話題のドラマ「T乾」、3人はどんな角度で見ている?
この回の主役は、話題のドラマ「Tシャツが乾くまで」です。永瀬さんは長距離移動の機会に、それまで見ていなかった全話を一気に見たと切り出します。
永瀬さんは、ダイジェストやニュースで話題になるのを知りつつも深くは見ていなかったといいます。そこで、他の2人がどの角度でこのドラマを見ているのかを聞きたいと思ったそうです。
そろそろ今のクールのドラマが終わろうとしてて、いきなり全話今までのやつ見ました。
樋上さんは以前から永瀬さんに「見てください」とすすめていた側です。中さんも見ており、3人ともドラマ好きという共通点があります。
ここからはネタバレありきの前提で、次が最終回というタイミングでの語り合いが始まります。永瀬さんが最初に投げかけたのは、そもそもこのドラマは不倫なのか、という問いでした。
そもそも「T乾」は不倫なのか、という最初の問い
永瀬さんは、過去のゴリゴリの不倫ドラマと比べて、「T乾」はどうなのかと疑問を投げます。不倫というワードはちらつくものの、完全な黒とは言い切れないのではないか、という感覚です。
(Tカワのやつ)あれは黒なんですか?あれ不倫なんですか?
この問いに対し、3人の立場は最初からきれいに分かれます。樋上さんは「全然不倫じゃない」という立場をはっきり示します。
一方で永瀬さんは、樋上さんが不倫だと思う側なのかと最初は受け取り、少し驚きます。話は、園田さんが「不倫ですよね」と言い出した場面へと戻っていきます。
バスの映像だけで「不倫」と言えるのか
ドラマの序盤、園田さんは奥さんが知らない男性とバスに乗っていた映像を手に入れます。毎月約束して会っていたことが、園田さんにとってはすでに不倫だという話になっていました。
永瀬さんは、その映像や事情を聞いても、何が不倫だったのか1ミリもわからなかったと振り返ります。友達と長野に行っただけかもしれない、という受け止め方です。
(映像で不倫と言われても)何が不倫やったか1ミリもわからんかった。
これに対して中さんは、俯瞰して見ている自分たちだからこそ不倫じゃないとわかるだけで、当事者だったら不倫だと思うのではないか、と反論します。
俯瞰して見てるから不倫じゃないってわかるけど、当事者やったら不倫やと思うんじゃないかなと思いますけど。
中さんは、パッと映像を見たら「不倫してます」となるはずだと主張します。樋上さんは、ただの友達で長野に行っただけかもしれない、と食い下がります。
「説明できないこと」は不倫の証拠になるのか
議論は、奥さんがなぜ園田さんに黙っていたのか、という点に移ります。中さんは、何もないなら聞かれる前に説明すればいいのに、しないという時点で勘ぐってしまう、と考えます。
お互い何もないんか言えるじゃないですか。言えないってことはって考えちゃう。勘ぐっちゃいますよね。
中さんは、ドラマの中で奥さんが「信じてくれない」と日記に書いていた点に触れます。説明できないと思っていること自体が、そう思われるからではないか、という読み方です。
樋上さんは、それは園田さんという人の性格を踏まえて、この人には理解できないだろうと奥さんが感じていたからではないか、と別の解釈を示します。
園田さんはこの人(園田さん)は理解できひん人やろなっていう奥さんのあれぐらいなんかなと思ってた。
同じ「黙っていた」という事実でも、中さんは「後ろめたいから言えなかった」と読み、樋上さんは「言ってもわからないだろうと思っていた」と読みます。見方の違いがはっきり表れる場面です。
「破綻していた関係」だったのかどうか
中さんは、そもそもこの夫婦の関係が破綻していたのではないか、と踏み込みます。無理して取り繕っていたから、言えない状態になっていたのだろう、という見立てです。
どっかで無理してたらダメよねって思っちゃうじゃないですか。どうせあんな無理して一緒に居るもんじゃないじゃないですか。
永瀬さんは、生活する上で全部合わせなくてもいいのではないか、と反論します。話せる相手が外にいることと、関係が破綻していることはイコールではない、という考えです。
誰か喋ってる人おるから破綻してるとはならないのではと。
樋上さんは、逃避癖という「奇妙な癖」レベルの話で、自分で認められていない部分を一番大事な相手に言えていなかっただけではないか、と整理します。それを破綻と呼ぶかどうか、と問い直します。
「家族に憧れて頑張った」ことが招いたすれ違い
中さんは、主人公の葵ちゃんは本来家族に憧れていたのに、家族ではない行動を取り続けていたのではないか、と指摘します。願っていることと違う行動を取ることで、ギクシャクしていったという読みです。
樋上さんは、その願いが強すぎたのではないか、と応じます。落ち着けるはずの家族に対して、そうなりたすぎて「頑張る」に変わってしまった、という見方です。
頑張らないのが家族なはずなのに。(頑張れば頑張るほど願ってるところにいかない)
家族は本来、気が抜けたり落ち着けたりする場所のはずです。それなのに、そうなろうと努力した結果、かえって願う場所から遠ざかってしまう。この本末転倒が、2組の夫婦に共通する構図として語られます。
同性ゆえに園田さんに感情移入する中さんの目線
樋上さんは、園田さんの奥さんの行動を仮に不倫だと感じたとしても、園田さん側が反省せず怒るだけになるのが気になる、と語ります。満たされていたら外に行かないのではないか、という問いです。
だって満たされてたらどこも行かへんくない?とか。
樋上さんは、フィナンシェのエピソードを例に挙げます。奥さんが好きだと言っていたのに、園田さんは「嫁は食べないから」と決めつけていた。相手をわかっていないから外に行くのだ、という指摘です。
これに対し中さんは、園田さんこそドラマの中で一番かわいそうだと感じると反論します。同性だからか、園田さん側から強く見てしまうと明かします。
圧倒的にかわいそうですよね、あの人が。
樋上さんはそれでも、園田さんに引きつける要素がなかったからではないか、と厳しい見方を崩しません。男女、あるいは立場によって、同じ人物への感情移入がここまで違うことが浮き彫りになります。
不倫の「定義」がずれると議論はかみ合わない
永瀬さんの意見が園田さんの奥さん側に強く寄っていくため、中さんは、自分の意図が伝わっていない気がすると軌道修正します。中さんが言いたかったのは、不倫か否かではなく「不倫が疑われるよね」という点でした。
不倫か不倫じゃないかとかっていう問題じゃない。不倫が疑われるよねって話ですね。
中さんは、肉体関係があれば不倫だという人もいれば、心が動けば不倫だという人もいる、と指摘します。定義が人それぞれである以上、その情報だけでは疑われるのも仕方ない、というのが一般論としての主張です。
樋上さんも、亡くなっている以上、気持ちがどこにあったかは一生わからない、と応じます。どこに不倫の定義を置くかで話が変わってしまうため、議論はかみ合いにくくなります。
好きなのは旦那で、話が合う友達に会っていただけ。悪いことをしていないから言う必要もなく、不倫ではない
内緒で毎週会って遠出していた事実だけを見れば、一般的には不倫が疑われても不思議ではない
ドラマ好きの樋上さんが感じた「わかった気」の怖さ
樋上さんは、このドラマをどう見ているかという最初の問いに立ち返ります。自分は映像作品ではドラマしか見ないため、珍しくドラマの話をする永瀬さんがどの視点でハマったのかが気になった、と説明します。
中さんは、どうしても同性目線で見てしまい、園田さんが一番かわいそうだと感じると重ねます。逃避してしまうマツケンの気持ちもわかると言い、それを妻から「何言うとん」とあきれられるとも明かします。
樋上さんは、このドラマの本質は「お互いわかった気になっているけれど、わかっていない」夫婦を極端に描いたものではないか、と読み解きます。園田さんも、何かをすれば理解できる人だったと最終的にわかる、という点を挙げます。
永瀬さんは、自分の描いた虚像に苦しめられるという言葉でこれを言い換えます。相手の像を勝手に作り、その架空の人物に怒られると思い込んでしまう。それを積み重ねた先に、このドラマのような結末があり得るという解釈です。
最終回への期待、大どんでん返しはあるか
話題は目前に迫った最終回に移ります。永瀬さんは、答えを明示して終わるのか、ニュアンスで考えさせて終わるのか、どちらだろうと予想します。作品はNETFLIXで配信中で、未見の人への視聴もすすめられます。
シルバーウィーク天気もし悪かったら、1日3話ぐらい見てもらって。
中さんは「別れる」という結末を予想し、それ以外の選択肢はないと考えています。すぐには別れられないので、そこをうにゃうにゃさせて終わるのではないか、という見立てです。
一方の樋上さんは、期待値が高めです。最終回前にあえて「別れよう」というセリフを出したのは、その先にもう1つの展開があるからではないか、と読みます。
それ以上の何かがあるから、最終回の前をあれで終わってくれたんやなって思って。
中さんは、それは期待値を上げすぎではないか、とツッコみます。大どんでん返しはもうないだろうという中さんと、大どんでん返しを期待する樋上さん。最後まで面白く終わってほしいという思いを共有して、この回は締めくくられます。
まとめ
話題のドラマ「Tシャツが乾くまで」をめぐり、3人は同じ場面を見ながらも、不倫か否か、誰に感情移入するかで大きく見え方が分かれました。答えを出すというより、視点の違いそのものを楽しむ雑談回でした。
- 永瀬さんと樋上さんは「不倫ではない」、中さんは「不倫が疑われるのは自然」と、立場がきれいに分かれた
- 同じ「黙っていた」行動でも、後ろめたさと読むか、わかってもらえないと諦めたと読むかで解釈が変わる
- 中さんは同性ゆえに園田さんへ、永瀬さんは奥さん側へ感情移入し、見え方の差が浮き彫りになった
- 作品の核として「お互いわかった気になって、自分の描いた虚像に苦しめられる」という読みが共有された
- 最終回は「別れて静かに終わる」派と「大どんでん返しがある」派に予想が分かれ、期待とともに幕を閉じた






