クラウド誕生シリーズ第3弾で扱う「グローバル戦略」とは
Growth Radioの名著再読シリーズ「クラウド誕生」は今回で3回目です。清沢さんはこれまでの流れを、第1回がカテゴリー戦略とゼロイチ、第2回がイベントマーケティングとDreamforceだったと振り返ります。
今回のテーマはグローバルです。清沢さんは、Salesforceは今や世界中に拠点を持ち、どの国でも使うのが当たり前のインフラのような存在になっていると話します。
そのうえで清沢さんは、Salesforceが早いタイミングから取り組んできたグローバル戦略とGTM戦略 ── Go To Marketの略。製品を市場に届けて売上を立てるための販売・マーケティング・チャネルなどの一連の戦略のことですを深掘りしていきたいと切り出します。
「出す前からグローバルだった」Salesforceのプロダクト設計
清沢さんは、Salesforceは海外参入がとても早い印象があると話します。浜田さんによると、2000年の商用版リリースの時点で、アイルランドのオラクル関係者から「一緒にやりたい」と声がかかり、準備が進んでいたといいます。
もう出す前からグローバルだったみたいなノリのことが書いてありますよね、この本を見ると。
浜田さんは、その根拠としてプロダクト設計を挙げます。Salesforceには、製品内の言語を簡単に切り替えられる機能が最初から備わっていたといいます。
浜田さんは自身のAppExchangeでの開発経験からも、Salesforceには言語を切り替える仕組みが確かに入っていたと語ります。
これデイワンからあったんだっていう。
浜田さんは、日本でウェブサイトやアプリを作ると、メニューの言語などがハードコード ── プログラムの中に日本語などの文言を直接書き込んでしまうこと。あとから別の言語に差し替えるのが難しくなりますで日本語のまま埋め込まれていることが多いと説明します。
理想は、日付などを言語ごとに簡単に置き換えられるディクショナリー ── 表示する文言を言語ごとに一覧化して管理する仕組み。これを使うと多言語対応が容易になりますの仕組みを入れておくことだといいます。しかし浜田さんは、日本の企業で最初からそうしている例はほとんどないと話します。
売上2792億円、日本最大級SaaSの規模感
浜田さんは、毎年この時期にSalesforceの決算公告を見るのが楽しみだと語ります。5月ごろに出た第25期の売上は2792億円で、前年の2345億円から約20%、金額にして約450億円伸びていると紹介します。
浜田さんは、その伸びを「1年間でサンサンが1個生まれているようなもの」と表現します。清沢さんもその規模感に驚きを見せます。
清沢さんは、Salesforce Japan単体が上場してもとんでもないバリュエーションがつくはずだと話します。浜田さんは、日本オラクルが売上2000億円で時価総額2兆円である点を引き合いに、Salesforce Japanが上場すれば2兆円は下らないだろうと語ります。
国内トップのSaaS企業は売上2〜3000億円規模です。浜田さんは、ラクスやサンサン、マネーフォワードといった日本のトップSaaSと比べて、Salesforce Japanは4〜5倍のスケール感だと整理します。
ジョイントベンチャーで始まった2000年代の日本進出
清沢さんは、Salesforceの日本進出は2001年前後で、始まりは提携という面白い形だったと話します。浜田さんによると、ヨーロッパはアイルランド(ダブリン)の人たちから声がかかり、税制の利点もあってそこを起点にフランスやドイツへ攻めていったといいます。
一方、日本の株式会社Salesforce Japanは、Salesforceとある企業のジョイントベンチャーとして始まったと浜田さんは説明します。
浜田さんは、2000年代にはこうした形が珍しくなかったと語ります。今なら海外企業が日本に子会社を作り、人を連れてくれば立ち上がるが、当時はアメリカの会社と日本の会社が共同出資で会社を作る例が多かったといいます。
浜田さんは自身が最初に勤めた三井物産の例として、テレビショッピングのQVCジャパンや、アフィリエイトのリンクシェアジャパンを挙げます。テレビ局の開拓やブロガーとの関係づくりなど、日本の事情に合わせるには現地企業と組んだ方がよかったと振り返ります。
当時は結構グローバルなIT企業でも、日本はちょっと単独だとつらいから、日本のどこかの会社とジョイントベンチャーを組んで助けてもらおうみたいなのが結構あった。
浜田さんは、今は言語の壁も減り、こうしたジョイントベンチャーはだいぶ少なくなったと補足します。
パートナーの助言と、サンブリッジとの提携
浜田さんは、日本進出の経緯を本から詳しく紹介します。2000年にアメリカで商用版をリリースした段階で、日本版のトライアルやデモは動いており、いつでも売れる状態だったといいます。
Salesforceが話題になると、日本の商社やSIerなど、いろいろな企業がすぐに声をかけてきたと浜田さんは語ります。三井物産や野村総研といった名前が挙がったのではないかと推測します。
その際、オラクルジャパン社長の佐野さんに相談したところ、「どこか1社と組むのはやめておけ」と助言されたといいます。1社に紐付くと、他へ行けなくなるという理由です。
とはいえ日本は距離もあり事情もわからないため、助けは必要でした。そこで出てきたのがサンブリッジ ── スマートビジネスカードなど、Salesforceに名刺を連携するサービスを手がけた会社。サンサンの競合にあたり、Salesforce Japanの最初の株主でもありましたで、2001年の初め頃に声をかけて一緒にやろうという話になったと浜田さんは説明します。
9年後に持ち分を買い取り100%子会社へ
浜田さんは、サンブリッジの創業者アレン・マイナーさんについて、元オラクルで、マーク・ベニオフとオラクルの同期らしいと紹介します。マイナーさんはオラクルジャパンで活躍したのち、日本でインキュベーターやベンチャーキャピタルのような事業をしていたといいます。
浜田さんは、二社で事業を進めると方針や投資意欲の違いが出やすいと語ります。さらに親会社と子会社がそれぞれ上場する親子上場 ── 親会社と子会社の両方が株式を上場している状態。それぞれに別の株主がいるため、利益が相反しやすいと指摘されますでは利益相反の問題も生じるため、ジョイントベンチャーは長続きしにくいと説明します。
Salesforceの場合、2010年、つまり約9年後に持ち分を買い取ったといいます。金額は約1.7億ドルで、当時のレートで200億円弱ほど、今はSalesforceの100%子会社になっていると浜田さんは語ります。
言語対応と象徴的な顧客、日本郵政というターニングポイント
清沢さんは、マーク・ベニオフが海外展開の要点を最初からわかっていたかのように、確実に成功させてきたと評価します。1つ目のポイントは、きちんと言語を用意していたことだと整理します。
清沢さんは、もう1つのポイントとして、その市場での象徴的な顧客や案件を早期に獲得するのがうまい点を挙げます。日本でのターニングポイントが日本郵政の案件だったことは、語り継がれている話だといいます。
浜田さんは、当時の衝撃を振り返ります。2000年代前半は光回線がどれくらい普及していたかも怪しく、ADSLやYahoo! BBという世界観の中で、ネットでビジネスができるのかという段階だったといいます。
なんか海外から来た会社がいきなり日本郵政を売っちゃうみたいな。結構衝撃的ですよね。
清沢さんは、SaaSやクラウドという言葉すらまだ一般化していない時期だったと補足します。浜田さんは、当時ブラウザ上で設定できるサービスはASP ── Application Service Providerの略。ネット経由でソフトの機能を提供する形態で、現在のSaaSにあたる概念を2000年代当時はこう呼んでいましたと呼ばれ、SaaSやクラウドという言葉はあまり使われていなかったと語ります。
いい人を採用し、シンボリックな案件を取りにいく
清沢さんは、日本郵政を受注してから大きなエンタープライズを次々に獲得していった点を挙げ、これはダイレクトに提案して進めたのかと問いかけます。
浜田さんは両方あったと答えます。最初はパートナーでやろうとしたがうまくいかず、直販へ切り替えたといいます。サンブリッジのアレン・マイナーさんは株主的な立場だったため、日本にはエンタープライズセールスができる人を社長に据えたと説明します。
浜田さんは、2代目にあたるウダさんが強力に営業を進め、一気に大きい会社を取っていったと本の内容を紹介します。ウダさんはもともとIBM出身だったといいます。
清沢さんは、海外市場で強いロゴを取りにいくには、エンタープライズのプロフェッショナルを採用することが大事なポイントかと尋ねます。浜田さんは、ベニオフがオラクル時代に日本でビジネスをしており、その人脈をしっかり持っていたことが大きいと語ります。
日本企業はアメリカでウダさんを採用できるか
浜田さんは、Salesforceが日本でウダさんのような人を採用できたことは、逆に日本企業がアメリカで同じことをできるかという問いになると指摘します。
浜田さんは、日本企業がアメリカで誰もが知るエグゼクティブを採用しようとすると、報酬は数億円に株式が加わる水準だろうと語ります。それができるかが問われるといいます。
浜田さんは、日本ではシリーズBでも調達額が10億円や20億円で、何億円をアメリカにつぎ込めるかという感覚が現地とは大きく違うと話します。メルカリのUSを率いたジョンさんのようなプロフィールの人材は例外的だといいます。
清沢さんも、シンガポール時代の経験から、国内のSaaS企業がアジアに出る際は、まず現地の日本人を採用する形が多く、いきなりトップのソフトウェアサービスのプロフェッショナルを採用する例は聞いたことがないと語ります。
売上が染み出してから本格参入するタイミングの見極め
浜田さんは、それでもベニオフは計算していたと補足します。クラウドは放っておいても売れたり、ある会社が導入して他国にも広げたいと言い出したりして、売上がオーガニックに染み出してくることがあるといいます。
浜田さんは、ベニオフはそうして現地で多少の売上が立ち始めてから本格的に参入していたと説明します。いきなり超エグゼクティブを雇ってそこから始める戦い方はしていない、と本を読んで感じたと語ります。
清沢さんは、ポイントは踏むべきタイミングの見極めだと整理します。いきなり採用しすぎず、少数精鋭で市場を作ってからグロースしていくのもベニオフが意識していた点だと話します。
トップ自らゴリゴリ営業するファウンダーの強さ
浜田さんは、ベニオフのコミットぶりを象徴する案件としてキヤノンを挙げます。最初に会った際、自分がいかにカメラ好きかを伝え、最新のカメラを買わせてほしいと持ちかけて関係を作っていったといいます。
自分がいかにカメラが好きかを伝えて、ちょっと最新のカメラ買わしてくんない?みたいな。めちゃくちゃ営業マンやこの人みたいな。
浜田さんは、続編にあたる『トレイルブレーザー』でも、ベニオフがトヨタの社長とハワイで時間を過ごすなど、ゴリゴリに営業している様子が書かれていると紹介します。清沢さんは、ベニオフ自らがトップセールスをしていると受け止めます。
浜田さんは、海外のポッドキャストでファウンダーの話を聞いても、営業に自信のあるファウンダーは非常に多いと語ります。営業はやればやるだけ磨かれ、営業が強いファウンダーの会社は伸びるという実感があるといいます。
営業は先天的か後天的か、ベニオフのタイプ
清沢さんは、営業出身のファウンダーなのか、起業後に営業スキルを身につけた後天型なのかには、いろいろなパターンがあると問いかけます。
浜田さんは、ベニオフはすごい営業というよりビズデブ ── Business Developmentの略。事業開発を指し、提携や新規事業づくりなど営業と経営の中間にあたる役割ですに近いタイプだと見ます。もともとエンジニアで、Appleでインターンし、オラクルではマッキントッシュ向け製品を作っていた経歴を挙げます。
浜田さんは、ベニオフは営業スキルを身につけたというより、多少先天的にセンスがある人だったのかもしれないと語ります。
清沢さんは、B2Bの例としてServiceNowのファウンダーに触れ、ドメイン知識と人脈があったことで立ち上がりがうまかったと話します。浜田さんは、ベニオフも35歳ほどで起業し、オラクルの人脈も資金もあった点で、日本的なベンチャー像とは一歩違うと語ります。
なぜ日本市場を優先し愚直に投資し続けたのか
清沢さんは、Salesforceのセールスで特にすごいと感じる点を語ります。アメリカという巨大市場で取り切る余地が大きいのに、最初から日本やダブリンに継続的に投資し、ベニオフ自らが来日してエンタープライズと関係を作り、3000億円規模の事業に育てたことです。
清沢さんは、全体のポートフォリオの中で日本は主要とは言えない市場でありながら、そこに目をつけて愚直にやり続けた優先度の付け方も学びだと話します。
浜田さんは、ベニオフが単に日本好きだった可能性にも触れます。ファウンダーが自分のやりたいことに正直であるオーセンティシティ ── authenticity。自分らしさや正直さのこと。ファウンダーが本心に沿って事業を選ぶ姿勢の重要性を指す文脈で使われていますの大切さと結びつけて語ります。
浜田さんは、距離があっても日本に最初に来る合理性も説明します。1億2000万人の人口とGDPを持つ国が、東京にさえいれば商売できる点は大きな利点だといいます。国ごとに言葉も法規制も通貨も違うヨーロッパと比べ、日本は効率がよいと語ります。
上場前に動く、日米で異なる資本市場の構造
清沢さんは、日本のSaaSが上場すると、国内で売上200億〜300億円がある場合、経営はまず国内事業を伸ばす方向に向かいやすいと話します。海外に投資してもARR ── Annual Recurring Revenueの略。SaaSなどで1年間に継続的に得られる売上のこと。海外では立ち上げに時間がかかると語られていますが1億円に届くまで時間がかかり、投資家からの見られ方も難しくなると指摘します。
浜田さんは、日本ではグロース市場でも利益が見られるため、回収に時間がかかる投資がしづらいと語ります。上場後はさらにやりづらくなるといいます。
浜田さんは、Salesforceが2003年ごろの上場で、それよりはるかに前に海外へ出ていた点に上手さがあると指摘します。上場よりも前に、早く海外に動く必要があるという見方を示します。
浜田さんは、アメリカは利益を出していなくても成長へ投資していれば評価されやすい市場であり、その違いが海外投資を後押しする背景かもしれないと語ります。清沢さんも、資本市場のルールに構造的な差があると受け止めます。
海外事業の難しさと、これからのグローバル展開
浜田さんは、自身のSansanや仮想通貨の会社での経験から、海外事業は本当に難しいと語ります。ビットフライヤーでアメリカ展開をした時は、日本でまさにPMFしている最中で、リソースを回しづらかったといいます。
絶対日本に投資した方がいいから。
浜田さんは、2019年にSansanで海外を担当した時は、メインのプロダクトが大きくなりすぎて海外対応のコストが重くなっていたと振り返ります。ではいつやればよかったのか、その答えは未だに出ていないと語ります。
清沢さんに米国進出を尋ねられ、浜田さんは、やりたいものの二社で大変な経験をしたため現実的に見ていると答えます。むしろ海外の似た会社を買い、一緒に伸ばしていく方にチャンスがあるかもしれないと話します。
清沢さんも、Sansanのシンガポール時代に海外事業の難しさを痛感したと語ります。新卒で海外志向を持って入り、縁があってグローバルに行ったものの非常に難しく、生半可な気持ちでは言えないと感じるようになったといいます。
浜田さんは、今はAIでプロダクトをライトに作れ、多言語対応も楽になっていると語ります。いいプロダクトを作れば自然にグローバルへ染み出す、そうした新しい展開の可能性もあるかもしれないとしつつ、成功例はまだ少ないと補足します。
日本企業の海外進出は「ドラフト」の資本力勝負か
浜田さんは、この回の学びを整理します。まずDay1から海外対応パッケージを用意すること、できれば海外に売上が染み出してから市場を攻めること、そして入るべき市場ではいい人を採用することです。
浜田さんは、そうすればシンボリックなアカウントがついてきて、そこから広がっていくと語ります。一方で、アメリカでのエグゼクティブ採用に何億円かかるかわからないという問題を、日本企業がどう解決するかが課題だと指摘します。
清沢さんは、この人材投資をプロスポーツチームのドラフトになぞらえます。海外のエグゼクティブ採用は億単位になるという話です。
優勝したかったらNBAだったら、もう50億の選手を3人揃えないと勝てないみたいな。
浜田さんは、レイカーズが1兆円で売れたことに触れ、こうした人材投資も最終的には回収されうると語ります。清沢さんも、海外展開における人材への投資が大きなポイントになると受け止めます。
クラウド誕生シリーズの締めくくりと今後の予定
清沢さんは、濃いグローバル戦略の話からさまざまな論点に派生したと振り返り、締めくくりに入ります。
浜田さんは、これで「クラウド誕生」のメインのトピックはカバーしたと語ります。今後もSaaSや営業・マーケ領域の本を取り上げ、機会があれば著者にも登場してもらいながら掘り下げていきたいと話します。
浜田さんは、概要欄のリンクから感想や取り上げてほしい本のリクエストを寄せてほしいと呼びかけます。あわせて、SNSでのシェアやフォロー、ライクも依頼しています。
まとめ
Salesforceは、Day1からの多言語対応、売上が染み出してからの本格参入、いい人材による象徴的な案件の獲得という組み合わせで、日本市場を主要とは言えない位置づけながら愚直に投資し、売上2792億円規模の事業に育てました。日本企業の海外展開に照らすと、上場前に動く難しさと、現地エグゼクティブ採用の資本力という課題が浮かび上がります。
- Salesforceは2000年時点で言語を切り替えられるプロダクトを備え、出す前からグローバルを前提にしていた
- 日本進出はサンブリッジとのジョイントベンチャーで始まり、2010年に約1.7億ドルで持ち分を買い取り100%子会社化した
- 日本郵政やキヤノンなど象徴的な案件を早期に獲得し、ベニオフ自らがトップセールスとして関係を築いた
- 海外参入は少数精鋭で市場を作り、売上が染み出してから本格化するタイミングの見極めが鍵になる
- 日本企業の海外展開は、上場前に動く難しさと現地エグゼクティブ採用の資本力が大きな課題として残る






