さぼってんの自分軸をインタビューしてみる
冒頭の名乗りから、この回はカフカさんがさぼってんさんの自分軸を聞き出す形で始まります。まずは前回に登場した「自分軸」のおさらいからです。
ほんのねラジオ。この番組は元アスリートのカフカと編集者のさぼってんが、いいねの気づきや違和感を本音で語り合う対話番組です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回は逆にさぼってんさんのお話をお伺いしたいなと思っていて。二回前かな、ハッシュタグ自分軸週間の本を出された市羽賀葉子さんに来ていただいたんですが、その時に自分軸って話をしていて。さぼってんさんの自分軸ってどんなものですかっていうのを、インタビュー形式で聞いてみたいなって思っているんですけど。
まずおさらいなんですけれども、あの本でいう自分軸ってどういうものでしたっけ?
他人はさておき、自分の中にある感情をもとにした本来の価値観、大切にしている価値観を見つけて、それを判断基準にして選択し生きていくこと、みたいな意味付けですね。
その価値観に合うものを選び取るっていうわけではなく、一回反芻した上で最終的に自己決定するっていうところが。自分の意にそぐわなくても、一旦納得して、今はこの道を進むって選択をする。それも自分軸なんですって(葉子さんが)言ってくださっていて、すごく印象に残ってますし、そういう自分軸でありたいなと思ったんですが。
この2026年8月時点で自分はこんな価値観を持ってるって言えば、どんなものを持っていらっしゃいますか?
モヤモヤの時にわかる「人への敬意」
さぼってんさんが最初に挙げた自分軸は、人への敬意です。いいことよりも、心がモヤっとした時にこそ、その価値観が見えてくると話します。
最近私が自分ってこうだなと思ったのは、人に対して敬意を持ちたいってところです。それが一番見えるのが、私の場合はいいことがあった時よりも、ちょっと嫌だなとか、モヤモヤするって時にすごくよくわかるんですよね。
本の中でも、いきなり価値観を言語化するっていうよりも、自分の身の回りにあった具体的な行動とか、いいこと、嫌だったことから、自分ってどうなんだろうって言語化するのがいいんじゃないかって書かれてましたね。
自分がそうじゃない扱いをされたと思った時に、すごく私自身が揺れるんだと思うんですよ。でも私だったらこういうふうに相手を大事にしたいとか、そういう思いが結構強いんだなってことに最近気づきました。
それは差し支えない範囲でなんですけど、敬意を持たれない行動を(誰かに)されたってことですか?
誠意を持ってたか持ってないかは、まあいいんですけど。私がただそう受け取ったってだけなので。向こうはそのつもりはないかもしれないって前提でありつつ、でも私はきっとこういうふうにはしないんだな、なぜなら私はこういうふうに感じるからっていう感じでしょうか。
(相手を大事にする)誠意って言葉も分解すると結構深い言葉だなと今思っていて。いい気持ちになってもらえるようにとか、不快感を持たないようにってわけじゃなくて、相手が大事にしているものを慮って大事にしてあげられるようになるってことじゃないですか。
そうですね。相手が同じものを大事にしてるとは限らないし、この人だったらこれが大事だろうってのはあるじゃないですか。それを想像した上で、相手がこうしたら心地いいだろうなとか、そういう対応をしたいって思っている思いが強いことがわかりました。
観察するけど、迎合はしない
相手を知って敬意を持ちたい。でもそれは相手に合わせて自分を消すこととは違うと、さぼってんさんは線を引きます。編集の仕事で育ったスタンスにも話が広がります。
そう考えると、まず相手のことを知らないことには、何を大事にしてるかもわからない。まず前回の話もそうですけど、観察しようって思う、そうしたいと思っているってことなのかな。
観察して、この方はこれを大事にしてるのかなってところを探るし、それを私は敬意を持って大事にするんだけども、だからといってそれに迎合するわけではないんですよ。私は私で、こうするのが心地いいってのもあるじゃないですか。それも大事にしたいんですよ。だからその辺はケースバイケースで変えてるかな。
ずっとさぼってんさんとお話させてもらっている中で、編集のスタンスも近いものがあるように今思っていて。あくまでフラットな目線で、その言葉とかその価値観を知りたいみたいな姿勢なのかなって勝手に認識しているんですが。迎合するわけではなく、違和感があればそこにストレートに言うってところもそうだし。
いろいろ鑑みて、言った方がいいことは言います。それはすごく悩んだりもするけど、言うことは言えてると思います。
私やっぱり、ニワトリか卵かって話ですけど。編集の仕事って、やってるうちにできてくる人格みたいなのがある気がしていて。その仕事によって私の気質がそうなっていったのか、私が元々そういうものを持ってたからその仕事があったのかがわからないんですけど。
比較的、同じ仕事をしている人の中で、ああ、この人はきっと私と同じようなものを大切にしてるなぁってわかることはある。うまく言えませんけど、不思議な仕事だなと思いながらやっています。
カフカが大事にする「言葉の背景を聞く」
さぼってんさんの「誠意」に対して、カフカさんが最初に出てくる言葉は「聞く」でした。なぜその言葉を発したのか、背景を知りたいという姿勢を語ります。
僕自身も、確かに誠意を持って相手にコミュニケーションを取りたいって思いはありつつ、まず一番最初にその言葉は出てこないなって思っていて。
どういう言葉出てきます?
どちらかというと、聞くですかね。まず相手がどんな言葉を使って話して、その言葉を発した背景って何なのかとか、どういう価値観を持ってそれを言ったのかっていうのを知る、が僕にとっては一番大事かな。対コミュニケーションで言えば。
カフカさんはすごく、相手にすごく細やかですよね。
どうなんでしょうね。得意不得意みたいな部分があって、大人数で話すのはあんまり得意ではない。自分の得意というか興味の部分も、なんでその人はそんな言葉を発したのか、その理由が知りたいってところに興味が湧きますね、僕は。
その人に興味を持って言葉を投げるってことをされてるのはすごく伝わってくるので、それはすごくありがたいなと相手は思うと思うんですね。私もそうですけど。
どうでしょうね、それもニワトリ卵の話で。割と僕はその狭い世界(陸上)で生きてきたという自負がものすごくあるので、自分と違う人生を歩まれ、自分と違う心と魂と体を持った人が、どういうふうにそれを感じているのかっていうのを、単純に知りたいなって思う。
それは良くも悪くもで、なんでそんな言葉言っちゃったのかなってマイナス方向もあれば、あ、なんかその言葉素敵だな、なんでそういうふうに言ったのかなって、そういう部分もあるかなと思いますね。
想像を超えた事情を信じるまなざし
背景の話から、さぼってんさんが大切にしている「見えない可能性」の話へ。自分には想像できない事情が必ずある、というまなざしです。
背景ね。私はその背景って、想像できる範囲を超えたとこにもある可能性があるっていうか、自分はこうだろうなってとこ以外のとこにも絶対あるなっていうのは常に思ってるかもしれないです。それぞれの人に事情があって、その事情は必ずしも想像の域を超えたとこにもあるっていうのを忘れないようにしようと思ってます。
例えばすごく笑顔な人でも、昨日すごく悲しいことがあったかもしれないし、何かミスしちゃったとしても、他にどうにものっぴきならない事情があったのかもしれないとか。その見えない可能性っていうのはいつも大切にしようと思ってるかな。
面白いですね。それもちょっと誠意って言葉につながるような気もしますね。相手を信じるみたいな。でもそういう考えでいうと、(相手を敬う姿勢を)多くの人にした時に、さぼってんさんは疲れちゃいそうだなって今思ったりしたんですけど。
おっしゃる通りです。私そんなにキャパが広い人間じゃないので、不特定多数に全部とかできないんですよね。だからその時その時で、目の前にいる関わっている人には、エネルギーを注いでるかもしれないです。あえて離れるとかもするので。目の前に今関わってる少ない人に。
その人それぞれにきっと事情がある、私には想像しえない事情があるはずっていう思いで接しています。
足し算のカフカと、引き算のさぼってん
ここで二人のライフスタイルの対比が見えてきます。増やすことに喜びを感じるカフカさんと、あえて増やさず余白をつくるさぼってんさんです。
大事にしてる価値観、自分軸に近いところなのかなと思っていて。もう一つ、私そんなにキャパないしとか、以前もカフカさんそのバイタリティーに溢れてすごい、私はそんなにいっぱいできないからっておっしゃってたじゃないですか。僕は多分足し算でいろんなことを考えていて、さぼってんさん引き算で考えていくのかなって思っていて。その辺はいかがですか?
おっしゃる通りかもしれないです。私、足して足して足してってあんまり考えない方なんで。そうすると自分のキャパを超えて苦しくなることがわかってるので、増やしすぎないようにしています。
僕はもう増やすことに喜びを感じ、でもそれは本当に増えているのだろうかって立ち止まって考え、いや、また増やさなければって言って資格試験を受けたりしていますが。
それがカフカさんの価値観なんですよね。だから別に悪いことではないし、それぞれ。私はちょっと自由に動ける遊びがないと苦しくなっちゃう子なので、それを作るようにしています。意図してというより、自然とこうしてればそういくよねって感じでやってますね。
遊びを持つってことか。
キチキチにできないですね、最近。っていう自分にも気づいているという自分軸です。
好きな作品に映る、言葉になる前の価値観
自分軸を言葉にする前から、惹かれる作品の中にそれはあったのでは、という話へ。さぼってんさんの詩、カフカさんの村上春樹作品を例に語ります。
この言葉が今出てきた中で、自分はずっと思ってたみたいなところありますか?自分軸を考えた時に、その言葉が意外だったのか、やっぱり自分ってこうなんだよねって思ったか。
以前私、茨木のり子さんの話しましたけど、茨木のり子さんの詩がすごく好きだったんですよ。その時は言語化できてなかったけど、最近その自分自身がそういうことを大切にしてることがわかって、あ、近いから好きだったんだって思いました。
今僕の中で思ったのは、僕村上春樹さん好きなんですけど、よく主人公がすごい習慣を大事にする生活を送っているんですね。きちんと食事をとり、きちんとした服装を着て。
アイロンかけてますよね。
アイロンかけ、睡眠をとってみたいなことを意識しようとしている。僕の価値観は、自分の体と心と魂のエネルギーが充足しているって、要するに体と心と魂の声をしっかり聞く。そのためには何をしたらいいかというと、ちゃんとした生活を送るなんですね。だからその価値観に共感をしている。そうしなければ自分らしくいられないと思っているって部分はあるなと思いますね。
意外にその自分が大切にしてる価値観が言葉になってなくても、すごい好きな作家さんとか、アーティストの歌とかでもいいんですけど、そこにあるかもしれないですね。自分が大事にしたい何かがあるから好きかもしれない。
15分のお試しワークは、二人とも「書くこと」
本の提案にあった「15分のお試しワーク」を、二人はそれぞれどうするか。奇遇にも、どちらも「書くこと」でした。
自分軸週間の葉子さんの本の中では、「価値観が言語化された後は、お試しで15分、その価値観が満たされるようなワークをしましょう」って提案がされてるんですけど。さぼってんさんは何か自分で行動するで言ったら、しかもお試しが15分なんですよね。どんなことをしますか?
私今わかった上でやるとしたら、文章を書くかな。
え、奇遇ですね。僕も15分だったら書くことだなって今思っていて。しっかりとした生活を送るって結構時間かかるんですよね。走るって15分短いし。心とか整えたりとか、どんな運動生活がいいんだろうって考えた時に、記録することだなって思って。簡単な手帳を買って、走った距離とか日々思ったことを書けたらいいなって思っているんですけど、そっちの核はどんな核ですか?
私はさっき言ったような価値観の話だと、それを感じるのって書いてる時な気がしたので。結構壮大な価値観の話をしちゃったから、それが一番表れるのは私は文章かなと思ったので、そう言ってみました。多分すごい出てると思うんですよね、各文章に。
普段は自分のために書く文章って結構あったりするんですか?
ないです。自分だけのためには書いてない。私手帳スカスカ族なので。たまに思い立って、嬉しかったことは赤で書いて、ちょっと嫌だったこと青で書こうとか思ったりするんですけど、思いつきで書いて、また閉じてみたいな感じなので、基本的には見せる文章が多いかな。
ちなみに僕手帳すら持ってないんで、全部電子。でもちょっと書いてみようかなって今思ってますね。思ったのは、走った距離書きたいなって今思ってて。それはノートに書きたいって思っていて。なので簡単なペラッペラな手帳を購入したいなって今思ってますね。
いいと思います。15分、ちょうどいいし。なんか一言書いておけば、それが積み重なると。
ランニング日誌になるかもしれないですね。
ね、いいですよね。ぜひやってみてください。
というわけで、今回はさぼってんさんの自分軸についてお話をお聞きしてきました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
まとめ
今回は、さぼってんさんの自分軸をカフカさんが聞き出す回でした。さぼってんさんは人への敬意を大切にし、モヤっとした時にこそ自分の価値観が見えると話します。相手を観察しても迎合はしない、見えない事情を信じる、あえて増やさず余白をつくる。カフカさんの「言葉の背景を聞く」姿勢や足し算の生き方と対比しながら、好きな作品に映る言葉になる前の価値観にも話が広がりました。
- 人への敬意やモヤモヤのサインなど、いいことより違和感の時に自分の価値観が見えやすい
- 相手を観察して大事にしつつも、それに迎合はしない。目の前の少数の人に誠意を尽くす
- 増やすことに喜びを感じるカフカと、余白をつくる引き算のさぼってん、という対比
- 言語化する前から、惹かれる作品の中に自分の価値観はすでに宿っている
- 15分のお試しワークは、二人とも「書くこと」だった




