鉄道会社からSmartHR、才流へ。今西さんの歩みとは?
今回の公開収録のテーマは「ABMは本当に営業戦略なのか?」です。前半では、ゲストの今西佑太さんのキャリアとSmartHRでの取り組み、才流での仕事を掘り下げ、ABMとは何かという本題は後半で扱う構成です。
今西佑太さんのキャリアは、大阪の鉄道会社から始まりました。主に駅ビル開発を担当し、大手の鉄道会社で10年ほど過ごしたといいます。
今西さんは2020年、クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHRに入社しました。ちょうど関西支社の立ち上げフェーズと重なり、関西でSmartHRを知ってもらうために展示会やセミナーを数多く打つことがミッションでした。
その後、SmartHRが売上をさらに伸ばすために大手企業の開拓へ力を入れ始めたのが、2022年から2023年頃です。マーケティング側にもエンタープライズ部門を立ち上げることになり、今西さんがその立ち上げを主導しました。
今西さんは、エンタープライズマーケティングの戦略策定や組織づくりに3年ほど取り組みます。そして2026年3月にコンサルティング会社の才流へ移り、業界や規模を問わずさまざまな企業のABM ── アカウント・ベースド・マーケティングの略。見込み顧客を個人単位ではなく企業(アカウント)単位で捉え、重要な企業に絞って営業とマーケティングが連携して攻略する手法ですを支援しています。
超高層ビルからスタートアップへ。なぜ大きくジャンプしたのか
浜田さんが面白がったのは、超高層ビルを建てていた人が、スタートアップの関西支社立ち上げメンバーになったという飛躍です。今西さん自身も、鉄道会社の社内でずいぶん珍しがられたと振り返ります。
今西さんが挙げた1つ目の理由は、大手企業だけでなく、規模が小さく初期段階のスタートアップでも働いてみたいという気持ちがふつふつと湧いてきたことでした。
2つ目の理由は、マーケティングへの関心です。鉄道会社はジェネラリストを育てる総合職の考え方が強い一方で、今西さんは超高層ビルのプロジェクトでイベントやマーケティングに携わり、そこに強く惹かれました。
(イベントやマーケティングが)めっちゃおもろいなって思ったんですよ。
さらに今西さんには、大阪から離れたくないという条件もありました。スタートアップ、マーケティング、大阪という3つを掛け合わせて探した結果、SmartHRの関西支社立ち上げに伴うオフラインマーケ担当の募集に出会います。
2020年当時のSmartHRは全社で150〜200名ほどの規模でした。関西支社は立ち上げ直後で、今西さんは支社長を含めて5人目か6人目くらいだったといいます。
紙やハンコいらなくなるっていう、そういったものも、まだ広く浸透してなかった時代というか。
関西支社でのレポートラインについても話が及びました。今西さんの上長は最初は関西支社長でしたが、途中から東京のマーケティング部門へのレポートラインに変わったそうです。
エリアマーケからエンプラ担当へ。白羽の矢が立った理由
今西さんがSmartHRに入った最初の数年は、エンタープライズ狙いではなくSMB ── 中堅・中小企業(Small and Medium Business)の略。BtoBの営業やマーケティングで、大企業(エンタープライズ)と対比して使われることが多い言葉です中心の活動でした。最初の1年ほどは、関西でいかにリードと商談を取り、プレゼンスを高めるかに専念したといいます。
その後、SmartHRでは東海支社と九州支社が立ち上がり、エリアマーケティングチームが生まれます。エリアのことを分かっている人間が良いという判断から、今西さんがチームリーダーとなり、関西・東海・九州で同じミッションに取り組みました。
エリアマーケティングの中身について今西さんは、展示会が多く、ほかにオフラインイベントや地場の方々とのコラボレーション、エリアのユーザー会などを手がけたと話しています。
では、なぜ今西さんがエンタープライズマーケの担い手に選ばれたのでしょうか。今西さんは1つ目の理由として、鉄道会社での10年間で、大企業の組織構造やSMBとの違いを痛いほど分かっていたことを挙げます。
2つ目の理由は、エンタープライズ営業の担当者が、関西支社を一緒に立ち上げた同志だったことです。今西さんはその人から社内のエンタープライズ事情の良いところと課題を聞き、マーケティングも本来こうあるべきだという像を描いていました。
そういう意思とかバックボーンと言いますか、背景を持ってる人間に任せてみようかって話になったんだろうなと思います。
浜田さんが「営業が先にあって、それを加速させるためにエンタープライズマーケが立ち上がったのか」と確認すると、今西さんはまさにその流れだと答えます。そして、多くの企業で同じ順番になると話しました。
エンプラセールス
まずエンタープライズ向けの営業部門ができる
エンプラIS
次にエンタープライズ向けのインサイドセールスができる
エンプラマーケ
ここで「エンプラマーケは必要か」という議論が出てくる
今西さんはエンプラISができた段階に「大きな川が流れている」と表現しています。SmartHRがエンプラマーケに踏み込んだのは、2022年から2023年頃だったそうです。
作った施策が使われない。SmartHRのABMで最初にぶつかった壁
浜田さんは、SmartHRでゼロから立ち上げたABMについて、うまくいったことと、今ならやり直すことを尋ねました。今西さんの答えは「山ほどありますよね」でした。
今西さんが立ち上げ期にまず取り組んだのは、エンタープライズの現場に話を聞きに行くことでした。エンプラセールスやエンプラISのメンバーと1on1を組み、課題を聞いて関係を築くという土台づくりは、やってよかったと振り返ります。
次に今西さんたちは、営業やISが求めているものを一生懸命考えて施策を作り、届けました。ところが、その施策はなかなか使ってもらえませんでした。
これ今だったら恥ずかしいですけど、自分たちが一生懸命エンプラのことを考えて作ったものが全然届いてない、使ってくれないっていうのに、ちょっとモヤモヤするわけですね。
今西さんにとって、マーケが作った施策と営業の現場がかみ合わないことが、最初に立ちはだかった壁でした。
営業はなぜ使わないのか。経営陣の一言と「小さな成功体験」
施策が使われない壁について、今西さんの心に刺さったのは、経営陣との1on1での一言でした。今西さんが「営業が使ってくれない」と話すと、相手はニコニコと「わかるわかる」と聞いたうえで、こう返したといいます。
マーケティングが一生懸命作ってくれたやつを使うメリットが、多分彼ら(営業)はまだ頭の中にないと思うよって話で。
エンタープライズ営業の頭の中は、目の前の顧客に向き合うための新機能の情報や見積もり条件のルールなどでいっぱいです。そこに、使って意味があるかもわからないマーケの施策のための記憶を割く余裕はない、という指摘でした。
そのうえで経営陣が勧めたのは、ぐうの音も出ないほどの成果を、小さくても1つ出してみることでした。実績が1つあれば、営業はマーケと連携するメリットを実感でき、一緒にやってみようと思えるからです。
この助言は今西さんたちの中でストンと腑に落ちました。今西さんは、共著の本にも「小さくても成功体験」という考え方を何度も書いており、まず小さな成功体験をつくることを掲げたのが大きな転換点だったと話しています。
営業の求めるものを考えて施策を作り、届けるが使われない
小さくても1つ成果を出し、マーケと組むメリットを実績で示す
社内チャンピオンと「ドヤしてもらう」。小さな成功の広げ方
小さな成功体験をどうつくるか。今西さんがもう1つ見つけた答えは、当時の役員の助言にも通じる「社内のチャンピオンを見つけろ」という考え方でした。
今西さんの言う社内チャンピオンとは、営業の中でもマーケティング目線で話し、マーケ施策へのアンテナが高く、日頃からよくコミュニケーションを取ってくれる人です。今西さんにはそういう人が一人思い浮かびました。
今西さんはその人に、居酒屋で率直に協力をお願いしました。狙ったのは受注ではなく、営業が開拓したいのにきっかけがつかめずにいる企業へのアプローチでした。
具体的には、相手企業が関心を持ちそうなテーマでホワイトペーパーを作る、社内に眠っている既存コンテンツを送るといった方法です。マーケの手持ちのコンテンツを棚卸しして届けると、それまで振り向かなかった相手が反応してくれるようになりました。
今西さんが次に頼んだのは、その成果を「ドヤしてくれ」ということでした。社内チャンピオンは、社内チャットのSlackで営業のみんなに向けて、マーケの施策でつながらなかった企業が振り向いてくれたと、少し盛り上げて投稿してくれたといいます。
私が同じ投稿しても絵文字のスタンプなんか1個2個だと思います。でも、そのある程度成果を出してるチャンピオンがそれをすると10個20個つくんですよ。
今西さんはこの差を、話している人間が違うからだと説明します。最近来たマーケの人ではなく、営業で成果を出している人が発信するからこそ、同じ内容でも関心の集まり方が変わるのです。
社内チャンピオンの発信をきっかけに、マーケのコンテンツを使えばキーパーソン開拓の時間を短縮できると気づく営業が、一人二人と出始めました。今西さんはこれをイノベーター理論にたとえ、最初の一人二人に向き合って小さな成功を積めば、いつか波に乗れると話します。
部長と2人きり、大阪から。エンプラマーケの体制とレポートライン
社内チャンピオンと動いていた頃の体制について、今西さんは、エンプラの営業もインサイドセールスもそれぞれ10人以上はいた一方で、マーケは自分ともう一人だけだったと話します。部長でありながら、現場で施策をやりまくっていたそうです。
今西さんはエンプラマーケ部長として、大阪からすべてを見ていました。今西さんは東京へ出向くことそのものを生かし、「わざわざ大阪から来ました」と挨拶させてもらうなど、汗をかいて来た事実を伝えていたといいます。
まあそれぐらいプライドなかったですね。
2026年3月に今西さんがSmartHRを離れる頃には、エンプラマーケ部門は課長を立て、実働で6〜7人ほどのメンバーがいました。今西さんは、立ち上げ当初からおよそ3倍の規模になったと話しています。
浜田さんが論点として挙げたのが、エンプラマーケのレポートライン先です。エンプラ事業部とマーケティング本部のどちらに付くかについて、SmartHRの結論はマーケティング本部でした。
今西さんたちが日々密に連携していたのは事業本部側で、課題や活動が一番見えるのも事業本部側です。それでもマーケ側を選んだ理由は、マーケティングの下にいるほうが、既存コンテンツやデジタル施策、イベントの情報が入ってきやすいからでした。
マーケのコンテンツや施策の情報が入りやすく、そこから事業本部側に働きかける
現場の課題や活動は見えやすいが、マーケの情報が入りにくくなる
今西さんも当時意見を求められ、バランスを考えてマーケティング側がよいのではと話したそうです。今もそのレポートラインが続いていると語られています。
なぜSmartHRから才流へ?支援側に回った理由
伸び盛りのSmartHRから、なぜ支援会社の才流へ移ったのか。浜田さんの問いに、今西さんはエンタープライズ領域のマーケティングが本当に面白く、極めたいという思いが強くなったからだと答えます。
今西さんは、SmartHRでやりきったわけではなく、まだやれることやワクワクする未来もあったと率直に話しています。そのうえで、一社の中で深めるより、支援側から複数社のABMに関わる道を選びました。
こういう組織だったらこういう課題があるんだなと、こういうフェーズだったらこういう課題があるんだなっていうのを、自分もっともっと経験して。
今西さんはもう1つ、SmartHRで積み上げてきたことを他社に還元したらどうなるか、果たして通用するのかに挑戦してみたかったとも話しています。
いま日本でABMに取り組むのは誰か
才流のABM研究会の立ち上げや書籍の出版など、ABMへの需要は明らかに高まっています。浜田さんは、その需要がどこから来るのかを尋ねました。
浜田さんが挙げたのは3つのパターンです。成長してエンタープライズに向かうメガベンチャー、最初からエンタープライズを狙う小さなスタートアップ、営業主導で大企業と取引してきた日本の大企業がマーケティングに取り組むケースです。
結構僕もはっきり言えるのは、全部ですね。
今西さん自身はSMBから始まったSmartHRで、売上目標の達成にはエンタープライズが欠かせないと判断した1つ目のパターンを経験しました。外に出てみると、最初から取り組む会社も、日本を代表する大手企業も含め、すべてのパターンがあったといいます。
| パターン | 特徴 | 今西さんの経験 |
|---|---|---|
| 成長企業 | SMBから伸び、次にエンタープライズへ向かう | SmartHRで当事者として経験 |
| スタートアップ | 最初からエンタープライズを狙う | 才流で支援対象 |
| 大手企業 | 営業主導からマーケにも取り組む | 才流で支援対象 |
才流のABM研究会で、何が共有されるのか
才流は最近、ABM研究会というコミュニティのような場を立ち上げました。今西さんによれば、きっかけは支援先の企業が「他社がどうやっているのかわからない」と話し、同じところでつまずいていたことです。
ABMの失敗談や踏み込んだ話は、WebやAIで検索してもなかなか表に出てきません。ABM研究会は、そうした話を共有し、参加者が最短距離で成果にたどり着けるようにする場として始まり、第1回は収録の前日に開かれたそうです。
浜田さんが参加者同士の情報交換の大切さに触れると、今西さんは、むしろそちらのほうが価値かもしれないと応じます。当事者が自分の言葉で語る話にこそ、計り知れない価値があるという考えです。
サイル(才流)の話が聞きたいというよりも、やっぱり同じくABMで苦しんでいる方々はどうやってそれを乗り越えてきたんだろうという話が聞きたいので。
浜田さんは前職のSansanでエンタープライズのBDRと営業事業企画を見ていた経験を振り返り、当時の自分にとってABMとは「ゴルフ」だったと話して会場を笑わせます。一番費用対効果が高いのがゴルフで、次がVIP向けのクローズドイベントだったそうです。
今西さんは、ゴルフが効果を出す声もあるとしつつ、合う商材や会社のカルチャーがあると指摘します。他社の成功施策をそのままコピーしてもうまくいかないというのが、自身の失敗も踏まえた今西さんの考えです。
前編はここで締めくくられ、ABMとは何か、どこから始めるべきかという本題は後編で扱われます。
まとめ
前編では、今西佑太さんが鉄道会社で大企業を知り、SmartHRでABMをゼロから立ち上げ、才流で多くの企業を支援するに至った軌跡が語られました。特にSmartHRでの立ち上げ期の話には、営業とマーケの壁を越えるための具体的な工夫が詰まっています。
- 今西さんは鉄道会社で大企業の構造を知り、SmartHRでエンタープライズマーケ部門の立ち上げを主導した
- マーケが作った施策が営業に使われない壁は、小さくても1つ成果を出すことで越えていった
- 社内チャンピオンに成果を発信してもらうと、同じ内容でも営業の関心の集まり方が変わる
- ABMに取り組む企業は成長企業、スタートアップ、大手企業とさまざまで、他社施策のコピーは通用しない




