月ぐらいですかね。ゲームダンジョンとかに出ないといけない、もう申し込みはしてるんで、どうにかビルドを出さないといけないっていうので、本当に夜な夜な開発をしてみたいな感じでしたね。
企画がある状態じゃなくて、とりあえず(イベントに)出るからスタートしたってことですか。
そうですね。もう締めがあるので、完成をさせないといけないっていう。
確か2月の出展だったんですけど、年末の段階だととても出せるような見た目じゃない状態だったんで、本当にやばいってなって。僕がバーって作って、足りないものを全部プランナーの方に投げて、どんどん作っていくみたいな感じです。
そこで強制力が働いて、1、2ヶ月でワーッとゲームを固めて。最初の出展では絵はなかったんですかね。
もうついてはいたんですけど。今のメンヘラちゃん自体が多分○代目になってて、実は結構作り直しをしてたので。
最初の方のプレスリリースを見てもらうと、全然ではないですけど、違うメンヘラちゃんが写ってたりします。
とりあえず仮で出したのか、評判が悪かったから直してったのか、どういう遷移で(メンヘラちゃんを)変えてったんですかね。
イベント出展にあたってスクリーンショットとかも出さないといけなかったんで、ビジュアルをとりあえず一旦作らないといけないってなって。
そもそも3、4ヶ月ぐらいで作って出しちゃおうみたいなボリュームだったんですけど、初めて情報を出した時から結構いろんな方に反応していただけたんで、これはちゃんと作らないといけないなってなって。
アニメーションとかもいっぱい用意して楽しんでもらえるようにしようってなった時に、デザイナーの方がLive2Dを作れるっていう形だったんで、Live2Dモデルに切り替えが入って。
さらにそこからアニメーションが増えてった時に、今のままじゃダメってなって、今の(メンヘラちゃんへの)更新が入ってっていう感じでした。
じゃあ反響を踏まえた上で、この期待に応えるにはこうしなきゃ、みたいなことが大きかったってことですか。
結構大きかったですね。
一番大きな反響が最初にあったのは、どのタイミングなんですか?
一番最初に、プレスリリースを自分たちでいろんなところに送らせてもらって。ファミ通さんに取り上げてもらった記事のツイートが、確か○万ビューとかいってて。
そこからウィッシュリストも近いうちに○万とかに出てたんで、これはちゃんとしないといけないぞっていう。
それどれくらいのタイミングですか?最初の展示が2月ぐらいですよね。
最初の展示が確か2月で、その前の年の12月とかに情報は最初に出しててっていう感じです。
横たわってるビジュアルっていうのが、あんまりまだなかったと思うので、それで結構いろんな方に反響いただいてっていうような話です。
じゃあ反響したタイミングだと、まだ実際(ゲームは)影も形もあんまりない状態。
そうですね、これ動いてないぞっていう。最初にSteamのページも一応用意してたんですけど、全部フォトショとかで作った詐欺スクショだったんですよ。
本当はやっちゃいけないんですけど、Steamの規約的には。
詐欺スクショの状態だったんで、これはやばいと思いながら、泣きながら、年明けてどんどん作っていったっていうのは覚えてます。
いいですね。締め切りが大事っていうことが、第1弾、第2弾を踏まえた上でのっていうのと、何もないけどとりあえず出すっていう、その勢い、覚悟が結構大事かなっていうのもありますし。
「メンヘラと過ごす場所やからリウム」タイトル誕生
あと、反響という意味でもう一個絶対聞こうと思ってたのが、タイトルかなっていう。このタイトルのパワーも結構デカかったのかなとは思うんですけど、どうやって生まれたんですかね。
タイトルは結構ちゃんとブレストしていて。最初はメンヘラっぽさとかチンチロっぽさとか考えてたんですけど、読みにくかったり検索性が悪かったりで、そんなに案が出なかったんですよ。
で、うちのプランナーが「メンヘラと一緒に過ごす場所やねんから、リウムやろう」って。メンヘラとリウムでメンヘラリウムやろう、語感もいいし、これでええやろってなって。
みんな考えるの疲れてたんで、3時ぐらいで決まるの。「うん、それでいこう。語感いいし、3時でもすっきり頭に入ってくるしいいでしょう」みたいな感じで。
意外とヌルッと決まったタイトルだったんですけど、そこはプランナーがクリティカル出してくれたおかげっていうのはありますね。
ブレスト×深夜クオリティに頼ってる部分が(あります)。ほぼ深夜に決まって。
みんな仕事がある状態なんで、基本的に集まってくるのが9時とか10時からで、大体2時とか3時ぐらいまでやってたりするんで。
決まったことも本当に深夜テンションで決めてることが多いですし、次の日になって「なんでこれになったんやっけ」みたいなのが結構よく起きてました。
兼業チームで「足りてないよ」を送り続ける
その時の拠点はどこで集まってたんですか?
Discordで週3は集まるようにしてたんで。締め切りが近くなると、基本的には毎日来れるなら来ましょうみたいな感じでずっとやってましたね。
リモートでやってるけど、みんな繋いで、ある種この間はやるんだぞみたいな。その辺の強制感じゃないけど、やっぱり大事ですよね、そういう部分が。
でも作ってて思ったのが、僕らはお金を分けてやってるわけじゃなくて、売上が入ったら分けましょうみたいな感じだったんで、「やってください」って強制が結構しづらい状態だったんで。
仕事しながら作るの大変だなっていうのは色々感じました。
そこの分配だったんで、あいつが頑張ってるから俺もやらなあかんな、みたいな自分の強制力としてはあるんですけど、仕事が忙しくなってくると10時超えるんですよ。
だからリーダーから「今日来ん?」みたいな感じでメッセージが飛ぶんですよ。「すいません、仕事遅れてます。11時ぐらい参加になります」「じゃあ俺先寝てるから、これ決めといて」みたいな。
とにかくスピード感を大事に進んでったんで、自分で律しながら、「これ早く出してもらっていいすか?」みたいな感じで進めた開発ではありますね。
いや、でもリーダーのこれ、マネジメントがかなり効いてますね。
締め切りがあるし、ユーザーの皆さんの期待には応えないといけないっていうのは思ってたところなんで、すごい心を痛めながら、「これ足りてないよ」っていうメンションをずっと送り続けるみたいなことをしてました。
いや、でも向いてますよ、リーダーにね。心が痛くなると送れなくなっちゃう人いますけど。
常にダンジョンとかに申し込んで、毎ダンジョンで一応アップデートを出してく、みたいなのはしてた感じですね。
基本的には出れるイベントにはほとんど全て出た状態で、ショップのUIとかも、一回しかイベントで見れないショップがあったみたいなのが割とあって。
幻のショップ。
幻のね。フォルダで「NEWNEWショップ2」みたいな。
なんだこれみたいな。
ファイル名どうしようみたいな、すごい適当に管理されてたんですけど。イベントに出るごとに、ユーザーがどういうフィードバックをしてるかなって、みんなで見て。
ここで詰まってるってなったら、みんなでDiscordで掛け合って、それを修正して次のイベントに持っていく、みたいなのをずっと繰り返してたような感じではありました。
成功の要因は「イベント出展」と「組閣」
時間の関係もあって、まとめをしたいんですが。第1弾、第2弾の失敗を踏まえて第3弾がうまくいった、一番の要因は何だったかを、個別の意見で構わないので教えてほしいなって。
個人的には、イベントに出たっていうのが結構でかかったなと思ってて。締め切りができるっていうのもそうですし。
自分たちでプレイしてると、ここは全然つまずかないだろうと思ってたんですけど、イベントに出てみると、そこでいろいろ詰まってたりして。
そこで問題を事前に見つけて、リリースまでにどんどん解決をしていったので、イベントに出るっていうのは大事なことなんだなっていうのは、この制作をもって思ったことになります。
第1弾、第2弾では叶わないままだったけど、メンヘラリウムでは早い段階でお客さんに見せることができた結果、いろいろできたと。
ぺっつ君が結構真面目なこと言ってくれたんで、変なこと言うんですけど、組閣です。
組閣。なるほど。
チーム組閣ですね。1作目、2作目は、デザイナーがいないんで、身内だけで集まってたんですよ。それはダラダラやるじゃないですか。お金もかかってないしで。
3作目でデザイナーに外から入ってもらって、完成させて利益を分配しますと約束までしてるんで、否が応でも頑張るんですよ。この人ら来てるし、またすごい人ら来てくださったし。
それで失敗しておじゃんになるのは良くないよなってこともあって、3作目で結構頑張れたなってのは自分の中ではあったんで。最初にチームメンバーをガッツリ固めて。
「やればできる」って、結構限度があると思うんですよ。プランナーが絵描くって言っても限度があるんで、そこはデザイナーさんに来てもらわないと。
やればできるラインをどこまで伸ばせるかは、チームの柔軟性にも繋がってくるなってのは、3作目ですごい感じたところではありますね。
最初から(売上の)分配とか、リリースするってことはもう決まってたっていうのも一つあるんですね。
もう募集文に「Steamでリリースします。売り上げは分配です」って書いて、ゲームクリエイターズキャンプの方に掲載させてもらったって形ではありますね。
それは確かにプレッシャーにはなりますね。
お二人の話、両方とも退路を断つじゃないけど、リリースするんです、分配するんです、お客さんに見せるんです、イベントにもう申し込んだんですって、逃げ道を削ったことが集中につながったのかも。
兼業でやってたんで、怠けようと思うといくらでも怠けれる状態だったんで。自分たちで退路をどんどん断って、どうにか1年ぐらいでリリースができたっていう状態ではありますね。
いや、そこはね、非常にヒントがありますよ。ずるずる言ってる私が言うのもあれですけど。
身につまされて。もっとプレッシャーをくれと。
もっとプレッシャーをくれ。そういうことかもしれないです。自営業の悪いところかもしれないです。
「まずイベントに応募する」が企画を固める
でもヒントにめっちゃなるかな。これからゲームを作っていきたい人も、準備ができたら出しましょう、発表しましょうではなくて、もはやまず発表する。ないしは、まず募集要項を書いて。
何もできてない状態でイベントに応募を僕はしてたんで。作るんだという強い意志で。
何もできてなくてイベントに応募する。
サムネイルを作る。こんなゲームにしたい。それでコンセプトとかも固まってきますからね、自然と。
Steamのスクショを作るためには、(中身を)決めないと5枚用意できないですからね。
どんなゲームかの5枚。それで決まってくると、確かに固まりますね、ゲームは。
あと、イベント出展するってなるとキービジュアルも登録しないといけなくなるんで、キービジュアルもできてきまして。
タイトルもね、登録しないといけないし。ゲームの説明文も書かないといけないですからね。
結局、本当にイベントに出ないといけないから、もうできたっていう状態ですね。
結構面白いですね。スタートアップとかでも、初めにサービスのプレスリリースを書けって言われるんですよ。書くためにコンセプトが詰まっていくからみたいな。何が一番の売りかみたいな。
確かに、自分が昔アメリカでゲーム(制作)してた時も、Game Informerっていうアメリカの有名なゲーム雑誌に掲載された時の記事を先に書けって。
要は日本で言ったら、ファミ通に載った時にどんな見た目になってるかを、まず先に作れっていう風にやってました、そういえば。
先にコアの部分が、どうやってお客さんの目に届くのか、みたいな。
そこは結構原動力になるっていう意味では。
一つ共通するヒントなのかなと思いましたが、まあ話が足りないですよ。まだまだまだまだ。
メンヘラリウムのチームからは、これまであまりインタビューを受けてこなかったため、出せる情報はまだいろいろある、という趣旨の発言も出ていました。
ちょっとまだどっかでやりたいですね。毎回そんな話ばっかしてるんで。
全然語り足りないし、自分も同じ作り手として気になることがめっちゃいっぱいあるんで、ぜひまたどこかの機会でやらせていただければと思います。
今回は、ゼロイチの本当の最初のとっかかりのところで。
そう、いいんですよ。もう綺麗な話を聞きたいわけじゃないんで。
そうですね。生々しい話をしたい。
30万本売れたみたいな綺麗な話じゃなく、どうやって泥水をすすりながら這い上がってきたかが、聞く人にとっても一番参考になると思うんで。
そこは塩川さん的にも、今回はプレッシャーが必要だと。
プレッシャー必要。自分にとって学びになりました。とりあえずまず応募するっていう。めっちゃ学びになりました。
すいません、話足りないんです。申し訳ないですが。
メンヘラリウムのお二人でした。ありがとうございます。
ゲームディレクターにききました。また次回よろしくお願いします。
まとめ
『メンヘラリウム』は、テスカトリポカにとって実は3作目の企画でした。コンセプトがないまま走り出した1作目、規模とホラーの武器不足でつまずいた2作目を経て、3作目では先にイベント出展を申し込み、外部からデザイナーを迎えて退路を断ったと語られています。チンチロ×ローグライトの遊びを早く形にし、イラストの力でメンヘラという世界観とタイトルが深夜のブレストから生まれました。何もない段階で応募し、スクショや説明文を用意する過程でコンセプトが固まっていく、という話は聞き手の塩川さんにとっても学びになったようです。
- 1作目はコンセプトと締め切りがなく、2作目は規模が大きすぎてホラーで戦う武器が足りなかった
- ダイスの属性魔法から「本当にチンチロで勝負」へ切り替え、アーティストの加入でメンヘラの世界観が生まれた
- ぺっつさんは「イベント出展」、櫻井さんは「組閣」を成功の要因に挙げた
- 何もない段階でイベントに応募すると、スクショやキービジュアル、説明文づくりを通じてゲームが固まっていく




