叩かれる覚悟で、フルAIの映像を出した
昨日発表したのは、映画『えんとつ町のプペル』を題材にした、フルAIの3分ほどの映像です。
これを、少なくとも日本ではトップレベルのAIクリエイティブとして、一回ドンとお見せしました。
今AI周りで何が起きているかというと、8割9割のクリエイターが、アレルギー反応を起こすようにAI反対と言ってしまっている状況です。
その気持ちは僕もわかるんです。2022年にMidjourneyが出てきた瞬間、「あ、もう絵本作家としての寿命は尽きたな」って、その日に思いましたから。
ただ、賛成でも反対でも、それはお好きにどうぞという話で。反対するにしても、一回AIをがっつり触ってみないことには、始まらないと思うんです。
触らないまま反対反対と言ってクリエイティブを続けると、あなたの得意領域がAIの得意領域とおもくそバッティングしているということが起きるわけですから。
だから、命を削って作品を作ってきた人たちが集まる場所で、フルAIで作りましたとバンと出した。正直、「けしからん奴だ」と怒られるかなと思っていました。
反対が起きるどころか、拍手が起きた
ところが、これがめちゃくちゃ面白かった。
反対が、起きなかったんです。
お叱りを受けるんだろうなと思っていたのに、会場がその空気になっていなかった。
それどころか、3分ほどの映像を流して、最後にChimneyTownとドーンと出た瞬間、会場からうわーっと拍手が起きたんですよ。
AIって、クリエイターにとって敵だったはずなんです。それがこれまでのAIの受け入れられ方とは、全然違った。
終演後も、監督やプロデューサー、投資家になるような社長さんたちがみんな来て、「これはどうなってるんだ」「AIをどうやってどうやってどうやってDone触ったんだ」と質問攻めが止まらなかった。マジで2、3時間、その質問が続きました。
そこで僕がステージで話したのは、「僕たちは一つ受け入れなきゃいけないことがある」ということです。
創造は人間の最後のサンクチュアリかと思いきや、実はAIの得意領域だった。創造というものは編集そのものだったんです。これを、この1、2年で僕たちは思い知りました。
その上で、人間は何をすべきか、どこに体重を乗せるべきか。これを今一度話し合わなきゃいけないと思います、と話しました。
AIをゴリゴリ触ってわかった「人間の手が必要な場所」
僕がよく言っているのは、AIで生成できないもの、いわゆるアンカーを絡めていないエンターテインメントはすべて淘汰される、ということです。
土地とか、思い出とか、癒着とか、プロセスとか、時間とか。そういうものを絡めていない作品は、残らないと思っています。
一方で、2022年からだから4年間ほどAIをゴリゴリに触ってみて、今回この映像を作ってみてわかったこともある。明らかに、人間の手が必要な場面があったんです。
これはもう確かなことで、一つ言えるのは、人間の創造が終わることはないということ。創造力が尽きることはないんです。
そこは明らかにAIとバッティングしていない、人間の仕事の場所でした。
終演後の質問攻めも、まさにここでした。「実際AIをゴリゴリ触ってみて、人間に残された仕事はどこでしたか」と。
だから一個一個、こういうソフトを使って、こういうことをやって、これはAIでは再現できなかった、でもこれは間もなくAIで再現できてしまう、と説明していったんです。
迫害されてきた若手が、涙目で「ありがとう」と言いに来た
そんな中、AIを使って映像を作っている若手の監督が、涙目で来られたんです。「本当にありがとうございます」と。
正直「俺、感謝されるようなことしたっけ」と思いました。話を聞くと、こういうことでした。
その方々は、昨日まで迫害されてきたと言うんです。「AIなんかやめろ」と上の世代から圧力を受けて、居場所がなかった、と。
「もう本当に非国民のように扱われてきた」「自分たちが間違っているのかなと思うぐらい、容赦なく叩かれた」と、涙ながらに話されていました。
それが、今日終わった。少なくとも渋谷のあの会場では、AIを叩くノリがもう終わっていた。あんなど真ん中で言ってくれてありがとうございます、と。
これ、僕、心当たりがあるんです。今の時代はこれだとバンと張った時に、上の世代に容赦なく叩かれる。その目に、僕はよく遭ってきました。
古くはクラウドファンディング。もっと古くは漫才のスタイル。キングコングは最初、ショーレースなんだからボケの数だと「ボケ活」をやって、もうフルバッシングでしたから。
でも、いつだって文化はそこから生まれている。全ての文化は、いつだってパンクから生まれてるんです。
CGが通ってきた道を、なぜAIで繰り返すのか
昨日、先輩にCGはどうだったんですかと聞いてみたんです。CGは今、VFXとして完全に市民権を得ていますよね。
そうしたら、CGも10年ぐらいバッシングされてきた、と。人間の仕事を奪う、という理由です。
たとえば血のり。血が入った袋を爆発させて血が飛ぶ演出を、現場でやってくれるスタッフの技術があった。それをCGでやったら仕事がなくなるじゃないか、と散々迫害を受けたそうです。
それが10年近く続いて、今は誰も言っていない。タイタニックだろうがアバターだろうが、CGを使っているからと文句を言う人はもういません。
だから僕は思うんです。先輩方はそれを知っているのに、なんでAIに同じことを言うんですか、と。それ、まったく同じ繰り返しじゃないですか。
人間の仕事を奪うと言われたけれど、僕たちはここから逃げ切れないこともわかっている。それなら一回、共存する方向を見た方がよくないですか。
だから昨日、堂々とフルAIの映像を流した。そうしたら若手から「ありがとうございます」と言われて、この人たちは昨日まで迫害されてきたんだと分かったと同時に、いや、ここから文化が生まれるじゃん、と思ったんです。
まとめ
迫害されている場所からこそ、文化は生まれる。いつだって時代はパンクからスタートしている。それを確信した一日でした。この映像は6月28日、東京国際フォーラムの映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』もふもふ大応援上映会の一番最後に、3分半ほどお見せします。長編を作るかどうかは、まだこれから決めるところです。
- フルAIの映像を叩かれる覚悟で出したら、反対どころか拍手が起きた
- 創造は人間の最後の砦かと思いきや、編集そのものでAIの得意領域だった。それでも人間の創造が終わることはない
- AIをやめろと迫害されてきた若手が、涙目で感謝を伝えに来た
- CGも10年バッシングされて市民権を得た。AIも同じ道で、文化はいつもパンクから生まれる





