晴れた朝のコーヒーと、道で拾ったザクロ
ハナウタラジオは、ため息の中にあるポジティブな鼻歌を一緒に探す番組です。今回の鼻歌さんは、3人のママをしながら家庭菜園を楽しむせいちゃんと、個性をくっきりさせるアート活動をしているよっちゃんの2人です。
最近の鼻歌を聞かれたせいちゃんは、9月にずっと続いた雨のあと、ようやく晴れの日が続いていることを挙げます。暑くも寒くもない気候の中で、毎朝ホットコーヒーを飲む時間が今の楽しみだそうです。
このなんかちょうどいい気温で飲めるホットコーヒーが美味しいっていうのが最近の鼻歌です。
この季節が一番好きなんですよね。
せいちゃんは、ふわふわのブランケットをかけて気持ちよく眠れるこの時期を「最高」と表現し、晴れてお天気が見えると心も元気になると話しています。
よっちゃんの最近の鼻歌は、雨で中断していた朝のランニングの代わりに始めた散歩での出来事です。いつも向かう川の途中で、中が割れたザクロが落ちていたといいます。
宝石みたい、宝石みたいと思って。宝石見つけたと思って。
よっちゃんは汁が垂れるザクロを手に持ち、鼻歌を歌いながら家まで持ち帰りました。そして、きれいな色を見るとつい「どの画材を組み合わせれば再現できるか」を考えてしまうと明かします。
(画材の)1色では絶対作れないので、どうやって掛け合わせてその色が出るかな、一番近いかなっていうのをやるのがすごく楽しいですね。
ザクロの場合は、ほとんどが赤で、中の白っぽい種が透き通って見える感じが魅力だったそうです。色を確かめて「これで再現できる」とわかると満足する、というよっちゃんの感覚が、後半のアートの話にもつながっていきます。
夏休みに仕事を手放した反動で、退屈がやってきた
次のコーナーは、ため息さんから届いたお便りの紹介です。今回のお便りはとても短いものでした。
毎日が退屈です。
よっちゃんから「退屈しないためにやっていることは?」と聞かれたせいちゃんは、まさに最近、自分が退屈を感じていた時期があったと打ち明けます。
せいちゃんには小学生2人を含む3人の子どもがいます。今年はチャレンジとして、7月からの夏休みのあいだ仕事をすべて手放し、子どもとの時間に集中すると決めました。
夏休みに仕事と子育ての両立をすると両方中途半端になっちゃうのが本当に嫌で、今年は手放すって決めて夏休みに集中したらめちゃくちゃ楽しくて。
もしかして人生最後の日にこの夏休みを思い出すんじゃないかっていうぐらい(楽しかった)。
ところが、その反動で夏休みが終わると一気に暇になってしまいました。仕事は手放したままで、パートをしていた農家さんも長雨で作業がなかったからです。
そこでせいちゃんは、個人で借りている小さな市民農園の作業に、時間をかけるようにしました。これまでは週に1回の水やりや収穫程度だったのを、伸びた葉を切ったり、土寄せを丁寧にしたりするようになったそうです。
ストレスが全部土の中に流れていくような感覚があって、それにどハマりして家庭菜園をやってるっていうのもあるんだけど。
週に1回水やりをする、収穫するなど、畑の作業は少しだけ
葉を切る、土寄せを丁寧にするなど時間をかけて手入れし、体を動かしてリフレッシュ
先週はさつまいも掘りもしました。細長いもの、丸っこいもの、ハート形のものなど、いろいろな形のさつまいもが出てきたといいます。
スーパーならお客さんが手に取らないような形でも、子どもたちにとってはへんてこな形のほうが盛り上がります。「これハートだよね」「車じゃない?」と、へんてこ合戦が始まったそうです。
せいちゃんはこの体験から、同じさつまいもでも置かれる環境によって価値が変わることを実感し、家庭菜園の面白さを改めて感じたと話します。
退屈についてのせいちゃんの結論は、いつもならやらないことを意識してやってみるというものでした。体を動かしたり自然に触れたりすることで、何かが見えてきたといいます。
土や川に触れると、なぜ心が落ち着くのか
せいちゃんの「ストレスが土に流れていく」という感覚に、よっちゃんは強く共感します。よっちゃんが散歩で川に行くのも、毎日川に足をつけたいからだそうです。
(川に足をつけるのは)真冬でも全然なんか寒くなくて、その後そのまま靴下履くんですけど。なんかこう一旦心が落ち着くみたいな。
せいちゃんは、自然の中には不思議な力のように人を解放するものがあると応じます。よっちゃんはこれをグラウンディング ── 裸足で土や水に触れるなど、自然と体を直接つなげて心身を落ち着かせる考え方やセルフケアの呼び方ですという言葉で表しました。
せいちゃんは、ストレスが溜まっていたり頭でっかちになっていたりする時ほど、土や水に触れる感覚の大切さを感じると話しています。
よっちゃんは記事で読んだ話として、五感の中でも触感がいちばん記憶に残るという説を紹介します。赤ちゃんの頃の子どもの感触を思い出せるように、触れた感覚は長く記憶に残るそうです。
せいちゃんは、子どものお腹を触るとお腹の痛みが和らぐことがあるのも、触れる感覚が安心につながるからかもしれないと話します。よっちゃんも、昔から「手当て」をしてきたことと重ねて面白がっていました。
ネガティブな感情も、色にすると美しく見える?
今度はせいちゃんが、退屈しないために意識していることをよっちゃんに尋ねます。よっちゃんはそもそも「やりたいことが多いタイプ」で、退屈をあまり感じないといいます。
よっちゃんは、拾ってきたザクロのきれいな色を見ると、忙しくても「この色を再現する」がタスクに入ってしまうと話します。「わあ、きれい」と気持ちがふわっと上がる瞬間を求めて、あれもこれもやりたくなるそうです。
多分みんな美意識で人間みんな持ってて、みんなそうだと思うんですけど、その「わー綺麗」みたいな、そういうのでなんか上がる。
よっちゃんのアート活動の目的は、参加者に「私の毎日は美しい」と感じてもらうことです。ネガティブな気持ちでも、色や形に置き換えると、それは本当にネガティブなものに見えるだろうか、という試みをしています。
実際、よっちゃんがすごくイライラして描いた絵を、娘さんから「それいいね」と言われたこともあるそうです。ワークショップでも、ネガティブな感情を描いたものほど共感を集めるといいます。
よっちゃんによれば、言葉には経験や過去に学んだことがくっついているため、「悲しいなら元気にならなきゃ」と条件反射で考えてしまいます。そこで一度それを置いて、悲しさを薄いグレーなのか、肩に乗った雲のようなものなのか、イメージで再現してみるのだそうです。
私の中を通り抜けてる感情が美しいっていう風に捉えられるなって思っていて。
感情を全部出す
苦しいことも含め、体の中で感じているものを片付けの全出しのように出す
イメージで再現する
「石みたいに硬くて重い」「薄いグレー」など、色や形、質感に置き換えて描く
別の視点で見る
描いたものを眺め、自分の感情をきれいだと捉え直す
せいちゃんは、頭の中の意識が体の外に出たようで、感情が何色でふわふわしているかなんて想像したことがなかったと驚きます。よっちゃんは、描いたものに自分でうっとりする「自画自賛」こそが表現の第一歩だと話しています。
自分の描いたものをうっとりするっていうのが、まずなんか表現の第一歩で一番大事だなと思ってて。
アートジャーナリングとワークショップ、お手本のない絵の描き方
よっちゃんは日々、アートジャーナリング ── 日記のように気持ちや出来事を書き留めるジャーナリングに、絵や色、コラージュなどの表現を組み合わせて心の内を記録する方法ですと呼ぶ記録をつけています。文字と違って絵なら、子どもが目の前にいても心配ごとを描けるのが良いところだといいます。
(文字だと)小学生だったら読めちゃうから、なんかあんまり見えないところに隠すみたいなことになるじゃないですか。でも目の前にいてもそれ描けるんで、あの絵だと。
ワークショップのシェアタイムでは、嫌なことを具体的に話さなくても、ぐしゃぐしゃになった絵を見た知らない人同士が「そんな気持ちになったことある」と共鳴し合うそうです。詳細がいらないのが面白い、とよっちゃんは話します。
絵にすることで気づくこともあります。文字では同じ「悲しい」でも、絵にすると昨日の悲しいと今日の悲しいは違って見えるといいます。
昨日の雨と今日の雨が違うみたいな感じで流れてて。
よっちゃんは、毎日悲しさが出てきても少しずつ変わっているなら「梅雨の時期だね」くらいに受け止めればいいと話します。自分という人間を少し遠くから見ることで、表現そのものを楽しめるようになるそうです。
ワークショップでは「絵が描けない」と言う参加者もいますが、よっちゃんは車を車に見えるように描いてとは言わないと伝えています。せいちゃんは、学校や幼稚園では先生のお手本どおりに描くのが正解になりがちで、子どもが「描けなかった」と泣いて帰ってきたこともあると明かしました。
本来そういう表現することとか、絵とかって自由でね、自由であるべきなのに。
一方でよっちゃんは、「好きに描いていい」と言うとみんな固まってしまうことも知っています。そこで、自分ならこの気分のときはこの画材、と見本を見せながら進めるそうです。
さっきまで描けないと言っていた人が、やがて「この色じゃなくて、もうちょっとこうなんだよな」と言い出します。ぴったりの色が見つかると、みんなすっきりした嬉しい表情になるそうです。
せいちゃんは、そうやって試していけば退屈など感じなそうだと話します。よっちゃん自身は、やりたいことが散らかって「まず順番にね」と自分に言い聞かせるほどだそうです。
ChatGPTで自分の絵を「着る」という遊び
よっちゃんは最近、CGで絵の中に人がいる画像を見て、自分の絵でもできないかと考えました。ChatGPTに自分の絵と写真を渡し、ファッション誌のようにしてと頼んだところ、うまくできたそうです。
その画像をSNSに投稿すると、面白いと言ってくれた友人が何人かいました。そこで「この絵を渡すから、私の絵を洋服として着てみて」と頼んだところ、みんなが写真の上で着てくれたといいます。
みんなできたよって送ってくれるのがそれぞれ全然違くて。
ラルフローレンのような馬に乗っている姿や、とても色っぽい雰囲気のものなど、友人がAIにどう指示したかで仕上がりはさまざまでした。よっちゃんは、面白いうえに嬉しかったと話しています。
実際に洋服を作るのは大変ですが、AIなら手軽に面白がれます。よっちゃんは、子どもの絵を家族みんなで着て記念に残す使い方もできるのではと提案し、せいちゃんも小さい頃の歪んだ絵の可愛さに共感しました。
AIすごいなんかね、日々壁打ちというか、そういうふうに使ってたけど、なんかこう喜びを私にくれたっていうか。
AIには「乗っ取られる」「仕事がなくなる」「ついていかなきゃ」といった不安を持つ人もいます。そんな中で、よっちゃんの使い方を見た人から「面白く使っていていいね」と言ってもらえたそうです。
育てることが好きな人と、広告デザインを離れて動き出した人
終盤、よっちゃんはせいちゃんに得意なことを尋ねます。せいちゃんは少し迷いながらも、動物や野菜など命あるものを育て、愛でることが得意な気がすると答えました。
なんかそういうちょっとこう、手間のかかるようなことをするのが好きなのかも。だから子育ても大変と思う時いっぱいあるけど、やっぱ好きだから。
せいちゃんは、うまくはできないけれど楽しいと思える、と育てることへの思いを話します。そして、タイ式マッサージなど多方面で活動するよっちゃんに話を振りました。
よっちゃんはもともと広告デザイン一筋でした。しかしある時、このままだと死ぬときに後悔すると思うようになったといいます。
広告デザインは、誰かが届けたいものを届けたい人へ届けるために間に立つ仕事でした。よっちゃんはそこから、自分が大事だと思うものを届けたい人に届けるほうへ、行動範囲を広げたのだそうです。
誰かが届けたいものを、届けたい人に届けるための間に立つ
自分が大事だと思うものを、届けたい人に自分で届ける
たとえば、子どもにマッサージを続けると子どもも自然に覚えます。よっちゃんは、それが思春期を過ぎてもオキシトシンが分泌されるような状態を保つことにつながる、と大事に考えています。
ただ、実際に動いてみると、広告の仕事でできていた以上の工夫が必要で、「このままでは届かない」と思う反省も多いそうです。申込フォームのような事務作業に1日かかってしまうこともあり、過去の仕事では人に助けてもらっていたと実感していると話しています。
実際に行動してみるからこそ見える課題と、それをこうどうするかって考え続けてたら、もう退屈なんて言ってられないっていうか。
せいちゃんは、やってみるからこそ気づけるし、それを人に伝えることで「ここは得意」という人が現れるかもしれないと話します。番組は「明日もかもしれないを面白がることで、ため息が鼻歌になっちゃうかも」という言葉で締めくくられました。
まとめ
「毎日が退屈です」というお便りに対し、2人は体を動かすこと、感情を色や形にすること、新しい道具を面白がることなど、それぞれの実感から退屈との付き合い方を語りました。共通しているのは、いつもと少し違うことをやってみて、そこで動いた心を大事にする姿勢です。
- せいちゃんは夏休み明けの退屈を、市民農園の手入れに時間をかけることで乗り越え、へんてこなさつまいもに価値の面白さを見つけた
- 土や川に触れる感覚は心を落ち着かせ、触感は記憶にも残りやすいという話が共有された
- よっちゃんのアートジャーナリングは、ネガティブな感情も色や形にして、自分を少し遠くから美しく捉え直す方法
- ChatGPTで自分の絵を友人に「着て」もらうなど、AIを不安ではなく楽しみの道具として使う例が紹介された
- 実際に行動するほど課題が見え、退屈している暇はなくなるという気づきで回が締めくくられた




