CANTEENは何を手がける会社なのか
CANTEENは2019年に創業した会社で、ヒップホップを中心にアーティストのマネジメントを手がけています。野村さんはまず、11月17日の東京ドーム公演で引退するTohjiさんをはじめ、多くのアーティストと関わるこの会社の全体像を尋ねました。
遠山さんによると、CANTEENには現在4つの事業部があります。創業時からのアーティストマネジメント、ダンスミュージックのDJや海外進出するアーティストを支援するグローバルアーティストサービス、映像や3DCGデザイナーを抱えるクリエイターマネジメント、そして遠山さん直下の経営管理やフェス運営のチームです。
遠山さん直下のチームは、経済産業省のIP360の事務局の一部も担っています。扱う金額としては補助金関連が大きいものの、ビジネスとして最も大きいのはライブアーティストのマネジメントだといいます。
グループには、馬喰町のギャラリーCONやイベント制作会社もあります。CONは現代美術のペインターや彫刻家をマネジメントし、海外のアートフェアにも出展しています。
自分たちの身の回りにいるクリエイターとかアーティストがうまく活躍できるような機能を揃えていくっていう感じで、いろんなビジネスだったりとか、事業を展開してるっていう感じです。
事業の出発点はTohjiさんでした。遠山さんは、Tohjiさんがどうやったらうまくいくかを考えるところから始まり、最初は制作やプロデュースだけでなく送り迎えのようなことまでしていたと振り返ります。
いろんな仲間が周りにコミュニティがあって、それをこう支えたり、そのまま成長するように手助けしてたら、まあこんな感じになったっていうのがなんとなく流れです。
原盤権100%モデルと、日本の「三者間契約」はどう違う?
CANTEENのビジネスモデルで特殊なのは、アーティストが原盤権 ── 楽曲の録音物(マスター音源)に関する権利。従来はレコード会社が制作費を出す代わりに持つことが多く、配信収益などの分配に大きく影響しますを100%持っている点です。遠山さんはこの仕組みを説明するため、まず日本の音楽業界の構造から話し始めました。
遠山さんによれば、アメリカでは職種ごとに組合や免許があり、担当できる範囲が細かく分かれています。広告業界でも海外はPR、ブランディング、メディアなどが分業されているのに対し、日本は大手代理店がまとめて手がける構造で、音楽業界もそれに似ているといいます。
さらに日本の音楽業界では、メーカーが強かったためレーベルは「ものを売るためのコンテンツ」として音楽を扱ってきました。政治的にも音楽より芸能のほうが強く、芸能事務所が大きな力を持っているという見方です。
こうした背景のもとで、日本の音楽活動の基本になってきたのが三者間契約 ── アーティスト、レーベル、事務所の3者が契約を結んで活動する、日本の音楽業界で一般的な形態です。レーベルが楽曲の制作・プロモーション・販売を担い、事務所がライブやグッズ、ファンコミュニケーション、私生活のケアを担います。
遠山さんは、日本のCD売上のピークは宇多田ヒカルさんのファーストアルバムが出た年だったと話します。そこから売上が落ちる中で、複数枚購入を促す握手券のような手法が生まれ、iTunesの参入やサブスクの導入も限界まで引き延ばされたといいます。
流れを変えたのが、誰でもSpotifyやAppleに楽曲を配信できるサービスTuneCoreでした。遠山さんの実感では、TuneCoreは2017年ごろから日本でも使われ始め、サブスクの普及と重なって、2018年ごろから自分で配信するアーティストが現れます。その波に最も乗ったのがヒップホップでした。
遠山さんは、今の大学生はヒップホップと藤井風さんやYOASOBIなどを一緒に聴いているのに、マスメディアにはJ-POPしか出てこないと指摘します。東京ドーム公演をするアーティストでも、この番組のリスナーの95%ほどは知らないのではないか、という見立てです。
CANTEENの言う「マネジメント」は、レーベルと事務所の両方の機能を担うことを指します。従来のメジャーレーベルは、CD制作に数千万円かかる初期費用を出す代わりに、権利のほぼ100%を持つという、いわばエクイティ型のやり方でした。
「いや、パソコンで全部完結して自分で配信できんのに金いらなくね?」みたいな。人たちが出てきて、それがまあヒップホップだったわけですけど。
メジャーレーベルはこうした人たちを基本的に無視してきた一方、遠山さんは彼ら向けのサービスがほとんどないことに気づきました。CANTEENはアーティストと収益をレベニューシェアし、アーティストは個人事業主として権利をすべて持ちます。
CD制作などの初期費用を出す代わりに、権利のほぼ100%を持つ
アーティストが原盤権を100%持ち、収益をレベニューシェア。資金は貸し付ける
お金貸したりとかファンディングしたりもするんで、コンサルくっついた銀行みたいな。
ヒップホップが伸びた3つの理由とは
野村さんが「制作費用が一番低いのがヒップホップだったということか」と確認すると、遠山さんは重要な点がいくつかあると答えます。1つ目は、曲そのものを安く作れることです。
ヒップホップには、世界中のビートメイカーがトラックをアップロードするBeatStars ── ビートメイカーが自作のトラック(ビート)を販売・ライセンスするオンラインのマーケットプレイスのようなサービスがあります。そこでトラックを買い、マイク1本で歌を乗せれば曲ができるため、コード決めや編曲を経るバンドとは作り方が違います。
2つ目はミュージックビデオです。FX3のような一眼カメラの登場で、テレビ向けの大がかりな機材がなくても映像を作れるようになり、YouTubeという発表の場もあったため、プロモーション素材を自分たちで用意しやすくなりました。
遠山さんが最も大きいと見るのが、3つ目の興行、つまりライブのDXです。バンドのライブにはPAや照明など専門技能を持つ制作スタッフが必要で、日本では会場の日程を握るイベンターを通さないと会場も借りられませんでした。
弾き語りで道で歌ってても、そっからZeppに行くためには、誰かにスカウトしてもらって、事務所に入って、レーベルからCDを出してもらって、じゃあライブをしましょう(という順番)。
| ポイント | 変化 | 遠山さんの説明 |
|---|---|---|
| 楽曲制作 | 安くなった | ビートを買い、マイク1本で歌を乗せれば曲になる |
| 映像 | 自分で作れる | 一眼カメラとYouTubeで、友達が撮って編集すればよい |
| 興行 | ライブのDX | 楽器がいらず、クラブでライブができるようになった |
「チャラ箱」がヒップホップの全国ツアーを可能にした
遠山さんによれば、ヒップホップが広がった理由は、音楽業界ではなく水商売の場であるクラブでライブができたことにあります。音楽を聴きに来る人向けのクラブだけでなく、シャンパンが出るような、いわゆる「チャラ箱」も含まれます。
クラブでライブができるのは、ヒップホップに楽器がいらないからです。DJ卓があり、30センチほど高いステージらしき場所があれば、マイク1本でライブが成立します。
一方のクラブ側は、若い客が来なくなって困っていました。そこでEDMを流していた各地のチャラ箱が、ヒップホップのアーティストを15〜20分のショットライブで呼び、入場料を取るようになったといいます。
ライブハウスじゃないところで全国的にパフォーマンスできるようになったっていうのがめっちゃでかいです。
遠山さんは、音源だけが流行ってもライブ活動をしなければエンゲージメントの高いファンはつかず、アーティストとして成長しないと話します。興行はずっと寡占されていましたが、チャラ箱は地方都市ならどこにでもあるため、ヒップホップのアーティストは全国ツアーができるようになりました。
野村さんは思わず「へー」と声を上げ、遠山さんも「この興行の話は誰もしてないと思います」と応じています。
ヒップホップのアーティストはどうブレイクする?
野村さんは、ヒップホップのアーティストがブレイクするのは配信での再生が起点なのか、ライブで評価されて広がるのかを尋ねました。遠山さんは「いろんなタイプがある」としつつ、バンドのように地元の小さな会場から始める形ではないと答えます。
CANTEENの所属アーティストのうち3分の1ほどは、ABEMAのオーディション番組「ラップスタア」で一定の認知を得てから曲をヒットさせたパターンです。地道に曲が聴かれるようになり、チャラ箱を回り、やがてワンマンライブができるようになるパターンもあります。
ワンマン昼なんで、昼に来る人ってお金払って、要は自分の時間を、移動時間も含めたら5時間ぐらい取るわけだから。(だから)エンゲージメントがすごい高いファン。
遠山さんは、どこかでメディア的なレバレッジがかかることが共通点だと話します。YouTubeのアルゴリズムも変化しており、長尺コンテンツが流行ったコロナ禍には短い音楽が不利に扱われ、ミュージシャンにも週3回の投稿を求められた時期があったといいます。
コロナ前は、ビデオ1本が300万回再生されてキャリアが始まる人もいました。Tohjiさんも、ラップスタア出演後にMall Boyzというクルーの『Higher』がバズったことで本格的にキャリアをスタートさせています。
市場については、プレイヤーが増えて儲からないフェスも出てきたものの、拡大は続いていると遠山さんは見ています。最近契約した19歳のアーティストは、当時と比べて再生回数が10倍、100倍の水準からスタートしているそうです。
無利子・無期限の貸付と7対3のレベニューシェア
野村さんは、初期投資の代わりに原盤権を取るのではないモデルなら、制作費はアーティスト自身が出すのかと尋ねました。遠山さんの答えは「最終的にはそう。けど、無利子・無期限で貸す」というものです。
CANTEENは収益を3対7で分け、アーティストに7割を戻しています。売上から経費を引いた利益について、給与明細のような明細を毎月出し、アーティストの承認を得てから振り込むといいます。
制作費は別の扱いです。アルバムを作るには最低でも500万〜700万円ほどかかりますが、遠山さんはCANTEENがメジャーレーベルの新人育成よりもしっかりお金を出していると話します。
貸付は制作費だけにとどまりません。引っ越しや税金の支払い、ときには車や時計の購入にも、いったん立て替えることがあるといいます。遠山さんは、アーティストの現実が変わっていくことが事業的にも重要だと考えています。
みんな、一般社会で普通に生きていけたらラッパーとかにはならないわけなんで。「あ、やばいです」みたいな。「今月200万税金支払いあります」みたいな。
ラッパーが「ラッパー然とした生活」をできる理由
生活費も貸し付けるのかという野村さんの問いに、遠山さんは「必要な人には」と答えます。ただし、原盤権を持っていれば毎月収入があり、加えてヒップホップのアーティストはライブの出演料が高いといいます。
遠山さんの説明では、ライブハウスは純粋な集客頼みで、日本人はあまり酒を飲まないため売上が少なく、毎日音楽のコンテンツで埋める必要があります。一方のクラブは酒で稼げ、金土日はDJが音楽を流すだけでも成り立つため、アーティストのブッキングは半分ブランディングの意味を持ちます。
純粋な集客頼みで酒の売上が少なく、毎日音楽で埋める必要があり利益率が悪い
酒で稼げ、DJだけでも営業できる。アーティストのブッキングはブランディングの要素を持ち、出演料が上がる
遠山さんは、サカナクションの山口一郎さんが「儲からない」と話していたことにも触れました。原盤権を100%持っていれば、収益はいったん100%入ってくるという見方です。
「それ(儲からないのは)お前のディールが儲かんないだけであって、儲かんないわけじゃない」っていう話ですけど。
遠山さんは目安として、Spotifyに表示される再生数におよそ3〜3.5を掛けると、その楽曲が生んだ金額になると話します。YouTubeより大きく、ある程度安定しているといいます。
その結果、武道館公演をしたバンドでもアルバイトをしているような現実がある一方で、ラッパーは「ラッパー然とした生活」ができるようになったと遠山さんは語ります。
ちゃんとやったことに対して対価が返ってくるみたいなことって、すごいコントローラブルであるっていう実感を持つためにも重要だと思ってるんで。
回収できなかった例はあるのかという質問には、多くのアーティストは貸しては返してもらう関係が続いていると説明しました。そのうえで、3〜4年かければほとんどのアーティストがZeppクラスの会場まで行ける状態になっており、大体うまくいっているのではないかと話しています。
メジャー資本ゼロで東京ドームを借りるまで
話題はTohjiさんの東京ドーム公演に移ります。1年前に引退を発表したTohjiさんの最後の公演です。遠山さんはまず、ビジネス的な意味から語りました。
遠山さんによれば、東京ドームは野球の興行が多く、音楽で使える日は年間100日もないのではないかといいます。誰もがやりたい会場なので日程が取れず、会場側も2日間貸すなら確実に4万〜5万人を集められる相手に貸したいはずです。
さらにCANTEENのアーティストやフェスは、30歳以下の客が95%、25歳以下が80%台を占めます。遠山さんは、本当のユースカルチャーで万単位の若者が集まると苦情が来やすく、刺青のあるアーティストもいるため、会場にとってインセンティブがない状態だったと話します。
引退発表への反響が大きく、本来2年先まで埋まる会場で半年ほど前にたまたま日程が出てきました。しかしイベンター経由で手を挙げたところ、断られたといいます。
いやでもこっち引退するって言ってんのに、ちょっとこれはなんか良くないと。(中略)自分の中でなんかやるべきだなっていうのがあったんで。
遠山さんは自ら人を紹介してもらって交渉を重ね、最終的に日程を出してもらいました。ただ条件は厳しく、通常は2日ある仕込みが1日しかなく、前日は野球、翌日にはバラシの日もありませんでした。
遠山さんは、実現可能だと示すデータに加えて、エモーショナルな価値も伝えました。Tohjiさんが初期にバズった『Higher』の歌詞に東京ドームが出てくることから、「7年越しの伏線回収」だと説明したといいます。
引退発表
反響が大きく、東京ドームを検討し始める
日程の発見
半年ほど前に、たまたま空いた日程が見つかる
イベンター経由で却下
通常ルートでは断られる
直接交渉
人を紹介してもらい、データと「7年越しの伏線回収」という物語で説得
日程確保
仕込み1日・バラシ日なしという厳しい条件で実現
遠山さんは、売上20億円もないような会社が、信用もなく若者しか集められない状態で東京ドームにたどり着いたことに意味があると話します。寡占された興行の世界に風穴を開け、新しいやり方で音楽やビジネスをする人たちのインスピレーションになれば、という思いです。
「異様」なのに注目されないことへの歯がゆさ
野村さんの「紛れもなく偉業ですね」という言葉を受け、遠山さんは東京ドーム公演が自分たちにとって時代を象徴するものだと語りました。矢沢永吉さんの最初の武道館や、Hi-STANDARDのAIR JAMと同じ種類の出来事だという見方です。
ただ、関係ない人たちが関心を持つ出来事になってないなみたいなところに関しては、結構歯がゆい思いをしてますね。
公演まで残り1カ月の時点で、遠山さんはドキュメンタリーの公開、ライターへの取材対応、TBSでのラジオなど、できる範囲で発信を続けていました。この番組への出演も、その一環だと話しています。
Tohjiとの出会いと、表現欲求をそのまま大きくするビジネス
野村さんは、CANTEENの創業経緯とTohjiさんがどんなアーティストなのかを尋ねました。遠山さんはまず、自社のモデルではアーティストが活動をハンドルしている実感を強く持てると話します。メジャーが半年前に完パケして入稿するところ、CANTEENでは3週間前の入稿や、ビデオを撮って3日後に出すスピードも可能だといいます。
遠山さんによれば、J-POP、特にアイドルでは「誰が作ったどういう曲か」はあまり関係なく、演者の個性やキャラクターの関係性でIPを売るのが主流です。CANTEENが目指すのはそれとは違い、1人の人間の表現欲求がそのまま大きくなることです。
曲は演目のようなもので、演者のキャラ付けや関係性でIPを売る。冠番組やタイアップを活用
1人の人間の表現欲求を、そのまま大きくすることを志向する
遠山さんが最初に見たTohjiさんの曲は『あ、もうゴジラだ』でした。武蔵野美術大学に在学していたTohjiさんが、トラックも歌も映像もすべて自分で手がけた作品です。
DXっていうと、なんかコストカットで新しいみたいな感じに聞こえますけど、クリエイティブビジネスにそれを言い直すと、自分が出したいもの、やりたい感じっていうのをそのまま出せるってことなんじゃないですか。
すべてをDIYで作るなら、強い表現欲求がなければ突き抜けられません。6歳ほど年上で社会人だった遠山さんは、その曲を見て「同級生だったら本当にやられていた」と感じ、新しい世代が出てきたと思ったそうです。
その後『Higher』がバズり、Tohjiさんの最初のソロ作品であるミックステープ『Angel』を一緒に制作しました。その受け皿として作った会社がCANTEENです。
まず(Tohjiという)アーティスト本人が一番手前にいる、アーティスト本人が表現したいこととか、やりたいことみたいなのが一番最初にある(中略)それをそのまま大きくするにはどうしたらいいんだろうっていうことでビジネスをやってきている。
遠山さんは、それを最も体現しているのがTohjiさんで、「そのまんまやったら、そのまんま東京ドームに行った」というのが簡略化したナラティブだと話します。衣装や演出も、Tohjiさんと遠山さん、マネージャーとで一から作ってきました。
遠山さんは、強度があり非常にパーソナルなものを「アート」と定義しています。野音、武道館、音楽番組、紅白、ドームツアーという決まった階段を上るのではなく、それぞれの出方や作り方があってよい、という考えです。
ギャラリーCONも同じ構造から生まれました。遠山さんによれば、現代美術の業界は、70〜80年代に日本の作家を海外に売った大手ギャラリーに入らなければ海外に出られないような固まった状態でした。それなら自分たちで直接海外に行くギャラリーがあってもいい、というのがCONのテーマです。
Tohjiの表現の核にあるもの
野村さんは、ドキュメンタリーを見て、Tohjiさんにはヒップホップで黒人の真似をする中で本当にオリジナルなものを追求したい思いがあるのでは、と感じたと話します。遠山さんは、現代美術と同じく、その人だけの人生と視点からしか作品は生まれないと答えました。
TOJI(Tohji)も、まあ今やってる音楽って全然ヒップホップでも何でもないっていうか、ヒップホップじゃないし。
遠山さんによれば、大事なのは自分たちがいいと思うものや、社会に存在した爪痕をどういう形で残したいかだけです。マーケティングのようにみんなに買ってもらうことが目的ではないといいます。
Tohjiさんが伝えたいメッセージを問われると、遠山さんは言語化が難しいとしたうえで「自分であっていい」ということだと話しました。
人は人と違っていいみたいな。でもなんかあまりに違うけど、マジでそのままど真ん中行くから、お前らもそのまま生きろよみたいなことだと思うんですけどね。
遠山さんは、個々の作品の意図なら説明できるものの、活動全体にマーケティング的なキーメッセージがあるわけではないと話します。一方で、抽象的な話をビジネスの言語に落とし込めることが、自身の最も優れた点だとも語っています。
Tohjiさんは以前から「5万人、10万人集めて全員同じ手の振り方をしていたら意味がない」と話しているそうです。遠山さんも、解釈の余地こそが作品の強度だとし、見た目や曲として好きになることも、背景を知って好きになることも価値は同じだと語りました。
60〜70年代のアートと「ぐちゃぐちゃ感」への憧れ
遠山さんは、自分の世代では美大生と慶應の音楽仲間はほとんど関わらず、日本画、油画、商業デザインもそれぞれ分かれていたと振り返ります。しかしTohjiさんの世代からは、その感覚が全く違うといいます。
今一緒に活動するアーティストのギロチンさんも、個展と同時に音楽ライブやインスタレーションを行うのが普通です。遠山さんは、表現したいことがあるなら何をやってもいいはずで、昔のアーティストもそうだったと話します。
例に挙げたのが、石岡瑛子さんや小池一子さんらが活躍した時代です。広告、映画、アート、小説、文壇が入り混じっていた状態こそ、あるべき姿だと遠山さんは考えています。
起業前に国際協力関連のリサーチで途上国を訪れた際にも、遠山さんは同じ光景を見たといいます。音楽をやる人が広告も映画も作り、キャスティング会社まで立ち上げる。上がいないため、何をやってもいい状態です。
アーティストとか作る人が自分の表現欲求の想像力を最大化させて、それでかつ暮らしも良くなり、自分の現実も変わって、家族も持てて(中略)作品を余すことなく作り続けることができるっていう世界をなんかまあ作りたい。
野村さんは、商業的なものもそうでないものも、すべてを表現と捉えていた世代だったのだと応じました。遠山さんは、その後は資本主義が進み、最適化されたのだと見ています。
ただし遠山さんは「昔は良かった」で終わらせません。表現したい若い世代は、今の産業構造の穴を自然に見つけてくるといい、事業を作るときにはその想像力を壊さないよう意識しているそうです。
サラリーマン化した平成と、「行ったり来たり」の重要性
遠山さんは、作り手がいて流通があり、消費者はそれを眺めるしかなかったのが平成という時代だったと話します。Tohjiさんの初期のライブでは、客とステージ上の人の境界がきれいに切られておらず、遠山さんはそれを見て「この人とやらなきゃ」と思ったといいます。
誰も当事者であるっていうのは、民主主義的な意味ではなくて、見る側も作る側も行ったり来たりできるみたいな。
野村さんは、ビジネスの文脈に取り込まれると個人の情念より打率が優先されると話します。遠山さんは、会社経営の上では儲ける必要もあると認めつつ、どちらか一方だけでは面白くないと応じました。
遠山さんは、60〜70年代に活躍したアーティストの多くは裕福な家の出身だったと見ています。そのうえで、稼いで作りたいものを作ることは正義だとし、村上隆さんの『芸術起業論』も好きだと話しました。
遠山さんがアーティストによく伝えるのは、マーケットが求める分かりやすいものと、自分がやりたいことの間を「行ったり来たり」する重要性です。どちらか一方だけをやるのは簡単だといいます。
具体例として、ミックスで声を前に出せば歌詞が聞き取りやすく流行りやすい一方、踊れる格好よさを考えればそうではありません。歌詞も抽象度を上げるほど流行らなくなり、突き詰めるとヒットソングはラブソングのようになっていくといいます。
声を前に出すミックス、分かりやすく抽象度の低い歌詞
踊れて格好いい音作り、詩的に抽象度の高い歌詞
会社は「作品」であり、社会における存在証明
野村さんは、ビジネス番組の趣旨から外れたものの、個人的に一番刺さったのは後半のアートと表現の話だったと伝えました。遠山さんは、自分はアーティストにはなれないと感じつつ、それをビジネスの領域で果たしたいのだと語ります。
やっぱり会社を自分の作品だと思ってるから、今言ったことが全部ちゃんとそのまま果たされるっていうことが、僕にとってはなんかこう、社会における自分の存在証明みたいなところがあるんで。
遠山さんにとっては、ビジネスから入ってもカルチャーから入っても最終的には同じ話になります。カルチャーをやっているともビジネスをやっているとも思っておらず、自分がいいと思うものが成立するために経営してきた結果が今の形だといいます。
小さな会社を運営する野村さんも、「会社は作品」という言葉に励まされたと話します。会社が回り、そこで何をしているかを含めてすべてが表現になり、社会への視点になっている、と感じたそうです。
まとめ
遠山啓一さんは、配信や撮影機材、クラブでのライブという変化を背景に、アーティストが原盤権を持つビジネスモデルを築き、メジャー資本なしでTohjiさんの東京ドーム公演を実現しました。その根底には、表現欲求をそのまま大きくし、会社そのものを作品と捉える経営思想があります。
- CANTEENはレーベルと事務所の機能を担い、アーティストが原盤権を100%持つ形で収益を7対3でレベニューシェアしている
- ヒップホップが広がった最大の要因は、楽器がいらずチャラ箱で全国ツアーができるようになった興行のDXだと遠山さんは見ている
- 制作費や生活上の出費は無利子・無期限で立て替え、数カ月から数年かけて回収する「コンサル付きの銀行」のような関係を築いている
- 東京ドーム公演は、イベンター経由で断られた後に直接交渉で実現し、売上20億円未満の会社が寡占された興行に風穴を開けた例になった
- 遠山さんは、売れることと表現することの間を「行ったり来たり」する中に作家性の強度が生まれると考え、会社も自分の作品だと捉えている






