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s1-6 ヒップホップは、踊る音楽から“現実を語る音楽”になった——Grandmaster Flash、Run-D.M.C.、Public Enemy、A Tribe Called Questを3人で掘った80年代最終回 【必然の音楽】
2026年9月14日 06:00·37分
ヒップホップは、最初から「社会を語る音楽」だったわけじゃない。
パーティーで人を踊らせるDJと、その場を盛り上げるMC。
そこからラップは、街の現実を語り、怒りをぶつけ、政治を批判し、自分たちのルーツを探す表現へと変わっていきます。
80年代編、ついに最終回。
今回はまず、前回話し忘れた(笑)はっぴいえんどからスタート。
日本語でロックを鳴らし、その後のYMO、歌謡曲、シティポップへとつながっていく日本の音楽史を寄り道したあと、いよいよヒップホップの80年代へ。
1977年のニューヨーク大停電、Grandmaster Flash『The Message』、Run-D.M.C.とAerosmithの『Walk This Way』、Beastie Boys、ギャングスタ・ラップ、Public Enemy、そしてA Tribe Called QuestやDe La SoulらNative Tonguesまで。
「悪いラップ、社会風刺ラップ、ちょっとインテリラップ」
いつもの3人で整理していくうちに見えてきたのは、ヒップホップがわずかな時間で、とんでもない速度で多様化していったことでした。
楽器が弾けなくてもいい。
楽譜が読めなくてもいい。
すでにある音をサンプリングして組み替え、自分の言葉を乗せれば音楽になる。
それは単なる新ジャンルの登場ではなく、「誰が音楽を作れるのか」という前提そのものを変えていく出来事だったのかもしれません。
そして話は、80年代そのものへ。
華やかな消費文化の裏側で広がっていた貧困、格差、失業、社会の分断。
キラキラしているのに、同時にものすごくドロドロしている。
なぜ80年代には、こんなにも極端な音楽が次々と生まれたのか。
音楽をほとんど知らない和さんの「人間って難しいな」という一言から、なぜかサラリーマンの生き方、SNSの「いいね取り」、人間の幸福まで話が広がっていきます。
80年代を3回にわたって掘ってきた『必然の音楽』。
最後まで脱線しながら、いよいよ次回、90年代へ。
福の神「こんなの一生続かねえよな」
そんな空気から始まる90年代の直前まで、一緒にどうぞ。
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