Nirvanaにハマれなかった和さんと「安っぽい音」の価値
00年代音楽編の初回は、前回取り上げたNirvanaの話から始まります。この回の収録では和さんが遅刻し、福の神さんは出張先からのオンライン参加でした。
和さんは前回の放送後にNirvanaを聴いてみたものの、ハマりきれなかったと打ち明けます。同じ時期に話題に出たTOOLは、流しっぱなしにしていても心地よかったといいます。
(Nirvanaは)めっちゃ失礼だし、なんかあれですけど、読めるというか、なんかちょっと軽いっていう。
和さんにとってTOOLの音は、自分のゾワゾワした感情に紐付く響きがあった一方で、Nirvanaには「安い感じ」を抱いたそうです。この率直な感想に、福の神さんは説明の難しいところだと前置きして答えます。
福の神さんの説明では、Nirvanaはギター、ドラム、ベースの3人だけのスリーピースバンドで、構造的な限界があります。録音で音を重ねることはいくらでもできるのに、あえて重ねないからこそ表現できていることがある、という見方です。
本当にその当時の地方の若者たちが仲間と一緒にモヤモヤしていた気持ちをギターでギャーンと掻き鳴らしましたという音なんですよ。
プロではない若者が鳴らす等身大の音だから、Nirvanaの音が安っぽいのは当たり前だと福の神さんは話します。和さんも、その音がチャートのトップを取ったことを改めて考えると、凄さがわかると受け止めていました。
Radioheadはなぜ「潜水病」を乗りこなせたのか
福の神さんは前回言い忘れたこととして、00年代につながるバンドの話を加えます。Nirvanaとよく似た精神性を持つバンドとしてイギリスで登場したのが、Radioheadです。
福の神さんによると、Radioheadも登場した当初はカート・コバーンと同じく「いじけたロック」でした。カート・コバーンが自殺したあと、ボーカルのトム・ヨークも死んでしまうのではないかと恐れていた時期があったといいます。
Radioheadもまた、いじけた自分を音にして吐き出した結果として売れてしまい、巨大資本に飲み込まれる体験をしています。その状況で出した2枚目のアルバムが『The Bends』でした。
それ(The Bends)潜水病って意味なんですよ。
福の神さんの解説では、深い水の底で細々と自分の気持ちに向き合って音楽をやっていたのに、売れて急にメジャーシーンへ引き上げられた状態を、Radioheadは潜水病になぞらえました。テレビに出され、賞を取り、雑誌にも次々と載るという状況です。
それを乗りこなせたのがRADIOHEADなんですよ。
カート・コバーンがその状況でバランスを崩したのに対し、Radioheadは音楽の手法をがらりと変えることで乗り越えた、と福の神さんは話します。初期はNirvanaのようにギターをかき鳴らすスタイルでしたが、3枚目から4枚目にかけてギターの音が減り、コンピューターの音が増えていきます。
スリーピースで音を重ねず、等身大の安っぽい音で表現。売れて持ち上げられた状況でバランスを崩した
同じ精神性から出発し、音を緻密に突き詰めて電子音を導入。メジャーシーンへの浮上を乗りこなした
その変化の到達点として、2000年ちょうどに歴史的なアルバム『Kid A』が発売されます。福の神さんは、Radioheadがここでポストロック ── ロックの楽器や編成を使いながら、歌ものの定型にとらわれず、電子音や音響的な実験を取り入れた音楽の総称。1990年代から使われるようになった言葉ですという時代を作ったと位置づけ、Radioheadのアルバムを順に聴くだけでも90年代から00年代への音楽の変化がよくわかると勧めています。
ロックフェスのトリはなぜDJになったのか
続いて福の神さんは「90年代和らぎクイズ」として、和さんに問題を出します。90年代後半、ロックフェスのトリをロックバンドではない人たちが務めるようになったが、それはどんな人たちだったか、という問いです。
和さんは前回その話を聞いていないかもしれないと戸惑いますが、答えはダンスビートでフロアを沸かす人たちでした。和さんも、フジロックなのにロックの比率が少ないという話題を思い出します。
福の神さんによると、ドラムンベース ── 高速のブレイクビーツと重低音のベースラインを特徴とするダンスミュージックのジャンル。1990年代のイギリスで発展しましたのようなジャンルが生まれ、DJプレイで音楽をやるユニットがヘッドライナー ── フェスやイベントで最も目玉となる出演者のこと。多くの場合、最後の時間帯に登場する「トリ」を務めますを務め始めたのが90年代後半でした。Radioheadもこの流れでエレクトロニカの音を取り入れ、『Kid A』へ到達したといいます。
それまで演奏しない人がロックフェスのトリを務めるってちょっと考えづらい。
福の神さんは、ケミカル・ブラザーズのようにDJプレイそのものを演奏と呼ぶスタイルを例に挙げ、楽器を持って音を奏でるプリミティブなものとは違う表現が生まれてきたと説明します。電子音が入ってもロックというカテゴリから外れるわけではなく、ロックの幅が広がったという捉え方です。
DJの話の流れで、福の神さんが電気グルーヴとピエール瀧の名前を出すと、和さんはピエール瀧をNetflixの俳優だと思っていたことが判明します。福の神さんは「ミュージシャンですから」と返し、ピエール瀧は電気グルーヴのメンバーだと説明していました。
00年代の4つのゲームチェンジ、出発点はカセットテープ
ここから本題の00年代に入ります。安藤さんは、00年代には聴き方、音楽の分布、作り方、出し方という4つの場面で一気にゲームチェンジが起きたと整理します。
安藤さんがまず振り返ったのは、それ以前の年代編で説明し忘れていたというカセットテープです。和さんが薄ら笑いを浮かべていたと福の神さんに指摘されつつ、安藤さんはカセットテープが「クッソ重要」だと強調します。
80年代のあのヒップホップカルチャーってほぼほぼカセットテープなんですよ。
安藤さんによると、カセットテープでは自分で選曲したミックステープやDJプレイを簡単に録音できました。レコードの録音には大がかりな装置が必要だったのに対し、カセットテープは今でいうプレイリストのように、自分のお気に入りセットを作るのが手軽だったのです。
さらに1979年にはウォークマンが登場し、音楽を初めて持ち運べるようになります。A面B面や60分、90分という制約はあるものの、好きなものを作って持ち歩けるのがカセットテープの特徴だったと安藤さんは話します。
MP3とNapsterで音楽は「データ」になった
カセットテープ、CDに続いて2000年代に起きた大きな変化は、MP3の登場です。安藤さんは、物理的な媒体だった音楽が初めてデータになったことを、めちゃくちゃ大きいゲームチェンジだと位置づけます。
安藤さんの説明では、Windows 95の発売でパソコンが家庭に一気に普及し、画像を管理するのと同じ流れで音楽もパソコンで管理するようになりました。90年代後半にはCD-Rも一般家庭に広がり、CDを取り込んでMP3に変換したり、CDに焼いたりする作業が手元でできるようになります。
そこにインターネットの流れが重なり、1999年6月にNapster ── アメリカで生まれたファイル共有サービス。利用者同士のパソコンをつないで音楽ファイルをやり取りでき、著作権をめぐる訴訟の的になりましたが始まります。他人のパソコンにあるMP3を検索し、欲しいデータをそのまま手に入れられるP2P ── サーバーを介さず、利用者の端末同士が直接データをやり取りする通信方式。ファイル交換ソフトの多くがこの仕組みを使っていましたのファイル交換ソフトでした。
2000年にはメタルの大御所バンドであるメタリカから訴訟を受け、Napsterは2001年7月にサービスを停止します。それでも停止の時点で利用者は2640万人に達していて、しかもアメリカの大学生が作ったサービスだったと安藤さんは紹介します。
欲しい曲をダイレクトに検索して、1曲だけ欲しいみたいな、しかも家に出ないでみたいな需要っていうところが初めて顕在化してくるんですよね。
安藤さんは、Napsterで見えたこの需要が、のちのiTunesやSpotifyの登場につながっていくと説明します。
CD売上のピーク1999年と、iPodという革命
安藤さんによると、アメリカの録音された音楽の売上は1999年がピークでした。それはNapsterが始まったタイミングでもあります。
Napsterが停止した2001年、Appleが時代を変えるデバイスを発表します。2001年10月23日に登場したiPodです。和さんは、iPodがそんなに後の発売だったことに驚いていました。
安藤さんの比較では、CDを10枚持ち運んでも1枚12曲なら120曲にしかなりませんが、iPodなら1000曲を持ち歩けます。ホイールをくるくる回す操作や、デジタルなのにカチカチと音がする作りも話題になり、出演者たちはあのデバイスは革命だったと振り返ります。
では、デジタル化で何が変わったのか。和さんは、音楽のやり取りが距離や時間を問わず簡単になったと答えますが、用意されていた答えはもっとシンプルでした。
CDが売れなくなるんですよ。
90年代は日本でもCDの売上がすさまじかったのに、00年以降はデジタル化によってCDが売れなくなります。問題は、そこから何が起きたかです。
ストリーミング時代、曲は「最初の30秒」で作られる
音楽史には、ミュージシャンが時代に応じて生み出す音楽の流れと、レコード会社やメディアが売り出そうとして作るシーンの両方があり、そのせめぎ合いが音楽史になっています。00年代のゲームチェンジによって、売る側の手法ががらりと変わったという話です。
CDという物体がない。ってことはお店にも陳列はできない。
福の神さんは、お店に並べられない以上、デジタルの中で見つけてもらうにはどんな曲を作るべきかまで考えなければならなくなったと説明します。その例として挙げたのがSpotifyです。
Spotifyで言うと、最初の30秒で心をつかまないと、お金が入ってこないんで、30秒以上聴いてもらわないと。
CDという物体がなくなる
店頭に陳列できず、デジタル上で見つけてもらう必要が出る
最初の30秒が勝負になる
30秒以上聴いてもらわないと収益が入らない
曲の形が変わる
長い前奏が減り、いきなりサビに入る曲が求められる
レコメンドに寄せる
ヒット曲と似たテンポ感やコード感を取り入れる
福の神さんは、媒体が曲の形を変えるのは過去にもあったことだと付け加えます。LPやSPの時代には曲の長さに制限があり、CDという媒体ができると1枚で物語を作れるようになりました。
しかし今は、デジタルで1曲ずつ買えるため、アルバムで世界観を作ることが非常に難しくなっています。安藤さんも「アルバムが分解された」と言い換えました。
和さんは、CDの時代にはランダムに聴いてもらえる機会がなかったぶん、今はよりマスに聴かれやすい音楽へ収斂しやすくなっているのではないかと受け止めます。安藤さんも、アテンションを引きやすい方向に寄っていくと応じていました。
CD屋からiTunes Storeへ、変わった「買う」場所
福の神さんは、CD時代の買い方も振り返ります。当時はジャンルが重要で、特定のジャンルに強いCD屋があり、そのファンはその店に通っていました。レコード会社も、どの店に何を置けば売れるかを考えていたといいます。
タワーレコードでは試聴もできたため、レコード会社は試聴機で取り上げてもらえるよう交渉していたのではないか、と福の神さんは話します。実際に聴いてから買うのが90年代の普通で、福の神さんのような人は一日中タワーレコードにいたそうです。
その「買う」文脈を変えたのがiTunes Storeです。安藤さんによると、アメリカで2003年4月28日にオープンし、開始時点で20万曲以上を1曲99セントで販売しました。ユニバーサル、EMI、ソニーなど大手5社が最初から参加していたといいます。
1周年の段階で7000万曲を超え、2008年4月にはウォルマートを抜いてアメリカ最大の音楽小売りになりました。安藤さんは、買う場所でも完全にゲームチェンジが起きたとまとめ、福の神さんも「もうCD屋さんで買わなくなった」と応じます。
楽曲が売れない時代、アーティストはライブとグッズで稼ぐ
和さんは、1999年が録音音楽の売上のピークだったという話を受けて、音楽業界の市場規模は今も膨らんでいるのか、それとも一人ひとりの支払いが大きくならず減っているのかと質問します。
安藤さんは「いいことを聞きました」と応じ、1999年をピークに、2010年代以降はストリーミングが登場すると説明します。サブスクでそのまま聴けるようになると、楽曲そのものを買ってもらえなくなるからです。
CDという楽曲そのものを売って稼ぐ
フェスやライブ、Tシャツなどのグッズといったリアルの場で稼ぐ
安藤さんによると、その結果としてフェスの巨大化や、グッズ販売へのシフトが起き、マネタイズのポイントが移っていきました。
CDで稼げるようになって、デジタルで売り上げ落ちます。何で稼ぐかって言ったらライブしかないんですよ。
福の神さんは、日本全国のフェスの数を数えれば相当増えているはずだと話し、ライブの料金もぐんぐん上がっていると指摘します。海外アーティストを呼ぶ公演の料金は、かつてに比べて倍以上になっているのではないかという見立てです。
安藤さんも、円安の影響もあると付け加えたうえで、NHKの番組でクリエイティブマンの清水さんが以前の倍と話していたと紹介していました。
MySpaceとYouTubeが崩したマスメディアの権威
音楽を発見する経路も、同じ時期に変わります。安藤さんが最初に挙げたのは、2003年に始まったMySpaceです。福の神さんは懐かしがりますが、和さんは聞いたことがないそうで、mixiなら知っていると答えていました。
安藤さんによると、今ではアメリカのSNSといえばMeta社が強いものの、もともとはMySpaceが最強でした。アーティストが自分のページを持ち、音源やライブ情報を載せてファンと直接つながり、友達のネットワーク経由で音楽が広がっていきました。
もう1つの大きな変化がYouTubeです。安藤さんは、ただでPVやライブ映像を見られるサイトとしてYouTubeを知ったといいます。それまで音楽が「聴くもの」から「見るもの」になった時代はMTVの独占場でしたが、その独占を崩したのがYouTubeでした。
福の神さんは、ここで起きた変化を情報発信の主体の移動として説明します。個人が自分たちで発信できるようになり、ラジオ、レコード会社、音楽雑誌といったマスメディアの権威がなくなっていったという指摘です。
レコード会社と契約し、CDで音源を出し、音楽雑誌やテレビ、ラジオに取り上げてもらう必要があった
YouTubeなどで自分たちがポンと発信すれば、世に出られる
それ(世に出るための条件)がガラッとなくなるっていうことは、とてつもなく大きいゲームチェンジなんですよ。
安藤さんも、流通経路がまったく違い、アーティストとファンが「ダイレクト」になったことは衝撃的だったと応じます。
音楽は自由になって、面白くなくなった?
ここで和さんが問いを投げかけます。技術革新によってマスに収斂していく流れがある一方で、逆の現象も起きているのではないか、という問いです。
好き勝手やった音楽が好き勝手。その好き勝手が好きだった人に届く可能性が出てきたみたいな。
和さんは、ジャンル自体もめっちゃ増えているのではないかと続けます。それに対する福の神さんの答えは、意外なものでした。
福の神さんは、カート・コバーンの悲劇を引き合いに出します。インディーで始めたバンドが注目を浴び、レコード会社や雑誌から声がかかり、テレビに出され、持ち上げられて悩む。そうした苦悩が少なくなるのが、この時代の変化だというのです。
福の神さんは、誰もが自由に表現できる場ができたのは良いことだと認めつつ、苦悩の中で生まれてきた作品やストーリーが一気になくなってしまったと話します。安藤さんも「ストーリーが弱くなった」と受け止めていました。
エピソードの冒頭で語られたNirvanaの等身大の音や、Radioheadの潜水病の比喩は、まさにそうした苦悩から生まれた表現でした。00年代の自由化が何を失わせたのかという問いは、冒頭の話と響き合っています。
安藤さんは、作り方の部分でも大きなゲームチェンジが起きているので、今後の回で話したいと締めくくります。次回は社会的背景から離れて音楽そのものの話に行く予定だと聞いた福の神さんは、今回の話を「教科書みたい」でつまらないと思っていたと一撃を放ち、安藤さんに「その割には話してるやん」と返されて収録は終わりました。
まとめ
2000年代の音楽は、MP3によるデータ化、Napsterによる検索とファイル交換、iPodによる大量持ち運び、iTunes Storeによる1曲単位の購入、MySpaceとYouTubeによる個人の発信と、短期間に何度もゲームチェンジを経験しました。その結果、CDは売れなくなり、アーティストの稼ぎ方や曲の作り方まで変わっていきます。音楽は自由になった一方で、福の神さんは苦悩から生まれるストーリーが弱まったと見ています。
- 音楽はMP3の登場で初めて物理的な媒体からデータになり、アメリカの録音音楽の売上は1999年をピークに減っていった
- ストリーミング時代には最初の30秒で心をつかむ必要があり、長い前奏やアルバムの物語性が求められにくくなった
- 楽曲が売れなくなったことで、アーティストの収益源はフェスやライブ、グッズへと移り、ライブの料金も上がっている
- MySpaceやYouTubeによって、レコード会社や音楽雑誌を通さずに世に出られるようになり、マスメディアの権威が崩れた
- 福の神さんは、自由化で苦悩が減ったことで、音楽が個人的には面白くなくなったと語っている







