そもそもGongとはどんなサービスなのか
この回から始まる新シリーズ「海外ユニコーン解説」は、アメリカのSaaSスタートアップがたどったグロース戦略を分析する企画です。第1回は営業支援SaaSのGongを取り上げます。
Gongは日本にはあまり進出しておらず、聞き馴染みのない人も多いといいます。ただ規模は大きく、浜田さんは同社の現状をこう紹介します。
今回GongとかだともうARR300ミリオンを超えていて、前回調達の(企業)価値が73億ドル、1兆円みたいな次元だったりする
ARR300ミリオンは日本円で400億円超に相当し、清沢さんは「上場していてもおかしくないぐらいの規模感」だと話します。未上場で1兆円弱という評価額は、日本ではなかなか見ないスケールです。
Gongを一言で言うと、アメリカのMiiTelやAmptalkにあたる音声解析サービスです。MiiTel ── 商談や電話の内容をAIで解析する日本の音声解析ツール。IP電話機能を備えている点が特徴とされます商談の内容を文字起こしし、CRMに収める機能を出発点にしています。
ただし文字起こしだけでは、今やどんなAIでもできるコモディティになりつつあります。そこでGongは、売上予測まで手がける「Revenue Intelligence」のプラットフォームへ進化していると浜田さんは説明します。
コア機能は、文字起こしにとどまらず商談から示唆を出すことにあります。
「こういうキーワード出してる人は売れるよね」とか、「話す比率がどうじゃなきゃいけないよね」とか、そういう示唆出しをしていくっていうところが一番コアの機能
現在のGongは、パイプラインの状態や最終的な売上着地の予測、コーチングやフィードバックをくれるAIまで備え、商談分析を起点に付加価値を高めています。
4000社で三百億円。エンタープライズに強い顧客基盤
Gongの顧客はエンタープライズ中心とみられます。ロゴにはAnthropic、Reddit、Google、Dropbox、Square、モデルナ、ナスダックなど大型企業が並びます。
顧客数はおよそ4000社。浜田さんはこの数字から単価の高さを読み解きます。
4000社で300億円ってことで、1社1000万みたいな話。だからMR(月額)80万だから、結構大きいと思ってて
注目すべきは、この単価にIP電話が含まれていない点だと浜田さんは指摘します。日本のMiiTelがIP電話付きであるのに対し、Gongは電話代を取らずに1社1000万円を得ているため、しっかり取れている印象だといいます。
電話を録音する性質もあり、IT企業のほうが導入しやすいのではないかとも話されています。テック系の名だたる企業が並ぶ顧客リストは、その傾向を裏づけているようです。
売上減の原因は商談の中身にあった。Gong創業の背景
Gongの創業者はイスラエル出身のシリアルアントレプレナーです。共同創業者のCPOも技術畑の人物で、2人ともすでに複数の起業を経験しています。
だから、1999年に創業したSaaSの会社を売却してみたいな。シリコンバレーの大ベテランっていう感じ
満を持して2015年に立ち上げたGongの着想は、創業者自身が営業現場で感じたペインから生まれました。前職のBI企業サイセンスでCEOを務めていた時、急に売上が落ち込んだのがきっかけだといいます。
CRM上のパイプラインの金額は変わっていないのに、売上だけが落ちている。原因を突き詰めた先にあったのが、商談の中身でした。
最後の商談の中身まで見た時に全然違うじゃん、めっちゃ質落ちてるっていうのが、そこまで現場に行って初めてわかった
とはいえ、不調のたびに代表やCOOが商談に同席し続けることはできません。「なんかいるよね」という気づきが、営業現場のリアルな会話データにこそ価値があるというアイデアにつながりました。
この発想の背景には、CRMへの根本的な問題意識があります。
CRMって営業が入力してる限り工数もかかるし、結局人によっちゃうっていうところを、ある意味、事実である会話っていうところに投資していこうっていう発想
仮説検証も鮮やかでした。営業リーダー50名にヒアリングしたところ肯定的な反応が多く、明確なニーズを確認できたといいます。浜田さんは、日本のレブコムの相田さんも同様に「10人に聞いたらほぼ全員が欲しいと言った」と語っていたと紹介し、最初からPMFしているような世界観だと表現します。
競合が消えるなか、なぜGongだけが生き残ったのか
Gongと同時期に創業した競合は多く、代表格にはChorusがありました。日本でもMiiTelやAmptalkなど複数のプレイヤーがこの領域で伸びています。
しかしアメリカでは状況が異なると浜田さんは言います。Chorusは買収され、音声解析は他サービスのオプション機能として吸収されていきました。
今この音声商談解析を起点にしてやってるのは本当ここだけみたいな印象が結構あります
清沢さんはこれを「カテゴリーを作り、カテゴリーに君臨し続けた」と整理します。ここで重要なのは、Gongが勝てた理由がプロダクトの差別化ではなかったという点です。
文字起こしの精度や音声エンジンは各社ほぼ同じで、差を出しづらい領域でした。使ってみないと違いがわからないからこそ、Gongが注力したのは圧倒的なマーケティングだったと振り返られます。
音声解析を単機能や他サービスのオプションとして提供。Chorusは買収され、音声機能は他社に吸収された
音声商談解析を起点にカテゴリを創出し、マーケティングで代名詞のポジションを確立して単独で生き残った
スーパーボウルCMまで。カテゴリを作る派手なマーケティング
Gongという社名は「ドラ」を意味します。アメリカにも受注時にドラを鳴らす営業文化があり、WeWorkを描いたドラマにも巨大なドラが登場します。営業にとってエモーショナルな響きを持つ、優れたブランド名だと浜田さんは評価します。
さらにLinkedInやTwitterで親しみやすいネタを発信し、愛されるブランドを築いていきました。単なる商談解析ではなく「Revenue Intelligence」という収益に直結するカテゴリを打ち出したことも肝でした。
象徴的なのがスーパーボウルへの広告出稿です。浜田さんが調べた限り、スーパーボウルに広告を出したSaaS企業はほとんどなく、Gongは2年連続で出稿しています。
スーパーボウルはスーパーボウル ── アメフトの年間王者を決める決勝戦。全米で最も視聴される番組の1つで、CM枠は30秒で2〜3億円かかるとも言われますで、ペプシやM&M、マクドナルドといった世界的ブランドが並ぶ舞台です。そこにあえて出稿する意味を、浜田さんはこう読み解きます。
結局それって「このカテゴリーはGongがリーダーだよ」って宣言に近い感じがしますよね
誰も出さないスーパーボウルにあえて投資してカテゴリを作っていった点に、Gongの戦略の核があります。営業のノウハウならGong、という第一想起へつなげていったと考えられます。
派手さだけでない。VP以上に絞り込む営業と高いNRR
Gongの強みはマーケティングだけではありません。徹底した営業へのコミットメントと、顧客サクセスのオペレーションにもこだわっていたと清沢さんは指摘します。
わかりやすいプロダクトゆえ問い合わせは殺到しました。しかし全件に対応すると、社長と営業数人といった小規模企業が多く、売上がスケールしません。
大きいターゲットとなる会社のVP、部長以上としか商談しないみたいな、めちゃくちゃ絞り込んでやってた
勇気のいる意思決定ですが、これが功を奏しました。早い段階から意思決定者にプレゼンでき、案件も大型化したといいます。
大企業を狙った結果、一部門から入っても他部門へ広がり、ネットリテンションレートは最大150に達したと紹介されます。ネットリテンションレート ── 既存顧客からの売上が1年でどれだけ増減したかを示す指標。100を超えると解約分を上回ってアップセルが伸びていることを意味します
100万で売ったはずが来年150万になってるみたいな
NRRが150%に達する企業はなかなかありません。清沢さんはSnowflakeが160ほどに達したことに触れ、それに並ぶトップクラスの水準を営業領域で達成している点を、Gongのもう1つの強みとして挙げます。
音声からメール、案件、予測へ。マルチプロダクト戦略
ここから話題はマルチプロダクト戦略へ移ります。Gongは商談の録画解析にとどまらず、複数のプロダクトを展開してRevenue Intelligenceのカテゴリを広げていきました。
1つ目の拡張は、会話解析の範囲そのものの拡大です。音声だけでなくメールも分析・制御できるようにし、セールスエンゲージメントの領域へ踏み込みました。
これはOutreachのような、いつどんな文章でメールを送るべきかを制御するサービスの領域です。Outreach ── リードごとに電話やメールの理想的な行動を型化し、次に誰へ何を送るべきかを提示する営業支援ツール。セールスエンゲージメントの代表格とされます
GongとOutreach両方買わなくていいですよっていうポジションをまず取りに行った
2つ目は案件分析機能の追加です。ディールの解析へも染み出し、浜田さんはこれをさらに大胆な一手だと受け止めています。
Salesforceなくてもよくない?みたいな世界
メールも電話もすべてGong上に記録されるため、営業が入力するSalesforceの情報より正確に分析できるという発想です。音声やメールという一次情報を押さえているからこそ、ユーザーも違和感なく受け入れられる自然な展開だと清沢さんは見ます。
3つ目は収益予測を担うForecast、そしてAI活用の拡張です。営業支援のCopilot機能を加え、AIエージェント的な活用も進んでいます。
結果としてGongは、記録や分析にとどまらず、営業や経営の意思決定と行動そのものを支援する包括的なプラットフォームになりつつあります。これが勝ち筋になると清沢さんはまとめます。
Gongはどこへ向かうのか。IPOかM&Aか
ここまで聞いても、Gongはいまだ未上場です。激化するAI競争のなか、どう差別化し、どのようなExitを選ぶのかが最後のテーマになります。
浜田さんは評価額の背景をこう分析します。前回調達時の7.3ビリオン、1兆円という評価は、現在の売上の20倍にあたります。
Gongが上場した競合が多かった2021年当時は30〜40倍で上場できた、いわゆるSaaSバブルの時期でした。音声解析がコモディティ化した現在、同じ評価額は上場してもつかないだろうと浜田さんは見ます。
利益が出る体質にしながら、自力で400、500とか、下手したら1000億円くらいの売り上げを作りに行くみたいな戦いになるんじゃないか
CEOのコメントでも、資金があり効率的な経営ができているため上場の予定はあまりなく、IPOは選択肢の1つとしつつ具体的には検討していないと、態度を濁らせているといいます。
買収シナリオもあり得ます。相手はSalesforce、Microsoft、Oracleといったジャイアントか、あるいはSaaS専業ファンドのThoma Bravo、KKRやBlackstoneといった大型ファンドが考えられます。
ただ差別化は容易ではありません。今やほぼすべてのセールステックユニコーンが自社を「Revenue AI Platform」と名乗っているためです。
音声商談に課題ありそうだなと思ったらとりあえずGong入れるかみたいなところはある
一方で、Gongというブランドが立っている点は強みです。利益も出ておりExitはできるだろうとしつつ、ここからどう勝つかが難しいと浜田さんは話します。
アメリカのセールステック上場企業は、実質的にSalesforce、HubSpot、ZoomInfoに絞られ、それぞれ自前の音声機能を持ちます。買収するプレイヤーも多くないなかで、Gongには2つの選択肢が見えてきます。
ユニコーン同士が連合を組む合従連衡は、アメリカでは珍しくありません。ChorusはZoomInfoに買収され、SalesLoftはB2Bチャット接客のDriftを買収しています。
VC同士が話をつける。シリコンバレーのクローズな世界
同業同士のM&Aがアメリカで起きやすい背景として、浜田さんはZoomInfoの例を挙げます。データベンダーのDiscoverOrgがZoomInfoを買収した際、裏側にファンドがいて、資本の入った会社同士を合併させたといいます。
清沢さんは、少し話題を広げてPayPalの成り立ちにも触れます。ピーター・ティールとイーロン・マスクという競合同士が合流してPayPalを作り、ユニコーンに至った経緯です。
度競合がもう一緒にやろうぜってPayPal作ってユニコーンになってる。日本だとあんま聞かないのかなみたいな
その裏にあるのが、シリコンバレーのクローズなコミュニティです。VC同士やプライベートエクイティファンド同士が相談し、「これ良くない?」と話をつけていく世界だと浜田さんは説明します。
ユニコーンを1社掘り下げると、その国ごとのエコシステムまで見えてくる。清沢さんはそこに一緒に学べる点があると話します。
まとめ
音声解析の先駆者Gongは、コモディティ化しやすい機能領域で、カテゴリ創出のブランディングと早め早めのマルチプロダクト戦略によって唯一生き残ったユニコーンです。市場は違えど、その本質は日本のSaaS経営にも学びが多いと締めくくられました。
- Gongは音声商談解析を起点に、Revenue Intelligenceという新カテゴリを創出して代名詞のポジションを確立した
- プロダクトの差別化は難しく、勝因はスーパーボウルCMなど圧倒的なマーケティングと「勝者宣言」にあった
- VP以上に絞り込む営業と、最大150に達するNRRで、売って終わりでなくアップセルまで伸ばした
- 音声からメール、案件分析、収益予測、AIへと早めにマルチプロダクト化し、コモディティ化の前に次のステージへ進んだ
- 未上場のExitはIPOかM&Aかで態度を濁らせており、ユニコーン同士の合従連衡もシナリオとして見えている






