僕は「生き残った側」だから、この話は難しい
まず正直に言うと、この怒る・叱るの話を僕が語ると、どうしてもバイアスがかかってしまうんですよね。
2000年代の前半から半ばくらいまでは、今なら「何とかハラ」と言われかねないやりとりが、普通にありました。
で、僕はその時代を「まあまあしゃあねえな」と乗り過ごせた側の人間なんです。
つまり生き残った人。だから「生き残ったからお前はそんなこと言えるんだろう」と言われたら、それはそのとおりなんですよね。
当時だって、苦しんで悩んだ人はいっぱいいたはずです。今ほど表に出てこなかっただけで。
だから「昔は厳しかった、それでよかった」なんて簡単には言えないなと思っています。
組織で一人ひとりに合わせるのは、正直むずかしい
じゃあ今の時代にどうするか。これがまた難しいんです。
多様化とか、ダイバーシティとか、最近だとダイバーシティ&インクルージョンみたいな話も出てきます。
ただ、組織としてやる以上、全部を個人に合わせるのは、正直それはそれで無理ゲーというか、不可能なところもあると思うんですよね。
この人はこれくらいの負荷なら大丈夫、この人はやりすぎ、というのを外から全部見極めるのは、現実的には無理ですよね。
もちろん過剰なパワハラみたいなものは、あるべきじゃないと僕も思います。
でもコミュニケーションって、最後は受け手がどう受け止めるかと切り離せないんですよね。すごく優しく言ったつもりでも、その一言で傷つく人はいますから。
質問をくれた方も書いていましたが、逆に何も怒らない・何も叱らない「ゆるブラック」だと、それはそれで成長できないと悩む人も出てくる。
じゃあどうしたらええねん、という話なんですよね。
怒られても、別にクビにはならない
ここで一回、冷静に考えてみたんです。
組織の中で怒られる・叱られるって、結局怒られて叱られるだけなんですよね。
もちろん感情面ですごく引きずるのはあります。僕も昔ありました。
でも、それ一個でクビになることもないし、会社に悪いことでもしない限り、日本の労働基準法のもとで給料がむちゃくちゃ下がることもほぼないわけです。
だとしたら、怒られる・叱られるということを、聞いてくれているみんなが最終的にどう受け止めるか。そこに依存してくるんじゃないかなと思うんですよね。
イチローさんの記事も、一昔前は厳しく指導されないと社会通念上のしつけが身につかなかった人が一定いた、という話でした。そういう人をしつけられないまま社会に出してしまうんじゃないか、と。
これは僕もどこか思うところがあります。いい子いい子、可愛い可愛いだけで、最終的に何でもできる人に育つかというと、それは難しいんじゃないかなと。
僕は定期的に怒られないとダメな人間です
ここで自分の話をします。実は僕、定期的に怒られないとダメな人間なんです。
基本的にいかに楽をするか、サボり魔だというのを自分で死ぬほど自覚しているんですよね。
だから、定期的に怒ってくれる先輩が何人かいるんです。本当に年に一回くらい、「お前はダメだ」みたいなことを言われたりします。
でも、そういう人がいてくれるおかげで、僕は自分をある程度は律することができているかなと思っています。
僕は仕事の座右の銘として、自らを律する「自立」と、自ら立つ「自立」、この2つの言葉をすごく大事にしています。
自分で自分を律するのが苦手だとか、つい安きに流れる人は、緩い方向にどんどん行って、ここ一番で頑張れなくなってしまう。
だから、SNSで言われるような理不尽なセリフに聞こえる言葉でも、「やっちまったな、次はこう工夫しよう」と考えるきっかけとして、定期的に言ってもらった方がいい人もいるんですよね。
これはもう、聞いてくれているみんなが自分でどう思うか、なんです。
上司はたいてい、部下に成長してほしいだけ
僕はどちらかというと言う側に近い立場だと思うんですが、それでも言葉は相当選びます。
どうやれば本人に伝わるかな、と考えるからです。うちのメンバーが聞いていたら嫌でしょうけど、それでも選んでいるつもりです。
そして、多くの上司はやっぱり部下に成長してほしいと思って言っているんですよ。これはほぼ間違いないと思います。
よっぽど粗相がなければ、ただ腹が立っているだけで文句を言ってくる人は、そんなに多くはありません。
みんなで頑張って売上を上げて、利益を上げて、という話をしていきたいと思っているはずなんですよね。
だから、口調がちょっと厳しい人にこそ、あえて自分から飛び込んでいった方が、得られるものは多いんじゃないかなと思います。
「ブラックがダメ」と言いながら、優しくしても「ゆるブラック」だという言葉ができました。ということは、世の中のブラックという価値観も、どこかで変わってくるんじゃないかと思うんです。
そのとき生き残るのは、弱肉強食ではなく適者生存なんですよね。
まとめ
怒る・叱るに、きれいな正解はないと思っています。ただ、自分は怒られた方が伸びるタイプなのか、それとも自分で律していけるタイプなのか。そこを冷静に見極めるのは、いまの時代だからこそ大事なのかもしれません。僕自身は、年に一回本気で怒ってくれる先輩に、これからも食らいついていくつもりです。
- 昔を「厳しくてよかった」と単純に語れないのは、自分が生き残った側だから
- 怒られても基本クビにはならない。最後は受け手がどう受け止めるか
- 自分は怒られて伸びるか、自分で律せるか。そこを冷静に見極める
- 口調が厳しい上司ほど、たいていは成長を願って言っている







